ウィナ・ルーシュの危機(笑)
ほーほーほ。
どこからかフクロウの鳴き声が響く。
焚き火の炎が爆ぜる中、ウィナは立て膝をしながら眠りに落ちていた。
といっても完全に眠っているわけではなく、半覚醒状態の睡眠。
約5年間とはいえ、外で野宿をしたりすることもあった。
その時、盗賊や、追いはぎ、もしくは魔物に襲われるなどザラにあり、
1人で旅をしているときはこうして半分身体を休めながら、半分意識を警戒するという特殊な睡眠技を取得した。
今は、それに合わせて【領域探査】でこの辺り一帯の人間や、魔物(最近できるようになった)を把握している状態である。
ゆえに――。
小さな物音、そして人の気配を感じ取りアメジストの双眸を闇に輝かせた。
警戒したのは一瞬。
すぐに警戒を解いた。
こっちに来ているのは見知った人間だったからだ。
「……眠れないのか?シア」
「そんなところかしら」
そう、第25代帝国の王、シインディーム・エル・ヴァナ・エインフィリムだった。
といってもその容貌はかなり変わっている。
まずは目のオッドアイ。
左目が黒で、右目がアメジスト。
ウェーブのかかった金色の髪は、黒髪にと変わりウェーブも少しは残っているものの直毛、ストレートに近い。
よく見れば気づくはずだ。
彼女の素体となったニィナ・レディベールが、ウィナ・ルーシュに似ていると。
ウィナは当然気づいていた。
理由については、残念ながら幾つも思いついているし、今回のことでいくつか検証ができ大分絞られてきている。
だが、それを口にするつもりもない。
余計な気遣いを仲間にさせてくないと思っていたからだ。
(……昔は、そう考えなかったんだがな。
これも女性へと変貌したため、か)
精神は身体に引っ張られる。
誰が言い出した台詞であったかは忘れた。
しかし、真実をついているように思える。
少なくとも、今の自分にとってはそうだろう。
昔の自分は、もっと臆病で、優柔不断であった。
しかし、今ではその部分は消え、冷静で、場合によっては相手を殺すという決断すらもできている。
そんなことを思っているとシアは、すっと横に座った。
そして、目の前で時折爆ぜる焚き火の焔をじいっと見ていた。
その横顔は、同性ながら美しく見惚れてしまうものだった。
「不安か?」
「ううん。そんなことはないわ。
わたしがたとえどんな生まれだったとしても、わたしは帝国の王であり、帝国のために行動する責務を持っている。
それは変わらないもの」
「……そうか」
「でも」
と彼女にしては小さな声で口にする。
「わたしはもう一度殺された人間。
だから、その責務も果たせるかどうか、少し不安なの」
言って、「らしくないわ」と苦笑した。
「いつも強気でいる必要はないんじゃないのか?」
「そうね。
たぶんそうだと思うわ。
でも、私はそうでなければきっと――」
コワレテシマウ。
「……今でも記憶があるの。
胸に突き刺さったあの冷たい金属の感覚。
ウィナの話は納得できたわ。
だから、それも私ではないシオンという女性の感覚なんだと思う。
でも、現実感がありすぎるの」
じいっとウィナを見つめてくるシア。
「感覚なんて曖昧なものだ。
今日感じていることが、明日もそうだと感じられる保証はない。
だから、そうなんだろう」
「そうね。
そうかもしれないわ」
再び、焔を見るシア。
「シアはこの後どうするつもりだ?」
「貴女達と一緒に行くわ。
そして元帝国の王としての責務を果たすつもり。
このまま、あの子達の思うままにやらせておくのもシャクだから」
と、非常にポジティブな意見が飛び出してきた。
「ウィナは寝ないの?」
「いや、警戒しながら寝ている。
固有能力にもそういうのがあって、こういう夜の番は俺がむいているから気にするな」
「そう。
じゃあ、私は戻るわ」
ゆっくりと立ち上がり、お尻の部分について土を払うシア。
「お休み、シア」
「ええ、貴女も頑張ってね」
微笑を浮かべ、テント(リティのポケットから出てきた)へと戻っていった。
「……胸に突き刺さった冷たい金属の感覚、か」
まぶたを閉じ、ため息をつく。
「その感覚を自分も夢で見る――。
なんて言えるわけがないな。」
ウィナは再び、眠りについた。
翌日。
天候は晴れ。
さいわいなことに気温も高くもなく低くもない。
それぞれがテントや、木?の上から姿を現し、朝の支度をしていく。
寝ずの番をやっていたということで、ウィナは1人近くにあったオアシスにて一番風呂に入る権利を得た。
(しかし、あまりうれしくないのは何故だろう……)
眉間にしわを寄せてばかりいてもしょうがないので、やはりここでもリティの作った露天風呂(オアシスの水辺から水を引っ張り作ったもの)に身を沈ませる。
火の調整はテリアにやってもらった。
というか。
「なぜ、一緒に入っている?」
大人6人くらいは一緒に入れる位の容量がある天然露天風呂に、対面して湯船に腰を落としているのはテリアさん。
いつものメイド服は当然きれいに折りたたまれていて外にある。
「メイドとして、ウィナ様の痴態を見――身の回りの世話をするのは当然のことです」
「いや、今限りなく本音がでただろ。あと痴態とか卑猥なこと言うの禁止」
相変わらずのテリアである。
まあ、今のところ直接的にやってきたことはないのでまだ安心だ。
しかし――。
(朝風呂は贅沢なのはいいが……。)
右手を胸元に持っていき、年頃の女性としては育っている胸を揉む。
むにょっと柔らかな感覚が手に伝わってくる。
かれこれ女性へと変貌して数ヶ月。
いい加減慣れてはきている。
が、こういう女性だと現実的に意識せざるをえない状況には、やはりなれない。
自身の身体だと思うのだが、どうも心地がわるい。
スタイルは割といいらしい。
以前、其の手の話で、グローリアやリティ、テリアと盛り上がったときに、
何故かグローリアに涙目で「食っちゃ寝してそのスタイルはわたしに対してのイジメですかっ!?そうなんですかっ!?」
とわけのわからないことを言われた。
食っちゃ寝とはヒドいが、まあ当たらずとも遠からず。
基本、任務がないときはご飯を食べ、調べ物をしたりしながらリビングのソファでころりと寝転がる事が多い。
そして、何故かパシャパシャとあるはずのない機械音がするのも多いが。
顔が暖かさでほてってくるのを覚えながら、目の前にいるちょっと目のイヤラシイ彼女を観察する。
普段はきっちりメイド服なので、こうして脱いだ姿というのはこういう機会の時じゃないと見ることはない。
やはり、脱いだらすごそうだと思っていた自分の考え通りであるなあと、ウィナは感心した。
いわゆる着やせするタイプなのだろう。
しかし、その出ているところは出ていて、出なくていいところは出ないという彼女のスタイルは、自身よりもいい。
それこそ、グローリアが涙を流しながら「この世界に神はいないんですねっ!!そうなんですねっ!!」
などとちょっとリティっぽいことを言っていたくらいだ。
そんなグローリアも元男性としては、問題ない気もするのだが。
女性には許せない許容範囲というものがあるらしい。
「そういえば朝食の準備は誰がやっているんだ?」
「エルと、リティ様がタッグを組んで近くにある森に狩猟に行っています」
「…………朝からステーキとかはないな」
げんなりとした表情を浮かべるウィナに、
「エルに、そのあたりのことを厳命していますので大丈夫かと思われますが」
「ならいいか。
他はどうしている?」
「グローリアさんは、やはり森に木のみを探しにいっています。
シインディーム様と、アーリィ様はそろってあたりの地形を確認しに行っています」
「グローリアはいいとして、シア達は地形の調査、か。
今の位置はどの辺りなんだ?」
「まだシャンパーナ地方は抜けていませんが、ウィナ様が復調なさったので今日の夜には帝国領内の手前までには出られるかと思われます」
「なるほど。
地形といえば街道ができているかどうかだが、シア達はそのあたりは何かいっていたか?」
「街道の着工具合で時代の確定が出来ると、シインディーム様とアーリィ様はおっしゃっていました」
「そうか。
ふぅ。俺もそろそろあがるか」
「いえ、その前にお体をほぐさねばいけません」
とわきわきと両手を握ったりはなしたりしながら近寄ってくるテリア・ローゼル。
「いや、いい」
「わかりました。OKですね」
即、肯定だった。
まるで新手の詐欺にかかったような気分をウィナは味わった。
だが負けないっ。
「いやだから待て――」
「待ちません。ちなみにリティ様曰く「ドイツ語で言わない限りウィナさんの待ては、恥ずかしい、でも感じちゃうということですから、
ばんばんせめていいですよー」とおっしゃっていました」
「またアイツかっ!?」
どうやらリティ・A・シルヴァンスタインは、ウィナにとって疫病神決定のようだ。
(締める、殺す、締めるっ!!
あいつ絶対締めリティにするっ!!)
シメサバも真っ青なリティの酢締め。
おそらく誰も食べない。
馬鹿な事を思っていると、テリアとの距離はすでに肉薄できる距離圏内で――
「ではウィナ様、まずはふともものつけ根の筋肉からほぐしてまいりましょうか。じゅるり」
「いきなり本番っ!?
ま、待て――ひゃああああああああぁぁぁぁぁっ!??」
このとき始めて、ウィナ・ルーシュは女らしい声で悲鳴を上げたのだった。