外伝4特別講義3
場所は変わって準騎士団養成学校のグラウンド。
生徒全員が訓練用の軽鎧を纏い、それぞれの獲物を持ち正面を見据える。
長い黒髪を風になびかせ、アメジストの双眸は生徒達をしっかりと見据えている少女がそこにいた。
ウィナ・ルーシュその人である。
「2時間目は、ウィナさんに実践で注意することを教えてもらうっす。
みんな、ちゃんと聞くっすよ」
教師の声にみんな「はい」と声をあげる。
「じゃあ、ウィナさん頼むっす」
「わかった」
教師とバトンタッチをすると、一歩前に足を進めるウィナ。
「2時間目を担当するウィナ・ルーシュだ。
俺の授業は実践を想定とした訓練項目になる。
この中で実践を経験しているものはいるか?」
ウィナの問いに、何人かが手をあげる。
「なるほど。
ほとんどの人は経験はないということだな。
なら今回はいい経験になるだろう」
不敵に笑うウィナに、離れたところから見ている仲間3人はひそひそと。
「な、なんだかイヤな予感が」
「たぶん、グロちゃん。それあってるよ」
「……ウィナ様は任務が終わってから毎日のようにここに通っていました。
授業のために」
「すごい力の入れようですね……」
「ウィナさんらしいですけど」
リティはにやにや笑いながら生徒達を眺めた。
果たしてこの中の何人が生き残れるか――。
リティのそんな思惑が伝わったのだろうか、生徒の数人がぶるるっと身体を震わせた。
「じゃあ、全員獲物を持ったか?
――これより1対多数の戦闘訓練を行う。
もちろん1は俺だ。
クリア条件は俺に一撃を当てる。
おまえ達の誰か1人でもあてれれば、それで訓練は終わりだ。
ただし時間制限はある。
時間は、2時間目の授業の間。
もしも、時間内に当てることができなければ、罰ゲームでもしようかと考えているのでがんばってくれ」
ざわっと生徒達に動揺が走る。
生徒の1人が手を上げた。
「騎士ウィナ様。少しよろしいでしょうか?」
「様はつけなくていい」
「では騎士ウィナ。
大変失礼かもしれませんが、いくら騎士ウィナが手練れでもこの人数を一度に相手するのが難しいのではないでしょうか」
その生徒の言葉に大半の生徒がうなずく。
現在グラウンドに出ている生徒の数はコースが違うなどはあるが合わせて約100人。
獲物は弓もあれば、剣もあるし、槍もある。
闘い方次第ではいくら達人といえども一撃はくらう恐れがあるのだが……。
ちらりとウィナは教師の方に視線を向けると、彼はこちらの意図を読んだのか首を縦にふった。
(許可は得た)
当初の予定どおり事を進めればいい。
ウィナは、先ほどの質問に答えをだした。
「いや、難しくはない。
むしろ簡単だ、少年。
これは実戦。むしろ自分にとって好条件が全てそろっていることなどまずあり得ない。
もしもこれで俺が敗北したなら実戦をなめていたということだ。
……まあ、細かな話はさておいてかかってこい」
口を締め、代わりに闘気を発する。
そこで始めて生徒達の目が変わる。
目の前にいるのは、ただの少女ではないと――。
そして、誰もが注意と警戒をもって少女を中心にして円陣を組み、組織的に攻撃をしようと動き始めた時だった。
「非常にいい動きだが――残念。
遅い」
それが合図。
ごぉんっ!!
地響きをたてて、ウィナの周囲50メートルを残し、グラウンドは陥没した。
「な、ななななななななっ!?」
両手をわななかせ、驚くグローリア。
リティは、やっぱりと大きくうなずき、テリアはさすがウィナ様ですとウィナの行動を賞賛する。
教師の方ははははと苦笑し、生徒達の様子を遠目の魔法で見る。
どうやらうまい具合に落ちたみたいで全員無事そうである。
だが、生徒達は何が起こったのか理解できず、呆然と立ち尽くしていた。
「言っただろう?実戦形式だって」
ウィナの言葉に、生徒の1人が反応する。
「魔法……ですか?」
「いや、リティならやれるかもしれないが、俺には無理。
この穴は、特別講義をやると決まったときから少しずつ魔法で掘ったものだ。
当然、生徒全員が帰宅してからだが」
「しかし、それは……」
何かを言いたげな生徒達に対して、ウィナは言う。
「ずるい?
卑怯?
それは違うな。
おまえ達はあらかじめ知っていたはずだ。
今日、特別講義をすると。
誰が来るかまではわからないが、実戦を想定した訓練をすることはすでに言われていた。
そこまで前情報があるなら、罠の1つや2つあると考えるのは自然だろう?
あくまでも実戦を前提としたという条件がつくんだからな」
「……」
生徒達は何も言い返すことができず沈黙する。
「実際、任務についたらわかるが――。
任務の正否は前準備をどれだけ密にできたかでだいたい決まる。
予測できないことも確かにある。
だが、常に予想のななめ上の状況を考え、準備をしていればそれなりになんとかなるものさ。
命がかかる任務ならなおのこと。
賭けるの自分の命だ。
慎重にあることにこしたことはない。
取り越し苦労でも、その準備に至る思考は必ずどこかで役に立つ。
闘いは、闘い始める前にすでに始まっている。
さて、まだ時間はあるぞ。
早く俺に一撃あてないと全員、罰ゲームが待っているからな」
ウィナは意地悪そうに笑顔で言った。
――30分後。
それなりに深い穴であったため、全員が脱出するにはそれくらいの時間がかかった。
生徒達の目に今はもう油断というものはない。
今まで習ったことを思い返しながら、索敵する者、辺りを警戒する者などチーム編成で特別講師に対応する。
「!あそこにいるぞっ」
生徒の1人がウィナを発見する。
彼女の手にはすでにエモノ――刀が握られている。
「どうする?」
「あそこまで堂々といるっていうことは、罠があるかもしれないわ」
「なら、誰かが先行して?」
「……先行するメンバーと後行するメンバーを決めよう。
先行するメンバーは、動きが機敏な者がいい。
あと魔法の詠唱速度が速いもの」
「なら、俺だな」
「わたしね」
「よし。2人はそのまま先行してくれ。
後続におれらが続く」
「おしっ!!」
胸の前で両の拳をぶつけ合い、気合いを入れる拳闘士。
「わたしが先に魔法を放つから、ジャンはその後を追うように向かって」
「OK。いつでもこいっ。エミリ」
「悠久の時を刻む風よ。
我が声に応じ、彼のものを貫く槍と為せ――【風槍】!!」
魔法使いの少女の周囲に風が渦潮のように巻きながら幾つも集まり出す。
そして、少女の詠唱とともに収束し、いくつもの見えない槍となって放たれた!
狙うは黒髪の少女。
その一撃は防御障壁無しなら、人の身体を用意に貫く殺傷能力の高いもの。
しかし、少女はこの魔法で決まるとは考えていなかった。
先ほどの話や、それまでの経歴などを見ると、騎士ウィナはおそらく策や加護の力で防御すると思っている。
そう加護。
なにせこのシルヴァニア王国の現人神の加護を――。
「!!!」
そこでエミリは、はっとした。
そうだ。
何故、それを考えなかった。
騎士ウィナに加護を与えているのは、シルヴァニア王国女王【闘神】ミーディ・エイムワード。
その女王を象徴する武器、赤錆の魔刀。
なら、当然彼女だって――。
戦場を見る。
すでに自分達意外のところも騎士ウィナに対して魔法や、弓といった遠距離攻撃が炸裂していた。
「おおい、エミリどうした」
硬直した少女にジャンが近づいてくる。
「……ダメ。
この策だと失敗する」
「なんだって?」
攻撃がやんだ。
数十、数百の爆撃。
魔法や何か対処をしないなら、生きているわけがない。
爆煙が騎士の所在をわからなくしているが――。
「がはっ!!」
「っ!」
煙を裂いて現れる黒い影。
影は、吸い込まれるようにして近くにいた生徒の鳩尾に長いもので一撃を加え、そのままの勢いで赤い何かが空中に軌跡を生む。
「このっ。
其の炎。矢の如くっ――【火の矢(フレイム・アロー】」
魔法を使う生徒。
放たれた無数の火の矢は、黒い人影に避ける間を与えることなく着弾した。
やった。
そう魔法を使った生徒の顔に改心の微笑みが浮かぶ――だが。
ひとときもたたずに凍り付く。
なぜなら、
赤い刀身を構えた少女は以前、健在で笑みを浮かべていたからだ。
ぞくっと背筋に冷たい何かが走り抜ける。
「精度、速さはなかなか。
だが物事を決めてかかるのは良くないな」
そのつぶやきを聞いた後、魔法を使った少女は気を失った。
「やっぱり……」
「な、魔法が利かない!?」
額に手をあててため息をつく。
ミーディ・エイムワード女王。
シルヴァニア最強の守護者。
彼の百日戦争において、帝国の大群相手にその赤錆の魔刀一本で、すべて地にひれ伏せた英雄。
優れた知識。
強靱な肉体。
全てを通して、人として最高位の能力を有する彼女にして対魔法のエキスパート。
一説には、もう一人の女王【盲目の巫女】ヘラ・エイムワード、通称最強の魔法使いをその力で圧倒するとさえ噂されている。
その女王の加護を持っている。
つまりその力は、女王とほぼ同等。
魔法で彼女に一撃を与えるということは、人類最強の魔法使い以上の力でないと与えることは難しいということだ。
「魔法じゃダメか。
なら剣で」
そう策を切り替えようとした時。
「雪……?」
ジャンが空を仰ぐ。
雲1つない空模様なのに、赤い雪のようなものが降ってきている。
「!まさか」
エミリは、力を込める。
身体に流れる魔力に干渉して、身体能力を上げようとする――が。
「……力が出ない。
嘘、これですら無効化されるなんて」
呆然とする。
どうやら赤い雪が降っているところにいる生徒達もみんな顔面を蒼白にしたり、何度も詠唱を唱えたりとしているが、
全く魔法が発動しない。
その生徒の動揺を見逃す騎士ウィナではなかった。
左手にもつ鞘と、右手にもつ赤錆をまき散らしている刀身露わになっている刀を使って、次々に武器破壊、無力していく。
まさにその姿、闘神の名にふさわしい。
そうエミリは思った。
――闘いという名の訓練は終わった。
生徒達の中でちゃんと起立しているものはいない。
地面に腰を落とし、動けないもの。
気を失っているもの。
あるいは、未だ何が起こったのかわからず狂乱しているもの。
そんな生徒達を見ているウィナ・ルーシュ。
「時間内に誰も一撃当てることができなかったな」
「……」
答えが返ることはない。
「実体験してわかったと思うが、今回の勝利はこの刀の力がほとんどだ。
これがないとさすがに一撃は受けていたからな」
「……」
そうだろう。
その刀は反則もいいところだ。
と生徒達は目で訴えてくる。
ウィナはにやりと笑いながら、
「だが、それがどうした?
戦場で相手がこちらよりすごい武器や道具を持っている。
だから負けた。
それじゃあすまない。
さっきもいったが、賭けているのは命だ。
自分の命だけなら、高い授業料だったで済むかも知れないが、
守るべき人や、仲間がいたなら彼らの命も盤上の掛け金となる。」
何人かの生徒がうつむく。
「相手がこちらより有利だったから。
仲間達を失った時、そんな理由でおまえ達は納得できるのか?」
無言。
「どうすれば――いいんですか?」
まっすぐにウィナを見つめる一人の少女。
ウィナは知らないが、少女はエミリであった。
その眼差しに、何か感じ入ることがあったのか、ウィナは彼女を凝視したまま、
「考えること。
最善の一手は何か考え続けることだ。
それが命の境界線になる。
この赤錆の魔刀は、確かに優秀だ。
加護を与えている女王もおそらくそう思ってはいるだろう。
だが、同時にこれほどまでに慢心という意味で危ない武器もないと考えているはずだ。
最強と信じ続けていたものが何かの拍子に壊れた時、その時動揺せずに対処できるのか?
おそらくできないだろう。
できずに相手の手にかかり死ぬ。
完璧だ。
完全だ。
間違い無い。
そんなものはこの世にない。
この赤錆の魔刀に対抗策をおそらく【盲目の巫女】も考えているはずだ。
魔法使いを無力する力の存在を認めることは、己の命が奪われることを認めることに他ならないからな。
それにどんな強大な力を持とうと使っているのは人だ。
であれば使用者の集中力を奪うなどといった方法を使って闘えば活路を開けたかも知れない」
そこでウィナは一呼吸置く。
「今回の訓練で一番問題だったのは、それだ。
まだ時間もあったのにこの刀のせいで動揺し、あまつさえ諦めた。
こっちに一撃を与えることができる可能性はあったにも関わらず。
諦めたら――」
「そこで試合終了ですよ」
何故かリティは割り込んで言った。
しかもその台詞は、元の世界で見た漫画の一節だし。
彼女に何かを言いかけたが、どうやら生徒達の胸に響くものがあったらしい。
やはり名言というものは時代問わず心を揺さぶるものだろうか。
感心しつつ、こうしてウィナの授業は終わった。
授業終了後。
生徒の一人に呼び止められたウィナ。
そこにいたのは蒼い髪の少女騎士。
「騎士ウィナ。少しお話させていただいてよろしいでしょうか」
その少女の顔に覚えがあったウィナは頷いてみせた。
「――わたしは力が欲しいです。
どうすればいいのでしょうか?」
明快な意思表示。
凛としたその仕草に、感嘆を覚える。
「名前は?」
「っ!申し遅れました。
わたしは、エミリ・ラグナスと申します」
「そうか。
ならエミリ。力が欲しいなら簡単だ。
【加護】を求めればいい」
「【加護】……ですか」
「【加護】は確かにペナルティがある。
しかもシャレにならないペナルティが、な」
ふっと笑うウィナに、エミリは思い立ったことがあったのか、尋ねて見た。
「確か、騎士ウィナは元男性……でしたか?」
「やっぱりそういう情報は回っているんだな。
そうだ。割と苦労している今も。
――だが、それ相応の力は手に入った」
「っ」
「意志のない力は、本人も含めて周りすらも不幸にする。
両刃の刃が相手を殺すことしかできないように。
何のために力を求める?
その力を使う先に眼差しを向けているか?
もしもできているなら【加護】を求めるのも手だろう。
リスクを恐れるなら、地道に修行、訓練していけばいい。
今、その力を望むならリスクをおってでも前へ進めばいい。
決めるのはエミリ自身だな」
「はいっ!!ありがとうございました」
一礼するエミリ。
それに気にするなっと言ってその場を去ろうと背中を向けた時だった。
エミリが声を掛けてきた。
「わたしが騎士として活動できるようになったら、わたしも騎士ウィナの騎士団に入団させていただけないでしょうか?」
半身だけ彼女へ振り向く、
ウィナは微笑んだ。
その笑顔にエミリはドキっとした。
「あいにく俺のところの騎士団は常に人材募集中なんだ。
いつでも待ってるよ」
「はいっ!!」
こうして二人は別々の道へと歩み出す。
だが、ウィナは確信していた。
おそらくどこかで交わる時が来ると。
その時が待ち遠しい。
次の授業が行われる教室へ向かった。