一つの疑問
城内が騒がしい。
執務室。
そう呼ばれている部屋で男は書類をめくる手を止め、眉をひそめる。
しわが色濃く残る年齢になってしまっているためか、最近移動自体もおっくうであった彼は、呼び鈴を鳴らす。
「失礼します。閣下」
そういい入って来たのは、衛兵が1人。
「何がおきておる?」
「はっ。
何者かがこのエインフィリム城に侵入したため、迎撃に向かっているところであります」
「……そうか。」
男は大きくため息をつき、あごから長く伸びた髭に触れる。
まぶたを降ろし、今までの自分の軌跡を振り返る。
多くを間違えてきた。
自身の信念のために。
友を捨て、ただひたすらに目的に向かって、全てを捨ててやってきた。
誰も己が心の内を知らぬ。
誰もこの国の事実を知らぬ。
全てを知っているのは、もはや自分のみ。
皇帝すら知らぬこの国の真実。
それを覆すために無理をしてきた自分に、ようやく裁きが下されるのだろう。
「閣下……?」
「――全軍に命令だ」
「はっ」
「総員、すみやかに城内から脱出せよ。
私も後から行く。」
「はっ!!」
綺麗な礼をし、衛兵は伝令を伝えに部屋から出て行く。
「――さて、私も行くか。
おまえはどうする?黒騎士」
彼が視線を向けた先――本棚の影からすっと黒い鎧に顔すらも包み込んだ騎士が姿を現す。
「……」
騎士は無言で男を見る。
「そうか。
ならば行くか。我々の最期を飾るとしよう」
「――妙だな。」
石作りの階段を駆け上がり、2階につくなりウィナはそうつぶやく。
後ろからやってきたクロム老もふむと思案顔で周囲を観察する。
人気がない。
1Fからここまで来るまで、多くの騎士や、衛兵達をのしてきたが。
ここにいたって急に人がひいた。
固有能力【領域探査】を起動してみても、人気はバラバラに散在していてこちらに向かってくる者はいなかった。
「罠か?」
そうウィナが思っても仕方がない。
だが、元統括騎士団長は首を横に振り否定した。
「おそらくそれはないじゃろう。
撤退の速さを考えると、何かをする時間を物理的にとるのは不可能じゃろう」
確かに、クロム老が言う通りあまりにも撤退が早く、そして突発的過ぎる。
階下で闘っていたとき、当然ながら【領域探査】はずっと起動していた。
そのため人の流れも視えていた。
その中で敵は、こちらに向かって動いていたのだが、突然動きを変えて散開していくのが視えた。
おそらく城内の謁見の間もしくは、王の間に戦力を集中させるものだと思っていたのだが――
【領域探査】の現在の状況では、
どうやらほとんどのものが城外へと出ていっている。
ほとんど――つまり。
「……動かないのが2人か」
「どの辺りじゃ?」
クロム老が聞いてきたので、来る時に牢屋で書いたくしゃくしゃの紙の地図を見せ指を指す。
彼は厳しい表情のまま、
「やはり王の間じゃな。」
「――そうか」
ここからであれば王の間まで10分もたたないうちにつくだろう。
2人は無言でうなずきあいながら決戦の場へと足を進めた――。
そして扉が開かれる。
ごぉぉおぉと重い音をたてて、両極の扉は左右へと展開し玉座への道を指し示した。
開かれた視界にうつるは、壮年の男と、黒い甲冑の騎士。
本来であればこの荘厳な空間にいるだろう精鋭の騎士達や、政を行う文官、宮廷音楽家などの者達。
しかし今、この間にいるのは4人。
その事実が、妙にこの静寂を重く、沈痛としたものとしていた。
「来たか――侵入者。
ほう、アルバート。まさかおまえまでここに来るとは……。
存外、牢屋暮らしは面白くなかったか?」
「ふん。
人をそんなところへ放り捨てた男がよく言うのう。
イグリス」
火花が散る2人。
「他の者達はどうしたのじゃ」
「ふん。役に立たぬものをどうしてこの場に残す?
そんなことも忘れたのか?アルバート」
蔑むように嗤う男。
そんな男の視線をただ静かに受けていたクロム老は、真摯なまなざしを持ってかっての友へと問いた。
「……何故じゃ。
お主は一体何をしようとしているのじゃ」
「今更だな。アルバート。
いったはずだ。私は、運命をあらがうためにここにいると。
そのためならこの身に不相応な地位でも固執すると。」
「そのためにかっての仲間も前線に送って、か?」
「信頼しているからと思えんか?アルバート」
「お主は口がうまい。
わしが例え何を言っても、お主は簡単に煙りに巻く。
お主がわしを統括騎士団長などといったものにまつりあげたのもわしなら御せると思ったからじゃろう」
「さて、私には何のことかわからないな。
おまえが騎士団を統括できる立場につけたのは、おまえの力だろ。
私は一宰相にしか過ぎぬ」
「あまりなめるな、イグリス」
かっ!
と鋭く男を射貫くクロム老。
「わしとて無駄に生きてはおらぬ。
お主は一見、無駄に戦力の増大、軍備の拡張、戦渦の拡大をし、その理由は帝国の領土を増やすためとぬかしておるが……」
「何を当たり前のことを。
この国は、山地が多い。
そのため農業に適する地域が少なく、海に面しているわけでもない。
帝国の民は増え続け、このままでは近い未来食料に対して問題が起きるのは明白だ。
ならば、少しでも多く新たな土地を得ようとするのは当然だろう。
他国などと協力なぞ、この帝国に一害あって一利なし。
真なる帝国のために小国などは贄になってもらう。それが我が帝国の国策」
「冗談も大概にせえ。イグリス」
ふんと鼻を鳴らし、
「食糧難?帝国国民が増え続けている?
そんなもの理由にはならん。
統計はわしも閲覧しておるがの、それこそ100年後にそういう事態に陥るといったレベルの話じゃ。
何故今、そんなことをする必要があるのじゃ?
それに領土拡大といいながら、お主が戦争を仕掛けているのは大して戦略的価値のない小国がほとんど。
むしろ捕虜やそこにいる人間の扱う手間を考えれば、むしろマイナスにすらなるというのに。」
クロム老はそこで言葉を切り、
「お主の言っていることと、やっていることは矛盾だらけじゃ。
何を考えている?」
「…………」
イグリスは、ただ黙ったままクロム老を見据え、
「おまえはここに話をしにきたわけではないだろう。アルバート」
「都合の悪いことは全部隠す……か。
相変わらずかわらんのう」
「交渉決裂か?じいさん」
「いたしかたあるまい。おまえさんはどうするんじゃ?」
「1つだけ聞かせてもらおうか。
イグリス宰相」
ウィナは一歩前にでて、硬く表情の変わらない男に問いかける。
「女王陛下暗殺未遂事件――」
ぴくり。
一瞬だけ表情が動く。
「あれは本当に未遂だったのか?」
「……どういうことじゃ?」
怪訝な顔でウィナとイグリスを見るクロム老。
「――部外者に答えることではない」
毅然と言い放つイグリスに、ウィナは笑みを浮かべる。
「その答えで十分だ。
じいさん、下がっていろ」
虚空から具現化するは、赤錆の魔刀。
「悪いが、イグリス宰相。力ずくでも話を聞かせてもらおうか」