そして牢獄へ……
帝国の首都アバランティアにウィナ達が来て3日目の朝――
ウィナは1人酒場にやってきた。
例の情報屋と接触するために。
からんからんとお客を知らせるベル音が鳴らし、酒場内に入ると緑色の髪の女性がこちらを見て驚いた顔をしていた。
「あら、早いですわね」
「それはこっちの台詞だ。シャクティ。で、早速で悪いが情報を教えてくれ」
「せっかちは損ですわ。……ってそちらの事情もいろいろとあるでしょうし、どうぞこちらへ」
嘆息し、シャクティは近くのテーブルについた。
ウィナ席に着き、いつものように【領域探査】を使う。
(…………っ。なるほど)
自然ににやりと笑みを浮かべる。
「……何か良いことでもありまして?」
「いや、何でもない。それよりも例のものの所有者は?」
「…………死んでいましたわ」
彼女は、2、3まばたきをするとそっとつぶやく。
その内容に思わずウィナはほうと感嘆の声をあげた。
「そうきたか。
その人間の詳細は?」
「――名前は、ガイラルディア・エネス・シュトゥーリエ。
男性ですわ。
ここ帝国の騎士を務めているもので、任務の途中で戦死したとされていますわ。」
「戦死した場所は?」
「ゴルトスの丘ですわ。幾つもの槍のようなものに刺さっていたとされています」
「ゴルトスの丘――
聖都フィーリア領の聖地と言われているところだな。
確か、聖都フィーリアを興した聖女フィリティリウス・フォン・エターナルの死んだ場所だったな」
「ええ、そうですわ。
そこで何をしていたのか、どうしてそんな場所にいたのか全く不明とされていましたわ」
「そりゃまたキナくさい話だ。
まるで何かを隠すためじゃないか。聖都の連中は何も言ってこなかったのか?
聖地を汚されたとかなんとか」
「いえ、まるっきり何もなかったらしいですわ。
この一連の事件【ゴルトスの変】は、帝国の中でも最重要機密となっていて、私の力をもってしても探れませんでした」
「最重要機密か」
ごとっと厳つい顔をした主人がいつものようにジュースを置いていく。
ウィナはそれを口につけ、
「【真なる皇帝の紋章】(カイザーエンブレム)の持ち主はわかったが――。
間違い無く消されたと考えた方が自然だろうな、その【ゴルトスの変】での一連の動きを見ると。
ちなみにそいつはどういう理由で、その【真なる皇帝の紋章】(カイザーエンブレム)を得たんだ?」
「それは……」
言いよどむシャクティ。
次の瞬間、身体から力が抜けるのをウィナは感じた。
「――なるほど、つまり罠だったっていうことか……」
急激な眠気。
何かをもられたか。
ウィナは抵抗らしい抵抗もできず、そのまま意識を手放した。
その刹那に見えたシャクティの表情は、何かを耐えているような――そんな表情だった。
「よくやってくれた」
酒場の入り口から、銀の鎧に身を包んだ騎士達がなだれこむように入ってくる。
そして、その中の1人隊長職のデザインの甲冑を着た男が、シャクティの前にやってきた。
「――これで約束は守ってくださるのですね」
「ああ、もちろんだとも。
約束は守る」
男はそういうとにやっと野獣のような笑みを浮かべる。
「所詮、いくら【加護】するものが有名であろうとも、使い手がこんな小娘なら意味はないということだ」
蔑むように言い、男はテーブルに突っ伏して倒れている少女を連れて行くように部下に命じた。
「牢屋へ連れて行け。
帝国に対して害なす存在は全て排除だ――もちろん、おまえもだ」
男の命令とともにシャクティを拘束する騎士達。
「な、話が違いますわっ!!」
「約束は守ったぞ。
おまえとの約束は『弟には手を出さないこと』だ。おまえに手を出さないとは一言もいっていない」
「っ!!弟は、私がいなければ立つこともできないですわっ、私を離しなさいっ!!」
「そんな杞憂も、もう必要はない。シャクティ・ルフラン」
「……なんですって?」
「君の弟は、もう永久に立つこともないのだからな」
「っ、ガーデナーっ!!!!!あなたがっ私の弟に手をかけたのですわねっ!!!」
「おや?何か勘違いとしているようだな。
オレは永久に立つことはないといったのだ。
そう、永久に」
「――え、」
男が目で部下を促すと、1人の青年が酒場に連れてこられる。
服装も、身体も、全て綺麗に整っていた。
ある1点を除けば。
ある1点――それは左胸に突き刺さった槍――。
「あ、ああああ、あああああああああああああっ!!」
地面に膝をつくシャクティ。
その目は、自分が今見ているものが信じられないと言わんばかりに揺れていた。
それを男は面白そうに眺め、
「ふん。
帝国の情報を他国へ売ろうとするからこうなるのだ。
あの女王も失脚し、これからは我々の時代になる。
邪魔なマネをするものにははむかえないほどの絶望を与える。それがオレの仕事だ。
――おいっ!!
この女も連れて行け。教育して帝国崇拝者に仕立てあげてやる」
「はっ」
虚弱したシャクティを兵士達は連れて行った。
「……つくづく牢屋に縁があるみたいだな」
ウィナは目覚めるなり、自身のいる場所を確認してそんなことをつぶやいた。
畳3畳ほどの広さで、全て石作り。
裸足で歩くとひんやりとした感覚を伝えてくる。
腕には魔法が使えないように魔力阻害の印を刻まれた拘束具がつけられていた。
ぺたぺたぺたと牢の中を歩きながら、【領域探査】を実行する。
――起動確認。
(やはり、固有能力に関しては制限できないらしいな、今の段階だと)
魔法の方はどんな初級の魔法であっても発動しないのはすでに確認済み。
固有装備である【赤錆の魔刀】も普通に使えそうだ。
(――となると牢屋から出るのは割とラクだな)
脳内マップ視点では、かなり多くの人間があっちこっちに点在している。
場所を考えれば、王城か、もしくは専用の刑務所のような場所だろう。
(3Dマッピング機能があれば、わかりやすいんだが……)
全て2次元――ということもあり点が重なっていたりするからよくわからない。
(新たに手に入れた能力は、補助向きじゃないから使えないし)
第2の扉を開くことで新たな能力は手に入れることはできた。
使いようによっては、今悩んでいた問題に対して鍵となる可能性の高い固有能力であったため内心歓喜した。
ということもあり、さっさと今の任務を終わらせてシルヴァニア王国首都ピティウムに帰って研究したいのだが。
そう思いながらも目の前にある厚い石の壁に大きくため息をつく。
「こんなところで捕まっている場合じゃないんだがな……」
さいわいなことに看守はいないようだ。
牢の中で唯一の出口は何故か木製の大人1人分が入れるくらいのドア。
辺りの様子を探ることはできない。
が、壁を叩いたりして反応をさぐったところ、右と左それぞれにここと同種の空間があることがわかった。
そして脳内マッピングから右側の方に人がいることもわかっている。
(――とりあえず声でもかけてみるか)
思い立ち、【赤錆の魔刀】を具現化した。
刀身が収まった鞘だけの斬撃で石の壁が丸く綺麗に切り抜かれる。
開けた先には目を丸くしたじいさんがいた。
「な、な、なんじゃ……おまえさんは」
じいさん――といってもなかなか壮健なようで筋肉の付き方を見るとどうも格闘技かなにか収めた人間っぽい。
「今日からこの部屋の入居人となったウィナ・ルーシュだ。
よろしく、じいさん」
言って空いた先へと手を伸ばすと、じいさんも現状理解してないものの握手を返してくれた。
じいさんが少し落ち着いたところでこっちのことを話した。
「なるほどのぅ。
帝国の騎士も質が落ちたものじゃわい」
「じいさんもここの騎士か?」
「そうじゃ。
今はとっくに退役してるがのぅ。一応騎士団の統括をしていたこともある」
「優秀だな。
そんな優秀なじいさんはなんでこんなところで捕まっているんだ?
政治犯か?」
「そんなところじゃな。
今この帝国は2つに別れているんじゃ。
現国王であるシインディーム・エル・ヴァナ・エインフィリム様を中心とした改革派と、
宰相イグリスを中心とした保守派にな」
「――じいさんは保守派か?」
ウィナがじいさんを『保守派』と聞いたのは、
年齢を重ねている人間は大抵今の地位を守ろうとするだろう――という一般的な考えから。
そんなウィナの思考回路が読めたのか、じいさんは少しばかりむっとした表情で、
「わしは改革派じゃよ。
女王の小さい頃から世話をしておったんじゃ。だいたいイグリスなぞ愚か者がこの帝国を治めきれるわけがない」
「仮にも宰相だろ?
そんなことないんじゃないか?」
「いやあるわい。
あやつはわしの昔からの知り合いなんじゃが、大して実力もないくせに功名心が強くての、いつも自身の戦果を大きく上司にアピールしてのう。
上司もそんなあやつにうまい具合に乗せられて、あれよこれよという間に帝国の幹部に昇りつめおった」
苦い表情でいうじいさん。
「じいさんも、騎士団を統括していたんだろ?
十分すごんじゃないか?」
「まあ、のう。
じゃがそれは別にいいんじゃよ。あやつも宰相という立場を考えた行動を取るんであればわしは何も行動しなかった。
老兵はただ去るのみ――と格言もあるようにのう。
じゃが、あやつは前にも増して帝国を自分のモノのように好き勝手し始めおった。
先王を傀儡にし、帝国の領土を増やすために他国へ侵犯し、戦争を犯し、あやつの気にいらないものは真っ先に前線へ放り投げられた。
確かに帝国は領土を拡大できたのは間違いないぞ。
じゃが、それは数え切れないほどの血と涙の上に立つものじゃ。
今でこそ、女王様の力で帝国も変わりつつあるのじゃが、それでも帝国のしてきたことが消えぬわけではない。」
「……難しい問題だな。
で、そう頑張っている女王の邪魔をしているのが宰相イグリスってところか。
しかし、そのイグリスっていうヤツにはそんなにカリスマもなさそうだし、人徳もないように聞こえるが、なんで今も元気に活動中なんだ?」
ウィナの疑問に、じいさんは肩をすくめ、
「それがわからん。
あやつは一度女王の暗殺未遂で捕まり、帝国の地下にある2度と出ることはできない囚人施設に送られたはずなんじゃが……」
「女王の暗殺未遂?」
「ん、ああ。そうじゃ。
まだ先王が存命していた頃、後継者争いがあっての。
当然、宰相は自身の傀儡である王子を先頭にたたせてきたのじゃ。
それに反対したのが、わしら改革派じゃ。
女王様を旗頭にわしらは今の帝国を変えるために、女王様を王につかせようと奮闘していた頃に暗殺があったんじゃよ。
さいわい暗殺者の一撃が女王様の心臓から数センチ離れていたため、死なずにすんだのじゃ」
「……なるほど、ね。
ところで昔の女王様は、割と家庭的とゆうか、女の子らしくなかったか?」
「そうじゃのう。
王の子ということもあり、剣術や、魔法といった勉強をしておったがそれよりも裁縫や読書の方が好きな方じゃった」
目を細め昔を懐かしむじいさんとは裏腹に、ウィナの表情は険しくなる。
「どうしたのじゃ?」
「いや、なんでもない。
面白い話ありがとな、じいさん。
ところでじいさんはここに入ってどれくらいになる?」
「かれこれ半年かのう。
この間もあやつが好き勝手やっておると思うと腹ただしくてたまらん」
「ふむ。じいさんはここの構造はわかるか?」
「……わかるぞ。おまえさん、ひょっとしてここから出るつもりか?」
「ああ。
どうやら俺もその宰相さんと話し合いが必要なことがわかってな。
会いに行こうかと思っている」
片目をウィンクして、笑うウィナにじいさんもにやりと笑い、
「それは面白いのう。
道案内は必要じゃろ?」
「そうだな。よろしく頼む、じいさん――ってじいさん、名前は?」
「わしは、元統括騎士団団長クロム・D・アルバートじゃ。クロムでいいぞ」
「なら俺もウィナでいい。ウィナ・ルーシュ。一応これでもシルヴァニアの騎士だ」
ウィナの伸ばした手に、じいさんは迷うことなく力強く握り返した。