逃亡は地下へ
帝国エインフィリム――中央都市アバランティア。
まだ薄暗い闇が支配する真夜中。
彼らはさらに闇の濃い場所にいた。
「あ、お帰りなさい。ウィナさん、リティさん」
グローリアが、自身を照らす程度の魔力の灯火を手に浮かばせながらやってくる。
「無事たどり着けたか?」
「はい。追っ手の追撃もなかったですし、大丈夫でした。ウィナさん達の方は?」
「……まあ、結果的にはここに来られたから大丈夫といいたいところだが……」
頭を掻きながらウィナはぼやく。
「激しい戦闘でしたからねー」
「!そんなに強い人がいたんですか!?」
ちょっと驚いたようにグローリアが聞いてくる。
「厄介な相手がいたのは確かだ。――でその話も含めて情報交換したいんだが、テリアは?」
「テリアさんは……」
言葉を少し濁すグローリアに、ウィナのアメジストの瞳が細まる。
「――負傷でもしたのか?」
「いいえ、実は――」
地下道の少し広がった空間にテリアはいた。
彼女は土壁に背中をあずけ、正座をしている彼女を膝枕にして横になっている女性。
ウェーブのかかった肩胛骨ほどに伸びた金色の髪に、綺麗な肌。
美人と言われるほど整った表情をしている女性の姿はどこかおかしい。
手首、足首、首にチョーカのようなものがくくりつけられていてそこからはなんとも
まがまがしい雰囲気が漏れてくる。
それに、彼女の服装もところどころ裂傷がありほとんど服の意味をなしていない。
下着姿――といったような格好であった。
「彼女は?」
「おそらくはここの女王陛下だと思われます」
テリアはあっさりと重要過ぎることを言い放った。
ウィナはこめかみに指をあてて、
「……帝国25代王 シインディーム・エル・ヴァナ・エインフィリム陛下か」
「ええ。わたし達がここに来た時にすでに地下水から流れてきたところでした」
「怪我がひどく、意識もなかったですし、衰弱もひどかったので治癒を施したのですが……まずかったですか?」
心配そうに見つめるグローリアの頭に、ぽんと手を置く。
といってもウィナとグローリアの身長さは頭1個分は余裕にあるため、
つまさき立ちしながらウィナはグローリアをなでる格好をしている。
それにウィナを除く全員が「MOEだ……」とつぶやいたのは、幸い本人には聞こえなかった。
「本当に王族なら手を貸しておいても問題ないさ。
借りにもなるしな」
「本当に王族――ですか?」
「ああ、テリアとグローリアが彼女を女王と断定した理由は何だ?」
2人は互いに顔を見合わせ、
「画像です。
準騎士団にいた時に、各国の有名な方の名前などと一緒には画像で確認していたので――」
「なるほど。
――リティ」
グローリアの言葉にうなずき、リティに声をかける。
彼女はこっちが何を言いたいのか、目を見て判断できたようで、
「変身魔法はありますよ。
精度は術者によりますけど。
身体自体を組み替えて変化する【身体変化】や、見ている人間に錯覚させる【表面変化】とか」
「そうか。ならまずはそれを確認するか」
言ってウィナは刀を具現化させる。
そして、鞘を抜き放ちブンと女王に向けて振る。
紅い雪が彼女に向かって空気中に舞い――
「――変化……しませんね」
ぷつりとグローリア。
テリアは彼女のウェーブのかかった黄金色の髪をとかすように手でなでている。
ウィナはカチンと鞘に刀を戻し、
「本物か、もしくは双子か。
そんなところか」
「疑いますねー、ウィナさん」
「盲目的に信じるよりはマシだろ?
さて、これからどうするか、だな」
全員の顔を見回し、
「まずはこっちのことを報告するか。あれから――」
「じゃあ、やっぱりクーデターなんですか?」
少し顔を青ざめながらグローリアが聞いてくる。
「それっぽいな。
あれが演技という可能性もあるけど、あそこでそこまで演技をする理由もないだろうし。」
「ウィナさんの【刀】も通じませんでしたしねー」
「――本当ですか?」
ちょっとびっくりしたようにテリアが顔を上げて聞いてくる。
「ああ。
それが【加護】の力なのか、術式の力なのかはわからんが。
斬るつもりだったのに斬れなかったの始めてだな。」
「そんな人が……」
「世の中に"絶対"なんていうものはないってことさ。
どんなに強靱な肉体や、神のごとき魔法の行使が可能とかあったりしても、
破れるときは破れる。
それが例え本当に神であってもな」
「……そうですね」
「情報屋の方は、もう深夜だからあと2日ってところか。
それまでこのまま地下道で日陰暮らしを満喫するか、それとも危険なのをあえてのって外でさらに情報収集するか――どっちがいいかね」
「このままクーデターが始まるなら下手に上に出ない方がいいと思います」
「そうですねー。
日陰暮らしは好みじゃないんですけど、現状動かない方がいいとわたしも思いますね~」
「テリアは?」
「わたしもリティ様の意見に同意します。
わたしとグローリアさんは足手まといになってしまうのが現状です。
しかし、このような情勢の中、何も情報がわからない状態というのもマズいかと」
「この地下道もいつ見つかるかはわかりませんしねー」
「一応、この地下道は上の連中には知られていないのだろう?」
「はい。
帝国の前王が何かをするためにこの地下道を作ったらしいのですが、クーデターによって覇権を取られ、そのまま封鎖されたようです」
「そして焼き討ちによるクーデターのため資料もほとんど焼失し、場所の正確な位置はわからず、か。
けど、よくそれでこの場所を発見できたな」
感嘆の声をもらす。
「情報自体はウィナ様や、帝国の出版されている歴史書から得られました。場所はわたしの土の人工精霊【ガナ】にやってもらいましたから」
「土の人工精霊か……。今度見せてくれるか?」
「ええ、構いません。ウィナ様」
「結局これからどうするんですか?ウィナさん」
いつのまにか壁によたれかかっているリティ。
彼女の集中力は5分も持たない。
「……俺かリティどちらかが外の情報を簡単に収集。
そして彼女の目が覚め次第、状況を聞く。
盗人の方は情報屋待ちで、最悪この帝国から何も成果なく脱出することも検討する方向でいく」
「禁書を取り戻さなくてもいいんですか?」
「最悪の場合は、な。
全員の命が最優先。任務はその後。
それが俺達の騎士団の法だ。」
「普通は逆なんですけどねー」
苦笑するリティ。
こうして帝国に来てからの最初の1日は終わりを告げた。