現状考察1
「気がつかれましたか?」
まぶたをあけると、テリアの顔が真っ正面にあった。
後頭部に柔らかな感触があることに気づく。
どうやら膝枕をされていたようだ。
ウィナはゆっくりと上半身を起こし周囲を見る。
空を見上げればいつのまにか黄色い月がこちらを見下ろしていた。
「……夜か?」
「はい。
あれからウィナ様が倒れてしまいましたので、リティ様とアーリィ様が旅の商人を捕まえテントの用具を売っていただきました」
「なるほど」
「あ、ウィナさん起きました?」
とリティがこっちにやってくる。
金串にささった魚を口にほうばりながら。
「悪かったな。気を失って」
「仕方ないですよー。
あれだけの施術を行使したんですから」
リティは空いた方の手で、手を振りながらそういった。
「みんなは?」
あそこです。
とテリアが指さす先では、たき火を中心にしてそれぞれがおもいおもいの時間を過ごしているところだった。
ウィナは、その中の1人を見つけると近づいていく。
向こうもこっちに気づいたのか、
軽く手を振ってきた。
「身体の方は大丈夫か?」
「それはこっちの台詞よ、ウィナ。
貴女こそ大丈夫?」
顔は、自分に似ているのだがその感情表現は明らかにシインディームそのものだった。
「声……変わったな」
「ええ。
でもそれくらいかしら?
身体はなじんでいるし。前の時よりも感覚が鋭くなっている気がするの」
「ふむ……」
腰に手をあて、一考。
「それくらいなら大丈夫だと思うが、もし何か体調におかしなところがあったらすぐいってくれ。
対処する」
「ふふっ、ありがとう」
ウィナも空いた場所に腰を下ろし、ばぢばぢとはぜる音を鳴らす炎を見やる。
と。
対角に座っていた青年――アーリィ・エスメラルダが不意に声を掛けてきた。
「ルーシュ。
このたびは我が主を救っていただき感謝します」
「――今更だ。
そんなお礼はいい。
……それよりも聞きたいこと、話をしたいことがあるんじゃないのか?」
ウィナのアメジストの双眸が、アーリィの漆黒の目を見つめる。
引いたのはアーリィ。
「……貴女には隠し事はできませんね」
肩をすくめる彼にウィナは、にやりと笑い、
「よく言うだろ。
女の直感はあたるってな」
「貴女がそれをいいますか?ウィナ・ルーシュ」
「本当ですよー。
あれほど俺は男だーって言っていたのに」
けらけら笑うリティ。
いつのまにか、手にはアルコール臭ただよう液体を入れたカップを持っていた。
商人から酒まで買ったのか。
「そこの酔っ払いはおいておいて。
だれから話をする?」
ウィナの問いに全員が沈黙する。
聞きたいことは山ほどある。
だが一体、どこから聞いた方がいいのか?
そんな考えが表情として表れていた。
沈黙を破ったのは、やはり酔っ払い。
「だったら、ウィナさんのウィナさんによる、ウィナさんのための質問会にしたらどうですか?
現状、おおよそ全体像がつかめているのはウィナさんでしょ?」
問われ、ウィナは片目をつぶり、
「言っておくが、推測にしかすぎないぞ?
それに裏のことまではわからない。
その辺はリティの方が詳しいだろう」
「リティさんのお耳は今日は定休日ですー」
どうやらまだ話をするつもりはないらしい。
ため息をつき、ウィナはリティ以外に目を配り、
「じゃあ、まずは――」
【帝国とシルヴァニア王国――三賢王との関係について】
「シア。
帝国の建国から現在に至るまで簡単に説明してくれないか?」
そう言われ、シア――シインディームはあごの先に手をあて、
「……それがわたしが偽りの王であることの話につながるのかしら?」
【盲目の巫女】ヘラ・エイムワードに言われたことが気になっていたのだろう。
シアはまっすぐに視線を向けてくる。
「ああ、おそらくな」
「わかったわ。
帝国の建国は、今からおよそ200年前。
初代帝国の王アーク・エル・ヴァナ・エインフィリウムが建国したと言われているの。
といってもこの王様、帝国内でも資料がほとんど残っていないから、本当に彼がこの帝国を建国したのか、疑問視する考古学者、政治家も多いわ。」
「初代の王なのにですか?」
と疑問を口にするグローリア。
大抵だが、権力者という輩は、いや限ってもないが。
自身の偉業を執筆したり、させたりするものである。
それが歴史書となり、後生に伝えられていき、国の成り立ちなどを現代に生きるものが理解できる道標となるのが通例。
「帝国では、初代の王よりも三代目の王となるアナスタシア・エル・ヴァナ・エインフィリウム様の方が有名ですね。
彼女の働きで帝国が豊かになったとされています」
「そうね。
そして彼女が、帝国の初代女王となったわ。この後、帝国の王位は直系の長女が継ぐということが慣例になったの。
何でも、この国の王は神に仕える巫女と同義の存在であるため、男性が王になるのはおかしいという話みたい。
これも誰が言い始めたのかわからないわ。
いつのまにか、常識として伝承されていっていたから」
「それに似た話、聞いたことあります」
「楽園バナウスの方か?」
「はい。
楽園バナウスの最高権力者は、【巫女】と呼ばれています。
当然女性しかなれないのですが、その理由としてやっぱり神と呼ばれる存在を頂点においているためらしいです。
バナウスは多種族国家ですから、その中で最高権力者を決めてしまうとその種族が偉いという誤った認識が民に蔓延し争いを呼び起こすため、
その争いを避けるためにも全ての種族の祖を神として頂点に置き、その神に仕えるものとして巫女というまとめる方が存在するという形にしたそうです」
「偶然の一致かしら?」
「――とりあえず話を進めてくれ。」
シインディームの言葉に肯定も否定もせず、うながした。
「そして24代目まで様々な出来事はあったけど……帝国は滅亡することなく、人口を増やし豊かな国として存続していったわ。
そのおかげで、帝国は現在このヨーツテルン大陸の4大国が一つに数えられているというところかしら」
「24代帝国の王――つまり、シインディーム女王陛下様のお母上ですか?」
「いいえそれが違うの」
シインディームは否定し、アーリィが口を開いた。
「帝国第24代国王は、男です。
つまり、シインディーム女王陛下のお父上にあられます」
「え?それでは話がかみ合わなくなりませんか?
3代目の方から帝国は女性が王となるのが慣例でなかったのですか?」
「そうなの。だから今考えてみればおかしいの。
歴史と明らかに矛盾しているのに、誰も、そう歴史学者も、政治家も、貴族も、王族も。
誰1人としておかしいと思わなかったのだから」
「――認識阻害の魔法ですね」
と、断言したのはリティ。
「ええ、今考えればそうだと思います。
帝国の中にいるときは全くおかしいと思わなかったのに、ここにきておかしいと思えることが多くあることに気づいたのですから」
と、アーリィ。
「で、でも認識阻害魔法――人の精神に干渉する魔法はたった一人でもかけるのには上位魔法クラスレベルの技術と魔力が必要です。
それを集団にかけて、特定の事柄から意識を遠ざけるなんて――」
そこまで言いかけて、グローリアは口をつぐむ。
意識操作――つまりは精神干渉の魔法というのは、技術は高難度。しかし結果は不安定という、魔法技術者泣かせの魔法である。
そもそも人間の精神とはなんなのか、心とはなんなのか?
心理学も関係があるし、脳の分泌物の関係もある。
様々な事柄を把握して使用しないと、予期せぬところで失敗する恐れがあり、
せいぜいかけても他者による自己認識のごまかし程度にしか安全に使えない程度。
高難度にもかかわらず、見返りも少ないということで、この分野の魔法技術は各国とも表向きは低い。
そう表向きは。
逆に言えば、上手く使いこなせば他者をあっさりと支配下における。
情報を聞き出せるということで、国の防衛組織などでは罪人などを使って実験しているところがほとんどだ。
だがそれでもかけるのは個人レベル。
集団の意識操作など人間の魔法技術では不可能領域である。
しかし、物事には例外というものが必ず存在する。
この世界には、この世の理を支配下に置いている魔法使いがいるのだ――
「【盲目の巫女】なら問題ないだろうな」
「彼女が帝国の真の支配者であるなら、問題ない事柄ですね」
アーリィもウィナに同意した。
「それで24代国王陛下は、シアから見てどんな人物だったんだ?」
「一言で言えば、最低なたぐいの人間かしら。
おおよそモラルの欠片もない。
ただの獣だわ」
「え、実の父親ではないんですか?」
出てきた言葉に驚き、グローリアは問いかける。
「血はつながっているみたいだけど……。
血のつながりが必ずしも関係が良好にはつながらないわ。
むしろ、血のつながりがあるからこそ悲劇なのかもしれない。
私にとって、あの男はそういう存在でしかないの」
隔絶を感じられるその物言いに、全員押し黙る。
シインディームは言葉を続けた。
「でもまだあの男が国内を向いているうちはよかったのかもしれないわ。
そうであれば、彼女達がここに来ることもなかったはずだから。
あの男は戦いを望んだ。
表向きは、国を守るために、国民の生活を豊かにするためにと大義を掲げて。
でも実際はただの遊びにしかすぎなかったの。
そうねある意味、欲望に忠実な男というべきかしら。
わからないことがあって、それを知りたいと思い、実験を重ねて、検証し、理解する。
知識欲、好奇心、知的探求心。
子供なら誰でも持っているものだし、大人でも持っているもの。
でも当然だけど、知的好奇心を満たすために何でもやっていいわけではないわ。
でもその男は村を見れば、この村を手に入れるにはどうしたらいいのかと考え、
そのための効率的な方法は何かを試し、
そこに人がいれば、その人間の心のあり方を研究し、
やっぱりその人間に対して、あれこれ実験する。
誰も止めることができず、罪悪感もない、純粋な人がその知識欲を満たすことのみに意識を注いだ結果、
何が起こるかわかるかしら?」
「なるほど。
それが人体実験や、大量虐殺につながるわけか」
「えっ……」
茫然とグローリアはウィナの方へ振り向く。
言葉の意味がわからない。
表情にそう出ていた。
「その王にとっては、知識欲を満たすものであれば、人であってもただのモノとして扱っていたということだろう?
そこに罪悪感も何もなければ、感情をいくら相手が示そうがそれを自分にもある感情と結びつけることができず、
ただ動作をしたくらいにしか思っていないということだ。」
「そ、そんな……」
「事実なの。
でもその王を誰も止めることはなかったわ。
理由はわからない。
だから王の暴走は止まることを知らなかった。
その頃かしら、ディーが私に仕えるようになったのは」
「ディー?」
聞き慣れぬ名前に、眉を跳ね上げる。
「名前がディー。
いつも黒いフードに黒いロープで身を固めていた老人。
考えてみれば、彼もおかしいと思うわ。
名前しかわかっていないのに、わたしの元に仕えていたの。
いつのまにかにね」
「黒いローブに、フード……」
腕を組み、頭を働かせる。
どこかで、
どこかで聞いたような、見たような……。
「それって、ウィナさんにこの世界で生きていくために知識と技術を与えてくれた人じゃないんですか?」
「っそうだ!!」
リティの問いに力強くうなずく。
「代償は、お主の名前じゃ。
○○○○。いい名じゃがこの世界に生きていくには弱すぎる。
お主に新たな名をやろう。
今日からお主は、ウィナ。ウィナ・ルーシュと名乗るが良い」
――そうあの男だ。
額を手で覆う。
「……ここで、関わってくるのか、あの老人」
「知り合い?」
「ちょっと、な。その話は後で話す」
「それでディーに言われて王の行ったことを人づてに聞いたり、自分で探したりして記したの。
何でもこれから必要になるって言われて」
「確かにあの老人が言っていた通り、女王陛下がクーデターを行う際の物的証拠、大義の理由となりましたが。
……今となっては、それも手の内だったのかもしれませんね」
肩をすくめて見せるアーリィ。
「そして現在に至る――か」
「いえ、その前に女王暗殺事件があります」
「……それ、か」
鋭い視線がウィナに向けられる。
「――簡単にいえば、女王暗殺事件は無事完遂されている。
あのとき、帝国の女王は亡くなったんだ」
「その理由を聞かせてもらえないかしら?」
まばたきせずじっと見つめるシア――シインディーム。
「……本当なのかどうかは、当事者に聞かないとわからないぞ?」
「それでもいいの。
これから私がどうするべきか。
その参考にするくらいだから」
「……わかった。
女王暗殺事件。
俺が推察したことを伝えよう」
ばぢっと火がはぜた。