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天を突く炎

陽が山の向こうに隠れ始めた頃。

宿【白雲京】の一室で、女性の美声が響く。

「為すがままに、為されるがままに、我が声は小さき囲いにて響き渡る【静寂のせいじゃくのとばり】」

きぃんと一瞬顔をしかめる高い音が発せられたかと思うと、彼女を中心に空間に【魔力】の波紋が走る。

それが部屋内に結界を構築することになる――。


術式が完全に起動したのを確認したのか、彼女はふぅと息を吐く。

「お見事」

ぱちぱちと手を叩くのは長い黒髪を今は三つ編みにしているアメジストの目の少女――ウィナ・ルーシュ。

そんな少女の賞賛に彼女は、はぅとうめくと困ったような顔をする。

「そ、そんなに褒めないでください。ウィナさん。これは別に誰でもできることですから」

「謙遜しすぎだって。

少なくとも俺はできない」

歳の割には育っている胸を張るウィナ。

というか、このメンバー。なんだかんだいってスタイルのいい人間が多い。

たいてい育ちが悪い人が1人や2人いるものだが……。

(少なくとも俺の趣味じゃないぞ。……たぶん)


胸で選んではいないはずである。

「グローリアさんの結界魔法は、同世代の騎士と比べても精度が高いと思います。

自信をもっていいレベルですよ」

柔らかな笑みを浮かべるテリア。

「いつのまに仲良くなったんだ?」

「ついさっきです。ウィナ様」

「仲がいいことはいいことですよね。ウィナさん」

「そうだな。

でもグローリア。リティとは仲良くしなくてもいいから。

いろいろと被害被るから」

「ひどっ!?わたしがいったい何をしたっていうんですかっ!?」

「自分の胸に聞いてみろ」

言われ、リティは自分の胸に手をあて。

「むむむ…………」

「わかったか?」

「とりあえずあともう少しでEカップはいきそうですね」


誰もそんなことは聞いていない。


ウィナはとりあえず赤錆の魔刀を呼び、鞘でこつんと頭をたたいておいた。

「あぶなっ!?危ないですよっ。切れたらどうするんですかっ!?」

「大丈夫だ。

もし切れても血が流れるくらいだから」

「それもそうですねー。安心、安心……なわけないじゃないですかっ!!!?」

「す、すごいボケとツッコミです……」

上半身を後ろに引きながらグローリアは、額に汗を浮かべる。

テリアは慣れてもので。

「グローリアさん。いまのうちに食事の準備を致しましょうか」

「あ、はい。じゃあ何から始めたらいいですか?」

「まず、食器とグラス、フォークなどを数分――」

「――なら、あっちはどうしますか?」

「それは――」

そうして、グローリアとテリアの2人はそそくさと夕食の準備に取りかかった。




「とんだハプニングがあったが、グローリアとテリア達から集めた情報を聞こうか」

オレンジジュースを口にし、ウィナは2人を促す。

夕食は、手頃なメニューということでパンに、野菜と鶏肉のシチュー、ボイルした手作りウィンナーを用意した。

もちろん用意したのはテリアである。


ここの食事でもよかったのだが、下はお祭りということもあり騒がしく話をするのに向いていない。

かといってルームサービスというのはなく、結局厨房を借りテリアが料理をすることで落ち着いた。

そのときに「久しぶりに調理しましたね」と朗らかに言ったテリアに、やっぱりいつもは人工精霊のエルが作っているのか……?という疑惑は残ったが、

概ね満足できるものだった。


「……わたしたちの情報ですが、市民の噂で『今回の闘技大会に何かが起こる』というあいまいな噂と、『女王陛下に対しておもしろく思っていないものがいる』

といったようにクーデターを臭わせるものが多々ありました」

「なるほど。それ以外は?」

「あ、あと今回の闘技大会の闘技部門で謎の人が怒濤の勢いで勝利しているみたいです」

「謎の人物?」

「体型から考えると女性らしいんですが、顔には仮面を被っていて一切声を出さないことから、無音の女剣士と言われている方です」

「無音の女剣士……ね。

エモノは?」

それにはテリアが答えた。

「――刀です。

かなりの業物らしいですが」

後ろ頭を掻きながら、ウィナは「刀ね」と片目をつぶりつぶやく。

「――リティはどう思う?」

ずずっとシチューを音をたてて皿に口づけて飲むのがリティクオリティ。

少なくともマナーという言葉を頭から教えたいと思う今日この頃。

「わたしですか?」

「その前に口ふけ」

「……失礼します。リティ様」

テリアがそっとハンカチを取り出しリティの口元の汚れをぬぐった。

「ありがとうございますー。テリアさん。わたしの嫁になりませんか?」

「時給しだいで考えます」

「考えるのか?」

ウィナのツッコミにテリアは微笑んだ。

「――で、リティ」

「はい。わたしの考えですね。

一言で言っていますと罠っぽいですね」

「罠……ですか?」

首をかしげるグローリア。

「……理由は?」

「幾つも考えられます。けどおおざっぱにいくと、何故今なのか、どこからそんな噂が流れているのか――ですね」

「え、もしかしてわたし達が狙いなんですか?」

「半々ですね。

別目的の可能性もありますけど。わたし達をどうにかするために噂を流しているのか、

それとも誰かを陥れるためにするのか。

どっちにしても今からここを去るのは難しいと思いますよー」

「閉鎖か?」

「ええ。帰り道、兵士達があわてて東西南北の門へ走っていくのを見ました」

「このタイミングで、か。

ますます怪しいな」

「お祭りの楽しい雰囲気とは裏腹に、兵士達に緊張がこもっていましたからね。不自然に。

それにわたしも襲われましたし」

「ええっ!?」

驚きの声を上げるグローリア。

「黒幕は?」

「わかりませんねー。

見るからに暗殺者みたいな格好をしていた数人。

とりあえず殺してしまうと問題なので氷付けしておきました」

「……それ、死なないか?」

「大丈夫ですよー。

白の教団もこの街にいますし」

「ま、今更か。

……俺の方は情報屋に接触することができた。で問題がなければ3日後あのバッヂの持ち主が判明する」

「微妙な時間ですねー」

「そうだな。

俺達を適当な理由にこじつけて捕らえるには余りすぎる時間だ」

腰に手をあてるリティと、腕を組み難しい顔をするウィナ。

「……グローリア」

「は、はい」

「もしもグローリアが俺達の敵と仮定した場合、何を考える?」

「わ、わたしが敵……ですか!?

そ、そうですね……」

目をつぶりうーんとうなり、

「わたしだったら、怪しいと思っているなら捕まえようとします」

「その前提条件ならそうだな。

じゃあ、いつ捕まえようとする?」

「……早い方がいいと思います。

じゃないと相手も逃げると思ってしまいますから――っ!!」

そこでグローリアの目が大きく見開かれる。

「今日の夜にも(・・・・・)」

「正解だ。敵が俺達を狙うなら、たぶん今日の夜に襲撃がある。っていってももう夜だが」

苦笑いを浮かべる。

「念のために集合場所を3つほど決めてきて正解だったな」

「そうですね。

では?」

「何かあった場合はA地点に。

敵が迫ればB、C地点に集まるように。

あとテリア」

「わかっています。

グローリアさんと一緒に逃げるようにします」

「すまん。

こっちで大半の敵を受け持つようにするからよしとしてくれ。

リティ」

「はーい。わかっていますよー」

「そうか。

なら配分はリティ9の俺1な」

「わたしに死ねと?」

「うん」

首を縦に振る。

「グロちゃ~ん。

ウィナさんがイジメるんですー」

「え、えっと……ふぁ、ふぁいと」

「魚が腐ったような目をしているリティ様は置いておいて、ウィナ様。

この後相手の出方を待ってそして対応でいいですか?」

「相手が襲ってくればそうしよう。

杞憂ということもあるし。

先に動けたらいいんだが、こちら側のアクションしだいで逃げ切る難易度が上がりそうだからな。

今は油断しているように見せておくのがいいだろ」

食後の紅茶を飲みながら、ウィナはそう判断する。

「ということで、各自襲撃にそなえて寝るように。

襲撃者は俺とリティで受け持つからテリアとグローリアは逃げの一手で集合場所に集まること」

「はい」

「OKですー」

「わかりました」




陽が完全に落ち、月が支配する時間――。

魔法の明かりが家々を照らし始め、そして消えいく頃。


ざぁっ!!


風を切りながら黒い何かが【白雲京】へとたどり着く。

うっすらと月明かりが黒い何かの正体を周囲に知らしめる。

黒で統一された身動きがしやすい服装に、顔を隠す面。

それは暗殺者と呼ばれるような格好である。

彼らは手で合図を送りあい、【白雲京】の中へと入る。

宿でもあるが酒場としても存在している店内であるのに、静寂が落ちていた。

誰もいないわけではない。

テーブルの上には酒のつまみや、飲みかけの酒などが乱雑に置かれ、そのテーブルの上や、床に客達が倒れていた。

外傷はない。

ただ全員死んでいるかのように意識を失っている。

カウンターの奥からすっと出てきた人影は、やはり無言で合図を送る。

彼らはそれにうなずき、無音で階段を駆け上がる。


彼らの目的としている部屋の前に到着すると、ドアを真ん中に人間を分散して配置する。

ノブに手をかけた男が、もう一度全員の顔を見る。

こくり。

うなずくのを確認し、一気にドアを開け放ったっ!!


バンっ。

と激しい音ともに木片が散らばる。

その木片を間をぬって銀光が闇を切り裂くっ!!

「!!」

黒服達に一瞬動揺が走る。

それが彼らの命運を決定的なものした。


「注意一秒怪我一生ってな」

目にも止まらぬ速さで剣閃が彼らの胴体を薙いだ。




「ふぅ。やっぱり来たか」

息をつき、ウィナは後ろを振り返る。

「おそらくまだ来るはずだ。手はず通りに行動する」

「はい。ウィナ様お気をつけて」

「ウィナさん、気をつけてください」

とメイドとエルフの励ましを聞きながら、ウィナはうなずいた。

彼女達は、窓から外へと飛び出す。

そして、部屋に残ったのは先ほどのした黒服の者達。

数は4人。

「…………リティもいるんですけど」

「まあ、リティは殺しても死なないから大丈夫だと思っただろ」

「ひどっ!?

ひどいですよっ!!何なんですかこの扱いっ!?

シルヴァニアを出てから扱いが雑になってきましたよっ!!?」

「まあ、いわゆる倦怠期というヤツだな」

「な、なんて恐ろしい……倦怠期……」

相変わらずアホなことを言い合いつつ、ウィナは固有スキル【領域探査】を起動させる。


今のところテリアやグローリアの方へ追っ手はいっていない。

あちらは問題なさそうだ。

あとはこっち。

「……近づいて来ているな……」

脳内マップに自分達に近づいてくる4、5人の生命反応を感じる。

あいにく2Dマップ仕様なので、どこから入ってくるかは直感に頼るしかないのは、少し残念。

「リティはドアの方を見ておいてくれ。俺は窓の方を見る」

「は~い。

わたし、この仕事終わったら甘味屋ベルのアップルパイ食べにいくんだ……」


それ死亡フラグ。


胸中で十字を切り、リティのことは頭の外へと追いやった。

柄を持つ手に力が入る。


(……どこから――来る)


通常。

暗殺というのは相手に知られないことが大前提。

知られてしまうと自身の契約者に危害が加わる可能性があるからだ。


ゆえに初見必殺。


最初にのした相手はあまりにも弱すぎた。

つまり、本命はこの後。


相手を油断させ、相手の実力を発揮させない状況を作り戦闘不能にさせ命を刈り取る。

それがプロだ。


ならば考えろ。

(油断はさせたと思っている――これが第一段階)


次にくるのはこっちの実力を発揮させない状況作り。

(一番いいのは、人質。

だが、戦力は分散させ守りの堅いテリアとグローリアを2人セットにしたことで短時間での捕縛は難しい。)


(なら次点は、それ以外でこちらの脚を止める手段……)


「っ!!リティっ!!窓から飛べっ!!」

ウィナの声にリティが振り返る。

同時に圧倒的な魔力の気配が上空から生まれる。



次の瞬間。


紅蓮の炎が【白雲京】を包み天を貫いた――――




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