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進展の2日目

2日目の朝――。


早朝間もない時間、ウィナはその黒髪をなびかせながら、アバランティアを走っていた。

偵察とかではなく、日課の一部としてだ。

敵地であることから軽率な振る舞い――と言っても構わないかもしれないが、

敵が寄ってくるならそれはそれで捕縛して情報を引き出せばいい。

そんなことを考えながら商店が建ち並ぶ通りに脚を運んだ時。

目の前から見覚えのある人間がこちらにやってきた。


「奇遇ですね。

こんなところでお会いできるとは」

「そうだな、全くどんな偶然なんだろうな。アーリィ・エスメラルダ」

半眼でにらむ先には、昨日の晩襲撃をしてきた帝国の騎士であった。

黙っていれば女性――とまではいかないが、一瞬性別を選別できない美貌の青年は、にこやかに話かけてくる。

「訓練ですか?」

「日課のようなものだな。

そういうおまえはなんでこんなところに1人でやってきたんだ?」

「私が1人とは限りませんよ?」

試すように問いかけに、ふっとウィナは微笑を浮かべ、

「いや1人だ。

間違い無く、な」

「ほぉう」

ウィナの断定に、面白いものを見たようにアーリィの顔がほころぶ。

当然ながら、ウィナの断定はハッタリではない。

固有スキル――【領域探査】によるものでこの一帯に不自然な動きをしているものを確認済みである。


ただ1つ気になるのは――。

(昨日は確かに、【領域探査】でこいつは反応したが、今は反応しない……)

そう。

彼の姿は目の前にあるにも関わらず、【領域探査】では誰もいないことになっている。

(幽霊――なわけはないな。

現実的な手段で考えれば、使い魔もしくは――)

「幻術か」

「頭が回りますね」

「手の内をばらしていいのか?」

「はて?なんのことでしょう。

私は、貴女の昨晩での出来事に対して評価しただけですが」

(狸だな。こいつ)

「――で、世間話にわざわざやってきたわけじゃないんだろ?

どうやって俺の居場所を突き止めたかはわからないが話があるんじゃないのか?」

「頭の回転が速い方と話すのは楽でいいですね。

こちらも余計な手間が省けます」

そして、アーリィは何故か声を出さず、唇だけを動かした。

『人気がないところで、魔法が通じない場所でお話したいことがあります。

どこかありませんか?』

その内容に表情を変えず、ウィナもぷっくりとした形のいい唇を綺麗に動かした。

『……貸し1つだな。俺についてこい』

そういい、背中を向けた。




「なるほど、こんなところに隠れていましたか」

興味深く、周囲を見るアーリィ。

やってきたのは地下道。

今、自分達のアジトにしている場所だ。

開けた場所までやってくると、残っていた全員がこっちを一斉に見つめてきた。

「ウィナ様、そちらの方は?」

「だとさ」

「申し遅れました。

私は、帝国エインフィリム女王陛下シインディーム・エル・ヴァナ・エインフィリム様の直属の付き人をやっております、アーリィ・エスメラルダと申します。

以後お見知りおきを」

「……直属の付き人……」

思わず身構えるグローリアにウィナは手で制し、

「一応、今のところは敵じゃない。まあ仲間でもないが」

「的確な表現ですね。ルーシュ。おや……」

そこで彼は、土壁によたれかかっている女性に視線を移す。

「なるほど。貴女方には表彰もしくは金銭の授与が必要になるみたいですね」

アーリィは、無造作に未だ目を閉じている彼女に近づき、その金色の髪を梳く。

「主君に変わって礼を。

此度は我が主君を救っていただきありがとうございます」

「ってことは、やっぱり本物か」

「ええ、ただ……半分だけのようですが」

「?半分ですか?」

きょとんとした表情をグローリアは浮かべる。

それはテリアも、ウィナも同じで――。

「ん?リティはどうした?」

「リティさんはあそこです」

とグローリアが指したのは、こんもりと隆起した土の台地の上でぐーぐー眠っている彼女の姿。

「……まあ、静かでいいか」

「いいのでしょうか……」

なんとも言えない表情を浮かべているグローリア。

リティについては今更何をいっても――である。


ウィナは、アーリィに尋ねた。

「その半分っていうのはどういうことだ?」

「簡単ですよ。

ここにあるのは肉体のみ。

魂はないということです」

「えっ?」

「つまり、何者かに殺害されたということですか?アーリィ様」

「そういうことです。

その誰かもおおよその見当はついています。

――が、今はどうにもできないでしょう」

「え、そ、その……死んでいるんですか?」

恐る恐るグローリアがつぶやく。

「残念なことに。

これでまた帝国国内が騒がしくなります」

肩をすくめる彼。

その姿からは動揺は全く見えず、随分情の少ない人間に思えるが――。

「――肉体だけじゃないんだろ?」

「何のことです?」

「精神はどこにいったんだ?」

ウィナの問い詰める視線に、彼は真正面から受け止め。

「さすが【闘神】の加護を受けただけのことはありますね、ウィナ・ルーシュ。まさか今の陛下のご容態を理解しているとは思いませんでした」

「こっちのことはすでに知っていたか」

「ご安心を。

貴女達のことを知っているのは、私と私の直属の部下のみです。

まさか彼女までいるとは思いませんでしたが」

ちらりと眠っているリティを見る。

その様子にウィナはため息をつき、

「あいつのことはいい。

それで、女王の精神はまだ消えてはいないんだろう?」

「ええ。陛下」

アーリィがうやうやしく礼をすると、静かに背を壁によたれかかっていた女性はまぶたを開く。

そこにあるのはアメジストの輝きの双眸。

「ここは――どこからしら?」

「首都アバランティアの地下です。女王陛下。ご無事で何よりです」

「そうね。魂は奪われたけどまだ【私】はここにいるから結果オーライかしら?」

「相手の方は?」

「とりあえず、初撃は譲ったわ。

私を恨んでいるみたいだったし。

でも初撃だけ。次撃はこちらから先制して一矢は報いたと思うの」


「……なんだか普通の会話ですね」

「そーだな。

逆にそれくらいじゃないと帝国の王なんてやってられないんだろ」


「あら、そちらの人達は?」

「陛下を助けていただいた方です」

「それは感謝をしないといけないと思うの。

お礼は何がいいかしら?」

「……実際助けたというよりは、落ちていたから拾ってきたといった方が正しい表現だが――。

お礼……か。【禁書】でどうだ?」

「【禁書】……それはシルヴァニア王国の図書館にあると言われている本ですか?」

笑顔を完全に消した彼はそう聞いてくる。

「そうだ。

付け加えれば禁書中の禁書と言われているものがな」

「それが――つまり盗まれた――ということですか……。

そして犯人は帝国の人間らしい証拠もある――」

「それに加えてこの帝国の騒ぎ。

明らかに同一犯だろ。もしくは同一の組織」

「――そう考えるのが自然です……か。

ええ、こちらとしても反論の余地がない。

だとすると王権の奪取ですか?しかし、それにしては……」

ちらりと女王シインディームを見るアーリィ。

「いえ。

今は詮無きことでしょう。

貴女方の目的がそれなら渡しましょう。ただこの件の黒幕の討伐。もしくはこの事態を収めていただけるなら――の条件つきですが。

いかがですか?」

全員の視線が、ウィナに集まる。

「いいだろう。

こっちとしてもこのまま事態を傍観していても恐らく巻き込まれる。

なら、少しでも自分から動くさ」

「――黒幕に身に覚えが?」

一瞬だけ、アーリィの視線が鋭くなる。

が、ウィナは息をはくと。

「……俺達は所詮役者というところさ。

脚本家はもうすでに仕事は終えている。なら俺達は動かざるをえないだろう?今はな」

皮肉げな笑いに、アーリィがはっとした表情で自身の主君を見る。

女王はただただ興味深げに笑みを浮かべていた。

もちろんその先にいるのは、ウィナ・ルーシュ。

自身と同じくアメジストの双眸を持った少女を。




「さて、今後のことだが――」

ちらりと未だ壁によたれかかっている女王を見て、

「女王様は一体誰に襲われたんだ?」

「シアでいいわ。

その代わり貴女のこと、ウィナって呼んでいいかしら?」

「それは構わないが――いいのか?」

「女王陛下が望むなら、私としては何もいうことはないです」

「そうか。

ならシア。

あんたは一体誰に襲われた?」

全員の視線が集まる中、シアは2、3瞬きをし、

「男ね。

ごくごく普通の男――年齢は20歳頃かしら。

本を持っていたわ。

そして首と胴体が離れていても普通に話をしていたかしら」

「っあうっ、そ、それって……」

グローリアが口元に手をあてる。

「アンデッド――夜の眷属か。

確かにそいつは厄介だが、それだけじゃないだろ?」

「どういうことかしら?」

「他にいたんだろ?

じゃないとあんたの魂と肉体を分離させるなんて芸当、ただのアンデッドごときができるわけがない」

「――随分と確信しているようなことを言うのは何故かしら?」

「同じような手口を何度か見ているからだ」

「――アルカムの惨劇ですか」

苦い顔をするアーリィに、おやとウィナは驚く。

「知っていたのか?」

「それは――もちろんです。

アルカムの村は帝国領にも近いですから、こちらもあの街道沿いに起こっていた事件の収拾のために人を出していました」

「ちなみにその人間は?」

「亡くなりました。

生輝石になって――今は貴女の手に」

「諜報活動は完璧だな。

そんな情報まで知っているとは驚いた」

口笛を吹き、ウィナはアーリィを賞賛する。

しかし、アーリィは顔をゆがめたまま。

「……それだけ不審な動きをしているということです。

彼の国が。貴女なら言うまでもなく理解していると思いますが」

「……まあな。

で、シア。あんたを襲ったもう1人の人間は誰だ?」

緊張が高まる中、シアはあっさりと首を横に振った。

「わからないわ。

一矢を報いたことは覚えているけど、私は誰に一矢を報いたかわからないの。

ごめんなさい」

「記憶の消去、もしくは封印でしょうか?」

「普通に考えればそうだろうな。

やれやれ、歴代帝国の王の中で最強と言われている女王陛下殿にそんなマネができるヤツがこのヨーツテルン大陸にどれだけいることやら」

呆れたように言うウィナに、グローリアは目を大きく見開いた。

「ま、まさか――」

「それ以上は口にしない方がいいよー。グロちゃん。たぶん戻れなくなるから」

「――いつのまに起きていたんだ?リティ」

さっとグローリア、テリアが後ろを振り返ると、

そこにはいつものように楽しげな表情のリティがいた。


「【来い】」

その言葉とともにウィナの右手に具現化する赤錆の魔刀。

鞘から抜き放ち、刀身の切っ先をリティに向ける。

刀身からはがれた紅い雪が辺りに幻想的に舞う。

「ウィナさんっ!!?」

「こっちとして知りたいことは1つだ。

おまえは俺達の味方か?それとも敵か」

「今は味方ですよ。

ウィナさん。

こっちもウィナさんを敵に回すようなことはしたくないですし」

「――俺だけか?」

「ふふっ。

詳細は秘密です。

でも近々わかりますよ-。

全て、ウィナさんの知りたいことも全部」

2人の視線は互いに交錯し、互いに言葉の裏を読み――、そしてある程度納得をいったところでウィナがその刀身を鞘へと収めたことで辺りの緊張は解かれた。

「……ならいい。

話を進めよう」

そして再び話し合いが始まった。

その中で、テリアだけ心底安堵の表情を浮かべていた。




シルヴァニア王国地下――

蒼い光を放つ魔方陣の中心にて、1人の少女が膝をつき荒い息をしていた。

その少女に寄り添うようにもう1人の少女が声をかける。

「大丈夫?ヘラ」

「はぁ、はぁ。大丈夫です……。

さすがは歴代最優と呼ばれている王。まさかあの状態から一太刀いれてくるなんて……」

ゴシックロリータ。

そう呼ばれる服装をしている少女の左肩から腰にかけてざっくりと何かで斬られた痕があった。

しかし不思議なことに、斬られているのは服だけでありその露出している陶磁のような肌には傷1つついていない。

「ふ、ふっふふふふ、でも手に入れました。【根源石】(テラ)を」

そう、少女の右手には透明な水晶のような輝きの固体があった。

良く見ると透明とは言ったが中には何かのエネルギーのようなものが流動しているのが見て取れる。

「これであと3つ。選別はすでに済んでいます。もう少し、もう少しで――」

狂気に近い笑みを浮かべるヘラに、彼女は背中から手を回し、ぎゅっと抱きしめる。

「お姉様……?」

「何でもないわ。ちょっと抱きしめたくなっただけ」

蒼い光の粒子が、地下室をたゆたうだけの静寂な空間の中。

姉妹は互いの心臓の音と呼吸だけを聞いた。

「…………お姉様。

お姉様がつらいなら、わたし1人でも――」

ヘラの言葉を全て聞く前に、彼女はその可愛らしい唇に人差し指をあてた。

その感触にヘラは黙り込む。

彼女は、決して開くことのない少女の目を見て、優しく髪をなでた。

「……くすぐったいです。お姉様……」

「あなた1人にはさせないわ。

わたしはあなたのお姉さんなんだから」

「そう……ですね」

互いの体温を確かめるように抱き合う2人。


地下室の扉の向こうで1人の男が立っていた。

壁によたれかかり、腕を組み少女達の話に耳を傾けていたのだろう。

男の口からため息とともに言葉が漏れる。

「……やはり【物語】からは決して逃れられないのか。

変わらぬ物語など望んでいないというのに」

フードから一瞬だけみえたアメジストの双眸には憂いの色があった。



「……久しぶりだな。ここに来るのは」


ここに来るまでの意識はあいまいでどうやって来たのか覚えていない。

が、現実世界への帰還は一瞬だったはずなので問題にはならないだろう。

とウィナは考えていた。

目の前には、白い空間と、数歩先には【家】が立っている。

そして玄関のところに黒髪をなびかせている女性がこちらを見ていた。

言うまでもなく【彼女】だ。

「遅かったわね」

「何をもって遅いというのかわからないぞ」

少し彼女――ミーディ・エイムワードの分身体はいらだっているように見えた。

ミーディは明らかにこちらにわかるように嘆息すると、

「わかっていると思うけど、このままだと死ぬわよ」

「ずいぶんとはっきり言うな」

「当然よ。

せっかく【加護】を授けたのよ?そうやすやす倒れてもらっては困るわ」

「性別転換のおまけはいらなかったがな」

苦笑するウィナに、ミーディは呆れた様子で、

「本当、【器】の大きさは膨大ね。規格外と言っていいかもしれないわね……。

【本体】が考えていることにはちょうどいいんだろうけど」

はあと疲れたように言う。

「あんたにとってみれば、現実のミーディ・エイムワードの望む通りに俺が動いた方がいいんじゃないのか?」

「バカ言わないで。

以前も言ったけど、わたしと向こうのわたしは起源を同じくして全くの別物。

向こうのわたしとの盟約で、何をたくらんでいるかは話せないけど、

わたしは貴女を守る意志があるのよ」

「義務ではなくて?」

「意志。

さっきもいったけど、【加護】をわざわざ授けたのよ?それなのに倒られちゃあ意味がないでしょう?」

「その辺の理屈はわからないけどな。

――ところでここに来るには、【力】を求めないと来られないのか?」

「そうよ。

ここは貴女の力を司る空間を具現化した場所。

【力】を求めなければここには来られない。

貴女が今ここにいるのも【力】を求めたから――違う?」

挑むような視線を受け、ウィナはにやりと笑う。

「違わない。

力を欲しいと願った

――理不尽を打ち砕く力を。

それは今も変わらない」

「そう。なら行きなさい。

【第2の扉】は、【居間】へと続く道。

【居間】は全てに通じる力を得ることになるわ。

開けられるかは貴女次第よ。ウィナ」


「まあ、開けられることを祈っていてくれ」

ウィナは彼女の横を通り過ぎそんなことを言った。

ばたんと扉が閉まる。




「――開けられるわよ。

貴女はそう――れたんだから」


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