第7話 喫茶店での戦い決着へ
喫茶店での戦い決着へ
「ふむ。どんな猛者が来るかと思ったが、おまえのような小娘が来るとは予想外だった」
用心しながら、扉を開けた先にいた男は、こっちの姿を見るなりそんなことを言った。
"小娘"という言葉に、少しばかりむっとするが、今ここで短気をおかして危険にさらされるのは、愚策もいいところだ。
ウィナは、心の中で深呼吸をして男に向き直る。
入り口のところで合ったときもそうだが、肌が見えているところにある裂傷や、腰に差している剣の様子を見ても古強者といったことがわかる。
(相当な実力者だな。しかし、これほどの実力者ならこんなテロまがいのことをしなくても、正規の職につけると思うが)
「……価値観は人それぞれか」
「何を思っていたかは知らないが、我々にはもはや剣で語るしか手段はあるまい。」
すらりと自然な流れで腰から剣を抜き放つ。
妙な剣だった。
両手剣。という部類に入る武器なのは間違い無い。
だが、その刀身の一部分が半円に切り取られている。
一見すると強度をもろくした欠陥武器のようだが――。
ウィナにはその剣がどんな用途で使われるものか心当たりがあった。
("剣砕きの剣"【ソードブレーカー】か。)
適切な剣の腕があれば、相手の凶器をいともたやすく粉砕し丸腰にする武器。
しかし、当然ながら適切な運用をしないといともたやすく自身の武器が破砕してしまうため、
担い手を選ぶ武器でもある。
男のその剣は、新品ではなくひどく使い込まれたシロモノだった。
つまり、"剣砕きの剣"【ソードブレーカー】を扱うにたる腕前の持ち主という可能性が高い。
(俺の剣は、リティの言う話であればそうそう武器破壊なんて起こらないはずだ)
ウィナの持つ武器は、この国の女王【闘神】ミーディ・エイムワードが持つ刀かもしれないということ。
であるならば、生はんかな武器では破壊は不可能。
しかし、武器を奪われるという可能性はなくはない。
(そうなれば、いくら加護を受けたこの身でも危ない、か)
男と対峙して未だ数秒、ウィナはもちろんのこと男もまた剣を抜剣した状態を維持していた。
その男は口を開いた。
「抜け。せめてそれくらいは待つ」
「こんなことをする連中にしては、正々堂々しているな。」
ぴくっと男の表情が動く。
「残念だが、俺の剣は特別製で抜くことはできないんだ。だから――」
ざっと、半身をひいて構える。
「来い。おっさん」
その言葉と同時に巨漢の男は動いた。
両手剣なのに片手で構えてこちらに一気に踏み込み、そのまま鋭い斬撃が飛ぶ。
「っ!」
(――速いっ)
加護を受け、素の状態の能力も軒並み上昇している。
神経系もまた上昇しているため、
反応速度もまた加護前と比べて比較にならないほど上昇しているにも関わらず、この速さ。
これだけの速さをもった斬撃を真っ正面から受けると、
いくら今の自分でも押し負けることはないが、体勢を崩される恐れがある。
それゆえ、ウィナの対応は右手に持つ刀で力を分散させて受け流す――だった。
そしてウィナの鞘の上を男の剣が滑り、後ろへと流れていく。
だが、突然ひゅっと、風がないだかと思うと流れた髪の毛が数本斬られ宙を舞った。
(あたっていないのに、これかっ!!)
毒づきながら、すぐさま男の側面へ横切りをはしらせる。
タイミング的に男が剣を戻す時間はない。
しかし。
「ふっ!!」
小さい呼気とともにすでに放っていた剣を勢いを殺さずに床へとたたきつけ、その剣先を支点にして巨漢が宙を舞う。
「なっ……!」
(おっさんみたいな巨漢でそんなことするのかっ!?)
くるりと空中で姿勢を正し、床に着地するやいなや、そのまま刺突がウィナに向けられる。
(!!驚いている――)
バンっと勢いよく叩かれた床の音ともに、剣が伸びるようにのど元へ迫る。
(ヒマはないっ!!)
左足に全体重を移す。
その動作で、駒のように男の刺突をさけそのまま無防備になった背中へと渾身の一撃を当てるっ。
手に響く衝撃とともに、おっさんはそのまま壁へとたたきつけられた。
「危なかった、な」
いつのまにか額に汗が浮かび上がっていた。
それを軽く拭うと男の様子を見る。
今度は避けることもできなかったはず。
壁に思いっきり直撃したため、壁が崩れ白い粉塵が視界を妨げているのがもどかしい。
だが油断せず、周囲の気配を探る。
今までの相手なら、ここで終わり。
しかし、今回の相手がここで終わるとは正直思えなかった。
汗の滴は、つつっと顔の輪郭を通ってあごの先から滴り落ちる。
どぅん。
重い音が煙の先から聞こえた。
そして、
「……やっぱり倒れてなかったか」
にやっと思わず笑みをこぼす。
先ほどの打撃などなかったことのように、悠然と男は立っていた。
いや実際のところ無傷だろう。
男は先ほどと全く表情が変わっていないようだが、ウィナには笑っているように思えた。
「……なるほど。部下達が相手にならないわけだ。
まさか、これほどの力を有した猛者がこんな少女だとは」
その声音には賞賛が混ざっていた。
それはこちらも同じ事。
「それはこっちの台詞だ。
……こっちも好きでこんな格好しているわけじゃない。
できるなら女じゃなくて1人の人間――ウィナ・ルーシュとして見て欲しいが」
「ウィナ・ルーシュ……?」
こちらの名前に、男の表情が初めて動く。
「なんだ。そんなに有名か?」
軽口を叩くが、この街でウィナ・ルーシュのことを知っている人間なんていない。
街でというよりもこの大陸でだ。
これからはわからないが、今までの自分は普通の冒険者。名前が知れ渡っていることなどありえないのだが。
男の闘気がじょじょに収まっていく。
「なるほど……、つまり私はだまされたということか。」
「なに?どういうことだ」
男はもはや戦う気もないのか、剣を鞘の中に収め肩をすくめた。
「おまえも大変だな。同情する」
何故か憐憫の表情をこちらに向けてきた。
「ちょ、だからどういうことだっ!?」
「それは、おまえの後ろにいる彼女に聞けばわかる」
後ろを振り返ると、そこにいたのは何故か笑顔のリティ・A・ヴァレンスタイン。
「――どういうことだ?」
じろりと彼女を見ると、リティは引きつった笑いを浮かべ、
「あはは。たぶんこうなるんじゃないかと思っていただけで、本当のところは知りませんよ?」
「シルヴァンスタイン卿。
上司に言っておいてくれ。今回のことは貸しだと」
「どういうことだ、おっさん?」
けだるげに巨漢の男は、廊下へと姿を消す。
そして廊下から、
「おい、起きろっ」
「っく、だ、団長?っつっ!いたた……、だ、団長。今回の訓練きつすぎですよ」
「まったくだ。私も今回はさすがに死を覚悟した」
「だ、団長が死って……どんなバケモノですかっ!?」
「そのバケモノも、どうやらだまされていたらしい」
などと聞こえてきた。
半眼だった目が、さらに細めになってウィナは、リティに、
「どういうことか、説明してもらおうか。リティ」
「あは、あはははは。わたしのせいじゃないですよー」
リティは若干引きつった笑いを浮かべながら、
上司の料理に、しびれ薬をもってやろうと心底思った。
店内占拠事件が無事終結した。
そして城の方からやってきた騎士団が店内や店外の片付けなどの作業をし始めた頃。
見知った顔の相手がこっちに近寄ってきた。
「よう。元気だったか?」
気さくに声を掛けてきたのは、ついさっきまで世話になっていた騎士詰め所にいた男。
よくよく見れば、勲章らしくものをつけていたことに今気づく。
「……俺の扱いを決めにいっていたんじゃないのか?」
「決めに行っていたぞ。
おまえさんの扱い。だからそのまま試験になったんじゃないか」
効率的だろ?と、そんなことを目で訴えてくる男。
つまり、今回の出来事はちょうど訓練をおこなっていた黒甲冑の騎士達と、自分という犯罪者の処遇。
その2つを効率よく消化させるために行われたでき試合のようなものだったということだ。
喫茶店に捕まっていた人質の多くも、劇団などの人間だったそうだ。
ウィナはため息をつき、
「――まあいい。それで俺はどうなったんだ?」
「ちょっと待て。リティ」
「あ、はーい。」
お店の人と話をしていたリティを呼び寄せると、自分に書類を手渡す。
それはリティにもだ。
「へ?わたしも」
「まあ、読めばわかる」
「『本日1500より、以下の者をシルヴァニア王国の騎士として採用する。
該当者 ウィナ・ルーシュ。
また、リティ・A・シルヴァンスタイン並びにウィナ・ルーシュ両名は新規の騎士団を設立すること』」
「王名の名の下に迅速な働きを期待する――シルヴァニア王国女王ミーディ・エイムワード……か」
「つまり、俺とリティは何故か一緒に働かなきゃいけなくなった――そういうことか?」
「そういうことだ。
リティ。放心してないで聞いておけよ。今日の1700までに庁舎の荷物整理しないと全部処分される。
あと1900までに新たな副団長に引き継ぎやってくれ」
どこぞのボクサー漫画の主人公のように真っ白に燃え尽きているリティに声をかける騎士の男。
声をかけられたリティは、数秒後復帰し彼に詰め寄った。
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!!隊長、こんな話聞いてないですよっ!?」
「そりゃあ聞いてなくて当たり前だ。
今話したからな」
「確かにそうだな」
ウィナと男は互いにうんうんとうなづく。
「そういう問題じゃないですって!!なんですか、この命令書っ。
わたしウィナさんとは今日知り合ったばっかりですよっ!!
まだ、ウィナさんの好きな下着の色とか、好きな水着とか知っていないのにっ」
「……一生知らなくて構わないな、そんな情報」
「何を言っているんですかっ!!円滑な人間関係を構築するには、その人の全てを知らないとダメなんですよっ!!」
「おまえ、絶対ヤンデレタイプだな。思い込んで恋人を追い詰めそうだ。
まあ、刺すなら俺の知らないところでやってくれ。」
「失礼な。刺すくらいなら相手の息の根を止めますよ」
「いや、殺してどうする……」
「……仲いいだろ。おまえさん達」
「そうか?」
ウィナの疑問の声に、リティは、
「確かにウィナさんとは、しっくり会話が成立していますねー。まるで漫才の相方がようやく見つかったような」
「それ、褒めてないだろ」
彼女にツッコミをいれ、ウィナは腕を組みながら、
「それで、騎士団を新たに作れっていう話だが、そもそも俺はこの国に家ないぞ。
お金もない。どうやって生活しろっていうんだ?」
「ああ、それについては"試験"の結果次第で決めるという話だったんだが」
「へえ。それで結果は?」
「シルヴァニア王国建国以来の成績という話だ。ほれ」
投げ渡されたもう一つの書類を見る。
「許可証……。
なるほど、家と土地、ついでにお手伝いさんまで込みか。ずいぶんといたれりつくせりだな」
「それだけおまえさんが優秀だったということさ。あと、おまえさんの罪は全て不問にするそうだ。ただ」
「――逃げ出せば、追う――か?」
「いや。殺せとの命令だ」
真剣な面持ちで男は口にした。
「……それは、ずいぶんと手がこんでいるな。」
「おまえさん。女王に何かやらかしたのか?ずいぶんとキツい内容だが」
「俺が聞きたいくらいだよ。この王国に来たのも今回が初めてだっていうのにな」
肩をすくめる。
「とりあえず、家の方へ行ってみる。
そういえば名前聞いてなかったな」
「正騎士団【蒼の大鷹】団長、アルバ・トイックだ。これからよろしくな、嬢ちゃん」
「だから嬢ちゃんはやめろっていってるだろ」
憮然とした表情のウィナに、アルバは面白げにくくくと笑みをこぼした。