プロローグ(第3部)
そこは地獄だった。
赤い焔。
黒い煙。
幾重にも折り重なった肌色の何か。
幾本にもばらばらになった肌色の何か。
正常な五感を持つモノがここにいたなら、数分も経たないうちに意識を失ってしまう。
そんな状況がそこにはあった。
家々はすでに廃屋。
中には新築の家に庭といった風景もあったのかもしれない。
だが、そんな楽園の存在などこの地獄に残っているわけではない。
地獄といいながらも限りなく現実に起きてしまったこの災害。
いや、災害というにはあまりにも人工じみている。
そう、この蹂躙された村は人の手によって行われたコト。
生きているものはいない。
そして五体満足のものもそこにはいない。
幼子を抱える母親らしいものも――
子供を守ろうと必死に戦った父親らしきものも――
村を守ろう残り少ない生命を燃やし続けた村長らしきものも――
正視できない彼らの最期。
願わくば、彼らの魂はもうこの世にないことを祈ろう。
健全な精神で、この地にはいられない。
だから、この惨状の中。
何故か生き残っている彼女達もまた健全な精神を失おうとしていた。
災害の中心。
折り重なった肌色の上に二人の人らしいものがいた。
すでに大地を立つことが物理的にできない少女に、
目をやられたのか、赤い涙をこぼす少女。
つい数時間前までは確かにここは普通の生活をすることができた故郷だった。
銀色の金属に身を包んだ人とは思えない所行をしていったモノ達。
ああ、そうだ。
人であるはずがない。
笑ったら笑い返してくれる隣人や、お年寄り。
泣いたら、どうしたのと声をかけてくれる優しい両親。
彼らと同じ人間だなんて認めない。
認めない。
認めない認めない認めない認めない認めない認めない認めてなんてやるものかっ!!!
顔を上げる。
その夜の闇より深い暗闇に写るのは、狂気――を超えた何か。
黒雲が月を覆い隠す。
少女は天に向かって理を口にした。
「――わたしの魂を対価に――いえ」
少女の顔にすでに表情はない。
「わたしを含めたここにあるモノ全て対価に、願いを口にするモノなり――」
それは魔法の詠唱でも、能力の具現でもない。
ただの願い(きょうき)。
「怨嗟と絶望を糧に、ここに絶対の力を願う。
契約を束ねるモノよ、我が願いを聞きとげよ……っ!!!」
それは命令だった。
世界という基盤に対しての絶対的な命令。
いつのまにか、辺りの人や、建物、木や植物などから蒼い光が次から次へと浮かび上がり。
それを代償に全てのモノが分解されていく。
それは少女にとっても同じこと。
だが、少女は恐れることなくただ沈黙を守っていた。
やがて蒼い光はある一点にて収束し、光は輝きを増しながら顕在化していく。
不可視から可視へ。
そう、光という物質ではないものが物質へと姿を変えた。
蒼い宝石。
限りなく真球に近い宝石は、完成を迎えたのかゆっくりと空から落ちてくる。
すでに周囲にモノは存在しない。
最初から何もなかったかのような、草原であった。
しかし。
大地に落ちる前に何かがそれをキャッチする。
白く細い腕。
その身体の持ち主は胸元まですでに分解されてしまっていた少女であった。
少女はその宝石を握り、おもむろに口へと運ぶ。
ぷるぷると震えるが、なんとなか目的の場所までもってくると、その蒼い宝石を飲み込んだ。
純白の光柱が天を貫く。
その光が収まった後、大地をしっかりと踏みしめる少女の姿があった。
長い黒髪を風になびかせ、分解されていたはずの服もまた一瞬にして再生された。
漆黒の双眸には何も写らない。
ただ、時折月の光に反射してアメジストの輝きを放っているかのように見えた――。