おめでたい帝
いづれの御時にか。
応仁の乱が起こってから数十年。京の都も日本各地もエネルギーがあふれていた。古い伝統や秩序が壊れる一方、新しいものが生まれる熱気も確かにあった。
そんな時代のある帝。
帝の祖父も父も兄も応仁の乱以降の各地の紛争を止めようとしては失敗して帝を自主的に引退したり、引退させられたりしていた。
若い帝は位にありながらも無力感にとらわれていた。
ある春の日、帝は前日のことを考えていた。
乱世になり、大貴族でも没落して心中する者もいたし、たいした出自でなくても力でのしあがってくる者もいた。
そしてその中で政治力も教養もずば抜けていたのが、三条西実隆であった。
三条西実隆は「万葉集」「古今集」などの和歌、「源氏物語」「徒然草」などの文学、また京の都の歴史など、あらゆることに通じていた。そして、ただ通じているだけでなく、それを戦国大名に売り込む才覚も持っていた。各地の有力大名のところに乗り込み、学問を教える傍ら、京都風の都市・小京都を設計・建設するなど生命力旺盛な爺であった。
その実隆が帝に「源氏物語」のご進講を行っていた。
「えー、『源氏』の設定は『長恨歌』の影響を受けているなどというのはものを知らない人間です。ここは『史記』の『呂太后本紀』の影響を受けているのです」
その時、帝は居眠りをしていた。実隆は小刀の柄で床を二回ドンドンと叩いた。帝はヒヤッとして起きた。戦国大名にも屈しない実隆にとって、若い帝を圧倒するなど赤子の手をひねるようなものだった。帝は大いにきまりが悪かった。
帝はおおらかで、家臣に馬鹿にされたことは悔しかったが、実隆が憎いというより、これからの展望が分からず、ふさいでいた。そこに女御の姫子がやって来た。
「どないしたんどす?」
「うむ、三条西実隆のことを考えておったのじゃ」
「うち、あの爺、嫌いどす」
「どうして?」
「威張ってるから」
若い帝は声を上げて笑った。
「まろはもっと複雑なことを考えていたのじゃ。実隆のやっている学問は確かにケチのつけようのないものじゃ。だが、もともと歌も小説ももっとおおらかに楽しむためにあったのではないか、と」
「もちろん、そうどす」
姫子の合いの手を入れる調子が面白く、帝はフワッと考えが閃いた。
「そうじゃ・・・『源氏』は紫式部がいろんな知識を駆使して描いたのじゃが、本当の中心は源氏と恋人たちの恋心。それを改めて絵で描いてみてはどうであろう?」
「面白そうどすな」
「それも春画尽くしにするのじゃ」
「まあ」
驚きつつも、姫子は嫌そうではなかった。昔の日本人にとって春画はエロな物ではなく、男女の間の技を教えるもので、嫁入り道具の一つでもあった。帝は源氏と恋人たちの恋の核心を春画にしてまとめようと思ったのである。
帝は役人に命じて京、大坂、大和の絵師や職人を集めさせた。そして紫の上、明石の君、葵、六条、夕顔、薄雲女院、朧月夜、空蝉、軒場荻、花散里、末摘花、三宮と姫君たちをわりふった。そして帝と姫子も匂宮と浮舟を描くことにした。
「ブフフ、面白い」
「天子さんもむっつりどすなあ」
匂宮と浮舟が船の中でイケナイコトをしている絵に二人で色をつける。
何日か後に帝は、貴族、大名の主だった者を御所に集め、出来上がったとっておきの絵巻を見せることにした。
「うひゃー、これはすごい!」
「たまらん!」
老いも若きも、男も女も上を下への大騒ぎをしている。その中で苦虫をかみつぶした顔をしているのが、三条西実隆だった。
(ううむ、見たい!しかし、それには帝に頭を下げねばならぬ!)
帝は素知らぬ顔で実隆が頭を下げてくるのを待っていた。
ついに実隆は帝に屈した。
「あの・・・陛下、私にも拝見させて下さい・・・」
人々がどよめき、帝と姫子はにんまりと笑っていた。
数日後、帝の絵巻で沸きかえっている都を後に実隆は長州の大内義隆(毛利元就の主君)のところに旅立った。
(ううむ。あんな絵巻も、頼りない帝も歴史の中で忘れ去られてしまう。私の研究や作品は永久に残る。それなのにこの負けにこんなに胸が騒ぐのは何故だろう?わざわざ日本各地のど田舎に小京都を作っている私の方がパーチクリンなのか?ううむ、帝め。)
若い帝と姫子はさりげない祝祭に満足していた。御所の庭の木では鶯が鳴いている。
その絵巻は乱世の中で失われてしまったという。しかし、とっておきの品だから、やんごとないお方がこっそり大切に持っているのかも知れない。
おしまいおしまい。(^3^)/