兵士の【槍】
「暗く……なってきたわね」
セシリアは暗雲立ちこめる空をにらみながら、何かいやな予感を感じていた。
「解析はまだ?」
「あともう少しですね-」
「も、もうちょっと待ってください」
リティとグローリアは互いに術式を読み取りながら整理していく。
空中には幾つもの立体型魔方陣――積層型魔方陣が浮かび上がっている。
セシリアはそれを一瞥し、
「……(わたしがやれば、少しは解析が早くなるかもしれない、か)」
だが、自分までも解析魔法に関われば、こっちの守りが手薄になる。
近くにウィナがいるとしても、強襲にすぐ対応できるわけではないのだから。
そうして、まだリティ達にまかせようと、目の前を見た時だった。
「!?」
【槍】が飛んできたのは――
ピカッ!!
閃光が空に走る。
同時に稲光が轟音を立てて堕ちた。
「……どこかに落ちたな」
ぽつぽつとさっきから肌に落ちる水滴は、いまだそれほど多くはないが、
それでもこうして雷が鳴り始めたのだから土砂降り豪雨となるもの時間の問題だろう。
こちらにやってくる守備兵達は、あらかた意識を奪った。
これで解析魔法が終わるまで時間を稼げるだろう。
と。
背を向け去る瞬間だった。
気配が生まれたのは――。
「!」
鋭い殺意と共に何かが自分へと放たれる。
それは空気を切り裂きながら、まっすぐ自分の腹部を目標に軌道をとっていた。
「っ」
だが、ウィナは赤錆の魔刀を使うまでもなく体捌きのみでそれをかわした。
ぐさっと地面に突き刺さったそれは【槍】であった。
ただの槍ではないのは、直感で理解した。
ゆえに、赤錆の魔刀を使わなかったのだ。
【領域探査】は現在も発動中。
しかし――
「(姿をとらえられないか……か。
赤錆の魔刀が、【盲目の巫女】には通じなかったんだ。そういうこともあるだろうと思ってはいたが……)」
予想はしていたが、まさかこのタイミングでそんな連中が現れるとは思わなかった。
ウィナに相対するように対峙するのは、先ほど倒した兵士のような形式の服装をしていない者達。
――つまりは傭兵達だった。
「誰に金をもらった?いやもらうつもりで俺を襲った?」
「……オレ達は傭兵だが、傭兵なりの道理というものがある。
その1つに依頼主のことはしゃべらないというのがな」
「なるほど。
なら仕方ないな」
言ってウィナは赤錆の魔刀を【抜く】。
刀身を隠すように包んでいた紅い錆びのようなものがその勢いで宙空へと舞う。
その現象に、傭兵達は驚きの声をあげる。
(こっちのことを全て知っているわけではない……ということか。
はてさて、俺の【領域探査】がきかないのはどういう理屈なんだか)
「ゆっくりしていていいのか?」
「何がだ?」
「ここにオレ達が来ているということは、おまえの仲間の元にもいっているということだ」
「そうだな。それがどうした?」
「……おまえに放った槍。
それはおまえ達の天敵となるものだということを知っているか?」
「知らないな。
それを俺に教えてもいいのか?」
平然とした様子で応対するウィナに、男は動揺をした。
しかし、相手に気付かれない範囲で。
「言いたいことがあるなら、はっきりいうのをすすめるが。
こちらの動揺を誘いたいならなおさらなっ!!」
ウィナは、そう言い放つと後ろからこっちに迫ってきた傭兵達2名の剣撃をバク宙することで躱し、その越えた時に捕らえた頭めがけて赤錆の魔刀を振るった。
「っ!なるほど」
カンと何かに弾かれたような感覚がしたかと思うと、うっすらとだが傭兵達の身体を覆う何かが視えた。
(視認性の悪い防御障壁、か。これが原因だな)
頭に衝撃を受けた傭兵達は、驚愕したが、それでも相手の攻撃を通さないことを実感するとにやりと顔をゆがませ着地したウィナに向けて斬りかかる。
もしも、
もしもこのとき相手がウィナでなかったら切り伏せていただろう。
「がっ!?」
「くはっ!!」
うめき声をあげ、大地に倒れたのはかかってきた傭兵達2人だった。
「――つまり、おまえ達がこうもあっさりと姿を見せ、余裕しゃくしゃくだったのはこちらの能力が通じない処理を施しているからということだな」
あっさりと傭兵達のことを看過するウィナに、今度こそ傭兵達は後ずさる。
ウィナがやったことは簡単だった。
固有能力が通じないこと。
そして赤錆の魔刀が通じないこと。
以上のことから、こちらの能力が効かない何かを相手は処理しているということである。
問題なのはどこまでの範囲でそれが適用されるのか。
ウィナのすらりとした手の中にあるのは石。
遺跡のあちらこちらにある石柱を削って造ったものだった。
どうしてそんなものを持っているかといえば、単純に遠距離用の攻撃手段の確保のためで、先ほどの守備兵達に使おうと考えていたためだ。
守備兵達に使う必要はなく、赤錆の魔刀の一撃で昏倒させることができたため、お役ご免だった投石のための石を手元に残しておいたのは僥倖だった。
「それに、こうしてきたのが軍ではなく傭兵ということは、なるほど――おまえ達に仕事を与えたのは自由都市マイラの王、イーガ・ウエィだな」
ウィナの指摘に、傭兵達は完全に沈黙した。
そこにぱちぱちと場違いな拍手を送るものが傭兵達の中から現れる。
若くもなく、年齢を経ているわけでもない中庸の男。
イーガ・ウエィその人だった。
「で、始めからこのつもりだったのか?」
不機嫌そうに聞くウィナに、イーガは首を横に振る。
「半分はそのつもりだった。
もう半分はうまくあの男を捕まえることができる可能性にかけていたが」
「あの男……か。
どんな縁なんだ?おまえと、あいつは」
「縁……。
そうだな、縁といえるだろう。
私に力を与えてくれたのはあの男だったのだから」
「代償は?」
ぴくりとイーガの眉が跳ね上がる。
「……ほう。そこまで知っているのか」
「こっちもいろいろと訳ありでね。関係したくないが関係を持っているようでな」
「なら話は早い。
こちらに投降しないか?
悪いようには扱わない」
イーガの誘いに、ウィナは肩をすくめることで返した。
「冗談。
あいにく悪いようにはしない――なんて言っている連中が本当に悪いようにしなかったためしがないんでね。
そういう勧誘はお断りさせてもらっている」
「こちらは穏便にすませようとしたのだが」
「穏便ね。
……はてさておまえには、俺の嫌いなヤツと同じにおいがするんだが――」
そこでウィナは目を細め、イーガを射貫く。
「生輝石、根源石……そして【蒼輝石】」
「!!?」
「……いやな予感は当たるもんだ。
自由都市マイラ。
中継都市として存在しているが、こんな時代だ。
盗賊や、大国、魔物、魔獣……。敵は山ほどいる。
後ろ盾もなく、ただの中小国家があれだけ独自に繁栄するわけがない。
第一、その繁栄を大国が許すわけがない。
何かしらの妨害、いや侵略行為すらあったはずだろう。
なのに未だ健在しているその理由は、ここを攻め落とすにはそれなりのリスクを負う。
そう敵に認めさせたに他ならない。
外交努力――といってしまえばそれまでだが、
話の聞かない相手にそれは通じない。
であれば、武力。
大国と事を構えても、互角もしくは食い破れるだけ武力を持っていると考えるのが妥当だ。
実際、あの都市の中でいざこざをしている傭兵達があっさりと捕縛されるのを見ていたからな。
不思議には思っていた。
あんな高価なマジックアイテムをただの衛兵、しかも1人1人に貸与できるその理由――」
「輝光鉱石を造っている――違うか?
そしてその技術の応用で、こっちの能力を封じているんだろう」
「っ!!」
イーガは限界まで目を見開き、そのまま唇をつり上げ嗤った。
「正解だっ!!ウィナ・ルーシュ」