黒幕と真相と
ほどなくして、村の少し広いところにウィナ達は集まっていた。
「テリア」
「はい。遠距離索敵をおこないましたが、半径5キロ圏内にこちらに向かってくような人や魔物の存在はありません」
「時間も時間だし、当たり前か。
――こっちの方に生存者はいなかった。他はどうだ?」
リティや、アーリィ達に視線を移すと彼らは首を横に振った。
「生存者はいない……か。
術者の存在もいない――か」
「あ、それについて少しいいですかー。ウィナさん」
と挙手するリティ。
その彼女をじいっと見つめるセシリア。
(……何かあったのか?)
「なんだ、リティ」
「えー、術式構造を把握しました。
これは現象としては幻術の魔法になりますが、本質は違ってわたし達のような魔法を使うものの魔法によって引き起こされた現象ですねー」
「管理者から許可を得た者――ということか?」
「はい。
ところでグロちゃん、この魔法に解析はしました?」
「あ、はい。
けど、構造は解析できたのですが、発動させるための鍵となる術式がどこにも存在していなかったんです。
普通、どんな魔法でも発動させる術式が存在しているはずですし、なければそもそも魔法として成立しないはずです」
「そうですねー。
グロちゃん達、普通の魔法使いならそう考えるのは無理もないですねー。
けど、わたし達のような基盤を直接操作できる許可をもらった魔法使いには、よくある術式構造なんですよー」
「?どういうことですか?」
「いわゆる魔法発動に際して、自身の魔力ではなく違うところから魔力を使い現象を引き起こすというもののことです。」
「遠隔系、設置系魔法のことですか?
でもあれは、単純に対人や、物といった単体にしか成果が出せない魔法です。
こんな村一つ、現象を起こさせるものじゃなかったですけど……」
「遠隔系、設置系の魔法が単体発動なのは、2つ理由があるんですよ。
1つは、発動させるために魔力を残しておかないといけないわけですが、魔力は空気中に満ちるものでもあります。
それゆえに自身から発せられた魔力も大気魔力の一部となり自身の操作から外れてしまうんです。
そんな特性があるので、魔力を場所に固定というのは難しい技術を要します。
2つ目は、条件づけですね。
無差別に発動というのであれば、それほど難しいことではないのですが。
ある特定条件のみ魔法を発動させるとなると、それだけ術式が高度、精密になります。
できないこともないのですが、
そもそも人間の演算能力には限界があります。
複雑な条件での術式発動は、維持するにも発動するにも難しいんです。
条件にも魔力を使うので、1つ目の理由から大気魔力になってしまい霧散してしまう恐れがあります。」
ぴっと人差し指をたてるリティ。
「ですが、それらを克服できれば、問題ないと思いませんか?」
「……確かにそれはそうですけど」
「なるほど、それが管理者からの許可をもらった魔法使いの特性か」
「平たくいうとそうです。
普通の魔法使いが魔法を使う仕組みと、わたしのような管理者から許可をもらって魔法を使う仕組みは違うということですかねー。
そういうわけでこれはわたし達側の魔法です。
術名称は……【過去投影】といったところでしょうか。
ある特定条件を持つものがここに来た時、凍結していた術式が解凍されるようになっていたみたいですね」
「過去投影……ということは、これは現実に起きたことなのですか?リティ様」
「みたいですねー」
「こんなことが……?」
グローリアは、信じられないという表情をする。
「……やっているのは帝国の兵士みたいね」
「証拠は?」
すっとシアは、兵士達の鎧に刻まれている紋章を指し示す。
「鷹と剣の紋章は、帝国の象徴。
過去の世界でもそれは変わっていないなら」
「……そうか。
ちなみにアーリィ。このことは知っていたのか?」
「いいえ。
帝国の歴史にこのようなことをしていた記述文書等は私も見ていないですね。
おそらく隠された歴史なのでしょう。
帝国城内には、皇帝の側近ですら入出できない特殊な部屋が幾つもあります。
その中にあったのかもしれません」
「ちょっといい?」
沈黙を破ったのはセシリア。
彼女は、腰に手をあて。
「さっき、貴女は特定条件下のみ発動されたといっていたわよね?
でも貴女方は、この地に一度来ている。
だったら何故、この魔法は発動されなかったのよ」
「それは条件下ではなかったからでしょう」
アーリィはそう答えた。
「そう。
なら今は条件下であるわけね?
つまり――」
「セシリアたんの考えている通りですよー」
「っ、やっぱりそういうわけ、か。
アイツは生きいる……のね。
………………あと、たんとかつけないで。
恥ずかしい人とか思われるじゃない」
「もう手遅れですよ」
「どうしてよっ!?」
「なるほど、セシリアがここにいることが特定条件だったということか」
「そうすると、あの男とセシリアに実験をおこなった人物が同一人物の可能性も高くなりますね」
「さて、そう簡単に結びつけば問題ないんだけどな……」
「でも、どうしてこれをわたし達に見せたかったんでしょう?」
グローリアがふと疑問に思ったことを口にした。
「「趣味?」」
シアとリティの回答がかぶる。
いや、趣味はないだろう。
ウィナは胸中でツッコミをいれた。
「……もしも、これが俺達に害をなすための戦術であれば簡単なんだがな」
「動揺させて、超遠距離からの射撃――ですか」
「ですが、その件についてはウィナ様から指示があった通り、索敵を現在も行っていますが、不審な行動をしている人影や魔物の姿は見あたりません」
「だとすると、俺達を害なす以外で見せたかったという理由になるのか。さて」
ウィナ達が話し合いをしている間も、兵士達の虐殺行為は続いている。
しかし、それも終盤なのだろう。
崩れ落ちた家々を回り、兵士達は互いにうなずきあうとそろってどこかに向かっているようだ。
「この方向は、村の中央広場だな」
「ええ、行ってみましょう」
村の中央には、井戸があり、その周りには簡素な木の椅子なども存在しているようであったが、
魔法か、もしくは武器による破壊のためほとんどが半損している状態であった。
「……あれが親玉、か」
兵士達よりも偉いであろう質の高い鎧に身を包んだ者達が、1人の男の元に集い、何かを伝えているようだ。
男は、おそらく40代はこえているだろう。
眼光が鋭く、身につけているものも他の兵士達と比べて格段にモノがいい。
その中でも腰に差している彩色煌びやかな剣は、かなりの業物であると思わせられる。
「!」
シアの顔が若干、強ばったのが視界に入る。
「どうした?」
「……前皇帝ですね」
シアに変わってアーリィが答えた。
「前皇帝……、つまりシアの父親で今回の事件の発端をつくった人物か。だが」
「ええ、ルーシュ。あなたの考えている通りです。
この時代にいるわけがありません」
アーリィは断言する。
アーリィ達クーデター組が現在の帝国政権をひっくり返した時、もちろんシアの父親であり前皇帝も粛正された。
その時の年齢は50代。
今の時代は少なくとも50年前よりも以前の時代。
とっくのとうに死んでいてもおかしくない年齢だし、仮に前皇帝が生きていたとしてもその年齢は90代。
はっきりいって次の皇帝であるシアに皇位継承権がとっくに移り変わっていて、クーデターなどすることなく国の統治を行っているだろう。
「……これは本当に過去投影なの?」
「間違い無いと思いますよ-。
術式構造から見ても」
シアの疑問にリティはあっさりと答える。
「じゃあ、私達が粛正したあの男は……」
「そうか、下がれ」
男はそう連絡を伝えてきた部下達を下がらせた。
部下達は、多少なり命令を受けこなしてきたある種の達成感を表情に残していた。
だが、受けた男の方はというと苦々しく村の様子を一瞥する。
「……これでいいのだな?」
と後ろへ声をかける。
しかし、男の後ろに人はいない――いや。
いきなり夜の闇よりも暗い光が、空中に円を作り出し、その中から1人のフードに、ローブといった魔法使いらしきものが姿を現す。
その男の登場に、やはりシア、アーリィ。そしてセシリアに緊張が走る。
ウィナとテリアもまた、周囲の警戒を続けこれもまた1つの映像であることを確認できると意識を男達の方へ戻した。
「ええ、これで準備は整いました。陛下」
うやうやしく臣下の礼をとる男。
それに前皇帝は表情を崩さず、
「ならばいい。さっさとやれ」
「了解いたしました。
――大気に満ちる無念の魂よ、収束せよ【監獄】」
男の声とともに、変化は起きる。
すでに事切れた者達から白い光球が浮かび上がり、彼の手の中へと集まってくるではないか。
そして、その光球は集まるにつれてその光を強いものにし、硬質的な何かへと姿を変えていく。
「……根源石か」
目を細め、ウィナはつぶやく。
光の発生が弱まった頃には男の手に2つの透明度が高い結晶が存在していた。
「これが、おまえの言う万病に効く薬――【霊薬】か」
「はい」
「【霊薬】だと?」
「違います。
あれとこれとは全くの別物です」
グローリアが、首を横に振る。
「グロちゃんの言うとおりですねー。
エリキシルは、賢者の石、不死鳥の羽、無垢なる霊魂の3要素からなる聖薬です。
しかもその3つとも手に入れるのは極めて困難で、おとぎ話の類と言われているくらいですからねー。
まあ、間違ってもあんな怨嗟がつまったような石ではないですよ」
「この霊薬があれば、陛下の奥方様の命を救うことが可能であります。
ささ、早くこの場を」
「……わかっている。
もしも、妻が本当にこれで快復したならばおまえの望みを叶えよう」
「それはありがたい。
僕もいい加減、1つの国に落ち着きたいと思っていましたので……。
望むとすれば、帝国国民としていただければ」
「わかった。
おまえの望むようにしよう。」
そう前皇帝は言い、兵士達に指示を飛ばし帰還準備に取りかかる。
「おまえはどうする?」
「僕は後から追っていきます。
先に」
「……うむ」
馬に騎乗し、去っていく兵士達や、前皇帝の後ろ姿を眺め、男はくるりときびす返す。
「このままじゃあ、他の国々から非難を受けることになるから、証拠隠滅させてもらおうか」
そう言い放つと、空気が変わる。
「監視を置いていくのはさすがだけど、僕には無意味――固有術式【聖域】発動」
「!!」
その力は見たことがある。
ウィナはセシリアの方を見た。
彼女は、目を大きく見開き唇を振るわせていた。
「さて、これで監視の目はここには届かない。
次は……」
男の足元から蒼い光が生まれ、それは村全体にまで広がる。
「蒼い輝きを我が手に」
「え、え、ええっ!?」
グローリアが何度も何度もついさっきまで村だった場所を見返す。
男の言葉が魔法の発動鍵だったのか、男が言葉を放った後事切れた村人の身体、崩れた家々、焼き尽くされた植物、
そういったものが蒼い光へと変換されて、男の手の中へと収束していった。
数分後、村だった場所には残るのは荒れ果てた大地のみ。
ついさっきまで人がいて、暮らしていたなど誰が信じようか。
「……固有術式【聖域】解除」
ふらっと男の身体が揺れる。
「さすがにキツい。もう少し術式をいじる必要があるか。まあ、予定通り進められたからよしとするべきか」
男の手にあるものは、蒼い宝石。
「これだけの純度であれば、2人くらい創れるかな。
肉体もまかなえるけど……それだとエネルギーを余計に消費してしまうから、やはり当初の予定通り王妃を使わせてもらおうか。
コレによれば、王妃から生まれる双子の女王は共に出産時に他界するみたいだからそれを器にしよう。
そして、1人をそのまま女王に、もう1人はスペアとして僕が育てるか。
後は、何人か実験してアレが生み出せればいいけど」
そこで男は大きくため息がついた。
「やれやれ、時間だけは無限にあるというのはどうにも。
やっぱり限定した時間の中でなければ、その精神もあまりもたないのかもしれないな」
再度ため息をつき、彼は来た時と同じく闇へと解け消えた――。
「…………これが真相――なのか?」
ウィナの言葉に、誰も応えるものはいない。
いつのまにか夜は明けていた。