聖都の守護者
「どういうこと……ですか?」
事態についていけないと、グローリアは動悸収まらぬその胸を両手で押さえつつ、誰ともなく疑問を口にした。
しかし、
そのような疑問に答えてくれる者はこの場にはいなかった。
「セシリアさんが、王女2人の母親だったんですねー」
と朗らかに空気の読めないことを言うリティ。
ジト目で彼女を見、ウィナはため息をつく。
「……まあ、今は彼女達のことは後回しだ。
この場をさっさと離れた方がいいだろう。テリア」
名前を呼ばれ、こくりとうなずくメイド服の彼女。
「現状では、聖都フィーリアの守備兵と、増援部隊がこちらの様子をうかがっている様子です」
「正面突破は難しいか?」
シアに視線を送る。
彼女はあごに手をあて、
「誰が出てきているかでかわると思うわ、アーリィ」
「……ええ、その通りです。
守備兵や、フィーリアの剣と盾の部隊だけなら、私達全員の力で包囲網の一角を崩し、この場から退却することは可能でしょう。
ただし、陛下もおっしゃられた通り誰が来ているかでこの作戦の可能性が大きく変わります」
「なるほど。聖都の守護者の存在ですか」
納得した表情をするテリアに、ウィナは「守護者?」と問いかける。
「はい。ウィナ様。
聖都フィーリアには、聖女を守る部隊として攻撃に特化した剣の部隊と、守備に特化した盾の部隊があります。
その力は、状況によってはどの国の部隊よりも勝る力を有しており、建国以来攻め込んできた国々を全て勝利を飾っております」
「それは、また厄介な部隊だな」
「確かに厄介な部隊ですが、相手が勝てる状況を作らなければこちらの勝利はあっさりと決まってしまう程度のことです。
絡め手に弱い部隊ですので、リティ様なら問題ないかと」
「……なんだか、ほめられていない気がするんですけど」
褒めてはいない。
そう胸中で思ったがつっこまないウィナ・ルーシュ。
「――問題になるのは、その部隊を率いている指揮官の存在です。
その指揮官が部隊を率いている限り、その弱点すらもなくなります。
聖都最強の守護者――武装神官長エルダム・ウィル・ウィダート」
「聖女を傷つけるものは、例え神であっても打倒すると公言し、真実、幾柱も神殺しを成し遂げた人間の英雄です」
シアの説明にアーリィが続ける。
「ふむ」
ウィナは腕を組み、思考を巡らせる。
現状、誰もが疲労を抱えている状態。
ウィナ自身も、イーガとの戦闘で深手を負っているし、グローリアに回復をかけてはもらっているが戦闘をこなすだけの体力などは戻っていない。
グローリアは連続した治癒魔法などで体外を覆っている魔力膜が減少している。
リティは、疲れているんだかないんだかわからないので保留。
シアは服のいたるところが破れてはいるが、体力的には問題なさそうか。
アーリィは、無表情を貫いているがそれなりに疲れている。
テリアも無表情だが、まだ大丈夫そうではある。
「ところでリティ、グローリア。解析の方はどこまですんでいる?」
「ほぼ100%終わっていますよ、ウィナさん」
「すみません。わたしの方が90%くらいです……」
「いや、上等だ。――ちなみに魔法陣は動かせるのか?」
「無理です」
魔法陣の効果は聞かず、使えるか、使えないかをリティに聞くが、答えは即否定。
「道具が足りないのか?」
「ウィナさんの考えている通りです」
「……となると、やっぱりここを離れるしかない、か。」
「そして離れるには、彼らが邪魔というわけね」
どことなく楽しそうに感じられるのは気のせいだろーか。
少なくともシアからは、緊張感が感じられない。
別のものなら感じるが。
「その武装神官長殿は近くにいるかどうか、わからないのか?テリア」
ちなみにウィナの持つ固有能力【領域探査】では、位置や種類は区別できるが詳細までは選別できない。
ゆえにウィナは彼女に再度、無理なのかを問うが。
テリアは首を横に振り、
「申し訳ありません。ウィナ様。
エルの視界の範囲内に存在は感知できません。
しかし――」
「仮にも神殺しをした人間ともなれば、加護を受けている可能性があるやもしれませんし、加護がなくとも固有の能力または、神秘の武具やアイテムを
所持している可能性もなきにもあらず、」
「つまり、現状でこれ以上の索敵は無理ということだな」
テリアと、アーリィは首を縦に振った。
「……なら仕方がない。
現状がわからないなら、あとはその場その場で判断していくしかないな。
先行は俺とシアで行く。
グローリアとアーリィは俺達の後。
テリアは周囲の警戒、しんがりはリティでいく。
そして。」
そこで一端、口をつぐみちらっと倒れている2人の少女を見る。
共に眠っているような状態であるが、容姿はまぎれもなくヘラとミーディ・エイムワード。
嘆息し、
「ヘラはグローリア。
リティはミーディを抱えてくれ。
さすがにこのままにしておく選択肢はないからな」
「は、はい」
「OKですー」
リティとグローリアが、倒れている彼女達の方へ寄っていくのを横目で見て、
ウィナはアーリィの肩に手をおき、耳元でささやく。
「――いまのうちに、顔でも洗ってこい。
ひどい顔をしているぞ」
「……すみません」
アーリィの言葉を聞き、ウィナはシアとともにここらか抜け出す算段を始めた。
逃亡は容易かった。
包囲しているにも関わらず、まるでこちらと相対するつもりがないのか、
明らかにわざと包囲を緩めた場所よりアインシュビッツ巨石群から抜け出すことができた。
だからこそ、ウィナはやれやれとため息をつく。
街道を出たところに、ウィナ達を陽動した存在が仁王立ちで待ち構えていたからだ。
白銀の鎧を纏った大柄の歳を経た騎士が、鋭い眼光をこちらに向けていた。
「名前を聞かなくとも、理解できるっていうのはそれだけ存在感がでかいからかね」
皮肉げに言うウィナに、彼は表情を変えず、
「通常、アインシュビッツ巨石群に立ち入ったものは全て捕らえよと聖女より命を受けておる。
ゆえに本来であれば貴様達を捕縛しなければいけないわけだが」
ぴくんとウィナの片眉があがる。
彼はすっとグローリアと、リティを差し。
「その2人を置いていけば、この場から去ることを許そう。」
「ほう。
それはありがたい言葉だな、エルダム・ウィル・ウィダート――聖都の最強の守護者殿」
むっと自身の名前を言われたことにエルダムは顔をしかめ、
「返答は?」
「残念だが、NOだ。
あいにくこの2人は、俺の仲間の忘れ形見でね。
見ず知らずのおっさんに渡すつもりはない」
「……自分達の状況が見えていないわけではあるまいに」
彼は呆れた様子で、ため息をつく。
「そっちこそ、この2人が誰なのか知ってその台詞を口にしているのか?」
「さて、こちらは主の命をただ受諾するのみ。
主の考えていることなどわからぬな」
「……話す気はなし、か」
「時間稼ぎにつきあうつもりはないということだ」
「っ!グローリアっ!!」
「え……」
一条の閃光がエルダムから放たれる。
異常な速度でそれはグローリアの心臓を狙っていた。
防御魔法は間に合わない。
かといって彼女が回避することも期待できない。
それは彼女だけではなく、仲間達も誰1人反応ができない速度の攻撃だった――
次の瞬間、誰もがグローリアが血を吐き、倒れる姿を幻視した。
しかし、
幻視は、現実によってひっくり返される。
「ぬっ」
エルダムの驚きがこもった声。
そう、間一髪。
閃光はグローリアの生命を奪うことなく、
リティの持つ槍が光を弾いたのだ。
「なるほどー、どこからもってきたかは知りませんが、オリジナルですね。それ」
いつものように表面的には笑顔のリティではあるが、
いらだちのようなものが言葉の端々に伝わってくる。
「【零点の統治者】……か」
「その名、今より未来に伝わるわたしの二つ名なんですけど、
何故知っているんでしょうね-」
エルダムは黙したまま語らない。
「沈黙は肯定ですよー。エルダムさん。
そうですか、聖都の聖女とあなたはアレを読んでいるんですね。
それならこういう手段に来るのもわかりますけど」
「アレっていうのはなんだ?リティ」
「――【預言書】ですよ。
もっともアレは【預言書】なんて可愛らしいものではないですけど」
【預言書】
そう言われ、指し示すものはこの大陸には一つしかない。
古代、神聖ともにアルヴァナ族が崇める教典【預言書】。
過去から未来に起こる出来事をまとめたものというのが学者達の通説ではあるが、
過去はともかく、未来における内容があまりにも現実に即しておらず、ただの物語ではないのかとか、
未来ではなく過去にあった出来事ではないかなどと現在でも解読ができていない書である。
「アレは正しい読み方をすると、真の歴史を顕す魔導書。
古代遺産の一種です」
「真の歴史……?」
「……少し、しゃべりすぎましたねー。
これ以上は秘密です、ウィナさん。
さて、わたしとしてはそんなモノを持ってきたものは、老若男女問わず消えてもらっていますが……」
リティの殺気に、エルダムは腰を落とし何かを構える仕草をとる。
だが、その何かを見ることはかなわない。
なぜなら、見えないからだ。
「――【槍】です。蒼輝石を核となる生命体に甚大なダメージを与える、神殺しの武器。
それのオリジナルをエルダムさんは持っています」
「見えないんだが、」
「そういうものなんです。
見ることができないので、視てください。
さすがにわたしもふぉろーは難しいですから」
「……了解」
全員が、リティの珍しい弱気な発言をきき、集中する。
「ふむ……」
エルダムはこちらの様子を見、
「これをみせても引くつもりないか。
ならこちらが引くしかない、か」
「なに?」
「ここで貴様達を全滅させるのは容易だと言っているのだ。
しかし、それでは主の望みは果たせぬのでな」
圧力が、一気に霧散していく。
「これを持っていけ」
エルダムがこっちに何かを投げてくる。
それをきれいにとってみると、
「……これは」
「!ウィナさん、これです。リティさんとの解析でわかったあの魔法陣を起動させる鍵の一つです」
「ということは、私達が見つけたのも合わせて使うというところかしら?」
「なるほど、時間を示す……ですか」
シルヴァニア王国跡にあった黒く長い針のようなモノ。
そして今渡された同様に伸長が少しばかり短いモノ。
つまり、これはまさしく針だ。
時を刻む針。
それが、この正体不明の物体の正体であった。
「なぜだ」
わからないと、ウィナはエルダムに問いかける。
「……行くがいい。
サイはすでにふられているのだから」
詳しいことを答える気はないということか。
彼はあっさりと背を向け、
キィンと甲高い音が鳴り響いた。
「!」
「リティさん!?」
せっかく見逃すといっているエルダムに向け、氷塊を投擲したリティ。
「……すみませんウィナさん。
先に行っていてください。すぐ追いますから」
「……わかった」
「ウィナさん!?」
グローリアからの止めないのですかと、非難の声。
ウィナは首を横に振ると、
「――行くぞ。あいつなら大丈夫だ」
アーリィがしんがりをつとめ、リティをのぞく全員が遺跡へと戻る中、
対峙するリティとエルダム。
「引かぬか、【零点の統治者】よ」
「ええ、ここで引くつもりはないですよ。
それを見てしまったからにはそのままにしておく理由はありませんので」
リティは槍を構え、エルダムは見えない何かを構え――激突した。
「やはりこうなりましたか」
闘いとなった【零点の統治者】と武装神官長の戦闘を遠い聖都の中枢にて視ていた彼女はため息をつく。
エミュレス・F・エターナル。
聖都の最重要人物にて、聖都を治める聖女である。
彼女の目の前には、空間を大きく切り裂いた円のような光景に映る映像。
そこには、死闘といわんばかりの激しい戦闘が繰り広げられていた。
共に、相手の命を奪うことを前提とした闘いにエミュレスは頭痛を覚え額を抑える。
どうもあの男は、わたしに対してイヤガラセをするのがデフォになっているようである。
ぎりっと歯を噛みしめながらも、聖女らしい笑顔は忘れない。
ここには聖女を守るための親衛隊がいるのだから。
このままでは、書物の通りに進めることが難しくなるだろう。
もう少しあの男には演技というか、演出を勉強してもらわないと困るのだ。
でなければ、自分が動かなければいけない――。
「!!」
エミュレスの脳裏に閃光が走る。
握りしめる拳に力入る。
(つまり、それが目的ですかっ!?エルダム・ウィル・ウィダートっ!!)
現状を打破できるのは今のところ自分以外いない。
帝国は帝国でこれから惨事になるし、楽園の方はまだ動ける状況ではない。
どう考えてもこれは――
(聖女殿は、最近運動不足が深刻の様子。
もう少しその側面の緩い部分を鍛えたらどうですかな)
脳裏で皮肉げな笑みを浮かべて言うエルダムの顔が思い浮かぶ。
もちろん、実際そんなことを言っているわけではない。
実際は、もっと悟らせないような比喩を使うのだが。
(あ、あの男は……っ!!!!)
「あ、あの聖女様……」
親衛隊の1人がおずおずと様子をうかがうように声をかけてくる。
「……なんでしょうか?」
にっこりと笑顔で振り返る聖女エミュレス・F・エターナルに、親衛隊の彼女はびしっと背筋をまっすぐにして、
「なんでもありませんっ!!」
見事な返事をした。
彼女の反応にこくりと満足そうにエミュレスはうなずくと、
「わたしは、しばらくこの場を離れます。
至宝を数点持っていきますから、貴女達はこの場で待機を。
あとのことはまかせます」
「はっ!!」
エミュレスは、一枚のカードを具現化し念じた。
「【跳躍】。対象【エルダム・ウィル・ウィダート】」
それが発動する鍵だったのだろう。
景色に溶け込むようにして聖都の王は姿を消したのだった――。
現在シルヴァニア王国――地下。
シルヴァニア王国内にて最奥とも言えるこの空間にいるのは3人。
1人は少女。
黒い艶のある長い髪を揺らしつつ、ある一点をアメジストの双眸で見つめている少女。
スリットのあるワンピースのような服装、つまりは現在で言うチャイナ服のようなものをまとい、
腰元には漆黒と朱の色が使われた鞘がある。
もちろん鞘だけではなく、中身もあるのだが刀の方は、彼女の左手にしっかりと握られていた。
刀身には朱い錆のようなものが浮いていて、見るからに朽ち果ててしまいそうではある。
しかし、
このシルヴァニア王国にいるものは知っている。
彼女が、この赤錆の魔刀と呼ばれる刀を持ち、たった1人で帝国軍を撃退したものであると――。
ゆえに、その刀はシルヴァニア王国の民によっても神聖視されているものであった。
本人、ミーディ・エイムワードとならび。
「お姉様……」
「――ええ」
呼びかけたのは、また少女。
こちらの少女も先ほどの少女とよく似た顔立ちをしていた。
ただ、その目は開くことなく閉ざされている。
彼女は盲目であった。
先天的な盲目ではない、ある事件がきっかけで盲目となってしまった少女。
その事件が彼女の運命を大きく変えてしまった。
それは現在も。
しかし、彼女はそのことについては何ももう感慨はない。
すでにサイはふられてしまったのだ。
後戻りなどできない。
いや後戻りなど考えたこともない。
女性らしい手の中にある、宝石をぎゅっと強く握りしめ――解放する。
宝石は何か別の力で引き寄せられているように、宙空に浮き、少女の周囲を回り始める。
目には見えずとも、彼女はその光景をちゃんと見ていた。
【全てを見通す眼差し(パンテリオン)】
その正体は、身体全体に薄い魔力膜で覆い、その膜に【目】の受容器を作り、直接脳へ外界の情報をアクセスする魔法である。
これにより彼女は盲目であるにも関わらず、周囲の状況を正常な機能を持つ人のように認識できた。
そしてこの魔法は、360度常時展開されている。
彼女に、死角はないということだ。
「来たれ――我が意志」
天へと右手を掲げる。
地下にあるにも関わらず、雷鳴が轟き激しい稲光とともに彼女を貫かんとする白光が、彼女に襲いかかる。
いや――。
襲いかかったと思いきや、その雷は彼女の右手に収束し、物質へと姿を変えていく。
長さは彼女の身長くらいであろう。
銀色の細工が美しい、槍であった。
槍のまわりには、槍自体を守ろうとするようにシルクのような布がひらひらと舞っている。
不思議なことに、その布は槍を絡みついているわけでもないのに槍から離れることなくそこにあった。
ミーディ・エイムワードが象徴である赤錆の魔刀を持つのであれば、
彼女、ヘラ・エイムワードが象徴とする神具となるのが、この【紫鳴刻槍】(神の刻を刻むもの)である。
「御身願い奉る――」
槍を振るう。
しゃらんと、鈴の音色が辺りに響き渡る。
いつのまにか、ヘラのゴスロリだった服装が変化する。
朱と白の2色を使った、神に支える神衣へと。
「願い奉る、4の刻を刻むもの、12の方位を司りしもの。
漆喰の杭に穿たれたこの大地に宿りしものよ、刻はきた――」
しゃらんと鳴り響く鈴なりの音色。
「宣言する――」
蒼い光を放つ魔法陣の上を、ヘラの身体が舞う。
「我は神の代行者なり、盟約により審判の任を負うものなり。
我が声は、汝の声。
我が身体は、汝の身体。
我が魂は、汝の魂。
我は全てを捧げるもの。
六門よ、開け。
刻は来たっ!!」
その日、ヨーツテルン大陸に、6つの塔が現れた――。