遠い世界と再生への道
シャンパーナ地方。
砂漠とまではいかないが、荒涼としたおおよそ何もない広大な土地。
その一角。
彼女達は円陣を組んで大地に腰を下ろしていた。
「……どういうことだろうな、これは」
そう腕を組み自問にも似た疑問を口にするウィナ・ルーシュ。
「そのままの意味じゃないかしら?」
面白そうに笑うシインディーム・エル・ヴァナ・エインフィリウム。
「過去に来た――ということですか?」
信じられませんと、エルフの少女グローリア。
「そう断じるのは早急ではありませんか?
もう少し情報を仕入れてから判断した方がいいと思いますが」
と、難しい顔をしているシインディームの付き人アーリィ・エスメラルダ。
「わたしもアーリィ様に同意いたします。ウィナ様」
砂や、小石ののった風が吹くにも関わらず何故か彼女のメイド服は汚れを知らないように白いままだった。
常時メイド服、テリア・ローゼル。
「とりあえず、どこか落ち着いて話せるところで話しましょうよー。
口の中がいがいがします」
槍を大地に突き刺しそれに背中をあずける少女、リティ・A・シルヴァンスタイン。
「……それもそうだな」
ウィナはむっくりと立ち上がる。
眼差しは、地平の彼方。
荒涼とし、何もない草原。
だが、ここにいずれシルヴァニアという国が建つ。
何のために。
誰のために。
まぶたをおろし、思い浮かべるは2人の少女の姿――。
【闘神】ミーディ・エイムワード
【盲目の巫女】ヘラ・エイムワード
そして、まだ表に姿を現さない【人形遣い】シルヴィス・エイムワード
復讐と。
鮮血の乙女はそう言った。
ひどくあっさりと要人2人を殺し、おそらくそれ以上に人を殺している。
復讐のために。
息を吐く。
見上げた空は遙かに遠い。
遠い空から見れば、自分達の争いなど豆粒のようなものかもしれない。
だが、実際、大地で生きている人間は真剣に今を、運命をあらがって生きている。
それがどんなに矮小であれ、醜くあれ生きているのだ。
生きるために。ただそれだけであり、純粋な魂の声に従って――それは悪人だろうが善人だろうが変わらない。
【上】にいるものはそれを理解しているのだろうか。
もしも理解してなおこの仕打ちなら、よほど根性がひねまがっているのかもしれない。
そうウィナはらしくなく胸中で毒づいた。
「短い間だが、世話になった」
そうフードを被った男にいう。
「いや、僕はほとんど何もしてないよ。
……いろいろとわけありみたいだけど、余計な詮索はしない方がいいみたいだね」
と苦笑し、
「まあ、運がよければまたどこかで会えると思うし。また」
そう言って男に別れを告げ、背を向けた。
と背後から声がかかる。
「そうだ!!1つ言っておくことがあるんだ」
助言か?
そう思い、ウィナは振り返る。
男は口元に手をあてて、拡声器のようにして声を張り上げる。
「近々争いが起きる。
帝国領には近づかないようにした方がいい」
それは妙に確信的だった。
「あの男の人って何者だったんですか?」
リティが隣を歩きながら聞いてくる。
「さあな。
だが――」
フリーの地質調査員といっていたあの男。
それを素直に信じるほど、ウィナは純粋ではなかった。
どうもうさんくさかったのだ。
それにあの言葉。
「キミはたぶん、悪い子じゃないと思うから信じるけど。
この世界にまだシルヴァニア王国は存在していないよ。
建国されるのはこれから100年後。
このシャンパーナ地方にある旧アスカード遺跡を埋めて造られる。
今は存在すらしていない。
なんでキミが知っているんだい?」
「!」
ウィナの歩みが止まる。
「ウィナさん?」
そうだ。なんで気づかなかった。
ウィナは舌打ちする。
何故、あの男はかも未来を見てきたかのようにそんなことが言えた?
答えは簡単だ。
大ほら吹きか、真実未来を知っている者どっちかだ――。
しかし。
「――いやなんでもない。行くぞ」
前者の可能性もある。
まずは本当にここが過去の世界なのか、明確な論拠が欲しい。
そう納得して、しばらく歩いた頃だった。
目の前に歩いていたシインディームが膝を屈したのは。
「陛下っ!?」
斜め後ろを歩いていたアーリィが駆け寄る。
そしてその身体を優しく抱き留める。
「……もう、ダメみたいね」
「――っ、陛下……」
そう、今のシインディームに魂はない。
精神と肉体のみで存在しているのだ。
普通、その不安定な状態でここまでもつことなどないのだが、よほど精神が強いのだろう。
それならば、なおさらウィナの考えている方法の成功パーセンテージが上がるわけだが――。
彼女の方に期限が迫っていた事を失念していた。
方法はある。
あるが、問題なのはアレがここにはない。
アーリィがこっちを凝視する。
おそらく彼は、ウィナが何か策があると信じているようだった。
だからこそ、人体実験に許可を出したのだろう。
「……ここが現在のヨーツテルン大陸なら問題なかった。
本当に過去だった場合、どっちにしても手遅れになる可能性がある」
「それでも構いませんっ。陛下をっ」
「……ウィナさん」
ぎぃっと歯を噛みしめる。
やるしか――ないのか。
「――ウィナさんの捜しているものはこれですか?」
リティは言う。
いつのまにか彼女が、御姫様だっこしている女性を指して。
「っ!リティ、どうやって――」
「話は後ですよ-。
時間制限があるのはそっちですよ、ウィナさん。
わたしのことなど後にした方がいいですよー。
逃げも隠れもしませんし。
……嘘はつきますけど」
ため息をつき、
「……おまえの秘密主義は今に始まってのことじゃないからな。
――リティ、彼女をそこに下ろしてくれ。あと何か敷物ないか?」
「これをお使いください」
とテリアはどこからともなく白い布を取り出した。
それを土の上に敷き、その上に女性を静かに下ろすリティ。
ウィナに少し似たその女性こそ、ニィナ・レディベールその人である。
アルカムの惨劇にで犠牲になったガイラルの知人――である。
一見ただ寝ているようだが、その身体に魂も精神もない。あるのは肉体のみ。
ゆえに、もし魂があったとしてもすでに精神は霧散しているため生前の彼女はよみがえることはない。
そして、彼女――ニィナ・レディベールのことはガイラルにまかせられた。
そのガイラルもまた今はもういない。
せめて彼が生きている時に逢わせることができればと、くやまれる。
ウィナはアーリィに抱きかかえられているシインディームに近づく。
「……正直、うまくいくかは五分五分だ。」
「半分も成功する確率があるなら、それで十分じゃないかしら?」
少し、呼吸が荒い。
精神の乱れが身体に作用しているのだろう。
よく見れば、その豊かな胸も心臓の動悸にあわせてゆらゆら動いている。
――時間がない。
「わかった。やるぞ」
そしてウィナはアーリィを下がらせ、彼女を前にして両手を向けた。
「っくぅ」
顔をゆがませるシインディーム。
「陛下っ」
思わず駆け寄ろうとしたアーリィをテリアとグローリアが抑えた。
(イメージだ。
イメージしろ。
やることはヘラの魔法を受け取り、塊にしたことの延長線上に過ぎない――)
力を込める。
精神をイメージする。
徐々にシインディームの身体から蒼い粒子へと変換されていく。
ウィナはそれを前に出した両手の掌辺りに収束させていく。
少しでも手を抜けば、それはシインディームではなくなる。
彼女を彼女たらしめている要素は1つたりとも抜けない。
じんわりと額に汗が浮かぶ。
拭いているヒマもない。
ただ集中する。
手が震え始めてきた。
しかし、まだ半分。
下半身は完全に粒子化し収束されている。
苦痛はまだあるのだろう。
顔をゆがませてはいるが、彼女のアメジストの輝きは自分をじいっと見ていた。
信頼している。
そんな言霊を乗せて。
にやりと唇の端がつり上がる。
信頼されているなら、答えなければいけないだろう。
がたがた震えだした両手に渇を入れ、歯を食いしばる。
長い髪は巻き起こる風で、ばさばさ揺れる。
地面についている両足はさらに深く、その痕跡を残す。
空気が振動し、周囲に衝撃波が発生し始めたか岩や、小石などが互いに身体を合わせ粉砕する。
グローリアは防禦陣を敷き、リティは器が壊れないように彼女に半球状の防禦膜を形成する。
それにグローリアは横目で見てびっくりしていた。
――人を構成するものに【肉体】【魂】【精神】がある。
【肉体】は外界で活動するための器。
【魂】は【精神】と【肉体】を結びつけるラインのようなもの。
そして【精神】は、自分達が言うところの心に該当するものを指す。
この中でもっともモロいのは【精神】である。
精神は、大気に漂う魔力に近い組成式であるため、魂という固定化させるものがなければあっさり肉体から離れ大気に霧散してしまう。
そして一度霧散した精神は、たとえ元通りに戻せたとしてもそこに宿る心までは戻らない。
霧散してしまえば、精神は死んでしまうのだ。
現在シインディームにあるのは精神と肉体のみ。
魂というものはない。
おそらくヘラによって根源石か、生輝石に変換されてしまったのだろう。
普通であれば、その時点でもう彼女は精神的に死んでいるはずだった。
だが、今の今までその精神は肉体に宿り続けた。
魂という楔がないのにも関わらず。
だが、そこまでだ。
魂という楔がなくて、ここまでもったのは奇蹟だが、これ以上はもたない。
精神は霧散し、肉体もその後その活動を停止する。
そしてニィナ・レディベール。
彼女はすでに魂も精神もない状態。
どんなに手をつくしても生前の彼女は戻らない。
肉体自体が生命活動を停止してしまえば、本当にそれで終わり。
魔法の延命によって今までなんとかもたせてきた。
だが、それもやはり限界に近い。
2人を個々に助ける手段は今のウィナにはない。
どっちかを犠牲にしなければ助けられない。
ならば、そのどっちかを助ける。
自分が今思った最善を尽くす。
後悔は後だ。
そして――
「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」
全身全霊を持って【圧縮】する。
シインディームは無事全て粒子変換された。
後はこれを圧縮して圧縮して固形化させる。
例え気体に近いものであっても圧力をかけ続ければ固形的な姿をとるように。
精神という不定化したものでも圧をかければ固定化できるはず。
それが魂と精神2つの役割を持つものとして生まれ変わる可能性が高い。
――これがウィナの研究した結論だ。
きゅぃぃっぃぃっぃっっ!!!
鼓膜を破るような甲高い音が鳴る。
「っこれでどうだっっっっっっっっ!!!!」
光が満ちた。
がくんと膝をつくウィナ。
しかしその顔には満面の笑みがある。
手元にあるのは蒼い宝石。
中は透き通っておらず、雲のような気体が蠢いていた。
横たわっているニィナ・レディベールに近づくウィナ。
その口元をガラス細工を触るような手つきでふれ、口を開かせる。
口内に手に持つ蒼い宝石を含ませ、飲み込ませた。
「……」
誰もが事態を見守る中、変化はすぐに起きた。
どくん、どくんと以前よりも力強い心臓の鼓動。
伸びる髪の毛。
うっすらと蒼い光が、彼女の身体を守るように包み込む。
やがて光は収まり、長いまつげがぴくぴくと揺れる。
ゆっくりと。
ゆっくりとまぶたがあがっていく。
瞳は――紫。
だが。
「オッドアイか……」
右目のみアメジストで、左目は黒。
どうやら肉体の方は元の主が少し残ったようだ。
彼女は何度かまばたきをする。
その瞳に宿る意志の輝きが大きくなり始める。
すらりとした手を唇へと持っていき、何度か薄紅色の唇をなぞりあげ、
そしてその唇が笑みの形へと変えられていく。
「……うまくいったみたい」
そうさっきまでの彼女の声ではないが、
悪戯が成功したかのように笑う彼女は間違い無く、シインディームその人であった。
――施術は成功。
そのことを実感すると、ウィナはそのまま大地へと倒れた。
誰かが自分を呼んでいることもわかってはいたが、それに応じる気力もなく、そのまま意識を放棄した――。