5 未だに名前が出ていない件について。
長いです。3千文字越えてます。
お時間のある時にお読み頂ければ嬉しいですm--m
とりあえず運ばれてます、桐子です。
目線少し下にあるのは、茶髪青年の茶髪(日本語変)。
さらさらと揺れ動くそれを見ながら、私は小さくため息をついた。
なんだろう、私もう少しおどおどとかした方がいいんじゃないかな。
なんか初っ端から怒鳴り合ってるから、全くそう言う気持ちが浮かんでこないというか。
ありえないことだらけで、もうパンクしてるというか。
まーた、抱き上げられて運ばれてます、桐子です。
てか、凄いね筋肉。
一応私、成人女性なんですけど。
どんな筋肉。きんにくにくにく……あぁ、変な風に狂ってきたな……私の頭。
食堂に行きたいと駄々を捏ねる茶髪青年を窘めたのは、思っても見ないハルでした。
どー考えても茶髪青年にこき使われているのに、身分的にはハルの方が上なんだって。
ついでに侯爵だとか公爵だとか、なんか色々身分制の事を言われたけど私にはまったく理解できず。
よーするに、ハルの方が身分が上で、あんたが下なんでしょと言ったら口端が引きつってたけど本当のことじゃないねぇ。
自分で言ったくせに。
「で、これどこに向かってるの?」
横抱きから縦の……子供抱き? に変わってはいるけど、私を抱き上げたまま運ぶ茶髪青年と先導する様に斜め前を歩くハル。
銀糸の長い髪がキラキラ光って、微妙に眩しい気がするのは気のせいでしょうか。
「……」
「……」
目を細めている茶髪青年と視線が合う。
無言で頷きあう。
やはり、微妙に眩しいみたいです。
そんな事を思われているとは思わないだろうハルは、足を止める事なく歩きながらちらりと私の方を振り返った。
「俺の上司、ですね。魔術師団の長官に会って頂きます」
「長官、ですか」
「怖いもんじゃないですよ、ただのおじーさんですから」
私を安心させるためか殊更柔らかい笑みを浮かべながら、歩いていく。
ふぅん……と呟くと、自分の顔の斜め下にある茶髪青年の顔が何かを否定する様に小さく横に振られた。
「あんたにとっては、ある意味こえーかもなあのじーさん」
「どういう事?」
「会えばわかるさ」
茶髪青年はそれしか教えてくれず、あとはハルの先導のままいかにも身分の高い人の部屋! ていう扉の前までやってきた。
大きな扉は高い天井まで壁を切り取るように設置されていて、それ一面にツタ模様みたいなものが彫り込まれてる。
「ここ?」
茶髪青年に問いかければ、小さく頷きながら人差し指を口元に寄せて黙っているように目配せされた。
まぁお偉いさんの部屋の目の前だし……と思いながら、私は歩いてきた廊下を見遣った。
もともとの部屋から、五分くらいは歩いたよね。
しかも同じ建物内のはずなのに、なんでこんなに遠いわけ。
ハルは扉に手をかざすと、小さく息を吸い込む。
途端、銀の光が彫られている線上を走って扉の枠をぐるりと囲むと、カチリと硬質な音が響いた。
その不思議な現象に思わず扉に向けて手を伸ばすと、慌てたハルに掴まれる。
「この扉は許可されたものしか触れられません! 危ないですから、手は出さないで下さい」
その勢いに驚きつつ、頷いて手を引っ込めた。
ドア触るだけで、ここまで怒られるのか……。
目を丸くしていた私に気付いたのか、ハルが罰悪そうに肩を落とした。
「怒鳴ってすみません。でも危ないので……」
何でキミが謝る!
「あ、ううん。ごめんね、私の方こそ」
慌てた私は、茶髪青年のことも考えず大きく頭を振って、よろけた奴に睨まれた。
――そうだった。
あの部屋に現れた時も、魔力に触れない様に茶髪青年に抱き上げてもらってたんだ。
ただ扉に触れるだけじゃ終わらない、もしかしたら何かが起きてしまうかもしれないんだ。
てことはここまで抱き上げて連れて来られているのも、もしかしたら同じ理由?
過去に、異世界から来た人間が原因で何かがあったとか――
小さなことだけど、自分の常識とは違うものを見つけては、ずん……と心に重石を投げ入れられている気になる。
やっぱりここは、自分が育った場所じゃない――
ハルは私の様子に申し訳なさそうな表情でもう一度頭を下げると、扉に向けて何か言葉を紡いだ。
「……うわ」
それは、不思議な光景だった。
ハルの手は少しも触れていないのに、何かに押されるように手の動きと共に扉が内側へと開いていく。
思わず魅入っていた私は、ふわりと体が浮いたことに驚いて小さく声をあげた。
「えっ、何?!」
茶髪青年の手から離れて、扉の内側……部屋の中へと体が引き寄せられていく。
「お爺様! 駄目ですよ、驚かしちゃ……!」
慌てて二人も部屋に入ってきたけれど、それよりも早く私は目の前の人物に目を見開いた。
だって……!!
リアル魔法使い!!!
ふよふよ漂いながらやっと体が止まったのは、たっぷりとした白いひげをお腹近くまで伸ばしたしわしわのおじーさん。
その手には仙人が持つようなごつごつとした杖があり、もう片方の手は触れてはいないけれど私を支える様に上向きにかざされていた。
凄い! これぞ魔法使いっていう容貌!
写メ取りたい、ツイッター上げたい、無理だとしても日本に連れて行きたい……!
いやいや、それこそ無理か。
思っている以上に興奮していたらしい私は、いろんなものに勝手に触れちゃいけませんよー……なハルの言葉とか態度とかすっかり忘れて、その白いひげに手を伸ばした。
いや、ものじゃないから大丈夫じゃんという脳内ツッコミは、一応展開済み。
指に触れるその髭は、ふわふわとしていて。
よくよく見れば銀の色が、混じっているのが分かる。
白髪になった元銀髪って、あまり変化なさそうだよね!
あ、でもハルみたいな眩しさがないから、やっぱり変わるんだ。
そんな感じでさわさわしていたら、体がぐいっと後ろに引かれた。
「あんたいつまで触ってんだっていうか、肝座りすぎだろ!」
「へぁ?」
するりと指先から逃げてしまった髭に名残惜しさを感じつつ、再び縦抱っこ状態で茶髪青年の腕に戻った私は三人にゆっくり視線を巡らしてからへらりと笑った。
「一度は夢見る魔法使いそのまんまだったもので」
なんとかったーとか、ろーどなんとかかんとかとかに、必ずいるじゃん!
白いひげの魔法使い!!
でもリアルにはそうそうお目に掛かれないだもん!
クリスマス時期のコスプレとか、サンタクロースのおじいさん(byテレビ)とかでしか見れないじゃん!
興奮する私を止めたのは、茶髪野郎の腕の力でした。
しめないで絞めないで、痛い痛い。
地味に足に痛みを与えてくる奴なんざ、茶髪野郎で結構だ!
恨みがましそうな目で茶髪野郎を睨んでいたら、とんとん、と肩を叩かれて顔を前に向けた。
そこには数歩こちらに歩いてきたであろう、おじいさんの姿。
目の前のおじいさんは髭に埋もれている顔の皺をめっちゃくちゃに増やしながら、嬉しそうに笑った。
「初めましてじゃな、御嬢さん」
「はい、初めましてです。おじいさん」
「詳しい事情を聴かせてもらう前に、まず名前を聞いてもよいかの」
……あ。
斜め下、そして斜め後ろから、私の脳内呟きと同じ言葉が聞こえた。
いやー、名前言うの忘れてた。
ハルは聞いたけど、茶髪野郎は茶髪野郎って呼んでたし。
そんな雰囲気におじいさんは気が付いたのか、微かに眉間に皺を寄せた。
「なんじゃ、名前も聞いてないのか。てことは、お主ら自己紹介もまだか」
その呆れた口調に、私は両手を前で振って否定した。
「すみません、私が名乗らなかっただけでハル……くんは教えてくれましたよ」
「そやつは?」
すぐに返ってきた問いかけに、私は脊髄反射で答えました。
「茶髪野郎」
……支えられている足を締め上げられるまで、あと三秒。




