結びを解き放つ
イーガ・ウエィと、ウィナの闘いは、ウィナが明らかに不利だった。
なにせウィナの持つ固有能力は、【無為の宝珠】――神や、魔族の特殊能力に対応するために造った間接的な妨害機能を持つ。
にて封じられている状態。
つまりは【領域探査】が使えない。
伏兵の存在は自身の6感にたよるしかない。
そしてその攻撃の要となる赤錆の魔刀は、相手を覆っている膜のようなもの【黄昏】によって刃が届くことはない。
加えて相手の攻撃――【神葬】。
名の通り、蒼輝石を核とする生体エネルギーを持っているものにとっては致命傷らしい。
何この三重苦といったところだ。
だが、それも全て相手の言葉を額縁通りに受け取れば――の話しである。
こちらを動揺させるため狂言ということもありうる。
だからといって、この状況自身の身体をつかって試そうなどとは、思わない。
リスクがありすぎる。
(ということは、だ。
真実がどうであろうが、事実がどうであろうがはっきりさせる前にまずこいつらを持ち前の身体能力のみで闘わないといけないというわけか――)
それはなんという無理ゲー。
頭痛がする。
それに、イーガ達によればリティ達、テリア方面にも敵が行っているらしいが。
(……リティの方は問題ないだろう。
少なくともリティがいるなら。むしろテリア、シア達の方が問題、か)
リティの底は、ウィナでも読めない。
その認識の前に、そもそもリティが追い詰められるという状況が想定できない。
あとは本人のやる気次第の問題。
それゆえにリティを信用している。
テリア達の方は、能力を封じられると困るメンバーが割と多い。
テリアは自身と同じ加護持ち。
シアは、今は蒼輝石のエネルギーを持っているので能力を封じられる可能性が高い。
アーリィは……。
(あれ、あいつのあの力の源は……なんだ?
幻術使いなのはわかっていたが)
単純に魔法なのだろうか。
あの幻術の技術は。
訝しげな顔をしているウィナに、イーガからの槍の一撃と、死角から傭兵達の放った矢がせまる。
矢――これは普通のもの。
問題なのは槍の方。
刹那で看過し、ウィナは赤錆の魔刀を振るった衝撃で矢を打ち払い、イーガの槍撃を身体をひねることでかわす。
そして、その顔めがけて空いた手で殴りかかる。
「ちっ!」
舌打ち鳴らし、イーガは後退する――とみせかけて上腕筋の筋肉がわずかに動く。
槍による払い。
迂闊には間合いに入れない。
そう判断し、握っていた石を問答無用に、礫として投げた。
防具などをつけていないものにとっては、内蔵までも傷つける衝撃を持つ礫をさすがの彼も受けるつもりはないのだろう。
攻撃に転じる予定だった、槍の払いを礫の迎撃に当てる。
そして両者の動きが止まったところで、またも背後から人の気配。
しかし、ウィナの感覚は襲撃を感知していた。
後ろを振り返ることなく、神速の勢いで屈み相手を足払いにかけ、倒れた相手の鳩尾めがけてエルボーの一撃で昏倒させる。
金属による防具をつけていたため、若干痛い。
少しばかり涙目になりながら、再びイーガと対峙する。
「思ったよりも骨がおれそうだ」
彼なりの賞賛だったのだろう。
にやりと笑うイーガに、ウィナも唇の端をつりあげることで答える。
「そう、やすやす死ぬつもりもないんでな、
せいぜい抵抗させてもらう」
一方その頃、テリア、シア、アーリィ組は――。
「参りましたね……」
珍しく、表情を顔に出しながらアーリィはつぶやいた。
アーリィがぼやくのも無理はない。
あれから陽動作戦も佳境迎え、そろそろ撤退作業というところで急に慌ただしくなったのだ。
守備兵達の統制が乱れ、逃げるのには好都合――といったところで第3勢力が現れた。
傭兵達の集団である。
どうやら傭兵達の目的はこちらの方らしく、その言葉を信じるならば自由都市マイラの傭兵であるらしい。
彼らにとってみれば、守備兵は邪魔ものでしかないのだが、その守備兵も侵入者を拘束するために傭兵達が邪魔らしい。
2つの勢力が争うのは自然の流れである。
そこで話が終わってくれれば問題ないのだが。
こちらも逃がすわけにはいかないというわけで、守備兵と、傭兵達が牽制に戦力を示し現在にらみ合いが続いている最中である。
「まとめて叩きのめすのが一番てっとりばやいと思うの。どうかしら?」
優雅にあごに手の甲を乗せ、シアが言う。
「……それができるならそれがいいとは思いますが――」
そう。
問題なのは何かおかしな結界を張られているのか、シアとテリアの能力補正が調子悪いのである。
「抑制結界もしくは、それに準じた手段をあの傭兵達が持っていると考えた方が妥当ではないかと思います」
テリアは冷静につぶやく。
周囲を警戒させていたテリアの創造した人工精霊エルは、すでに消滅している。
「てりあ、おかしな連中が何かしているみたいだよー」
の言葉を最後に還ってしまっている。
呼び出そうとしても呼び出すことができない。
さいわい魔法の方は問題なく使えるが、連絡役が使えなくなったのは痛い。
そのせいでウィナ達や、リティらと連絡を取ることができず、敵陣まっただ中なのだから。
「なら余計に、全員倒した方が早くないかしら?」
「……陛下の調子は?」
「私?
そうね。ちょっと身体に重りがついているみたいな感じだから別に問題ないかしら?」
「身体に重り……ですか。
どれくらいの重さなのでしょうか、シア様」
「そうね……だいたい騎士甲冑2人分というところ?」
つまり、50キロ前後の重さがかかっているということらしい。
その重さがついている状態で機敏な動きは難しいだろう。
アーリィは判断した。
アーリィの方は、別に問題はない。
彼の持つ力は、魔法に準じるものでありいわゆる抑制される対象ではないからだ。
いつものように火球や、火柱などを発生させ、その混乱に生じ逃げることは可能。
しかし、それをやってしまうことで現在の均衡が崩れるのは問題である。
2つの勢力が手を組み、先にこちらの束縛を優先させると困るのだ。
守備兵達の方はなんとかなるだろう。
傭兵達の持つ、変な武器や、傭兵達の身体を覆う膜のようなもの。
それがこちらの想定外な切り札になるとも限らない。
ゆえにアーリィは動けなかった――。
更なる介入者、もしくはきっかけがないと。
膠着状態のテリア達に対してリティ達は――
「!!セシリアさんっ!?」
グローリアの悲鳴が戦場に響く。
「っく、まずったわ……」
膝をつくセシリア。
大地には鮮血が水たまりをつくる。
出血先は、セシリアの腹部。
深々とささった【槍】が、セシリアを窮地に陥れていた。
「まずは1人」
そう何の感慨もなく言うのは傭兵らしく男。
こちらに気付かれることなく、彼らは現れいつのまにかグローリア達の周囲を囲んでいた。
グローリアは解析魔法を一時放棄し、セシリアに駆け寄り治癒魔法をかける――。
「っ」
「そ、んな……魔法が利かない……?」
いつもであれば傷口がじょじょに消え、失った組織すらも回復できる彼女の力がまるで通らない。
それどころか、だくだくと彼女の腹部に突き刺さった槍の周りから血が止まることなく流れ出る。
「無駄だ。
この【槍】は、神や悪魔に対抗するために生み出された魔法具。
奴等と同じような体組織を持つものにとっては致命傷となる。
癒えることはない」
その言葉に、グローリアは唇を噛んだ。
彼女の目に絶望の色が宿ることはない。
彼女の手から浮かび上がる様々な記号。
それこそ彼女の魔法技術の集大成――象徴魔法印。
単一の回復魔法が通じないなら、複数起動させ同調させて相乗効果を狙えばいい。
すぐさま思考を切り替え、全力で魔法言語を操る。
その姿に、傭兵達に動揺が生まれる。
そして、
彼らはここで失態を犯す。
決して、彼女から目を離すべきではなかった。
「っかはっ!?」
高速で何かが通り過ぎた。
そう男達が気付いた時には、仲間のうち1人が、首に槍を突き刺されたまま石柱に張り付いていた。
投げたものは、言うまでもなく――
彼女は静かに、大地にある魔方陣から離れグローリアの肩に手を置き、そして彼らの前に立つ。
その紅い――いや、いつもの透き通った朱ではなく何故か濁っているその色――。
もしも、この場にウィナがいれば驚くだろう。
なぜならその目は――。
ポニーテールにしていたリボンをすっとほどく。
拘束されていた紅い髪は、自由を喜んでいるかのようにふさあと風に揺れる。
傭兵達には意味を理解できなかった。
彼女が戦場で髪型を変えるということ。
瞳の色がさらに変わる。
朱から何か別の色へと。
「さて、やりましょうか」
いつもの彼女とはまるで違う声音が、その口から発せられた――




