6 名前。
「ヤサカトーコ?」
「……全部繋げないで下さい。「八坂」「桐子」です」
「イヤサカ トーコ?」
「ちょ、なんでイが付くんですか。っていうか、何その日本昔話」
「ナニソノニホンムカシバナシ?」
「棒読み嫌すぎる、そこ流して。「ヤサカ トーコ」」
「ヤサカ トーッコ」
「おしいっ……」
おじーちゃん長官を目の前にソファに腰かけた私は、一生懸命自分の名前を伝えてました。
だって、言葉が自動変換されているとはいえ、いうなれば欧米人に日本人名を教えてる感じ?
違和感半端ない;;
「それ、ファミリーネームはどっちだ?」
「ファミリー……あぁ、苗字? 八坂よ」
先程と同じくソファにつかず私とハルが座るソファの後ろで背もたれに手をつきながら聞いていた茶髪野郎が、不思議そうに口を挟んだ。
それに答えると、へぇ? と状態を戻して腕を組む。
「こっちで言うなら、トーコ=ヤサカだな」
「あぁ、名前が先にくるんだ。おじいさん、そうだそうです」
茶髪野郎から視線を戻すと、おじいさんにそう伝える。
するとおじいさんはふむふむと頷いて、口の中でモゴモゴ何か言った後、私を見てニコリと笑った。
「トーコ=ヤサカ。ふむ、しっくりくるな。儂はシーダス。ハルの祖父での、シーダス=ザヴィドという」
そう言った途端、隣に座るハルが微かに腰を浮かせたけれど、シーダスが視線でその動きを止めた。
不思議そうに二人を交互に見れば、何もなかったかのようにシーダスは私に目配せをする。
「シーダスじゃ」
繰り返してごらんとでも言われている雰囲気に、ハルを気にしつつ私は名前を呼んだ。
「しーだす、さん」
「そう。言い慣れてないのが可愛いのぅ」
「……」
さっきの反対ばーじょんですね。
うん、言い慣れない言葉は違和感が付いて回るよね。
シーダスは相好を崩していた表情を少し引き締めて、私の隣に座るハルに視線を向けた。
「何があったか報告を」
ピリッとした緊張感が、辺りを包む。
ただのおじいさんの雰囲気から、一気にオンの状態へと変化した。
ハルは微かに重くなった声で、今までの経緯をシーダスに説明した。
促されるように、そこに私が補足を加えていく。
たまに私の右側……誰もいない方に視線を流すのは、ハル曰く私の世界の精霊がいるからか。
ようやく話し終えたハルは、落ち込んだように肩を落としてシーダスの言葉を待っている。
シーダスは少し目を閉じて、話を咀嚼する様に小さく息を吐いた。
そして立ち上がると、私をまっすぐに見つめた。
「トーコ=ヤサカ殿。この度は部下というだけではなく儂の身内であるこの者が、貴方に大変申し訳ない事をしてしまった」
「え……?」
いきなりの変わり様にあんぐりと口を開けて、シーダスを見上げてしまった。
だってさっきまで気のいいおじーちゃん状態だった人が、いきなりその口調って。
「あ、あ……いや、えっと。ハルは、悪くないというか。偶然が重なっちゃっただけというか」
さっきまでその偶然を作ったハルに対して確かにわだかまりが無くはなかったけれど、少し落ち着いて考えればわかる事だ。
彼が、意図的に私をこの状態に追い込んだわけではない事を。
自分より年上の人に自分より年下の人の失敗? について頭を下げられて、しかも仕方のない理由が要因で、居心地が悪いったらもう……。
私は慌てて立ち上がると、両手を目の前で振った。
「仕方ない事です、仕方ない事だったんです! それを言うなら、私があの時脚立から落ちたのが原因といえば原因だしっ!」
「しかし、周囲に影響を及ぼさずに術を展開するのは魔術師の基本。経緯がどうあれ、結果としてトーコ殿をこちらの世界に引き込んでしまったのはハルの罪に他ならない。本当に申し訳ない」
シーダスは深く下げた頭をゆっくりと戻し、少し言いにくそうにそれでもまっすぐに私を見た。
「元の世界に戻して差し上げたいのはやまやまなのじゃが、今、この世界にその技術がない」
……
どくり。
鼓動が、一瞬止まり、そして大きく耳元で聞こえた気がした。
さっきから、ずっと、疑問に思ってて。
疑問に思ってたけれど聞けなかった言葉。
それが、こうもあっさりと答えを出されるとは思わなかった。
気付いていた。
ハル達が意図的にそれを言わなかったのか、質問をはぐらかしていたのか、それは分からないけど。
ずっと聞かなきゃって思ってて口に出してないんだから、私も同罪。
きっと、戻れないんだろうって、気付いてた。
だって、もし戻せるなら、そう言うと思う。
ハルが、自分の所為でって、あんなにいってたのに、戻すという行動に走らなかったこと、私に戻れると言わなかったこと。
それだけで、簡単に推測できたんだから。
だから、私も言い出せなかったんだから。
否定しか、返ってこないのが、目に見えていたから。
ふぅ……
小さく、息を吐き出す。
――帰れ、ない。
戻れない。
脳裏に浮かんだのは、店のパートさんの姿。
まだ三ヶ月しか一緒に仕事をしていないけれど、穏やかなあの場所に、楽しかったあの場所に、……少しずつできていた自分の居場所に、もう、戻れない。
「……それは、絶対、ですか?」
思いのほか、掠れてしまった声に、もう一度言い直す。
それを微かに眉を顰めたシーダスが、小さく頷いた。
「もしかしたら、方法があるのかもしれない。けれど、聞いたことはない。こちらも探す努力は惜しまぬつもりじゃが、確定的な言葉はかけてはあげられん」
――聞いたことはない。
魔術を統べる長官の位にいる人が。
「……あちらで、私は、突然、失踪した人……?」
「そう、なる」
「なら……私の存在を、消す、ことはできませんか?」
「……は?」
私の言葉に、シーダスは呆気にとられたように口を開けた。
それに、自嘲気味に肩を竦める。
「だって、帰れる見込みが薄いんですよね? なら、最初からいなかったって事になった方が……」
「……トーコさん……!!」
私の言葉を遮ったのは、ずっと黙っていたハルだった。
 




