道も歩けば――
がたん、がたんと。
お世辞にも完全に整備されていない街道を馬車が通過していく。
それを横目で見ながらウィナ達は、
「流通はしっかりあるんだな。」
「そうですね。
しかし、ウィナ様気づかれましたか?彼らの格好」
テリアがそう声をかけてくる。
反射的にビクっと身体が震えるのは仕方のないことだと思う。うん。
何せ朝の事件で――。
ウィナは力なく頭を左右に振った。
「今の格好ではないな。
少なくとも」
シルヴァニア王国はおかしいので比較対象から外れるが、
少なくとも他国の民の服装は時代的にあっているので、古いファッションなのか、新しいファッションなのか判断しやすい。
現代に近づくにつれて、服装の色が様々使えるようになっていくためカラフルになっていくのだ。
それを考えると、今通り過ぎた商人一座?の格好は砂から守る外套以外の部分では地味な色合いのものになっていた。
すっかり小さくなった馬車を遠目に見ながら、
「このまま行くと、帝国……だな」
「そうですね-。
このまま帝国にいっちゃうんですか?」
リティの問いに腕を組んで考える。
この世界が過去なのか、現在なのか。
明確にするには都市を見るのが一番手っ取り早い。
建物の状態や、そこに行き交う人々、そして誰が都市を治めているかで、この世界がいつの時代なのか証拠になる。
本来であればシルヴァニア王国があればそこでも良かったのだが。
そのシルヴァニア王国が存在せず、100年前とあの男は言っていた。
「何者だったんだか」
ふうと息をはく。
あの男を追及するためにも証拠探しを優先しているのが現状だ。
遺跡を調査していたということだから、数日はあそこにいるらしい。
これからのプランとしては、現在の年代をはっきりさせてそれを元にどうするのかを考えるというところだろう。
などと考えていると――
「きゃあああああああああ」
蒼い空が天高くある今の時間帯に似合わない女性の悲鳴が響き渡った。
「っいきなりか!!」
「ウィナさん」
「行くぞ」
ウィナ達は互いにうなずき、駆けだした。
「っ!見えました。
前方にて馬車が横転。
その周りで盗賊と思わしき者達と商人達の護衛が闘っているようです」
鷹の目とはいかないものの、さすがは弓と闇の担い手【月の女神】ルーミスの加護を受けているテリアである。
すでに固有武装である弓――【月を射るモノ】と、矢を精製できる籠手――【下弦の銀籠手】は着装済みだ。
「許可をいただければ狙えます」
「撹乱、陽動にはいいだろう。
撃ってくれ」
「わかりました――」
テリアは和弓に近いソレを横に構え、走りながら一息で矢を放った。
ビュンっ!!
風を切る音とともに、ウィナの聴覚が直撃したであろう盗賊の悲鳴をとらえた。
「あと数分も経たないうちに接敵します。準備を」
「腕がなるわね」
言って腰に差している刀の柄に手をかけるは、シア。
「集団戦は向こうの十八番でしょう。
私が一撃を放ちますので各個分断、殲滅といった方がいいでしょう」
意見を出すアーリィ。
すでにその手には漆黒の杖が握られている。
「そうだな、頼む。あとグローリアは怪我人と、女子供を守ってくれ、リティはその付き添いだ。」
「はい」
「了解ですー」
「――接敵します」
テリアの声。
目の前に広がる戦闘。
何人かがこっちに目をつけ、数人が敵と見なしたのかエモノを片手にひっさげてやってきた。
「【幻火大輪】」
アーリィの声とともに、戦場に文字通り焔が走る。
「!」
硬直する盗賊と護衛者達。
しかし、その焔が幻のように直撃してもすり抜けた。
(幻術使い……か)
はじめて帝国女王の付き人――アーリィ・エスメラルダの力の一端を知る。
「グロちゃんいくよー」
「は、はい」
突然の襲撃に驚く彼ら。
その隙を見逃さず、リティは一瞬で今まさに命を刈り取ろうとしている盗賊に接近すると、大気を振るわせるほどの豪腕をもって槍で胴体をなぎ払った。
「ぐっ!?」
うめき声をあげ、後方へ吹っ飛ばされる盗賊。
同時に、
戦場に似合わない女性の存在を確認すると、グローリアの手に浮かぶ幾つもの文様――
詠唱の部分を魔法言語を現す【形】をとることで擬似的に詠唱を飛ばし、鍵となる魔法言語を口にすることで魔法が発動させる彼女独自の技術。
象徴魔法印。
「【守護結界】!!」
魔法をかける対象から離れているにも関わらず、
怪我をしているもの、戦場に似合わない女性を選んだかのようにドーム状に結界が各個展開される。
「な、なんだテメぇらっ!!」
ひときわガタイのいい大男が、大声で吠えた。
「あいにくだが――」
「これから死んでいくものに答えても仕方ないわ」
ウィナの赤錆の魔刀(鞘のまま)と、シアの刀が大男の身体を十字に切り裂いた。
「お、親方っ!!!?」
完全に足を止める盗賊達。
「さて、まだやるか?」
「ひ、ひぃぃっ!!!」
武器を放りなげ、盗賊達は蜂の子をつついたかのように右往左往に去って行った。
「ふう。終わったか」
【領域探査】ですでに辺りに奇妙な動きをしているもの、接近するものがいないことを確認し、安堵の息をつく。
「怪我はないか?」
「大丈夫ですー」
「まあ、リティは心配していないが――」
「ヒドっ!?ヒドいですよっ!?ウィナさんっ!!
わたしだってまだ花もはじらう乙女なのに」
「シアは、大丈夫か」
「しかも無視っ!?」
「こっちは大丈夫。
思ったよりも身体が軽くて驚いたわ」
「……そうか」
(確か、ニィナは神の位に昇段していたが……。
その影響――か?
リセットされるものだと思っていたが)
考え込むウィナに、グローリアが。
「ウィナさんっ!!彼女が……」
と呼ばれ、グローリアの方に歩み寄ると1人の少女が大地に倒れていた。
傷を負ったというわけではなく、足かせに手かせ、首かせと拘束されて身動きできていないようだ。
「ふむ」
その女性を観察し、
周囲の者達を観察する。
何人かは今の闘いで絶命したようだが、数人は残っている。
その中の1人に声をかけた。
「なぜ、その女性を束縛している?」
「『商品』だからと言われています」
そう答えを返すのは、やはり商人の男。
「人身売買……つまりは奴隷か?」
現在の大陸法では禁止されている人身売買。
しかし、100年前に成立していたかどうかははなはだ怪しい。
「言われている――ということは、おまえの上司は?」
「今の戦いで死にました」
あっさりと彼はいった。
その言葉の中に憐憫や、同情といったものはなくせいせいしたと言う感情が表れているような気がした。
嫌気でも差していたのだろうか。
(このまま、この女性を渡してもまああまりいいことにはならないだろうな。
かといってどういう経緯でこの女性を運んでいるかもはっきりしない。
現状の一手としては、盗賊達に奴隷は奪われて命からがら逃げてきたというのがいいか)
「話があるんだが――」
話し合いの結果、こちらの要求は通り数人をいただけることになった。
いただけるという言葉自体、人を物として扱っているような気がしてイヤだが今は仕方がない。
声を掛けた男が、生存メンバーの中で一番偉い部類であり、彼は残った物を持って国に戻るらしい。
「嫌気がさしていたんです。今の仕事が」
別れる時にそんなことを口にしていた。
一段落した後、
ウィナは赤錆の魔刀で彼女達の拘束から解放した。
彼女達は助かったと安堵の息とつくものの、これからどうなるのだろうと不安げな表情を浮かべていた。
無理もない。
どんな過程で奴隷になったかは人それぞれだろうが、
その原点は貧困などの窮状だ。
そんな者達が戻ったところでまた奴隷へと戻ってしまうのは明白だろう。
助けたからには、最後まで責任を持つ。
それがウィナのポリシー。
中途半端に助けるくらいなら、いっそ助けない。
あいまいな施しは、結局相手にとって毒にしかならない――と。
経験則からわかっていた。
ゆえにどうしたものかと考えていると。
「人数が増えましたし、どこかで休みを取るのが適当でしょう」
アーリィがアドバイスをかけてくる。
ウィナは頭を掻きながら、
「わかってはいるが、
この近くにそんな場所はあるのか?」
「100年前ということであれば、まだ存在する町があります」
妙な言い回しに、眉をひそめるもその町の名前を聞いた。
「自由都市マイラ。
のちに悲劇の町と言われる場所です」