第6話 喫茶店での戦闘無双
バンと大きな音を立てて、店内に入ってきたのは見るからにがたいのいい男だった。
(客……じゃないな)
店内が騒然とする中、ウィナは、紅茶をすすりながら観察する。
40に近いくらいか、顔のあちこちに傷がある。
腰に差した剣はおそらく大剣。
両手で持つエモノだろう。並みの力じゃ扱えないが、男の腕は俺の腕の三倍くらいの太さはある。
そんな腕力を持つ男なら余裕で扱えるだろう。
男は、鋭い眼差しで油断なく周囲を見回す。
(誰かを探しているのか?)
それかやっかいな相手がいないかを確認しているか。
もし後者なら、次にとる男の行動は読める。
おそらく――
ぱちん。
男が指を鳴らすと同時にばんっ!!と先ほどよりも大きな音をたてて、黒い甲冑を着るもの達が流れ込むように入ってきた。
(つまり、占拠して何かをするってわけだ。テロだな一種の)
「ウィナさーん。なに冷静でいるんですか……」
「あせっても仕方ないだろ。どのみちここは王都なんだ。すぐに衛兵がやってくるだろうし」
「まあ確かにそうなんですけど――」
「おい、おまえ達何をしゃべっているっ」
数人の黒甲冑の人間がこちらにやってくる。
いつのまにか、ウィナ達以外の人間はみんな店内の奥一カ所へ集められているようだ。
(さて、今の能力ならそれほど時間もかからず制圧できると思うが……)
問題なのは、捕虜を取られていることだ。
いざとなったら、捕虜を使ってこちらの行動を束縛するだろう。
(こういう時、瞬間移動とかできればラクだな)
ないものねだりと思いながらも、何故か紅茶から手を離せない自分がいる。
これも女性になった弊害か?
などと思いめぐらせていると、黒甲冑の1人が鋭い叱責をこちらに飛ばしてきた。
「聞いているのか、娘っ!!」
ひっとじゃ、きゃっとか人質状態になっている集団から漏れる。
緊迫した雰囲気の中、やはり空気を読まないヤツはいるもので。
「はい。聞いています」
とびしっと片手を高々に上げていい返事をするのはリティ。
こいつに緊張感とか、緊迫感とかないんだろうな。
と、ウィナはあいもかわらず、ちびちびと紅茶を飲みながら、足を組んで状況を見守っていた。
「この店は、我ら『黒い狼』が占拠した。おまえ達ももう逃げられるとは思わないことだな」
深々と兜とか、覆面をしている者が多いせいか、どうにも表情が読みずらい。
だが、たぶん勝ち誇った台詞を言っているこいつに今負けフラグがたったなと、ウィナは思った。
(……周囲にやれるような人間はいないし、俺も見た目は小娘だからな。自信満々というところか。
こっちとしては油断大敵多いに結構だからな。)
そうしてこれからの行動を算段していた時、場にそぐわない明るい声がウィナの真っ正面から聞こえてきた。
「黒い疫病神ですね。確かにそれっぽいです」
言うまでもなくリティだった。
聞き間違えしたかもしれないと思ったがリティだった。
どうしようもなくリティだった。
(……どうしてトラブルのタネを自分で呼び込むんだ……)
内心頭を抱えつつ、やってきた黒甲冑の男達を見る。
「な、なんだとっ!!貴様っバカにしているのかっ!!!」
つばをはき出すように激高する黒甲冑その1。
すでに腰に帯びたエモノに手をかけていて、あと数秒後には白刃が閃きそうな具合。
明らかに先ほどよりも状況悪化したことに、ウィナは、
(ああ、やっぱり……)
がっくしと頭を下げる。
そんな自分と相反して、リティはどうやらエンジン全開、ブレーキペダルはとっくのとうにイカれているようで、
「あれ?何か間違えましたか?黒いゴキブリさん」
さっきよりもひどい悪言を口にする。
「貴様っ!!!」
(たぶん、絶対わざとだな。……タチが悪い)
おそらく、相手の感情を乱し相手を制するのが彼女のスタイルなのだろう。
くせ者であるのはさっきまでの会話でよくわかっていた。
わかってはいるが、こんな騎士を今まで見たことがない。
どこか遠くへ行きたい気分だったが、状況は傾斜80度を超えるくらい劇的に悪化していた。
つまり、
Q堪忍袋がキレた男は何をするか?
A武力行使
剣を抜き放つ男。
きゃああっと店内に悲鳴が響く。
天井の照明によって、使い込まれた剣の切っ先が光る。
抜剣したことで、男に余裕が生まれたのだろう。
落ち着いた声音で警告を発した。
「貴様、自分の立場がわかっているのか?」
ここでわかっていませんなどといえば、それすなわちBADEND行きである。
さすがのリティもこの選択肢を間違うことはなかったようで、
「ええ、わたしは人質です。それくらいわかりますよー」
自信満々に胸を張るリティ。
いや、そこは自信満々に答えるところじゃないだろう。
危機的状況じゃなければ、ツッコミをいれていたが――
どうやらもっと危ないもの――剣がその首もとにつきつけられる。
皮膚まではおおよそ数ミリ。
少しずらしただけで張りのある肌を裂き、命を奪える距離感。
その距離感を一瞬に作り上げた男の力量に、ウィナは感心した。
(どうやらただのゴロツキではなさそうだな)
男は、剣をわずかでも振るわせることなくそのままにした状態で、リティに言った。
「なら余計なことは言うなよ、娘。その身体キズモノになるぞ」
明確な殺意が男から発せられる。
黒甲冑の者、人質になってしまった喫茶店のお客、店員――全員がこっちに集中しているのがわかる。
(……全員?)
そう。
何かをやるならこの一瞬にしかありえない。
1秒後
椅子から立ち上がるやいないや、リティの前の前にいた黒甲冑の男のみぞおちに掌底を放つ。
2秒後
隣で驚きの声を上げようとしている男のスネ(弁慶の泣きどころ)を軽く蹴り、体勢を崩し前屈みになった男の背中を通りすぎた刹那に撃つ。
3秒後
床に音を立てないように崩れ落ちる男達を無視して、店内を再度見直す。
人質の集団のところに2人。
入り口に2人。
2階にあがる階段に1人。
(――最初に入ってきた男他数人がいない)
だが、捕虜さえ取り戻せばどうにもなる。
それに
(身体が軽い……。
相手の動きがスローに見える。
これも加護のおかげか)
にやりと笑みを浮かべる少女ウィナ・ルーシュ。
5秒後。
人質の方へと走る。
人質の所にいる連中の1人がこっちを制止しようと手をのばしたところを、
下半身の筋力を使って身体をかがめ通り抜きざまに掌底を放っておく。
「ぐっ」
うめき声をあげる男の側を通り過ぎ、捕虜に剣を抜いて何かをしようとしている男を見据え、
8秒後
【武器】を具現化し、剣めがけてそのまま鞘から抜かず切り伏せる。
これは、斬れる――そう信じて。
鞘に入ったままの剣は主の声に見事に応じて、男から凶器を千塵にすることで答えた。
そして、ウィナは剣を構えたまま、男のみぞおちむかって蹴りを放つ。
10秒後
1Fにいる黒の甲冑の男達は全員崩れ落ち、ウィナは人質を完全に取り戻した。
「リティ。こっちにきて守っていてくれ」
「……なんという早業。目にも止まらぬとはよくいいますけど、ウィナさんがやると本当にその言葉通りの現象が起きますねー」
少しあきれたようにリティはこちらに近寄ってきながら肩をすくめてみせる。
「いい具合に隙があったからな。
今なら問題なくできるような気もしたし」
「やっぱり、闘神ミーディ・エイムワードの加護はすごいですねー」
「ああ、抑えてこれくらいの芸当ができるんだから……代償でこの姿になるくらいなら安いものかもしれないな」
ウィナは、さっとあたりを見回し。
2階へ続く階段の方へ視線を移す。
「いくんですか?」
「ああ。騎士団が来るまでまっていてもいいが、新手がこないとも限らない。とりあえず店内の掃除は完全に終わらせておくさ」
「今のウィナさんなら問題ないと思いますけど、無茶はしないでくださいよ?」
「善処する」
手を上げて答え、警戒しながら2階への階段に足をかけた。
(……いるな。息をひそませて数人、か)
どうやら1Fにいた連中よりも手練れらしい。
下手をうつと、身体を通す攻撃を受けるかもしれない。
(身体能力の向上レベルは、把握した。神経系も強化されていてある一定の距離までなら目をつぶっていても空間ごと把握ができそうだ。)
ぎゅっと、両手を握りしめる。
(本気でなぐれば、甲冑ぐらいなら割れるな。この身体は……)
先ほどの男達をのした時は、半分以下の力だった。
(あとは防御力。さすがに刃物の一撃を食らうと肌が切れるとは思うが……)
まさか、カンとか高い音をたててはじきかえすなんてことはないだろうと、ウィナは考えていた。
(実際、当たって試すわけにはいかないからな。こればっかりは……。)
ことっ。
小さな音がしたのをウィナの耳は逃さなかった。
しゅっと何かがこちらにむかって飛来してくる――
(投げナイフっ)
階段途中ともあって逃げられるスペースは少ない。
普通の身体能力であればいくらかの傷を負うであろうその攻撃を、ウィナは――
ふっと鋭い呼気とともにせまってくる投げナイフをたたき落としながら、
一気に残りの階段を駆け上がった。
一瞬動揺した気配が、相手方に生まれる。
一番動揺した気配を放った方――右側の扉を蹴り開けると同時に、見えた黒甲冑の男を袈裟で切り捨てる。
斬れるようにはしていないから、打撃のみ。
だがそれなりの力で放った打撃の一撃は男を痛みによって昏倒させるものだった。
「貴様っ!!」
隣にいた男、そして、挟み込むように廊下から男達が一斉に剣を抜き放ち、逃げ出せぬ一撃を繰り出す。
がんっ。
鈍い音がし、男達の剣がとらえたのは床の木の板。
ウィナは――
一瞬にして中空に舞上がり、両足を元から部屋にいた男の顔へと踏みつけ、その反動を利用して反対側の男を剣で切り伏せる。
なにやら両足で踏みつけた方の男の顔が、にやっとしていたのが気になるが。
ちなみに現在のウィナの格好は、膝の上の方でそろえたスカートに、黒のニーソックス。吸水性と通気性に優れたブラウスに、
同年代の女性よりも若干大きめの胸を隠すように金属のプレートを当てていた。
つまり、男が最後に見たのは、リティにいつでも勝負下着でいることで気合いと気品が生まれるんです。
と妙な説得をされてしぶしぶ買った黒の勝負下着だったのである。
やっとそのことに気づいたウィナは、満足そうに倒れている男の脇腹を蹴り、
「ヘンタイ……」
とつぶやいたそうだ。
ちなみに何故かそのことが1Fのリティに届き、「ウィナさんのMOEシーンを見逃したっ!!」と悔しがらせたらしい。
「さて、あとは1人か」
もっとも強烈な気配の待つ部屋をにらみながら剣を持つ手に力をこめた。