ある主従の話
かんかんと照らす太陽の下、アーリィは石で造られた道路を手で触って感触を確かめていた。
「どう?アーリィ」
「……アセラン街道で間違いないですね。
しかし」
中腰のまま、彼方の方に目をやる。
つられてシインディームもそっちの方を見る。
街道は途中で切れていた。
どうやら完全につながっているわけではなさそうである。
「まだ、未完成……というところかしら?」
「そのようです。
今のところ作業自体は中断しているようです。
しかしそもそもアセラン街道であるならば本来、シルヴァニア王国が存在していないとおかしいわけですが――」
「まだシルヴァニア王国は存在していない」
「そうです。
彼の男が言っていることと、私の測量技術で見た結果シルヴァニア王国がある場所は確かに荒れ果てた地でしかありませんでした」
「遺跡は確認していないけどいいかしら?」
「問題ないでしょう。
そもそも遺跡の上に立っているシルヴァニア王国ですが、その国土には城壁というものがあります。
その城壁が存在せず、お城などの建造物が見えないということからシルヴァニア王国は存在しないと確定して大丈夫だと思います」
「やっぱりここは過去の世界なのかしら?」
「……即断するのは問題ありますが、しかしその可能性が高いと言えます」
「厄介なことばかりね」
「女王陛下……」
いたわるような彼の呼びかけに、シインディームは微笑んだ。
「大丈夫。
これでも身体の調子はいいの。
それよりもアーリィ。いつまで私を女王陛下と呼ぶのかしら?」
「それはもちろん一生ですが?」
「相変わらずね。
幼なじみだったのに、どうしてそこまでかたくなになっちゃったのかしら?
昔は、シィちゃーんって言っていて可愛らしかったのに」
「……陛下」
力なくもの申すアーリィ。
「ふふっ。
不思議なものね。
いつのまにか私は帝国の女王で、アーリィは私の付き人で」
背を向けるシインディーム。
荒れ果てたこの地にも風は吹く。
以前の金色の髪ではなく、艶のある黒髪が風になびく。
それを見て、アーリィは唇を噛みしめた。
元をただせば自身の読みの浅さが今回の出来事を招いた。
女王の暗殺。
しかもそれをおこなったのが、他国の女王などと。
笑い話もいいところだ。
彼女は綺麗だった。
昔も今もそれは変わらない。
同年齢なのに年上ぶる彼女。
それがイヤではなかった。
いつしか時は流れ、
無垢な時代は終わりを告げた。
その綺麗な身体と心は、幾つもの傷がつけられている。
それはアーリィ自身にも言える。
国を変える。
それは熱い正義感や、責任感から生まれたものではなかった。
彼女は、父親からの非道な扱いから逃れるために。
彼は、彼女の力になるために。
それぞれが何かを捨てて、運命を切り開く力を得た。
得た力を否定することはしない。
それを否定したならば、自分達がここにいる意味すら失ってしまう。
だが。
それでも時折思ってしまう。
権謀術数が渦巻く王宮での生活の中、思ってしまう。
あの頃に戻れたら――と。
「……未練ですね」
「?どうかしたのかしら?アーリィ」
「いえ陛下、なんでもございません」
「アーリィ。
もう陛下じゃなくて、違う言葉で私を呼んでくれないかしら?」
「私にとっては、いつまでたっても陛下は陛下です」
「どうやったら違う名前でよんでくれるのかしら?」
むうと眉間にしわを寄せて、シインディームは考え事を始めた。
そんな彼女をアーリィは。
(ここに来るまでいくつものものを失ってきましたが――)
こうして今、自分と彼女は生きている。
それだけは感謝を。
そして――。
(二度目はありません。
ヘラ・エイムワード)
静かに怒気を燃やした。