幻想の霧
行動は迅速だった。
異変に気づいたウィナ達は、まだ眠っている仲間達を覚醒させ状況を説明し、1つの行動をとった。
それは現場に行く。
危険があるのは間違いないが、異変が起きているあたりはウィナ達がここに来たときにいた付近であることがわかったのだ。
あそこには荒れ果てた土地があり、朽ちた遺跡があるくらいで何もないはずである。
あの黒いローブにフードを被った男がいた以外は。
関係しているかもしれない。
そう考え、ウィナ達は異変が起きている場所へと急行した。
目的地には速やかにつく。
妨害などはない。
それが余計に異常といえば異常であった。
しかし、そんな異常など目の前に広がる光景に何の意味があるだろう。
「な、なんですか……これ」
顔を青ざめさせ、グローリアが身体を震わせる。
無理もない。
異変が起きている場所は、村だった。
そう村だった。
建物は軒並み、燃やされて破壊され、不自然な格好で倒れている人間や、不自然な行動の結果正視できないものが無造作に至るところにみてとれた。
そして――。
「がはっ!」
妻を守ろうとしたのだろう。
男が兵士によって惨殺されるまさにその瞬間。
ウィナは迷わずかけた。
まばたきすら許さぬその刹那、紅い刃が兵士を叩ききる――。
「!?」
兵士の身体は分断された。
それは事実だ。
だが、左右に分かれた兵士はすぐに互いを結合し元通りに戻る。
これだけいえば化け物の類と思うかもしれない。
実際は違う。
兵士は斬られたはずなのに血1つ流すことはなかった。
兵士を両断したウィナの手に残る感触は人を斬ったものではない。
むしろ、訓練の時に素振りしているような感覚。
空気を斬った程度の感触しか残らなかったのだ。
「……幻術」
理解した。
これは幻術によるまやかしだと。
「確かにこれは幻術ですが……少し毛色が違いますね」
アーリィはぼろぼろになった建物に手を伸ばす。
だが、触ることができず、ずぼっと素通りした。
【領域探査】はすでに発動している。
意識をそちらにやればこの異変一体に人や魔物、何かしらの生命反応は存在しなかった。
「テリア」
「はい。遠距離範囲を索敵します」
風の人工精霊エルを呼び出し、周囲の探索へ行かせる。
「俺の【領域探査】が間違っている可能性もなにきにしもあらずだ。
各自生存者を捜してくれ。
ただくれぐれも単独行動は慎んでくれ。
敵の術中かもしれない」
村の中をウィナとグローリアは歩き回る。
視覚が狂わされているかもしれないので、グローリアに解呪の魔法を全員にかけてもらった。
しかし、光景が消えることはなく今もなお残り続けている。
兵士達の姿もあちらこちらにあるが、触ろうとしたり、近寄ったりするとすり抜けたりする。
まるで幽霊だ。
(精巧な立体映像だな……)
魔法による幻術や、幻惑はある。
大陸を旅していた時に、その使い手と相対したこともあった。
だが、そのどれも元の世界にいた時に体感したものとくらべれば、残念ながら元の世界の科学技術に軍配があがる程度。
アーリィレベルでようやく勝ったといえよう。
それくらい難度も使い手も選ぶ魔法であり、難しいものと言える。
「……すごいです」
グローリアは兵士に触れ、その幻術の精度に感嘆の声を上げる。
彼女の掌には奇怪な文様――魔法詠唱を省略することができる象徴魔法印が浮かび上がっていた。
「【解析】」
「魔法解析……か。」
解析魔法は、誰にでも使用できる一般魔法の一種である。
子供でも使えるものだが、この魔法を使いこなすのは難しい。
なぜなら、構造を読み取ることはできるが理解をするのは自身の頭他ならないからだ。
それに解析されることを嫌がり、魔法に防禦をかけて読み取らせない、偽造するといったことをしたりする者もいるため、
なかなか使いこなすことは難しい。
その点、グローリアは努力家だ。
休日や、空いた時間に魔法の構造式や、リティの指南を受けているため、その解析魔法に期待ができるだろう。
「……」
やがて、グローリアは対象から手を離し、唇に指をあて思索にふける。
「?……【解析】」
また対象に手を伸ばし、解析の魔法を唱える。
そんなことを2、3度繰り返しグローリアはため息をついた。
「かんばしくないのか?」
「……はい。
解析できないです。
でも、解析はできているんです」
「?どういうことだ」
「……魔法が発動している構造式がちゃんと見えるんです。
防禦情報もあるのも確認できましたし、解除もできました。
だから、この構造式でこの魔法が成立しているのは間違いないはずなんです。
でも……」
グローリアは眉根を寄せる。
「これだと魔法は発動しないはずなんです。
魔法に必要な鍵が記述されていないんです。この魔法……」
一方その頃、リティ・A・シルヴァンスタインは単独で行動していた。
考えてみれば、奇数メンバーである。
誰かが組から省かれるのだ。
「絶対ウィナさん、Sです……」
本人が聞いたら、怒られるような事を口にしながらきょろきょろ辺りを見回すリティ。
やがて村の中心に来ると、右手をさっと前にだし。
「――【解析】」
グローリアがやっていたように魔法の構造を読み取ろうとする。
「……ふむふむ。なるほどー。
こっちだと正常……ということは――」
左手をさっと振ると、蒼い光によって編まれた球体が空中に生まれる。
その球体の表面に文字をなぞる。
「あ、やっぱり常時接続しているかー。
コストがかかるんですけどねー、このやり方。
そうすると魔法源は……これかな?
あー、なるほどーこれなら半永久的に起動できますね。
鬼畜なことを考える人がいるもんですねー」
「そうは思いませんか?
セシリアさん」
背中を向けたままリティは言い放つ。
ざっと幻術の壁から姿を現したのはセシリア。
その顔には疑問が残っていた。
「……貴女何者?」
「どういう意味ですか?」
「その魔法。
アイツが使っていた」
「えっと、セシリアさんに実験していた人がですか?」
「そうよ。アイツの魔法は、おかしかった。
わたしの時代でも、今の時代にもない魔法だった。
そのことを聞いたことがあるのよ。
その時アイツは、自分独自の魔法だって言っていた。
それを何故貴女は使えるのよ」
「あー、魔法に著作権はないですよー。セシリアさん」
「?著作権?」
「こっち側的にいうと、魔法は相手の魔法構造式を読み取れれば誰でも使えますよ。
そのための解析魔法ですし」
「……信じられないわね」
「おやや、そう言われても困りますね-。
この魔法はわたしが編み出したものですし。
そのアイツさんという人がわたしから盗みだしたのでは?」
リティの見解にセシリアは鼻で笑った。
「それこそないわね。
アイツは少なくても100年前にいた。
今生きているかはわからないけど、どうしてその魔法を未来にいる貴女から盗めるのよ?」
「それはわたしにもわかりませんねー」
お手上げです。
とリティは両手を挙げる。
その姿は、とらえようのないクラゲのようだ。
「聞きたいのはそれだけですか?
そろそろ集合時間となりますので、集まった方がいいと思いますよー」
くるりと背を向け、歩き始めるリティにセシリアは。
「…………」
無言で見続けていた。