リティとウィナの観光3~宿へ帰還、蒼輝の輝き
ウィナとリティが仲良く?買い物をしている頃、宿にて休憩をとっていた2人は別々の行動をとっていた。
グローリアは、ベッドに腰をかけ魔法の詠唱を試したり、メモを書き込んだりと研究中。
シアはベッドにごろんと転がり身体を休めていた。
外からの喧噪も届くがそれをいれても静かであった。
「……シアさん、具合が悪いんですか?」
ふと思い立ったかのようにグローリアは、横たわっている彼女に尋ねる。
ちなみに彼女――シインディームは、自身のことをシアと呼ぶようにと全員に言った。
理由は、女王陛下など誰かに聞かれたらややこしい事態になるかららしい。
その理由に納得できたものの、いざ呼ぶとなるとグローリアはなかなか口にすることができず、ついさっきまで言うことができなかったりする。
矯正されこうして普通に呼べるようになったのだ。
シアと呼ばれることに満足しているのか、彼女はごろりとグローリアの方へ身体を向け、
「そんなことはないわ。
ただ、こうしてごろごろするのが好きなだけ」
「そ、そうなんですか?」
「女王なんてやっていると、こういうことってなかなかできないの。
女王陛下ともあろう者がって、五月蠅い人が多くて」
苦笑するシア。
そして、身体を大の字にして天井を見上げる。
「だから、今は少しラクかしら。
何も縛られず、自分の思うがままに行動ができるもの」
「そうですか……」
「グローリアはそうではないの?」
と、グローリアの方に顔を向け聞くシア。
グローリアは、少しうつむき、
「わたしは、少し怖いです。
自由っていうのが」
「何故?」
「……束縛されないっていうことは、何をするにしても自身の責任になりますから」
「そう?
でもそれは束縛されていても変わらないことじゃないかしら?
束縛されているからといって、全て他人のせいというわけにはいかないし、自由に振る舞えないわけではないわ。
違うかしら?」
「……そうですね。
わたしにはマネできないことですけど……」
「進んだ道に後悔しているの?」
「!」
はっとグローリアは顔を上げ、シアを見る。
シアは優しげに微笑みを浮かべていた。
「――後悔はしていません。
でも」
これから進むべく道が正しいのかがわからないんです。
その言葉は胸中でつぶやき、表に出すことはしなかった。
「未来は誰にだって平等だと思うの。私の経験上」
「未来……ですか?」
「そう。
だって、明日どうなるかは権力を持っている人間も、そうでない人間もわからないわ。
生きているのか、死んでいるのか。
生き残れるのか、事故に巻き込まれて死んでしまうのか。
だから、今日できる限りのことをする。
そうやってわたしは今まで生きてきたの。
これからも変わらないわ」
「……」
沈黙が部屋に落ちる。
その沈黙は、少したてつけの悪い扉の音によって破られた。
「ただいま戻りました」
一礼し、中に入ってきたのはテリアとアーリィ、それにセシリア、イーリ、ローザ。
その中でセシリア、イーリ、ローザは、服装薄汚れた布の服ではなくこの自由都市で見かける旅人のような格好をしていた。
「おかえり、アーリィ。
女の子ばっかり囲まれてどうだったかしら?」
意地悪げに笑みを浮かべるシアに、アーリィは嘆息で答えた。
「……正直、女性の方の服選びにおけるテンションの高さについていけませんね」
「あれぐらいで根をあげるとは情けないものです」
すました顔で辛辣な評価を下すテリア。
しかし、テリアの服装における情熱の度合いを知っているグローリアは苦笑いを浮かべるしかなかった。
「ウィナ様達は?」
「まだ戻って来ていません、テリアさん」
「そうですか。
ではお茶の用意をしてまいります。
そろそろ戻ってこられることだと思いますので」
そういって風の人工精霊エルを召喚し、お茶の支度をさせるテリア。
3人の少女達は、どうしたらいいのか目を宙でさまよわせていたのでグローリアは適当なところに腰を落ち着かせるように導いた。
9人部屋となっているこの部屋には、3人用の大きなベッドが2つに、小さなベッド1があり、
空いたスペースには全員が食事ととれるくらいの木製のテーブルが鎮座していた。
彼女達は、しばらくどこに座るか悩んでいたが木製のテーブルにつくことでまとまったらしい。
ちょうと彼女達が席についた頃、
ノックの音とともにウィナとリティが姿を現した。
2人とも手には大きな袋を持ち、シアの目が面白そうに丸くなっていた。
「おかえりなさい」
「ただいま。
一応、お土産らしきものだ」
「何を買ったんですか?」
アーリィも気になるのか、覗いてくる。
ウィナは手に持つ袋をテーブルに付属してある椅子におろし、その中から一冊の本を取り出した。
「ちょっと個性のある古書店を見つけて、そこでもらった。
おもしろいだろ?」
「っ!これは……」
一瞬、目を見開きアーリィは動揺を抑えるようにウィナに問いた。
「この本は本当に古書店に?」
「不思議なヤツが店員だったがな。いや店主か?」
「リティさんは、何を買ってきたんですか?」
グローリアがそう聞くと、リティはじゃじゃーんといって袋から取り出したのは、何故か大きな花瓶。
陶器で造られたものらしく、どくとくな土の色合いがなんとも心を落ち着かせる。
だが、
「……あの、リティさん」
「なに?グロちゃん」
「なんで花瓶を?」
「それはわたしの直感かな。
何か良いことが起こりそうな予感がするんですよねー」
グローリアの目は宙を泳ぎ、隣にいるウィナへと向けられる。
ウィナは、肩をすくめ。
諦めろ。
そう仕草で表した。
それにグローリアは引きつった笑いを浮かべ、
「た、たくさんのお花が飾れそうですね」
心にもないことを口にしたのだった。
そして、ようやく全員が集まったということで軽いティータイムが始まった。
話題にあがるのはウィナがもらった本のことに。
「無貌の古文書店主ですか……」
腕を組み、むむむと難しい顔をしているアーリィ。
「怪しい人物ではあったが、本は本物だ」
ぱらぱらと本をめくるウィナ。
その横では、エルが作った(テリアではなく)スコーンのようなお菓子にベリージャムをたっぷりつけたものをほおばるリティ。
もきゅ、もきゅと可愛らしい音が聞こえてくるようだ。
「ちょうど今欲しいと思っている情報が手に入ったのは、幸運だった」
山のように重ねた本から2冊ほど取り出し、アーリィに見せる。
「【宝石大辞典】に、【世界神話】ですか」
「ああ、宝石大辞典の方は、俺の知らない生輝石、根源石に属する新たな石の存在が記されていた。あとその処方もな」
「新たな石には興味がありますが、処方に関してはシルヴァニア王国の禁書に書かれていると聞いたことがありますが――」
生輝石、そして根源石を作るためには相手の心を負の感情で満たした状態で魂を結晶化させる魔法などを行使する。
そう製造法には記述されていた。
しかし、この本には全く異なることが書かれていた。
「生輝石、根源石もだが、魂を結晶化させるのにわざわざ相手の心を負の感情で満たす必要はないと書かれている。」
「!本当ですか」
「ああ、ここにその記述がある」
該当箇所を開き、アーリィに見せる。
「……魂の結晶化の技術が完成したのは、古代カディアガルド皇国期においてである。
その技術は高度ではあるが、何十年もの歳月を重ね古代ディアガルド皇国は特殊な魔方陣を作成することで自動化させることに成功した。
これにより、対象となる者を魔方陣の中に置くことで魂を結晶化させることに成功をしたのである――ですか」
「つまり、その特殊な魔方陣とやらを用意し、その中に人を置けば勝手に魂を結晶化させることができるということだ。
感情とは関係なくな」
「なるほど……。
しかしそうだとすると何故ヘラ・エイムワードは負の感情で心を満たすようなことを?」
「2つ考えられることがある――」
とウィナ達が真剣な話し合いをしている一方で、女性陣は。
もきゅもきゅとベリージャムや、バターのようなもの、生クリームのようなものとスコーンを口にし、
いれられた紅茶に舌鼓を打っていた。
ちゃんちゃん。
「一つは、彼女自身がいっていたように復讐のためにあえてわざと相手を苦しみさせるため」
「……なるほど」
ぎいっと奥歯を噛むアーリィ。
「もう一つは、彼女がその事実を知らないということ」
「――それはありえますか?」
訝しげに疑問を投げかける彼。
「俺もそう思うが……。
だがない話ではないと思うがな。
そもそもアーリィ。おまえはあのヘラ・エイムワードと対面して、対面する前と後とではどう思った?
力的な意味合いで」
「……対面前は、世界の理を司ると噂されている彼女のことをそのまま額縁通りには受け取ってはいませんでしたね。
よくある噂に尾びれ背びれがつくというもので、過大評価と認識していましたが。
対面後はその認識が甘かったと認めざるを得ませんね。
【嘆きの黒槍】【神の火遊び】【最後の審判】――人が扱うには強大な魔法をいともたやすく扱い、
あまつさえ我々を過去の世界へと送った、あの時の神すらも従属させる力。
正直、化け物です」
「確かにアレは反則だとは思うが――。
それよりも、アーリィが対面前に思ったことの方が重要だと俺は思っている」
「彼女――ヘラ・エイムワードはそれほど大した存在ではないと?」
「ああ。
俺の赤錆の魔刀は防がれたし、傷を負わせることも結果的にできなかったが……。
ただそれだけに納得ができない部分がある。
何故、どうやってあれだけの知識、技術を習得できたのかということだ」
「修練したのでは?」
「修練であれだけのことができるなら、あとに続くものがいてもおかしくないと思うが?」
そうウィナに静かに反論されて、考え込むアーリィ。
「これは仮説だが、噂の中にある理を支配することと引き替えに視力を失ったというのがあるが、俺は正解じゃないのかと思っている。」
「ヘラ・エイムワードは、視力を代償に魔法の神髄を得ることができたということですか?」
「ああ、そしてその代償はそれだけではすまなかった。
おそらくヘラ・エイムワードは魔力量無限にあるわけではない」
「根拠はあるんですか?」
「疲れなさすぎる」
端的に言い放つウィナに、アーリィは眉根を寄せた。
「すみません。意味がわからないのですが」
「アーリィが言っていた通り、俺との戦闘や、それ以外でも魔法を行使し続けただろう?
なのに彼女の魔力はブレることなく、ぴんぴんしている。
どんなに魔力が多くても、普通魔法を連続で行使すれば息ぐらいは上がるものだ。
その兆候が見られない。
ということは、どこか外部に魔力を保管するものがある可能性があると、俺はそう思っている」
以前、ウィナ達は準騎士養成学校で講義をしたことがあった。
その時、リティが面白い話をしたのを覚えている。
「魔法は、特殊な言語を用いて世界に変化をもたらす技術。
それはある意味あっていますし、おそらく普通に暮らしている人にとってもその程度の認識しかないです。
でも、本当の魔法とは【基盤】を操る力そのものです。
わたし達のこの世界を構成する基となる【基盤】。
安易にいじくれば世界の環境が激変したり、大陸が沈んだりと様々な現象が起きてしまいます。
それゆえに【基盤】を管理している存在、わたし達は【管理者】と呼んでいますが、彼女達の許可が下りないと力が使えない――
制限をかけられています。
その制限の1つが魔法言語。
特殊な言語のことですね。管理者達はこの魔法言語を適切に用いないと魔法が使用できないといった制限をかけています。
このため、魔法には特殊言語が必要となるわけです。
次に魔法種類の制限。
この世界の魔法区分は、一般魔法、下位魔法、上位魔法と大きく分けて3つに分類されています。
その下に第1種、第2種、第3種……というふうにさらに細かく分類されています。
これもまた1つの制限です。
高度な魔法は難易度が高く、使う魔力量も多い。
でもこれは制限をかけられているからそうであって、制限がなければ魔力量は低いが高度な魔法を新規で作ることも可能です。
管理者の許可が必要ですが」
ヘラは管理者の許可もしくは、管理者自身なのやもしれない。
それであれば少ない魔力量で威力の大きな魔法を新たに見いだした可能性も高い。
高いがそれならわざわざ視力を失って世界の理を支配する――などという噂は流れない気がするのだ。
と考えたとき、管理者の許可や管理者自身であるという仮説が真実である可能性が低くなる。
威力や、術の難易度によって比例的に消費魔力が増大するという一般的な法則が彼女にも当てはまると、彼女が息切れも起こさない理由が怪しい。
「可能性はあるとは思いますが……」
素直に同意はできない。
アーリィの物言いにウィナは、
「無理に納得するものでもないから、それはいい。
ただそういう可能性もあるという話でOKだ。」
「わかりました。ではそういうことにしておきましょう」
少ししゃべりすぎて喉が渇く。
ウィナは飲み物をもらおうかとテリアに言いかけた時、
「ウィナ様、アーリィ様どうぞ」
とほんわか湯気が立つ紅茶をすっと差し出してきた。
気がつくと、女性陣も(自分もそうだが)興味津々といった表情でこっちを見ていた。
「もきゅ、もきゅ。面白い話ですねー」
「言葉にしてもきゅもきゅといった時点で、可愛らしさは10割減だな。リティ」
そのあざとさにマイナス1万点。
「それって魅力ゼロということじゃないですかーっ!?」
ががーんと思いっきりのけぞるアクションをとる。
何故そこまでオーバーアクションをとるのかはウィナにはよくわからなかった。
リティだからさ。
とどこからか電波が流れてきたが、とりあえず無視し紅茶を口にする。
鼻孔をくすぐる甘いにおいとともに喉の渇きが癒される。
「生輝石、根源石と並ぶもう一つの石ってどんなものなのかしら?」
シアが尋ねてきた。
少し声に緊張が混ざっているところを見ると、過去に飛ばされる前に見たアレのことを思い出しているのか。
ウィナは、ぱらぱらと本をめくりそのページを開いて見せた。
ぐいっと全員がそのページを食い入るように見る。
「蒼輝石……?」
「っ」
その時顔色を変えた者をウィナは見逃さなかった。