帝国の真実
「用件の1つはみなさんが終わらせてくれたのでよかったですけど、余計なことで手間がかかったですね」
まるで部屋を片付けたかような程度に少女は評した。
誰もが言葉がない。
ただ現状を認識しようと必死に脳を働かせる。
「ちっぽけですけど生輝石も入りましたし、これはわたしの糧にしましょう」
さてと少女はつぶやくと、一瞬で玉座の目の前に転移する。
「開きなさい【管理者権限発動――解錠】」
ぱりんっ。
ガラスが砕ける音を立てて、玉座周囲の景色が変化する。
「なっ」
アーリィの驚愕の声。
そこには大きな水晶のような六角柱の鉱石が浮遊していた。
ウィナは無意識で歯を食いしばる。
あの輝きは見たことがある。
あれは――。
「根源石ですね」
そう。
いつのまにか横にいたリティがそうつぶやく。
いつになく厳しい眼差しを向ける彼女。
すでに手には愛用の槍がしっかりと握られていた。
生輝石と同じ材料を用いて作るより純度の高いエネルギー結晶体。
帝国に来るまで調べたものの大して収穫もなく、頓挫しそうになっていたあの結晶体。
そんなウィナだからこそわかる。
目の前にある大人2人分の高さと大人4人を四角にまとめたくらいの幅のものが、どれほど材料――人の魂を使ったのか。
おそらく数千ではきかないだろう。
「何故、そんなものがここにあるのか教えていただけませんか?【盲目の巫女】様」
アーリィは笑みを浮かべて言う。
ただ目は笑ってはいないが。
ヘラ・エイムワードはこちらを振り向くと、
「そういえばあなた達は知りませんでしたか。
これは根源石と言うものです」
「それは知っています。
何故そんなものがこの帝国の、王の間の玉座の後ろにあったのか教えていただきたいのですが」
「ああ、それですか。
簡単です。
わたしが帝国領土上に魔方陣を設置し、収集する場所をここに定めただけのことです。
帝国の国民の魂を収集するために」
「え?」
それは誰の声音だっただろうか。
声に出さずとも全員が思わず聞き返してしまいたくなるほどあっさりと何でもないように少女は答えた。
「ここの他にも設置していますが、やはり帝国のものが一番収集するスピードが早いですね。
さすが戦争を是としている国でしょうか」
くすくすと無邪気に笑う。
「これだけあれば少しばかり予行練習に使っても大丈夫そうですね」
「それは待っていただけませんか?ヘラ・エイムワード様。
それは我が国の民の魂。
解放していただけるのが筋ではないでしょうか」
「あら?
先ほどわたしの言葉を聞いていなかったんですか?
アーリィ・エスメラルダ。
これは復讐なのですよ。
何故、その機会を放棄できるというのですか?」
殺気がアーリィにと向けられる。
それだけでアーリィは言葉を発することができなくなってしまった。
そんな彼の前に現れたのは現帝国の女王シインディーム・エル・ヴァナ・エインフィリウム。
「久しぶりかしら?
ヘラ・エイムワード。」
「……あなたですか。シインディーム・エル・ヴァナ・エインフィリウム」
「やっぱり止まらないみたい。いえ、もう止まれないのでしょう?」
思った通りね。
と彼女はヘラに言う。
「殺したはずですのに、さすがというところですか」
「まあわたしを殺したのはもうどうでもいいことだけど、それは渡せないの。
返してもらえないかしら?」
「戯れ言……ですね。
言ったはずです。
これはわたしの復讐です――と」
「なら、これは私の王として最期の責務になるわ。
――退きなさい、愚者の女王。
さもなくばこの場で切り捨てる」
腰に帯びていた刀を抜き、これ以上話合いの余地はなしと構えるシインディーム。
その覇気に押され、一瞬だけ少女の圧力が霧散する。
「――何故今も生きていられるかはわかりませんが、それならもう一度殺せばいいことですね――来たれ、原初の火。」
ヘラの掌から少し離れたところに生まれる火だね。
きぃぃぃんときしむ音をたて、あっという間に野球の球くらいの真球を形づくる。
「あなたからはもうすでに根源石は収集ずみですし、もう用済み。さっさと死んでください――彼の者を贄とし、その神髄を示せ」
「亡霊は滅びなさい【神の火遊び】」
「!!」
放たれた。
その軌跡を追おうと目をこらす――が。
その必要はなかった。
なぜなら、火球はシインディームの真っ正面に存在していたからだ。
「っ、転移っ!!」
「陛下っ!!」
歩みよろうとするアーリィ。
だが一歩遅い。
瞬きをした次の瞬間、深紅の火は火柱となって天上すら焼き焦がす。
誰もが女王の生命がここで終わった。
そう確信した時だ。
紅い雪が王の間に降ったのは。
「ウィナさんっ!!」
女王を守るように赤錆の魔刀を鞘から抜刀した彼女がいた。
火柱はすでに霧散している。
赤錆の魔刀――その鞘から抜き放たれた真剣の真価は、強制的な魔法無効化。
それはいかなる魔法、強力な魔法体現者であっても。
ウィナは無言でヘラ・エイムワードを見る。
ヘラもまた彼女を凝視する。
「……まずは俺よりも言いたいことがあるだろう二人に会話を譲ったが……。
短気にもほどがあるな」
「――あなたがお姉様の加護を受けている人間ですか……」
興味深そうに観察するヘラの視線を受けながら、ウィナは警戒をしたまま尋ねた。
「いくつか聞いておきたいことがあるんだが、いいか?」
「ええ、お姉様に似た貴女ならいいですわ」
お姉様という言葉のアクセントが妙だったのは無視し、続けた。
「俺達がここに来ることになった事件――禁書強奪事件は、あんたの自作自演か?」
「ええ、そうです。
わたしにとっては価値のないものですが、それでも簡単に盗めるようなシロモノではありません。
わたしの許可なく触ったものは魂を抜かれるように設定してありますから」
「それなら盗難の心配はないな。
それでどうして俺達がここに派遣されることになった?
俺達以外にふさわしいものがいたはずだ。現に実行部隊は黒の狼だったが、あの騎士団なら俺達がやっていた情報収集もできたはずだ」
「彼らでは意味がありません。
わたしが目的を為すためには、わたしがここにこなければいけないのです。
しかし、この帝国は神の一柱に守られています。
いくらわたしが万物全ての魔法の使用権限を持っていても、この地に侵入、転移するには骨が折れます。
無理矢理ここに転移しようとしても力を半減させられても困りますし。
わたしの力を少しもそがれることなくここに来るためには、わたしの力を持つモノをここに来させる必要があったのです」
「……なるほど。つまり侵入、転移のための目印か。
その役割を俺やガイラル、禁書に持たせたというところか。」
「その通りです。
さすがお姉様がその力の許可を許した相手ですね。お姉様が近くにいるみたいに感じます」
別の方向にも病んでいるみたいだな。
ウィナは胸中でつぶやく。
「――別の質問だが、この帝国はあんたにとって何なんだ?
宰相の話や今までの流れから考えると、ただの他国というわけではないんだろう」
「そうですね。
わたしにとってはこの帝国は、実験場にしかすぎません」
そのヘラの言葉にアーリィが殺気立つ。
しかし、シインディームが抑えた。
「復讐……だったな。
今のあんたを見ていると、たかだか根源石を作り、関係者を殺した程度で収まるものとは思えない。
あんたはこの帝国の建国から何かしてきたんじゃないのか?」
ウィナのその指摘に、ヘラ・エイムワードの表情が強ばる。
「図星か?」
「――予想外です。
断片化した情報は落としていましたが、そこから確信に近い答えを導けるとは思っても見ませんでした。
――いいでしょう。
少しばかり面白い話をしましょうか」
にっこりと微笑む少女。
だが、残念なことにその笑いは、相手に安らぎを与えるどころか恐怖しか与えるものでしかなかった。
「この帝国は、すでに何度も滅んでいるんですよ」