第3話 いきなり捕まった主人公
いきなり捕まった主人公
「で、名前はなんて言うんだ?」
粗悪な木製のテーブルを前に、今にも4本足のどれかが壊れそうな椅子に座っている少女。
どことなくふてくされているような彼女に対して半眼で40代頃の警察――――ではなく騎士団の男が聞いてくる。
「……ウィナだ。ウィナ・ルーシュ」
そう少女――――ウィナ・ルーシュは答えた。
「器物破損に、殺人未遂……か。こんな縫い物している方が似合っている嬢ちゃんが、こんな事件を起こしたとはねぇ」
頬杖をかきながら男は、調書とウィナを交互に見ながらぼやく。
「世も末だな」
「まったくだ」
と、ウィナも同意する。
もっとも男の意見を同意したわけじゃない。
今日一日は、世も末、世紀末もいいところな出来事があったからだ。
今日起こった出来事を振り返ると、何かに憑かれているとしか思えない。
絶対、人生を振り返った時今日のこの日が人生最悪の日だったと自信を持っていえる。
「で、嬢ちゃん――――」
「だから、嬢ちゃんじゃない。俺は男だ」
むすっとした顔で言う少女。
本人的には不機嫌を表しているつもりなのだろう。
しかし、今の少女は可愛い系の美少女である。
そんな彼女が、不機嫌を表したところで見ている人間にとっては、こうほんわかしてしまうのは仕方ないことだろう。
取り調べの最中とはいえ、顔がほころびそうになるのを抑えながら彼は頬をぽりぽりかき、
「あー、ここ、笑うところか?」
彼女の言った内容に対してツッコミを入れた。
「笑うところじゃないし、冗談を言っているわけでもない。
俺はついさっきまで男だったんだっ!!」
そのままバンっと机を叩くような勢いで少女は言う。
やはりその表情、仕草も胸温かくなるものを覚える。
いわゆる1つの「なにこのかわいいいきもの」というヤツである。
ちなみにすでに少女の魅力にダウンしそうな者がいた。
男の隣にいる騎士団の女性は、かわいいな~とさっきから小声でつぶやいている。
小声のはずだが、しっかりと美少女――ウィナの耳に入っているわけで。
それが一層彼女を腹たたせる。
妙な雰囲気がこの一室を支配するなか、男は冷静沈着を心がけ、可能性の1つを口にした。
「あ~、麻薬は不法所持で国外追放、斡旋で死刑だが」
「誰があんなものに手をだすかっ!!」
即答で否定する少女。
彼は、はあとため息をつき。
胸中ではなんでこんな仕事回ってきたんだ?今日は厄日だろうか。
と思いながら、
「だよなあ。
じゃあ、なんでおまえさんはべっぴんさんなのに男だって言い張るんだ?頭がおかしいのかと思うぞ」
少女の意見に同意をしながら、だったら説明してくれわかりやすく。
そんな意思のこもった眼差しを少女に向けた。
すると少女のぷにっとした唇がなめらかに動き――
「…………ごだ」
「ああ?」
「加護だっ!!加護っ!!」
ウィナは騎士団の詰め所内に響き渡るような声で答えた。
「加護……?」
片目を器用に半眼にし、こめかみをぐりぐりする。
彼の疑問を解消したのは、彼の隣にいた女性である。
ちなみに彼女は非番であるにも関わらず呼ばれたことに多少、いやかなり立腹していたが、
可愛い少女――今のところ犯罪者予備軍が見られて気持ちを弾ませていた。
「隊長。祝福ですよ。たぶんこの子、詳しい説明を聞かずに【選定の儀】を受けたんですよー」
「あーなるほど。
アレか。マニュアルを読めといって読まないでやらかしちゃったヤツか」
「バカだなぁ」と男は笑い、女性も「毎年いるんですよねー」と他人事のように笑いあっていた。
少女の額に青筋がたったのは言うまでもない。
【選定の儀】
簡単に言ってしまえば、自分を守ってくれる守護者を選ぶ儀式である。
選ぶといっても、受ける側に選択肢はなく守る側――――高位存在によって選ばれる。
高位存在の力が強ければ強いほど、守る力も強大になる。
そして守る力というのは、身体能力の向上だったり、特殊技能が使用できるようになったり、いろいろな特典がある。
だから、高位存在の加護を受けようとする人は多いのだが実際に受ける人間は多くはない。
なぜなら、デメリットも確かに存在するからである。
たとえば、
剣技に長けた神がいるとして、その加護を得た場合。
当然剣技の上昇、武器を扱う器用度などのメリットに対し、
魔法や、知恵、知識といったいわゆるあまり剣技に関わらない部分の能力が下降してしまう。
場合によっては、今まで持っていた能力よりも低い補正を受けてしまうのだ。
それ以外にも筋肉まっちょな神様がいて、その神様の加護を受けたがばっかりに何故か外見も筋肉まっちょになってしまうといった場合もある。
外見のデメリット、能力のデメリット、それ以外のデメリット。
数あるデメリットを総合すると、メリットとデメリットの比がだいたい1対4くらいになるだろうか。
確かに絶大な力を得る可能性もあるのだが、それと同時にこれからの人生に多大な影響を与えるほど自身を変化させてしまう恐れがある。
そういったこともあって二の足を踏む冒険者や、騎士など多い。
ちなみに外見のデメリットには、性別の反転も当然のごとくある。
言うまでもなく我らが主人公ウィナ・ルーシュが体現しているが。
笑いが収まった後、男の部下である女性はすっかりやさぐれてしまったウィナに尋ねた。
「ところでウィナさんは、ちなみにどんな方にあたったんですか?」
「【闘神】ミーディ・エイムワード」
「ぶっ!?そ、それってこの国の女王様じゃないですかっ!?」
そう。
神――いわゆる高位存在から加護を受けるこの選定の儀式。
高位存在が必ずしも神かといえばそういうわけではなかったりする。
高位存在を証明するのは、魂の位である。
ゆえに人間でも【神】という位に昇格できれば、高位存在として認められ、【神】として能力補正がかかる。
では位をあげるにはどうしたらいいか?
簡単に言えば、
【神】に認められるほどの偉業を成し遂げたり、人にはできないようなことを実現すると人の位から神の位へと昇格されるシステムになっている。
しかし、ここに疑問が残るだろう。
誰が判定をするのか。
その判定基準は何なのか。
これについては、現在もあまりよくわかっていない。
各国とも調査はしているだろうが、その調査結果は全て解明不可の4文字。
以上のことから人が【神】に成り上がる方法は不明である。
あるが、現実両手で数えるくらいの人数の人から【神】となったものはいる。
その中の1人、シルヴァニア王国の女王であるミーディ・エイムワード。
彼女の偉業の数、質ともおそらく大陸の中でもトップクラス。
特に有名なもので『百日戦争』においての業績がある。
何をしたか?
行動自体は少し勇気がある者なら誰でもできるだろう。
ただ実現できるかというところがミソである。
つまり、彼女、ミーディ・エイムワードは、帝国との戦争において闘ったのだ。
もちろん帝国軍と。
だが、その数と彼女の状況が英雄への階段を上らせることになった。
帝国軍の数は数千から数万。
彼らの目的は首都ピティウムの陥落。
対して新都シルヴァニア王国。
軍のほとんどが帝国軍の誘導で遠い地へ誘いこまれ、
国を守る魔法技術で編まれた防衛結界も帝国魔法使いによって消滅しているという状況。
ただ1人。
敵の策を読んだ女王ミーディ・エイムワードは、新都シルヴァニア王国に帰還し、広野にて帝国軍と相対した。
1人対多数。
通常であれば、騎馬や、魔法といったもので踏み殺されるか、焼き尽くされるか、はたまた無視されるか――
しかし、結果はミーディ・エイムワード1人でその全てを圧倒した。
ある時はその武器で、
ある時はその能力で、
ある時はその魔法で、
ありとあらゆる手段で、自身の王国を守るためにその手を鮮血で染め上げた。
百日後。
ようやく敵の策や罠から逃れ戻って来た味方が見たモノは、血の色のような赤い武器を携え、深紅に染まった赤髪の女王の姿。
すでに敵と呼べるモノは誰もいなく、物言わぬ山の上に少女は無傷で立っていたという。
のちにこの事件が【百日戦争】と言われることになった。
シルヴァニア王国に住むものなら誰でも知っている彼女の逸話。
この事件などをきっかけに人から【神】へと昇格したらしい。
そんな生きた英雄である彼女の加護を受けた人間は、残念ながら現在まで存在していない。
ゆえに騎士の女性の驚きは当然だ。
「はあーすごいです……。わたし今、伝説にあっているんですねー」
はわわわーとどこかに飛んでいってしまいそうな彼女に対して、
ウィナはつとめてブルーであった。
「勝手に伝説にするな。
いい迷惑だ」
椅子の上で器用にあぐらをかいてウィナは嘆息する。
「なるほど。女王の加護ならその姿も納得がいくな。
まあ、確かに容姿はがらりと変わったが、その分加護の力も強いんだろ?」
「……身体能力は最低でも2倍以上は上がったか。魔法による身体能力向上なしで」
「十分すぎるな」
「うらやましいです」
「代われるものなら代わってやるぞ」
今日は朝から何回、ため息をついたか。
数を数えるのも馬鹿らしい。
そんな不機嫌絶好調のウィナに、騎士の女性はぽんと手を打ち、
「あー、ウィナさん。そうすると服装とか困っているんじゃないですか?」
と聞いてきた。
ウィナは、素直に同意し、
「――――まあ、な。
前の服は売りに出したし、今来ているのはこれしかないな」
ウィナの今の服装は、白のゆったりとしたローブ。
なにせ変身してしまったので、男の時の服が着れなくなってしまったのだ。
そういうことはよくあるのか、ウィナの選定を担当した人(女性)が気を利かせて修道女の服をもってきてくれた。
その時の女性の顔がやたら赤かった気もするのだが――。
とウィナが思考の海に埋もれている間に、騎士の女性と男がなにやら話し合っていた。
「隊長。
わたし午後から休暇をとってもいいですか?」
「いきなりだな、おい」
部下の突然の主張にも関わらず、あまり驚いていない彼。
その顔にはまたかという表情が浮かんでいた。
「だって、市民が困っているんですよ?市民を助けるのがわたしたち騎士団の仕事ですよ」
「そういいながら、おまえ顔がニヤけてるぞ」
「かわいいは正義です」
はっきりいう彼女に迷いはない。
男は、やれやれとため息つくと、ウィナに目をむけ。
「ま、リティと一緒に買い物にでもいってな。その間におまえさんの処遇も決まるだろ」
「――――刑は重くなりそうなのか?」
器物破損はともかく、殺人未遂であれば禁固20年、もしくは殺意があったとなれば終身刑にもなりかねない。
最悪、逃亡も考えながらウィナは聞いた。
「いや。おそらくそんなことはならんさ」
「ずいぶんと自信ありげだな。
その根拠はなんなんだ?」
「おまえさんは、この国の女王の加護を受けたんだ。これ以上にない理由だろ」
腹ただしいことにぐうの根もでない理由だった。