7 素直で正直は、眩しくて。
私は、突然上がった声に驚いて隣を見た。
そこには、辛そうな表情のハルの姿。
「そんな、あの、俺が……原因になった俺が言うのもおかしいとは思うんですが、そんな寂しい事言わないで下さい……っ」
泣きそうな勢いで叫ばれて、瞬きを繰り返す。
何で、怒られてるの私。
さすがに顔には出さないけれど、きょとんとしてしまった内心。
なんで、私よりハルの方が辛そうなのやら。
「存在を消すとか、だって、それじゃトーコさんが今まで築いてきたものが、人間関係も何もかも忘れられてしまうって事なんですよ……!?」
「……えと、ハル、くん?」
「忘れる人たちは楽かもしれないけど、忘れられるのは辛すぎます……!」
――忘れる人たちは楽……?
その言葉に、私は内心納得した。
あぁ、そうか。
この子は、私が、元の世界の人の為に、私がいなくなったことで悲しむだろう人達の為に、私がこんな事を言いだしたと思ってるんだ。
そう考えたら、思わず目じりが下がった。
「うん、ありがとう。ありがとうね」
そういうと、少し落ち着いたのか自分のやったことに気付いて顔を伏せた。
「すみませんっ、ホント俺が言える立場じゃないのに……」
まぁ、それはそうだよね。
当事者とはいえ、きっかけを作った側に言われる言葉ではないよね。
でも、素直に私を心配してくれるその気持ちがとても嬉しい。
「謝らないで。ハルくんの所為じゃないから、ね?」
「難しいかもしれませんが、でも……諦めないで、ください。見つかるよう、頑張りますから。トーコさんが、戻れるように」
泣き出しそうな表情のまま、一言一言噛み締めるように言うハルはとても真剣だった。
可愛いなぁ……、シーダスさんの言葉、そのまま受けてるんだ。
あの言葉、ほとんど建前だよ。
きっと探してくれる、頑張ってはくれる。
でも、期待はしないでほしいと、そう念を押されただけの事なんだよ。
だったら、私の事で悲しむなんて、そんな面倒な事して欲しくない。
私が理由で、誰かを縛り付けたくない。
なら。
忘れられた方がいい。
「……それも含めて、探すことを約束しよう」
シーダスの声に、視線を戻す。
けれどその表情は、決して言葉と合ってはいなくて。
期待はしないでほしい。
それを、もう一度言われているようにしか思えなかった。
はっきり言わないのは、私を取り乱させないため。
ハルの苦しみを、少しでも和らげるため。
この子は、きっと素直で正直だから。
まだ会ったばかりだけど、それでもわかる。
感情が素直に表情に現れる、正直さを隠そうとしないこの性格は愛されるものだ。
……私には、出来ない。
だからこそ、少し羨ましくて。
「……」
こんな時は、人の顔色を読むのが……察するのが得意な自分が憎らしくなる。
それに抗おうとしない自分が、酷く軽いものに思えてくる。
私は笑みを顔に貼り付けて、お願いしますと頭を下げた。
ポーカーフェイスは得意技。
向こうの世界でも嫌だけど、今いるこの世界でも、自分を理由にして欲しくない。
辛い表情を、私が要因でされたくない。
だって。
そんな事されたって、何も変わらないんだから。
「分かりました。よろしくお願いします」
思ってもいない事を口にして、頭をもう一度下げる。
言われていない本音も分かってますよ、と言外に含めつつ。
それに気づいているのか気付かないのか、……いや気付いているだろうシーダスはまっすぐに私を見た。
「こんなことになってしまい、心から謝罪する。トーコ殿」
「申し訳ありません!」
隣からの声に視線を戻せば、いつの間にか立ち上がったハルがシーダスと同じように頭を下げていた。
ずっと申し訳なさそうな態度だったけれど、シーダスの話で私の状況を直に実感したんだろう。
多分当事者であるハルだって、私と同じでいっぱいいっぱいだったはず。
第三者に説明されて、状況を聞かされて、結果を示されて、やっと実感したに違いない。
さっきよりも殊更悔恨を滲ませたハルの姿が、私には辛かった。
「ちょ、本当に大丈夫だから! シーダスさんも頭を上げてください!」
まだ頭を下げているシーダスさんに向って叫ぶ。
「でも」
「でももなにもないので! もし悪いと思うなら、もう謝罪は終わりにして下さい。そんな事をしても何も変わらないし、私に過失がないわけでもないのにそう謝られると罪悪感で辛いです」
これが、全くの私の本音。
どうしようもない事を謝れ続けられるほど、居心地の悪い事はない。
謝られて何か変わるなら反吐が吐くほど謝らせるけど、何も変わらないなら無駄な事はしないで……!
一気に叫び倒すと、少し呆気にとられたように口を開けたシーダスが、雰囲気を和らげてもう一度頭を下げた。
「トーコ殿、ありがとう」
「それもやめてください、なんかもうむず痒いです!」
さっきまで呼び捨てだったじゃないですか!
シーダスは大きな口を開けて……といっても髭でよく見えないけど……笑うと、ハルに目配せをして頷いた。
「なればトーコ。謝罪にはならぬかもしれんが、こちらでの生活は儂が責任を持つ故安心してほしい。今後の事は、ゆっくりと話し合って決めていきたいと思うが……どうかの?」
ソファに座りなおしたシーダスに続いて私達も腰を下ろすと、それに頷いて頭を下げた。
「ご迷惑かもしれませんが、私はこの世界の常識を知りません。どうぞよろしくお願いします」
「こちらこそじゃ。儂は異世界の研究をずっとしておってな。トーコの世界の事を教えてもらえるとありがたい」
ギブ&テイクじゃな、と笑うシーダスにほっと胸をなでおろす。
雰囲気が、最初に戻った。
もう、嫌。あんなの。
いつもありがとうございます。
アルファポリスのファンタジー大賞に登録してみました^^
ぽちりして頂けると嬉しいです≧▽≦
篠宮 楓




