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深夜の出来事

唐突だった。

燭台のロウソクの炎が消える。

ただそれだけのことだが、天蓋がついたベッドに横たわっていた彼女は、ぱちっとまぶたをあげた。

そして、顔は動かさず眼球の動作だけで辺りの様子をうかがう。


(人の気配がするわ。侵入者かしら)

皇帝の寝所にもぐりこむとはなかなか愉快な相手のようだ。

すくなくとも猫のように暗闇にてアメジストの瞳を輝かせる彼女――帝国25代皇帝シインディーム・エル・ヴァナ・エインフィリムは、

大した緊張もせず意識を闇と同化させる。

身体の中に異物があれば痛みが知らせてくれるように、

この暗闇を我が身体とするなら侵入者の場所は痛みが知らせてくれる。


どうやら侵入者は1人。

それを確認すると、上半身を起こし、侵入者の方へ身体を向ける。

「一体何の用かしら?

できれば面白いことならうれしいのだけど」

シインディーム・エル・ヴァナ・エインフィリムは、本音をそのまま言葉にした。


彼女にとって何よりも重要なのは面白いこと。

この皇帝の座についたのも、人との関わりあいがもっとも面白い位置、というただそれだけでこの場にいる。

しかし、普段の彼女はそんな自分の性質を表に出すことはない。

自分の隠している妙な性質のことを知っているのは、ディーと呼ばれる謎の老人と、

自身の右腕であり、パートナーであり、この身を与えたアーリィ・エスメラルダのみ。


そんな彼女でなければ、この視界の利かない暗闇の中侵入者と冷静に対峙などできないだろう。

もっとも彼女の場合、冷静というよりも普段と全く変わらず――である。


「言葉が通じないのかしら?」

「……」

挑発ともとれる彼女の言葉に侵入者は、目視できる範囲に姿を現した。

年齢は20代頃か。

目つきが悪いことを抜かせばごくごく普通の青年だ。


手に抜き身の剣を持っていなければ。

「私の命が欲しいの?」

「……」

男は何も言わず、剣先を向ける。

その様子に彼女はつまらそうにため息をついた。

「……あいにくお人形遊びをするほど、退屈に飢えているわけではないの、私」

枕元に置いてある刀を手に取り、彼女はベッドから出て青年と対峙する。

2人の心臓の動悸だけが夜の静寂の中響く。

動いたのは、青年だった。

相手が武器を所持しているのにも関わらず、ただ彼女の方へ突貫する。

だが、動きは速い。

帝国の騎士が相手を仕留める時とそう大差ないスピードで、彼女を突き殺そうと右腕を大きく引いてそして放った。


だん。

何かが床へと落ちる音。

勝敗は一瞬。

シインディーム・エル・ヴァナ・エインフィリムの刀が閃いた。

ただそれだけ。


それだけで男の首と胴体は数秒も経たずに離別することになったのだ。

何の感傷も見いだせぬ表情でシインディーム・エル・ヴァナ・エインフィリムは、刀を鞘へと戻す。

不思議なことに刀身には血1滴ついていなかった。


「…………」

暗殺者は倒れ、すでに脅威は去った。

しかし、

彼女は死んだはずの青年の身体をじっと凝視していた。

まるで動き出すのを待っているかのように。

「――なかなかひっかからないものですね」

声がした。

青年の声ではなく、少女の声。

床に倒れていた青年はいつのまにか起き上がり、その左手には自分の頭を持っていた。

「やっぱり人形ね。

つまらないわ。

お人形って意志がないんですもの」

異常な光景にも関わらず、女王はつまらなそうに口をとがらせる。

「でも貴女とはとっても楽しそうに踊れそうだわ。

こんなところまでわざわざやってきてくれたんですもの。一曲如何がかしら?」

「あなたがもっとわたしを悩ませるような方ならこんなことをしなくてもすんだかもしれませんね」

ざわり。

と空気が変わる。

「そうかしら?

でもそれって意味があること?」

「どういうことです?」

少し少女の声に険が帯びる。

「悩ませても貴女が何かをやる意志はかわらないのに、どうしてそんなことを言うの?」

「……やめる可能性もあります」

「それは嘘だわ。断言できるもの。」

彼女は不思議そうに青年の方を見る。

言葉のやり取りが数秒止まった。

「……どうしてそう思いますか?」

復讐者あなたは止まらない。そうではなくて?

シルヴァニア王国女王【盲目の巫女】ヘラ・エイムワード」


「――そこまでわかっているなら話は早いですね、第25代皇帝シインディーム・エル・ヴァナ・エインフィリム。

貴女を贄に使わせていただきます。」


「そう。ならさっさとやらないのかしら?

最初の1回は何もしないから、どうぞ」

「……何を言っているんですか?聞いていなかったのですか?

わたしは貴女を殺すといっているのですよ?」

険どころか、殺気すら込めて少女の声は部屋に響く。

もう最初の襲撃から割と時間が経つが、誰もここに来ないということは結界で閉鎖されているのかもしれない。

どうでもいいことだけど。

シインディームはそんなことを考えながら、復讐者しょうじょの話に耳を傾けていた。

「知っているわ。

だから、初撃は譲ってあげるの。ほらどうぞ」

両手を広げて隙だらけであることをアピールする。

「そうですか……。

あっさりと殺されると思っているからそんなことを言っているんですね?

言っておきますが、貴女にはわたし達がされたことをそっくりそのまま体験していただきます。

貴女が絶望するまで」

「それはちょっと意味がないと思うの。私はとっくに絶望を通りこしているから」

「なっ」

「貴女達がやられたこと――前王のやったことは全て把握済みなの。

だから貴女達が復讐にやってきたなら、私は初撃だけならゆずろうと思っていたわ。

今もそう思っているし。

けどまさか私の心を奪いたいとはちょっと予定外かしら」

困ったわね。と人差し指をぴんと張って悩むシインディーム。

「貴女達が体験したことを私に体験させても――たぶんわめくし、叫ぶし、言えないようなことを言うかもしれないわ。でもそれだけ。

痛みつけられたら痛いから声にだすけど、でも私はとうの昔に堕ちているの。

黒くなったものはそれ以上の色にはならないでしょう?

意味がないと思うわ。でも貴女達がやりたいなら好きにどうぞ。

ただ初撃はゆずるだけで、次はこっちから反撃させていただくけど」

「どうして――そんなに他人事なんです!!貴女はわたし達がどんなに――」

「価値観の違いだから、貴女のことわからないの。

でも前王――私の父は、ちゃんと反省させてから切り刻んだから。さっさとあんなこと忘れてしまった方がいいと思うわ」

「っ、忘れる……?それは加害者の傲慢な台詞です」

傀儡となっている青年の姿が揺らぐ。

「……貴女との話はここまでです。これ以上貴女と話をする意味がないですので」

シインディームの足下に魔方陣が展開される。

そして、空中に浮かぶのは漆黒の槍。

その数、数百。

「このまほうには、わたし達が経験した痛みを凝縮しています。

貴女の魂をいただいていきます――」


「精神を灼く煉獄の灯火よ、彼の者に裁きの鉄槌を【嘆きの黒槍】――」

魔法が発動する直前、

彼女は、ふと思いついたかのようにぽつりとつぶやいた。


「わたしの経験則だけど、

全てが終わった後、貴女の手には何も残らないと思うわ。残念なことだけど」

「――っ!戯れ言をっ!!降り注いでっ!!!!」

いらだった少女の主の言葉に応じ、数百の漆黒の槍は彼女の身体を無残にも貫いた――。

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