『暖かな涙の帰る場所』
『暖かな涙の帰る場所』
『暖かな涙の帰る場所』
「僕は夢だ」
そう名乗るのは、少し気恥ずかしい。
なぜなら、どんなに良い夢であっても、父親に詳細を報告できるような内容ではないからだ。
僕は夢だ。
それなのに、夢の中でどうしようもないくらい、一人の女性のことを気にかけていた。
それは、一郎が以前に交際していた彼女だった。
夢の中の彼女は、どんな姿であっても懸命に頑張っていた。
一郎のポケットの中には、彼女が好きだった音楽や、愛しい記憶が詰め込まれている。
それなのに、一郎の涙腺は決壊したように涙を溢れさせ、止まることを知らなかった。
「おい、どうしたんだよ」
近くにいた友人が、突然泣き出した一郎に困惑している。
僕は夢だ。夢のくせに、夢の中で一郎を泣かせてしまう自分がもどかしかった。
いっそのこと、この胸を締め付ける夢から一郎を叩き起こし、現実の大粒の涙で顔をグシャグシャにしてやろう。
そう思って、僕は一郎の意識を現実へと突き動かした。思惑通り、一郎は目を覚ました。しかし、現実はもっと残酷だった。
かつての一郎は、病院の白い小部屋で、何十分も彼女の名前を呼び、愛していると叫び続けていたのだから。
今日の目覚めは、それに比べれば静かだった。
大粒の涙は頬を伝うけれど、もう叫ぶことはない。
ただ、心静かに後悔を受け入れるだけだ。
一郎はベッドの上で、ただただ、病気がちだった彼女のことを思い出していた。
3年間の交際期間。
婚約指輪を選んだこと、二人で手作りしたウェディングボード。
当時はすべて、無邪気な彼女の「いたずら」や「おまじない」のようなものだと思っていた。
一郎の父親は、二人の結婚に猛烈に反対していた。
彼女がその事実を知っていたのか、それとも気づかない振りをしていたのかはわからない。
ただ、彼女はたびたび「結婚してね」と微笑み、一郎はただ、言葉にならないまま頷くことしかできなかった。
別れてから2年。
一郎がこれほど激しく泣いたのは、これで2度目だ。
一郎の心は、自分でも気づかないうちに、ボロボロに傷ついていた。
あの時、繋いだ手を離すべきではなかった。
僕の手――いや、一郎の手は、ハリウッド映画の『タイタニック』のどんな名シーンよりも、千倍も暖かな手だったはずなのに。
ポケットの中の、もうどうすることもできない彼女の幻影を意識しながら、一郎はそっと涙を拭った。
この夢は、悲しい。
けれど、どこまでも暖かく、静かな涙とともに、終わりを迎えた。
(了)
気楽に読んで。




