真実の世界
爆風が吹き荒れる。
自然の猛威とも言える雷の収束、そして解放。
その力はかって神の御技とも言われた神秘の力。
ヘラはウィナのいた辺りを何の感慨もなく見ていた。
致命傷――とまではいかないだろう。
一応、身体がしばらく動けなくなる程度に威力を絞ったつもりである。
それでも普通の騎士や、魔法使いにとってはその威力を防ぐこともできず一瞬にして蒸発してしまうレベルではあったが。
なにせ相手は自身の最愛の姉、ミーディ・エイムワードの力を受け継いだ人間。
唯一、禁じ手を使わなければ勝利すらつかめない姉の加護を受けているのだ。
これくらいのレベルの魔法を使用しないと、その行動を止めることはできないだろう。
最初、何故お姉様が彼女にその加護を与えようとしたのかわからなかった。
計画の要にしようといった理由も。
けど、こうしてあってみて。
(お姉様にこうも似ているなんて)
似ていた。
性格や物言いは全然似ていない。
似ているのは、その雰囲気。
温かく、そして何よりも冷たい。
それがわかったとき、始めて躊躇した。
その命を奪うことに。
計画の要とは言ったが、もし失敗しても取り戻すことはできる程度。
ここで殺してしまっても構わなかった。
もともとそういうつもりでここに来ていた。
なのに、ウィナ・ルーシュに惹かれた。
それがどうしてなのか。
この胸の高鳴りはなんなのか。
なぜ今更、こんな気持ちを思い出すのか。
キモチガワルイ。
でも。
でも……。
(その思いは心地いいものでした。たぶん今も)
見ることはできないが、視ることはできる。
爆煙はれることがないその場所へ、ヘラは顔を向け――
凍り付いた。
「なんとか、うまくいったか」
ばぢばぢばぢっ!!
小さな落雷が発生しては、床に小さな穴をあける。
「ウィナさーんっ!!」
涙を浮かべている女性――グローリアと言ったか。
あんなに大きなものを胸にしていて重たくはないのだろうか――いや、違う。
思いっきり思考がそれた。
首を横に振りながら、ヘラは視た。
【盲目の巫女】ヘラ・エイムワードの視覚は完全に閉ざされている。
だが、少女は万物全ての魔法の理を操る者。
見えないならば、視る受容器を新たに作り出せばいいこと。
そうして常に身体全体に薄い膜を張るように【目】を作り出した。
これこそ【全てを見通す眼差し(パンテリオン)】。
これによって常人と同じように見ることができるようになった。
それをもってウィナ・ルーシュを見る。
右手には、姉の複製とも言える【赤錆の魔刀】を鞘から抜いた状態でもっている。
これは変わらない。
そして、左手。
天高く勝利をつかみ取っているようなその栄光なる左手に脈動する光の球。
雷の足を観察している今も生み出し、床や、彼女の周囲へと被害をまき散らす。
ぎりぎりで制御しているが、間違い無くその光の球は、自身が放ったものだとヘラは悟った。
そして戦慄した。
目の前の相手が、思っていた以上に【姉】に近づいていることに。
「っく」
左手に走る激痛。
ウィナはできるだけ無表情を装うようにしていながらも、気を抜けば顔をしかめてしまう激痛に耐えていた。
ヘラの魔法が放たれたとき、いつものとおりに赤錆の魔刀の力で霧散させようとした。
しかし、
その刹那。心の中から【彼女】の声がしたのを聞いた。
それでは防げない――と。
明確なアドバイスはこれが始めてであったため、戦闘中にも関わらず思わず顔を緩ませてしまった。
すぐ表情を戻し、思考を走らせた。
数秒もみたぬ思考の結果、ヘラ・エイムワードは一度こちらの真剣を防いでいる。
このことから魔法の無効化もまた対処をしている可能性が高い。
ならば、この一撃は確実に自分に通る。
赤錆の魔刀は使用不可。
ならば、魔法――初歩的な魔法しか使えず、制御も甘い。
固有能力――【領域探査】はそもそも戦闘に使えるものではない。
万策尽きたか。
いや――まだある。
第二の扉を開いたときに得た能力。
未だ使用はしておらず、この任務が終わってからじっくり検証、実験しながら使おうとしていた能力があった。
それは【圧縮】。
ありとあらゆるものを圧縮する能力。
しかし、その圧縮するものの構造などを理解していないと誘爆する恐れがある能力だ。
躊躇する暇もなく、ウィナはそれを使いそして賭に勝った。
代償はおそらく腕の神経系といったところか。
だが、それもグローリアの治癒で治せるレベル。
痛みをこらえ、ヘラ・エイムワードを見る。
こっちの姿を凝視していて、ひどく驚いているようであった。
即座に痛みを彼方へ飛ばし、思考を戦闘へと切り替える。
闘いがはじまってのはじめての隙。
それをウィナ・ルーシュが見逃すはずがない。
だんっ。
床を大きく蹴り上げ弾丸のようにヘラへと駆けだした。
「!」
こちらの接敵に気づいたヘラの周囲に先ほどと同じ赤い障壁。
対赤錆の魔刀用防御魔法【空虚な世界】。
このまま斬りかかっても先ほどと同じ結果にしかならない。
そう、このまま斬りかかってしまえば。
「【神雷】よ、俺に従えっ!!」
「なっ」
もしもヘラが目を開けていたなら、おそらく目を丸くしていただろう。
ウィナの呼び声とともに圧縮された雷球が赤錆の魔刀へと吸い込まれていき、
変化をおこした――純白の光を喰らい、形状を変化させたのだ。
刀から槍へと。
より神の御力を表現するのに相応しいものへと形態変化――其の力まさに創造の一端。
其の一撃は――
ぱりんっ!!。
「っ。障壁がっ」
ヘラの防御壁をたやすく貫いた。
そして、防御障壁がなくなったヘラへその勢いのまま槍の払いが振るわれる!!
しかし。
それは赤い刀身の刀によって防がれた。
長い艶のある黒髪が武器の衝突で発生した微風に流れる。
チャイナ服に似たようなワンピースを身にまとい、戦闘というよりはどこかへ遊びに行くといった格好をした女性がそこにいた。
「ミーディ・エイムワード……か」
「久しぶりね。ウィナ・ルーシュ」
悠然と微笑む彼女。
「……お姉様」
「ヘラ。杭を抜きに来たんでしょう?
ここはわたしが抑えるからさっさと終わらせましょう」
「っはい」
返事をし、ヘラは空中へ浮かび始めた。
その間も、ウィナは手に持つ槍に力を込めつつ押し切ろうとしていたのだが、何か障害物でもあるかのように全く動きもしない。
しかもミーディは片手のみでこっちの力を完全に抑えている。
「さすが、神の位にいるものってところか……」
「わたしにとってそれは褒め言葉にならないけど、ありがたく受け取っておくわね」
笑顔で彼女。
次から次へと怒濤のごとく展開される情報に足を止めていたテリア達が、ここでようやく行動を開始した。
それを横目で見ていたミーディは、
「もう余り時間もないから――ヘラ。借りるわよ」
空いた手から植物の種のようなものを空間から取り出し、それをテリア達へと投げつけた。
すぐさまグローリアは結界を張り、投擲さえたものを防いだ。
「無駄よ」
だが、ミーディの言葉通りの結果となる。
障壁によって弾かれた種子は、そのまま床へと着地するとその固い外皮を破り鉄鎖を生んだのだ。
鉄鎖はまるで生き物のようにうねりながらテリア達の身体を束縛していく。
テリア達も抵抗しようとはしたが、鎖は全くびくともせず魔法すらも防御してしまう。
その様子を見下ろしていたヘラだが、ミーディの視線を受けすぐに詠唱を開始した。
「【見捨てられた土地】に穿たれた永久を約束せし六門。
我【盲目の巫女】の名を証明として具象せよ」
「これは……杭?」
アーリィが呆然と天をあおぐ。
漆黒の杭というか、塔といった方がいいほどのものが突然王の間を貫き、天上を貫き現れる。
だが、建物自体にひび割れや破損はない。
最初から埋め込まれていたかのように場違いに存在していた。
「世界を固定するために創造神によって穿たれた柱よ。そして――」
じゃっ!!
と周囲の空間から突如、鎖が具現しその漆黒の杭に巻き付いた。
「これが創造神の欠片を持つ一柱。
現存する最古の【神】の姿よ」
ミーディが指し示したのは漆黒の杭。
だが、
鎖に巻き付かれた杭はずず、ずずっと重低音を響かせながら、上へ、上へと動かされ、
ズドゥンっ。
大きな音をたててそのまま大地に倒れた。
しかし、不思議なことにあれだけのものが倒れたにも関わらず、やはり建築物や、人、モノに影響はまったくなかった。
「第一限定制限空間障壁解除――出よ、永久の楽園に眠りし乙女」
ヘラの詠唱とともにさっきまで漆黒の杭があった空間に黒い点が生まれる。
それはどくん、どくんと脈動を空間に伝え闇を広げていく。
「なに、あれ……」
両手をぶらんと力なくたれさせ、茫然自失の状態でグローリアはソレを見た。
景色が黒く塗り替えられていく。
その中に見えるのは女性。
錆びた鉄色の鎖が身体の動きを束縛するように巻き付けられていた。
うつむいているため表情は見えない。
だが、それでも彼女からは絶望の二文字がにじみ出ているように見えた。
「鎖に縛れた女性……ですか?」
自身の記憶から該当する情報を探るテリア。
「師匠……あれがあなたの言っていた"神"……」
「なるほど。
私もアーリィもみんな操り人形だったということかしら」
【盲目の巫女】は謳う。
「かつて。
――かつて、世界を創り出した神々は世界を捨てました。
その理由は世界はあまりにも醜くすぎる。
見るに堪えないという、ただそれだけの身勝手な理由で。
しかし、世界を捨て旅に出る神々の中で数柱がこの地に置き去りにされました。
いつしかこの地は、見捨てられた土地――ヨーツテルン大陸と呼ばれ、現在に至ります」
「それがこの大陸の秘密の1つか。
それをわざわざ教えてくれるのはどういう理由なんだ?」
すでにミーディとの間合いは離れている。
もっとも足や身体は種子によって生まれた鉄鎖によって縛られている。
「理由は簡単よ。
世界の柱たる1つの柱を抜いた。
それが一体どういうことになると思う?」
にっと笑うミーディ。
「倒壊しますねー。手抜き工事ばっちこいです。
ミーディ女王陛下」
「……リティ。こんなところにいたの?巻き込まれるわよ」
「もちろん、そのつもりです」
自信満々に言う彼女に、ミーディは眉根をひそめる。
「それは【真実の目】としての判断?」
「なんのことかわたしにはわかりませんよ?」
互いに射殺すような鋭い眼差しで見据え、先に目をそらしたのはミーディの方だった。
「まあ、今更ね。
わたしもあなたも。
わたし達は表に出た。次はあなたの番。
まさか干渉しないなんて言わないわよね?」
「はい。もちろんです。
でなければとうの昔にこの騎士団から脱退していますよ」
「そう。
……そろそろ始まりそうね」
床を蹴り、1つの跳躍でヘラの元へと戻るミーディ。
ちなみにヘラとの間は100メートルくらい離れてはいる。
「じゃあ、生きていればまた逢いましょう。ヘラ」
「実験術式起動――相対過去把握――接続――扉解放」
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ」
悲鳴があがる。
声を上げているのは鎖で縛られた女性。
ヘラの魔法の詠唱が引き金なのか、彼女は大きく頭を振り回し痛みに耐えるように声を上げる。
その緊迫した声が、見えない圧力となって反抗心を削ぐ。
そして、置き時計の音がどこからともなく流れ始める。
チクタクチクタクチクタク――と。
足元には、時計の長針や短針をかたどったものを中心とした巨大な魔方陣が展開され、蒼い光が魔方陣の魔力線や、シンボルを灯す。
赤錆の魔刀は、鞘には入れてはいない。
が槍へと形状を変化させているせいか、その力が発揮できていないようだ。
試しに力を解放しようとするが、鎖がそれを阻止するかのように動き身動き1つできない拘束をする。
そんなことをしている間に彼女の魔法は完成した。
「第一封印解除――【時の天秤】」
その宣告を最期にウィナ達はこの世界から消滅した――