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黒騎士の正体

おまえに剣の才能はないな。

そう旅で出会った剣士に言われたことがきっかけであった――。



ぐっと膝に力を入れ、相手の懐に飛び込むようにバンと大きな音をたてて、一瞬に2点間の距離を0にする。

口にすると誰でもできそうな気はするが、実際にはこれは奥義の1つといってもいい技だ。


きんっ!!

金属音が王の間に響く。

宰相に振るった刀の一撃は横手から伸びた漆黒の西洋剣によって阻まれた。

自身の顔を隠す黒い兜のスキマから透き通った目がこちらを見据える。


(性別は――男か)

攻撃を防がれた事に感傷を抱かず、すぐさま刀を引く。

同時に男がこちらへと踏み込んできた。


それは罠。

ウィナは、重心をそのまま前へとすでに移動している。

しかし刀は引いた。

そして後方へ下がったように見えたウィナの懐に入ろうとする黒騎士。

条件は整った。


ウィナは迫る片手剣を恐れることなく一歩踏み込んだ。

その動作にわずかの刹那黒騎士の剣がぶれる。


ダンっ!!

床をぶち抜くような音を立てて、ウィナの一閃が黒騎士の脇腹を鋭く打ち据えた――


「ちっ!」

かのように見えたが、黒騎士の背後に回ったウィナの背中目がけて前方に向けていた剣を横への一撃と変化させる。


奥義ゆえに一撃必殺。

それをかわされれば、最大の隙を見せることになる。

秒数にしてはコンマ何秒。

だが、黒騎士の重量に似合わない速撃は確実に硬直していたウィナの背中を捕らえた。


「――っ!!」

直撃――。

いや、それでも真心をとられないようにあえて宙空へ重心を瞬時に移したウィナの反応速度を褒めるべきだろう。

少しの空中浮遊とともに床へとたたき付けられる彼女。



「つつっ……やるな」

黒騎士は追撃をせず、ウィナが立ち上がるのを見ていた。

その兜のスキマから見せる黒い双眸は、殺し合いをしているとは思えないほど穏やかだった。


しかし、向こうにこちらを殺す気がないわけではない。

今の一瞬の攻防でウィナはそう理解した。

「いい部下がいたもんだな、イグリス宰相」

皮肉げに笑みを浮かべる先に、自嘲ぎみに嗤う壮年の男。

「彼は部下ではない。

むしろ、彼は私を殺すものだ。

ウィナ・ルーシュ」

「ほう。

名前を名乗ったことはなかったはずだが」

「名乗らずともわかる。

その刀。

それこそが、私達の罪の証なのだから」

「……罪?」

眉をひそめるウィナ。

そんな彼女に、こちらの様子を静かに見ていたクロム老が声をかけてきた。

「ウィナ・ルーシュ殿」

「なんだじいさん。いきなり丁寧な呼び方して」

「あの男の兜。たたき割れるか?

素顔が見たいのじゃが……」

ぴくんとウィナの眉がはねる。

「――知り合いか?」

「かも知れぬ。

確証は……ないがの」

「ふう。

なかなか難易度の高い注文だ」

2、3歩前へ進む。

クロム老を守るように前に出るウィナに、黒騎士も同じく宰相を守るようにがしゃんがしゃんと音をたてて出てくる。


(普通、全身鎧なんて被ったまま闘ったらその鈍重な重さに耐えられず、相手のいい的になるもんだが)

黒騎士にはそんなことはないらしい。

まるで鎧など着ていないかのように振るわれる一撃は、こちらの予想を超えて早い。

間違い無く自身よりも上にいる技量の持ち主。


いくら自分が【闘神】の加護を得て身体能力が向上し、【赤錆の魔刀】というチート武器を手に入れても所詮、自身には剣の才はない。

旅で出会った剣士の言葉が胸中に思い浮かぶ。


「おまえには剣の才がない。

いくら卓越した剣技を身につけようと、奇跡的な身体能力、反応速度を得ようと、万物を斬りさくような至高の武器を手にしようと、

おまえが相手ならオレはおまえを殺せる。

それこそ2合も打ち合うことなくな」


その男は傭兵だった。

しかし、強かった。

異世界へ来て、変な老人に最低限の力や知識を得てある程度時間が経っていた。

そのため異世界での生活に慣れて来た時に、その男と出会った。


今となっては記憶がさだかではないないが、

斬り合うことになってしまった。


今まであれば、多少相手がこちらよりも強くても頭を使い生き残ってきたせいか慢心していた。

どんな相手でも、策をねれば勝てる――と。

だが、その男との対峙はもろくも崩れることになる。



剣の柄に手をかける。

その瞬間、その手首が切り落とされた。

何が起こった理解する間もなく、つまらない表情をしている男の顔が視界に入った時には首が宙へと舞っていった。



意識が戻った後、自分は地面に横たえられていた。

月が照らす闇夜の中、たき火の反対側に男はあぐらをかいて座っていた。

「気づいたか?」

そう男は聞いてきた。

その瞬間、自分を襲った出来事を思い出し、あわてて身体を見直した。

しかし、傷は1つもないことに驚き、男に問いた。

すると男はため息を漏らし、

「幻視だ。

ある一定の力量を持つ者とそれ以上の力量の者が闘う時、力量の未熟な者が見る負けのビジョン。

一種の未来視みたいなもんだ」


「おまえは一流の領域に足を踏み入れる直前だ。

だが、そんな人間この世界にざらにいる。

自身が他人よりもできるからといって、それに甘えていればそうなるってことだ」

男の言葉に恥ずかしく、赤面した。

慢心したつもりはなかった。

だが、だからといって命をかけて鍛錬を行ってきたかといえば――。


「反省ができることに感謝するんだな。

あとここであったのがオレで良かったな。他のヤツならおまえはここで死んでいた」

冷たいものが背中にはしる。

その男の実力に自分はあこがれたのだろう。

だから、次の瞬間弟子にしてくれと言葉を口にしたのは単なる気の迷いではないはずだ。


「あいにく弟子はとるつもりはない。

それにオレの弟子になってもおまえはそれ以上強くなれない。

その理由がわかるか?」

首を横に振った。

「本当なら、考えろって突き放すんだがな。

感謝しておけよ」

そう男は前置きして、その言葉を口にした。




「おまえは"剣"に縛られている。

縛られている限り、おまえより実力が上のものと闘う機会があればおまえは必ず負ける。

それが理由だ。」

愕然とした。


自分はそれなりに勝つための万策を尽くしてきた。

それを男に言うと、彼はふんと鼻で笑い、

「あの程度で万策?

それこそおまえは何も視えていない。


"剣"を最上にあげている限り、おまえは誰にも勝てない。

"才"を最上に掲げている限り、おまえはこの先、生きてはいけない。

"剣"も"才"もそんなものは付属でしかない。


おまえは何のためにその"武器"を振るっている?

それがわからない限り、おまえはこの先あっさりと死ぬな。

預言してやる」

男の言葉は、まるで真剣そのものだった。

ぐさっと心臓の深いところをひとつきし、そのままぐりぐりと傷口を広げるような灼熱感が胸にしみる。




「もしも――

もしも、その意味が理解できる時がくれば、おまえはオレに一太刀くらいあてることができるだろう」




今思えば、あの男なりの慰めの言葉だったのかもしれない。

だがあの男の言葉がきっかけで、"力"へと渇望しその道の中、加護の力を得ることになった。

(――名前ぐらい聞いておくんだったな)

にやりと唇の端がつり上がる。


ウィナのその表情に反応してか、黒騎士はがしゃんと鎧を鳴らした。


今目の前にいる騎士の"剣"の才は自身よりも上。

"剣"を最上に置けば、この身は何も為すことなくここが墓標となるだろう。


「そんなことは許さないわよ」

脳裏に過ぎ去る黒髪の少女。

(こういうときは仲間の方を思い浮かべるものだがな)

唇を固く閉じる。


刀の切っ先を相手に向け、腰を低く身体を沈める。

来訪前、好きだった漫画のあるキャラが使っていた技の模倣。

自身に合うようにすでに調節済みだ。


黒騎士の顔があの男の顔と被る。

(あえて師匠と呼ばせてもらおう。

この闘いであんたを越える)


牙を越えた刺突。

大きく右手を引き、身体の筋肉を絞り込む――。


ぎちぎちと身体の至るところの筋肉が幻音を鳴らす。

放たれる前の一矢。

しかし、放たれればそれは必ず狙った場所へと突き刺さる。

意識を収束する。

狙う場所はただ一点。




対する騎士もまたこちらの動きを読み、半身ですっと剣を前に出してくる。

懐に入る前に迎撃するつもりなのだろう。

ピンと張り詰めた緊張感が王の間を支配する。


過去も未来もない。

全てはこの現在いまの一撃で決まる。




そして火蓋は――


ぎりぎりの緊張感の中、2人の五感はそのクロム老のあごから落ちる一滴をも知覚でき、

水滴は床へと落ち綺麗に爆ぜた。


「――行く」


切って落とされた!!




先手必勝。

己の最速持って突き殺さんばかりの刺突を黒騎士へ放つ。

「!」

黒騎士に生まれる動揺の気配。

おそらく思っていたよりも速かったのだろう。

そのせいか、前方に突きだしていた剣の攻撃範囲の内側に入りこめたのは行幸だった。

そして、

ウィナの牙を越えた刺突は鎧を打ち抜いた――。


だが、相手の力量は彼女の予測を超える。

「なっ!」

声を思わず上げる。

脇腹を突き刺した。

そのはずなのに、手に伝わる感触は空。

つまり、彼はかわしたのだ。

鎧の中にある肉体をずらすことで。


(――なら横撃で!!)

刺突がかわされたとしてもそのまま、横への一撃にしてしまえば胴体へ確実に直撃させることができる。

柄に力をこめようとしたとき、視界に入る銀色の輝き。

それを理解する前にウィナは柄を中心にくるりと宙空を舞った。

同時に、男の剣を有していない手に握られた短剣の一撃がさっきまでいたところに軌跡を残す。


(2刀っ!)

空中で身体を回転しながらも、相手の武装はきちんと把握したウィナはその勢いのまま黒騎士の背後に降り立とうしたが、

「!」

予備動作なくいきなり黒騎士の姿が下から消える。

(いや、違うっ)


黒騎士はしゃがんだけだ。

そう顔はこちらを捕らえている。

ならば次に来る一手は。


空中で隙だらけの自分に向かって銀閃が飛ぶ。

間違い無く自身の身体を分割させうる鋭い斬撃を、ウィナは――。

鞘から刀身を一気に抜き放つ抜刀術で迎え撃った。


キン。

互いのエモノが、相手をかみ切ろうと刀身を振るわせる。


これはおかしい事態だ。

ウィナの持つ【赤錆の魔刀】。

それは通常時は鞘つきのままであるが、本人の意志で切れ味を変えることができる刀。

しかし、一度抜刀してしまい、その紅く錆びた刀身が閃けば万物全てを切り裂く。

斬れないものなどない。


(――っていいたいところだが、アーリィのヤツにも鞘の状態で防がれたしな。

所詮、矛盾の産物か。

全てを切り裂くというのは)


ウィナは冷静に思考を走らせ、相手が自分を床へとたたき付けるようと剣に力を入れている彼の力を利用し、弾いた。

一瞬、体勢が崩れる黒騎士。

そこを見逃さず鞘をそのまま兜への打撃と転じた。

「!」

そして――。




「っく」

床に受け身をとれずにたたき付けられる。

黒騎士は、片膝をつき頭を垂れるようにして動かない。


兜を狙った刺突は、ぎりぎりのところでかわされた。

そして黒騎士は次の攻撃を封じるように短剣を必殺の軌道をえがくようにして投擲してきたのだ。

ウィナは、その黒騎士の反撃を防ぐことのみに集中したため、体勢にまで気をくばることができず、結果床へとたたき付けられたことになった。

ゆらりと立ち上がるウィナ。

だが左手は刀を持った右腕を支えるようにそえていた。

(っ、折れてはないがしばらくダメか)

手から刀を落とさないようにするだけで精いっぱい。

先ほどの不時着の時、変なところを損傷したのだろう。


静寂が王の間を支配する。


黒騎士は立ち上がろうとしない。

こちらの一撃な何一つ完全には通っていない。

最後の一撃にしてもそうだ。

なのに、黒騎士は立ちあがら――


ぴしっ。

何か小さな音が響いた。

目を細め、音の発生地点を見やる。

と、黒騎士の兜に無数の亀裂が走っていた。


(ぎりぎりのところで通ったか)

横を見るといつのまにかクロム老が、険しい顔で騎士の様子を見守っていた。

ぴし、ぴしぴしぴしっ!!

バリンっ!!


兜は真っ二つに割れた。

そして床へと落下するとくるくると踊りを踊っているかのように回転し、からんからんと転がった。


誰も動けなかった。

宰相は、わかっていたのだろう。

沈痛な表情のままただ黙するのみ。



クロム老は全身を振るわせながら、その名を口にした。

「ガイラルディア・エネス・シュトゥーリエ……なぜ、お主が」

その名は、ゴルトスの丘で謎の死を遂げた男のもの。



ウィナ・ルーシュにとっては――

「……会った時は実力を隠していたのか□□□□」

知己の人物だった。


「実力を隠していたわけじゃない。

あのときはあれが俺の限界だった」

「いろいろと理由があるんだろうが、」

そこでウィナは息をはく。

そして、名前を呼んだ。







「久しぶりだな。ガイラル。

こんなところで会うとは思わなかったがな」

数ヶ月前、後味の悪い事件で知り合った男が目の前にいたのだった――。






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