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その日の出来事

天を貫く焔の柱。

その光景は、アインシュビッツ巨石群より離れた地、自由都市マイラにても観測ができていた。


「イーガ様っ!!東の方向に炎の柱があがっておりますっ!!」

自由都市マイラのとりまとめを行っている男の元に急いでかけつけてきた兵士は、息も切れ切れに主たる男へ報告をした。

この自由都市の長――イーガ・ウエィは、ぴくっと片眉を上げるくらいでその兵士の言葉を聞いた。

右手にもつペンをくるくると回転させながら、

「あの方角は……確かアインシュビッツ巨石群のある方向だったな」

「はい」

「少々予定していたよりも早かったが、こちらの準備も時機に終わる。

それ次第、私兵と例のものを動かしアインシュビッツ巨石群に行くぞ」

「はっ!!」

呼吸を乱していた兵士は、それでもびしっとした礼を主に送るとすぐさま背を向け部屋から出て行った。


「……すまないな。

こちらも生き延びるために必死なのだよ。ウィナ・ルーシュ君」

自嘲気味に、イーガ・ウエィは笑った。




「それは本当ですか?」

そう静かに兵士に問いかける女性。

「はい、確かでございます」

銀色の鎧。

白銀のサークレット。

祈りを捧げる乙女の文様が細工された武具。

それらは戦乙女ヴァルキリーと呼ばれる、聖都フィーリアを守る剣の役割を担う者達を指し示す。


ここは聖都フィーリア。

アインシュビッツ巨石群からもっとも近い国家である。

そして兵士達が頭を垂れるものこそ、この聖都において絶対の存在。

聖女の2つ名を持つ女性。

名をエミュレス・F・エターナル。その人であった。


金糸ともいわんばかりのさらっとした金色の髪は腰骨の辺りまで伸び。

複雑な模様をかたどった銀細工のティアラがその黄金の髪にはえる。

容姿もまた、絶世のと冠するように整っていてまさしく聖女の名に相応しい容貌と雰囲気をもっていた。

ただ人種族ではないのは確かであろう。

耳が一際長い。

総じてエルフと呼ばれる種族である。


エミュレスはすっと伸びたしなやかな手を軽く握り口元にあて、思考する。

「アインシュビッツ巨石群に何者かが侵入した……ですか。

確かにあそこには現在も起動している魔方陣がありますが、本当の意味で起動はできないはずですが……」

「であるならば2つしか理由はないですな。聖女殿」

と、聖女エミュレス・F・エターナルの傍らに彼女を守護するようにいる男が口をはさんだ。


彼こそこの聖都フィーリアの武の象徴にして、聖都の剣と盾を統括するもの――武装神官長その人である。

齢はすでに40過ぎ。

肉体的な衰えが目に見えて出始める頃合いにも関わらず、今もなお聖都フィーリアはおろか、他国間でも最強の守護者の異名をとり続けている。

眼光は鋭く、腰に無造作に差している剣からは並々ならぬ魔力の気配が立ち上る。

報告にやってきた女性兵士もまた、掌に汗を浮かばせじいっと彼の言葉に耳を傾けていた。

「どういうことですか?

エルダム・ウィル・ウィダート」

「簡単なことです。聖女よ。

侵入者は起動できると思って侵入したか、そうではないか。2つに1つしかありませぬ」

「……それはわたしのことを軽んじての言葉ですか?

武装神官長」

「いえ、誰もそんなことは申しておりませぬ。

聖女殿は、お疲れのようですな。

たわいのない遊び言葉の類でありますのに、そうもかっかなさるとは。

いやいや、まことに聖女殿らしい」

「エルダム・ウィル・ウィダート。

言葉が過ぎますよ」

険を帯びる聖女の声音に、ますます報告にやってきた女性兵士の身体がぶるるっと震える。


一国のトップである聖女エミュレス・F・エターナル。

そしてその国の防衛の要たる要職につく武装神官長エルダム・ウィル・ウィダート。


この2人は非常に仲が悪い。

理由はいろいろあるが、その中で信憑性の高いものはエルダム・ウィル・ウィダートは前の聖女に仕え、彼女が聖女であることをやめる時に、同じく

自身もその身を引こうと考えていたらしいのだが。

その時に、今の聖女によって無理矢理武装神官長の職を続けさせられ、本人はたいそうご立腹であった。

――というのが一番謳われているところである。


なんにせよ、たまったもんではないのは部下である兵士達である。

現に報告にやってきた女性兵士は、胃をさするようにして眉を寄せていた。

そんな彼女の様子に気がついてか、エミュレスは、彼女に下がっていいですよと一声かけると、素早くその場を去っていった。

その時の彼女の表情がああやっと解放されるという表情をしていたことをエミュレスは見逃してはいなかった。


「あとでおしおきです。あの子」

「そう権力を振り回すのはいかがと思うが?」

注意というよりは、揶揄するようにエルダムは告げた。

「それは置いておきますが、エルダム。

どう考えますか?」

「……聖女としてなら、警告しそれでも侵入者達が退去しないのであれば捕縛というところではないか」

「確かに、それが一番でしょう。

ですが、今回は無視させていただきます」

「理由は?」

「この時期の侵入者。

それはあの書物に書いてある通りのこと。

ならば、藪をつついて蛇を出すような状況は避けねばなりません。

この聖都フィーリアに危険を及ぼすわけにはいかないのです」

「それには同感ですな。

所詮は他国間のいざこざ。

こちらが出る必要もない。」

「例え世界が滅びようとも、聖都さえ無事であれば立て直せます。

至宝【四鐘】がここにある限り」

エルダムは背を向け、扉の方へ歩いて行く。

「どこへ行かれます?」

「聖女の命を受け、遺跡の侵入者達に対して勧告をしに」

「……そうですか。それではお願い致します」

「聖女殿に言われずとも、分かっています」

去っていく彼の背中を見つめながら、聖女はため息をつく。


「……まったくもって世はままならぬことばかりです」




アインシュビッツ巨石群。

ほぼ目の前にのろしというには派手な炎柱に視線をやりながら、

ウィナ達は互いに顔を見合わせうなづく。


ミッションスタートである。

【領域探査】をかけながら守備兵達の行動を追う。

どうやら上手く陽動できたようで、兵士達は持ち場を離れないものも何人かは残ったものの、

大多数は上がった炎柱の方へ集まっているようだ。

しかし。

「ちょっと派手じゃないか?」

と疑問に思った。

「……わたしもそう思う」

セシリアも眉間にしわを寄せながらつぶやく。

後でアーリィに言っておこう。

そう思いながら、周囲を警戒しながら遺跡の奥へと足を進めた。

「罠とかはないのでしょうか?」

グローリアはきょろきょろとあたりを見回しながら、口にする。

「……罠か」

「罠ですかー」

ウィナとリティは互いに視線を交わらせ、

「「想定していなかったな(ですねー)」」

無責任発言が2人の口から飛び出す。

「ええっ!?そうなんですか!?」

目を回すグローリア。

セシリアは、腰に手をあてやれやれと呆れた様子。

ウィナは頬を指で掻きながら、

「たぶん、ないだろう。

そもそも発掘自体はだいぶ進んでいる遺跡と聞いている。

進んでいないのは魔方陣の解析とか、時代考証とかそういったものだけなら、

罠の解除もすんでいると思うが……」

「解析や、時代考証するためには遺跡のあちこちを歩き回らないといけないですからねー。

その範囲には罠はないと思いますよー」

「な、なるほど」

「それで、中心までどういう道のりでいくつもり?」

セシリアが問う。

「【領域探査】をしながら、守備兵達の監視がない道を通っていく。

だが、当然魔法的な仕掛けもないとも限らない。

そのあたりは、リティ達に気をつけてもらうしかないな」

「なら、わたしは?」

「セシリアは……攻撃系の魔法は使えるのか?」

「一応、使える。

貴女たちの時代の魔法はわからないけど、それ以前の魔法なら一通り既存のものは習得しているわよ」

「それはすごいです……」

はわわとグローリアが感心する。

その熱のこもった眼差しにセシリアは頬を赤くし、

「そ、そんなことないわよっ」

「ツンデレ乙」

セシリアの反応に、リティはにやにやしながら温かい目を向ける。

「なら、残っている守備兵を無力化してもらうか。

気づかれないようにできるだけ早く。

できるか?」

「ま、なんとかなると思うわ」




「雷よ」

「ぎゃっ!!?」

セシリアの放った雷撃が見事にこちらに注意を向けようとした守備兵に直撃、一瞬にして大地にひれ伏した。

ぶすぶすと黒い煙があがっている。

「……なんとかなってるな」

魔法というよりは、固有能力に近い精度に速度だった。

「発動までの時間が短い……」

真剣な面持ちでセシリアの使用した術式を読み取ろうとするグローリア。

「どう、マスター?」

「文句は何一つない。

この調子で中心までいくぞ」




アインシュビッツ巨石群の中心に該当する中央部。

ここは、歴史的建造物を読み解く力のない人間にとっても――

魔法における術式を読み取る力がない人間にとっても――

理解ができる。


今まで規則性があったのかどうかわからない石柱やわけのわからない置物。

しかし、ここでは規則性を見いだせるほどに整って整然とした姿を現している。

屋外にもかかわらず、そこは神殿の中にいるかのように静謐な空間があった。


そして――

12柱の石柱に守られるようにして、大地にほのかな明かりを示す幾何学的な文様。

魔法に少しでも通じているものだとしたら、それが魔方陣と呼ばれるものだとすぐに理解できるだろう。

目標していた場所にウィナ達はいた。


「これは……すごいな」

幾何学的な文様をたどるように蒼い光が軌跡を生み、その際に生じた小さな光が蛍のように宙を漂う。

「まだ解析魔法をかけていないですけど……それでもこの魔方陣のレベルが現在でもあり得ないほど高度なことはわかります」

「……兵士はいないみたい」

セシリアは魔方陣に一瞥をするとすぐに周囲の警戒にあたる。

「それは好都合だ。

リティ、グローリア。解析を頼む。セシリアも余裕があればやってくれ」

「わかったわ」

早速、リティとグローリアは解析魔法の詠唱を口にし、解析を始める。

ウィナはその間も【領域探査】を維持し続けながら、周囲の気配を読み取るように心がける。

結界を張ることができれば、先手の襲撃にも対応ができるのだが、

解析魔法につきっきりのリティにグローリアにはその余裕がない。

セシリアの固有能力も手としてはあるのだが、

彼女曰く、容量が大きい能力ということで維持している間何も出来ない状態が続くので、

とっさのことに対応ができないと難色を示した。

というわけで、まず2人が解析を行い時間がかかるようだとセシリアも参加、

それまでの間は2人で警戒にあたるということでおちついた。


「……時間はかかりそうか?」

「ちょっと厳しいですねー。

少なくとも30分から1時間はかかるかもしれませんね」

その言葉にグローリアは目をむく。

「ええっ!?

それくらいで済むんですか!?

わたしその2倍はかかる感じです……」

改めてリティの技量に驚き、そして落胆するグローリアに、ウィナは、

「まあ、比べる相手が間違っているってところだな。

あいつは変態だから。気にするな、グローリア」

「変態……」

がっくしと頭を垂れるリティ。

どうやらそれなりにショックだったらしい。




解析を始めて30分が経過し、

「――まずいな。兵士達が元の位置に戻り始めてきた」

「陽動が失敗したの?」

「というよりは、増援を呼ぶ者とか、現状を維持しつづけるものとか、他の侵入者に備えるものとか、

きっちり役割分担するだけの冷静さがもどったというところだな」

腕を組み、兵士達がやってくるだろう方向をにらみながら、ウィナはつぶやく。

「まずいわね、マスター」

「ああ。――リティ、まだ解析はかかるか?」

「あと少しですー。でもこっちの持ち分が終わり次第、グロちゃんの方手伝いますよー」

「すみません……っ」

「気にするな。

リティはどこか頭のねじが抜けているだけだから」

「ウィナさん、さっきからヒドくないですかっ!?」

「さて、こうしている間にもやってきている連中がいるから、それを無力化してくるか」

「マスター、わたしは?」

「セシリアはあの2人を守っていてくれ。

すぐに戻る」

そういい、ウィナはその場から離れた。




「と、早速いたな」

兵士数人がこっちにやってくるのを確認し、すぐさま迎撃に移る。

赤錆の魔刀を呼び出し、こちらに気づく前に切り捨てた。

切り捨てたといっても昏倒させる程度。

命に別状はない。

意識を完全に失っていることを確認してから、ウィナはかがみ兵士の鎧や剣などを観察する。

「聖都の兵士だな……。

この装飾や武装は。

しかもずいぶんと装備品が充実しているし……。

やっぱりただの警備だけではないということか?」

と、考えているとなにやら騒がしい。

兵士の観察を一時中断し、ウィナは立ち上がり声のする方へ意識を傾ける。


「……っどういうことだっ!?

何故連中が動く」

「――援軍を」

「もう呼んで――」

「あと少しで到着する予定――」

「残った人数をそっちに優先させる」


「俺達以外にもここに用のあるヤツが……?」

ぽつぽつといつのまにか空には暗雲が立ちこめていた。




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