外伝1ウィナさんの秘密
ここはシルヴァニア王国、中央都市ピティウムから少し離れたところに立つ洋風の家。
木々に囲まれ、自然豊かな場所で時々鳥の可愛らしい鳴き声が風にのって流れる。
その家の一部屋――食堂にて彼女達は昼食をとっていた。
ちなみに今日のメニューは鮭とキノコのクリームスパゲティ。
鮭――といっても本当に鮭ではなく、このシルヴァニア付近の川で採れるピックルという川魚。
淡泊な薄味の魚であるが、海に行って帰ってくる期間だけとても脂ののったおいしい魚らしい。
ずずーずずーと。
クリームを盛大に跳ねさせているリティ。
「り、リティさん……もう少し落ち着いて食べないと」
控えめに言うグローリア。
そのたびにエルフ特有の長い耳がぴこぴこ動くのは、なんというか――しゃぶりつきたくなるのは、
まだ男の部分があるということだろーか。
「何いってるんですかー。グロちゃん。
こういうのは音をたてて食べるのがおいしんですよー」
相変わらず独自理論とゆーか、傍若無人ぶりを発揮するリティに、グローリアは視線を宙にさまよわせている。
何か言い返そうと考えているのだろうが、
あいにくリティ相手に口げんかで勝利するには、グローリアでは荷が重すぎるだろう。
そんな様子を生暖かい目で見ているのは常時メイド服姿のテリア。
しかし、常時とは言っているが実際テリアのメイド服は種類が多い。
ひらひらが多いものやついていないもの、色も黒ではなく、赤や、蒼といったもの、
様々なメイド服を定期的に披露してこちらの目を楽しませてくれる。
ウィナは、一通り食すると用意された拭き物で口元をふき、テリアにコーヒーを頼む。
彼女はわかりましたと一礼すると、風の人工精霊エルを呼び出し台所の方へいかせた。
しばらくすると、一緒にコーヒーの入った容器を浮かばせながらやってきたエル。
「ほいー、お待ち」
「ありがとう、エル」
「ん、まあ感謝されることはいいことかな。次回もよろー」
ぽんと音をたてて姿を消す。
「エルさん、可愛いですよね」
「ええ、いいげぼ――いえ、いい相棒です」
「今、下僕っていうところだっただろ」
テリアは物静かな顔をしていて、やることなすこと結構どぎついときがある。
そういう意味ではリティと並ぶかもしれない。
ちらっとリティの方を見ると彼女も食を終えたのか、グラスに入った水をぐびぐびと飲み、
「ぷはぁー。うまかったです」
おまえは本当に女か?
と思わずそうツッコミたくなるようなオヤジくささを発揮していた。
「そういえば、ウィナさん。
午後から予定は?」
ぐいっと前のめりに聞いてくるグローリア。
「今日は確か何もなかったかな。
っていっても呼ばれたらいかなきゃいけないから、あまりだらけすぎていても困るが、そうじゃないなら何をしていてもいい」
「そうですか……。
実は準騎士団の時にお世話になった先生に呼ばれているんです」
「へえ、そういう理由なら別に抜けても構わないが」
「いえ、わたしだけじゃなくてみなさんを連れて、来てくれないかって言われているんです」
「それは――」
「新手の宗教勧誘かもしれませんね。
もしくはウィナ・ルーシュ教という新たな宗教を作るとか」
「それならわたしが副教祖をやりますよー、ウィナさん」
「まて。
なんですでに決定しているんだ?」
「「なんとなく(です)」」
見事にハモル2人組にため息をつき、ウィナはこの騎士団団長として結論をグローリアに伝えた。
「今は無理――だな。
もう少し落ち着いてからなら全員が抜けてもいいとは思うが。
なにせ、こっちはまだ新参騎士団だからな。
さすがに好き勝手やって周りとの連携がうまくいかなくなるというのは勘弁したい」
「妥当なところですねー。
まあ半年くらいは無理というところですよー。グロちゃん。
たぶんその準騎士団の先生もわかっていると思いますよ」
「あ、はい。
一応、時間ができたら――くらいしか言われてはいなかったので、今すぐというわけじゃないです」
「なら、それで。
一応半年をめどになるけどそれでもいいなら――ということを伝えておいてくれないか?
もしも、もっと早めにというなら統括騎士団長殿か、女王陛下自らの命であればすぐ行けるって伝えておいてくれ」
「はい、わかりました」
了解するグローリア。
少しさめたコーヒーをすすりながら、ウィナは他の2人を見回し、
「あと何か連絡とかってあるか?」
と聞くと、
リティが勢いよく右手を挙げて、
「先生、質問があります」
などとベタなことを言い始めた。
グローリアは相変わらずリティの突飛な行動に目を丸くし、
テリアはああ、またですね。
と表情を変えず、エルにコーヒーや紅茶の発注を頼んでいた。
ウィナは半眼で、
「なんだ?」
「ウィナさんは、この世界の出身じゃなんですよね?」
「ああ、そうだが……」
そうウィナ・ルーシュはこの世界の出身ではない。
この世界に来たのは約5年前。
目が覚めたら何故か砂漠にていて死にそうになっていたところ謎の黒ローブおじさんに助けられ?なんとかこうして生きている。
何故、この世界に来たのか、直前まで何をしていたのかは覚えていないが、
それ以外の記憶はちゃんとしている。
ただ、名前はその老人に奪われてしまっているため思い出すことすらできないが。
これ自体は特に隠すことでもないため、彼女達にはすでに話をしている。
ということで今更リティがこの話をもってきたのは一体――。
どんな理由だろうか。
と怪訝な表情で、コーヒーを口に含んでいると、
「そっちの世界で女装でもしていたんですか?」
「ぶっ!!」
ウィナは吹いた。
しかも勢いよく。
ただし、とっさに横にずらしたため、誰にもかかることはなかったが。
「な、何をいっているんだっ、おまえは」
「いや、ほらウィナさん。加護を受けて女性に変わったじゃないですか」
「ああ」
「最初はぶーぶー文句をいっていたのに、すぐ対応しちゃって今じゃあ元男って言われても冗談っていうくらい女の子じゃないですか」
「……そうか?
言葉遣いは明らかに男だろ?
俺とかいってるし」
と同意を求めるべく、2人に目配するが、
「そういえば、ウィナさん元男の子だったんですよねー……あわわ、昨日一緒にお風呂入っていましたっわたし!?」
グローリアはエルフである。
それゆえか、スタイルが半端ないことになっている。
男であればおそらく襲いかかってしまうだろうぐらい。
そんな彼女といつのまにか普通にお風呂で流しあいをしている自分は、どれだけ染まってしまったのだろうか。
興奮もなにもなく、強いていえばあの胸は反則だな。だけである。
「ウィナ様が男であろうと女であろうと、一生をかけて仕えます。
わたしにとってウィナ様は生きたMOE要素。
すなわち神です。
日夜シルヴァニア王国内にて普及活動もしているため、最近手元にお金ががっぼがっぼはいって――」
「まて。
後半明らかにおかしい部分がある」
「ありません」
真顔で否定するテリア。
その表情に冷や汗も動揺も見てとれない。
嘘をつくことに罪悪感も何も感じない人間にとって嘘をつくことは普通にしゃべることと差異はないと聞いたことがある。
すなわちこれぞ無の境地。
テリアは、煩悩を生存本能へと昇華させているためそれ自体に無理はなく、淀みはない。
(……何故だろう。
すごいことなのに、全くすごさを感じないのは)
軽い頭痛を覚えながら、今更彼女に何をいっても無駄なのであえて無視した。
「とりあえず、俺のことはおいておいて。
リティがいいたいのは、適応力がありすぎるってことだろ?」
「まあ、そんなところですねー」
ずずっと紅茶すらも音をたてて飲むリティ。
もう少し優雅な飲み方できないのだろーか。
この赤いポニテ少女は。
「適応力は……たぶんこっちに来てからついた後天的な能力だろう。
生きることに努力をしないと死ぬっていう環境じゃなかったからな、元いた世界は」
「どんな世界だったんですか?」
興味津々といった表情でグローリアが聞いてくる。
「どんな世界……か」
頭を掻きながら、昔のことを思い出す。
こっちの世界での生活などがあまりに濃すぎるため、元の世界のことを実は結構忘れている。
友達も、家族も、生活も。
こういうふうにしていたという記憶はあるが。
実感をともなってこないといゆうか。
知識は確実にしっかりと根付いているが。
「そうだなー……。
平和な世界だったよ。
それがたとえ偽りでも」
「偽り?」
「一見平和に暮らしているようにみえても、どこかで争いは起きていたというところかな。
それがおおきれば戦争になるし、小さければ闘いになる。
争いは常に起き続けている。
それが見えずく、わかりずらくなっていた世界というところか」
「意味深ですねー。ウィナさん」
何故か楽しげに笑うリティ。
ウィナは実のところリティを疑っていた。
自分と同じ世界の出身ではないかと。
実際、今まで行動を共にしてグローリアやテリアのわからないネタや知識などを口にしても、リティはそれに対して、
的確に答えを返しくる。
それを元世界の出身と疑うのには十分だった。
だが、彼女はそれについては以前として黙秘を続けている。
しつこく聞いても、近いうちにわかりますよーとだけしか言わない。
ウィナは、リティについて半分以上諦めていた。
「どこの世界も争い続けるんですねー……」
寂しげに言うグローリア。
「――争いは、人が人である限り必ず起き続けるさ。
理由はいろいろあるが、
その本質は「わたしを見て」という他者による自己存在の肯定だからな。
人が本当に1人ではいきていける精神をもちいない以上、集団に属するなら確実に起きるものだろう」
「それじゃあ、わたし達がやっていることって――」
「極論は良くないな、グローリア。」
片目をつぶってにやっと笑うウィナ。
「突き詰めていけば、結局人間存在しない方がいいんじゃなかろーかっていう話になる。
つまりはあるのか、ないのか――二元論だ。
だが、そんなことを考えなくても俺達はなんとか生きている。
集団の中でな」
「……そうですね」
「誰か1人でもその人をちゃんと見ている人がいれば、それだけで世界に争いは起きないよ。
その人がいなくなったらわからないが。
なら俺達がやることっていうのは、見ている人と見られている人、その人達が安心して暮らせる場所のために働くことだろ?
国の大きな政策でこぼれるものがいるなら、それよりも小さな組織――ギルドなどでその分をおぎなえばいい、それでもこぼれるならそれ以下の集団、
地域であれ、家族であれ、友達であれで固めていけばいい。」
「っそうですね」
ぐっとこぶしを握りしめるグローリア。
どうやら元気がでたみたいだ。
「国の政策の話までいくのはさすがはウィナさんですねー」
「そこまで言うつもりはなかったんだがな……。
女装うんたらの話からずいぶん脱線したな」
「大丈夫です。
ウィナさんが女装していたのはもう明らかですから」
「いや、わかってないだろ。
……で、なんでまたこんな話をしてきたんだ?
ただの世間話ついでに聞いてきたわけじゃないんだろ?」
「いえ、本当に世間話ですよー。」
「――そういうことにしておくか。
ちなみに、俺もどうしてこんなに女性であることに早く適応できたのか。
一番の理由は違和感を感じなかったからだよ。
不自然なことにな」
「――なるほど。
それは面白い話を聞きました」
にっこりとリティは笑みを浮かべた。
「――ということで可能性は高いと思いますね」
赤髪のポニーテールの少女がそう背を向けている女性にと話す。
エメラルドのような淡い光を放つ翠髪が、ウェーブがかったように臀部のところまで伸びている。
うにょうにょとしているせいか、翠のクラゲさんとリティは胸中で表していた。
「――そうですか。
報告ありがとうございます。【零点の統治者】」
「いえいえ、翠のくら――じゃなくて【盟主】様と会えると思っていなかったですので問題ないです」
「……今、翠のくらげとか言うところではありませんでしたか?」
「気のせいです」
「――……まあ、それについては後でじっくりと話合いをしましょう。【零点の統治者】。
貴女は引き続き、彼女の監視をお願いします」
「了解ですー。
他の人はどうしているんですか?」
「――【偽獣の王】には、4大国家の監視を。
【土を掘るもの】には、遺跡の探索を。
【泡沫の鎧】には、帝国を。
【風の便り】には、聖都を。
【復讐者】には楽園を。
それぞれ見てもらっています」
「隊長は?サボりですか?」
「隊長――【管理者】は、スト中です」
「スト……ストライキですか?」
「そうです。
最近、新メニューの開発に忙しくこちらの仕事をするヒマがないと言っていましたね」
「隊長らしいですねー」
「私は頭痛するところなのですが、仕方ありません。
現状では、まだ大きな動きがないので構わないでしょう」
おおらかというか、許容範囲が広いとゆうか。
そうでなければこの組織、とうの昔に空中分解しているだろう。
とリティは思った。
「では、そろそろ戻ります」
「ええ。ではまた【零点の統治者】」
リティ・A・シルヴァンスタインが席を立った後、
【盟主】と呼ばれた彼女は、さっと手を空中で振る。
と、2冊の本が具現化した。
そして彼女が手を触れていないにも関わらず、勢いよくページがめくられていく。
が、あるページまでいくとそれ以上はめくられることはなくその状態を維持し続けていた。
そこに書かれている言語は、このヨーツテルン大陸に古くからある言語。
今では古代語の1つとして存在しているものである。
彼女は、右側にある本をぽんと人差し指で押し、そして左側にある本を同じく人差し指で押した。
その動作がきっかけとなったのか、2つの本は互いに距離をつめ最後には1冊の本となって、彼女の前にて新生した。
ページはそのままで。
「……やはり、イレギュラー――。
ようやくこの閉じられた世界を砕くものが現れた。
そうみるべきでしょうか」
彼女の視線が鋭くみる先に1つの語句だけ赤く点滅していた。
現代の言葉で言い表せば、ウィナ・ルーシュ。
古代語でその語句を訳すと、こうなる。
【世界に滅びを与えしもの】と。