築地河川敷の勇者の孤独@4
潮の香りと排ガス、そして得体の知れない匂いが混ざり合う河川敷で、男は泥にまみれて意識を取り戻した。
「……くっ、ここは……どこだ……」
立ち上がろうとして、全身に激痛が走る。
確か俺は、サキュバス三姉妹の居城で死闘を繰り広げていたはずだ。ラサが放った魔法と、俺の聖剣の衝撃がぶつかり合い、世界が白光に包まれた。
俺は、サキュバスを討ったのか? それとも、逃げられたのか?
辺りを見渡す勇者の目に飛び込んできたのは、異形の景色だった。
「なんだ……あの、天を貫く無機質な塔は。それに、あの魔道具!? で動く四角い鉄の塊は何だ……」
とりあえず
現状を確認すべく、勇者は震える指で空中にステータス画面を展開した。
だが、表示されたのは見慣れた勇者のステータスではなく、無慈避な警告の羅列だった。
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## ―― STATUS CHECK:HERO ――
【称号】異邦の生存者 / 迷い子の勇者
【職業】(エラー:この世界に『勇者』は定義されていません)
【適応スキル】
・情報強者:ニュー・レジェンド LV1(※日本・東京に関する一般知識)
インストール中……
【警告】
・現在のVP(注目度)が低すぎます。存在確率 12%
・このままでは社会的・物理的に「消失」します。
・回復にはマナの摂取、あるいはこの街の通貨が必要です。
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「なんだこれは……。職業が『エラー』だと? 消失……消失だと!?」
脳内に、インストール中のスキルを介して濁流のように情報が流れ込んでくる。
ここが『日本・東京』という地であること。そして、この世界の理は、魔力ではなく『通貨』と『注目度』でほぼほぼ支配されていること。
「マナが薄い……いや、ほとんど無いに等しい。モンスターも、魔人も、生命の息吹すら感じられない。ここは、かつて古の聖女が転移したという伝説の地なのか……?」
魔人も魔物もいない世界で、どうやってマナを補充すればいい。
溢れる情報の波と、元の世界とのあまりのギャップに勇者は混乱する。
だが、そんな思考を遮るように、勇者の腹の虫が盛大に鳴った。
かつて魔王軍を震え上がらせた英雄が、今は空腹という名のデバフに苛まれている。
どうする!?
いや、それよりも重要なのは――サキュバス三姉妹はどこへ行った?
ラサの冷徹な笑み、ミーネの破壊的な拳、ララァの小賢しい策略。
彼女たちがこの「欲望の吹き溜まり」のような街に放たれたとしたら、何が起きるか。いや、あの三人のことだ、すでにこの街の理をハックし始めているに違いない。
「流石にあの衝撃で倒したとは思うが……念のため探さなければ。放っておけば、この世界すら彼女たちに『査定』され、食い尽くされる」
勇者は、泥にまみれたマントを脱ぎ捨て、聖剣を握り直した。
だが、その聖剣は魔力の供給を絶たれ、ただの重い鉄屑と化している。
「……まずは、生き延びねば。確かここは情報によると『築地』らしい。生存のためのマナ……糧を得る。それが、この世界の最初のクエスト、というよりまずは飯だ」
あらためて周りを見渡し
川の向こうにそびえ立つ、巨大なタワーマンション群。道路を絶え間なく流れる無数の車。
そこには中世ファンタジーの温もりなど微塵もない。無機質なコンクリートと鋼鉄が支配する、未知の領域。
勇者は重い足取りで一歩踏み出した。
その背後で、観光客が「マジなコスプレじゃん、ウケる」「クオリティ高すぎ」とスマホを向け、彼のVPが 0.1 上昇したことに、彼はまだ気づいていなかった。




