真実の女王
「そんなことはありえないですね」
アーリィのはっきりとした否定が王の間に響く。
「この帝国エインフィリウムは建国以来、確かに一時期、国の存続が危ぶまれる事態もありましたが、
それでも一度たりとも滅亡したことなどありません。」
「そうね。わたしもそんなことディーにも聞いたことないわ」
その反応は、少女の中では当然だったのだろう。
少女は笑みを絶やさぬまま、さらなる呪い(ことば)を彼らに送った。
「ええ、あなたたちならそう答えるでしょう。
そうしていますから」
「!」
そうしていますから――。
まるで、わたしがそう■った。
そう少女――【盲目の巫女】ヘラ・エイムワードは言っているようであった。
「どういうことかしら?」
「この帝国という存在自体が、虚ろな楽園だということです――シインディーム女王陛下。いえ」
喜色満面。
そう呼ぶにふさわしい表情で、爆弾を落とした。
「女王を語るニセモノさん」
「なっ!?」
少女以外、驚愕の表情を浮かべる。
「……なるほど、イグリス宰相がからんでいるとは思っていたが、黒幕はこっちか。
――いやもしかするとイグリス宰相自体も傀儡だったと見る方がいいのか?」
「どういう……ことですか?」
額に汗を浮かべ、聞いてくるアーリィにウィナは肩をすくめ。
「――俺はここに来るまで、帝国の歴史や法律などを調べていた。
他国への作戦行動だ。
相手を知っておかないとこちらの身が危うくなる自体もあるからな。
そうして歴史や、法律、種族など調査していて、王族の家系図――系譜をみた時だ。
何故か違和感を感じた」
「王の系譜に?」
「ああ、違和感を感じた――ということはそれはどこかおかしなところがあるということだ。
しかし、その箇所を見いだすことはできなかった。」
まるで魚の骨がのどにつきささったような違和感。
それはこの帝国に入っても、ずっとしていた。
そしてそれが取れたのは――
「その違和感がとれたのは、おまえの襲撃のあと」
「私の襲撃――あの夜のことですか?」
「そう。
おまえが殲滅系の大魔法を宿に対して使用したとき、
逃げるのが遅れた俺とリティは、俺が赤錆の魔刀解放することで助かった」
「ウィナさんがあのとき固有武具【赤錆の魔刀】を使ってくれなかったら仲良く黒こげでしたねー」
あははと何が面白いのかリティは笑う。
彼女を無視し、鞘から刀を抜き放つ。
刀身に覆われた赤い錆びのようなものがぽろぽろとこぼれ、風にのって流れる。
「この刀は、魔法を霧散させる。
それこそ、どんなに強力な魔法体現者の魔法であってもだ」
鋭く見据える先にいる【盲目の巫女】は、ほほえみで彼女の視線を受け流した。
「それから俺たちは仲間の元に戻り、女王に会った。
そのとき、芋づる式に帝国エインフィリウムの王の系譜が思い浮かび、そして俺が違和感を感じていた点が明確になった。
まるでそれを見た時に気づけなかったのがおかしいくらいの違和感がそれには記されていたんだ。
たぶん、魔法がかけられていたんだろう。どれにかというのはわからないが」
「【誤った思考回路】。
精神系の魔法ですね。
対象者の認識を誤認識に導くために、記憶と司る回路にいくつもの迂回路を作り対象となった記憶にたどり着くことができない資格所有許可がないと
使うことも覚えることもできない魔法。
【月の女神】ルーミスの闇の魔法に似たようなものがありますが。」
テリアがそう答える。
万物全ての理を操るものである【盲目の巫女】に資格所有許可など意味がない。
「――それで、その違和感の正体はなんなのですか?」
女王を見る。
こちらを見るその視線に、動揺も、恐怖もない。
ただ何があろうとも自身は自身であるという信頼があり、どんな事実でも受け入れる心構えができていたのだろう。
ウィナは一度深くまぶたを閉じ、開ける。
その先にいるヘラ・エイムワードを見据えて言った。
「違和感の正体は、2つ。
1つは、線の少なさ。
その理由はあるところから子供が1人のみしか生まれなくなっていること。
もう1つは、生まれてきた子供の妻となるものの家系が同じ家系からの輩出になっていること。
その家系は、エル・ステラ家。王の妻になるものは全てここから輩出されている。
王権にもっとも近いはずなのに一度も権力闘争に巻き込まれていない不自然な家系。
そして先代の王の子供は、1人しかいない。
その名は、シオン・エル・ヴァナ・エインフィリウム。
――母親似の美少女だったそうだ。」
「え、ええ!?ど、どういうことですか!?」
完全に動転しているグローリアを手で制止しながら、ウィナは続けた。
「つまり、シインディーム・エル・ヴァナ・エインフィリウムという女性は存在しないっていうことだ。
まあそれも全部おまえが仕組んだんだろう。
そう言っていたしな」
「すばらしい洞察です。
ウィナお姉様」
「おまえの姉になった覚えはないが、正直腹が立つ。
全ての理を操るものが、その理を踏みにじるようなやり方にはな」
「……面白いことをいいますね。
わたしは今、お姉様と争うつもりはありませんが」
「俺も争うつもりはないな。
かといって、このまま黙って見過ごすほど人間できていない」
「そんなに親しい間柄でしたか?
あってたかだか2、3日でしょう?」
「……そういう言葉があっさりでてくるおまえは、壊れてるよ。
理に反したことをやっていれば、どんなに力を持っていても、今度はそれ以上の力で再び蹂躙される。」
ぴくりと少女の顔が動く。
「復讐をするな。なんてことは言わないさ。
だが、その切っ先が誰に向けているのかは理解しておくべきだ。
今のおまえの剣は誰に大して向けられている?
そんな不確かなものなら、おまえの力はその大切な者にも牙をむく」
「――お姉様」
驚くヘラ。
「おしおきだ。
ヘラ・エイムワード」
言うが否や、ウィナはヘラへとかけだした。
すでに刀は鞘から抜き放たれている。
ウィナの疾走とともに紅い雪が後方へと流れていく。
しかし少女は動かない。
その眼差しは哀れんでいるようだった。
そんなヘラの視線は受け流し、ウィナの刀が少女を捕らえ袈裟切り放たれる――。
だが、
刀は少女に触れることはなく、空中で静止する。
いつのまにか、ヘラの周りには紅い障壁がうっすらと張られていた。
「わたしがお姉様の武器について何の対処もしていないとお思いでしたか?
ミーディお姉様のオリジナル【赤錆の魔刀】はすでに研究済みです。
これはその成果の一端が1つ【空虚な世界】。
万物全てを切り裂く武器があるのなら、それに対応した万物全てを防ぐ防具を生めばいい。
そうすることで世界の理が対処できない矛盾点を生じさせれば、互いにその力は相殺されることになります。
わたしのオリジナルスペルです。そして――」
ヘラの右手がぶれる。
それに悪寒を感じ、後方へ飛ぶ。
「無駄です――軌跡よ辿れ【追跡】」
握られていたのは奇妙な杖。
それは木の枝と言って過言ではないだろう。
どこぞの大木からへし折ってきたような素朴な杖の先から、鉄製の鎖が放たれた。
「!」
(物質化の魔法……か?
いや、それにしては本物すぎる)
蛇のようにこちらにからみつこうとする鎖を刀で切り裂く――が、弾かれる。
(こっちも対処済みか。ならっ)
切り裂けず、ただ弾かれるだけなら弾き返せばいいだけのこと。
ウィナは手首を返すように刀を振るい、迫ってきた鎖をかわし続ける。
それは端からみれば舞踏をしているようにも見えた。
そして、
「!」
ヘラの顔に緊張が走る。
放った鎖が幾重にも鎖自体へとからまりその場で静止してしまったからだ。
ウィナはただ逃げていたわけではない。
はじく方向、速度を計算しながら鎖の動きを封じようとしていたのだ。
結果うまくいったというところ。
次は驚きのため動きが止まったヘラへと斬りかかろうと両足に力を入れた時――。
じゃら。
「っ!」
いつのまにか鎖がウィナの足首に巻き付いていた。
バカな。
そう声を胸中でこぼし、どこから放たれたものかと視線で追えば、それは床。
ウィナの足下の床から現れた鎖はがっちりと巻き付き、移動を封じられた。
「ブラフか。」
「ええ。お姉様はお疲れの用ですので、しばし休憩をとっていただきますね――開け、天上の門」
ヘラの唇から唱えられる詠唱。
「我は罪を抱くものなり。
我は罰を求めしものなり。
おお、神よ。地に伏す罪人に神の御力を示し給え――」
ヘラの頭上からばぢばぢと放電する雷の槍。
おそらく自然界に存在する雷を無理矢理、密度無視し収束させた魔法なのだろう。
凶暴ともいえる自然界のエネルギーを眉1つ動かすことなく制御している。
さすが理の女王【盲目の巫女】ヘラ・エイムワードというところか。
柄を握る手に力がこもる。
「神を憎んでいるものが、神の力を借りる。
これほど皮肉なこともありませんね。しかしこれもまた、1つの魔法の真理。
でもお姉様、安心してください。お姉様なら死ぬことはありませんから――」
にっこりと微笑むヘラの笑顔は極上だった。
「【最後の審判】!!」
雷光がウィナを貫いた。




