帝国首都探索(テリアとグローリア)1
リティが当初の予定である知人へ尋ねることを忘れている頃、テリアとグローリアはそろって大通りを歩いていた。
グローリアはきょろきょろと左右を見回しながら、
「すごい人ですね……。出店も沢山あります」
「先ほど人に聞いたところによりますと、闘技大会というものが開催されているみたいです。
この混雑はその影響ですね」
「闘技大会……」
「グローリアさん、出てみますか?」
テリアの突然の言葉に、グローリアはぶんぶんと両手を振り、
「む、無理ですよっ。ただでさえ準騎士団の学校でも戦闘訓練系の成績は悪かったんですからっ」
「ちなみに五段階評定でどの位置にいたのですか?」
「ええっと……最下位のEです……」
「それは仕方ないですね」
くすっと笑うテリア。
「まあ、わたしも似たようなものですが」
「ええ?そうなんですか?」
「ええ。
そもそもわたしはメイドです。ご主人様を守る簡単な戦闘訓練はこなしてきましたが、本業には敵いません」
「そう……ですよね。
テリアさんはメイドさんですし……。
ならわたしは――」
「グローリアさんは、神官を目指しているでいいのではないですか?」
「最初の頃はそう思っていたんですけど……」
考え込むようにグローリアは話を続けた。
「でも、準騎士団の学校でいろいろ学んでいるうちに神官であってもある程度の戦闘技術がないとダメだなーって思ったんです。
治す相手が必ずしも安全な場所にいるっていうわけじゃないですから」
「そうですね。
ただ神官達には必ず護衛がつきますから、グローリアさんが神官になるならそれほど神経質に考えなくても大丈夫だと思いますよ」
慰めではなく、現実的なアドバイスをグローリアに送るテリアだったが、
彼女は静かに頭を左右に振った。
「……ダメなんです。
それじゃあダメ――なんです。
わたしが助けたいって思っている人を助けるには、治癒だけじゃなくて、闘う"力"が必要なんです。」
どこか遠い場所を見ているようにグローリアは言った。
「…………」
テリアはそんな彼女の様子を見、
まぶたを降ろしつぶやきを漏らす。
「――焦りは取り返しのつかない事態を招くことが多々あります。」
「え?」
「焦ることと、急ぐことは違うということです。
それだけははき違えないようにしてください。」
「……テリアさん?」
怪訝な表情を浮かべるグローリアに、テリアは微笑み。
「少しばかり先達からの格言みたいなものです」
「……はい。ありがとうございます」
グローリアも笑顔でそう答えた。
そして二人はたわいのない話をしながら街の人の話を聞きながら、噴水のある広場にまでやってきた。
噴水から一定距離をたもって円形に出店が建ち並び、噴水の周りにも子供や、カップルといった人達がひとときの休憩を満喫している。
「少し喉が渇きましたね。」
「あ、テリアさん。あそこに座るところがあります」
グローリアの指す先は、主に外で飲食をすることが前提の軽食屋っぽい出店があった。
傘のようなものと木製のテーブルが一体化していて、お客達は麺っぽいものを食べていたり、パンや黒い飲み物といったものを口にしている。
ぐぅぅとテリアの横からお腹のなく音が聞こえた。
隣を見ると、グローリアが顔を真っ赤にし、上目遣いに。
「あの……すみません。
お腹すいているみたいで……」
その恥じらう彼女の姿を見たテリアは、胸中でつぶやく。
(MOEランキングに変動ありですね。ウィナ様といい勝負なりそうです)
と、テリアが考えているとは露も知らず、グローリアは瞳をうるませていた。
空いた席につき、簡単に注文を行い後は待つのみ。
一息ついたところで、テリアが話しかけた。
「そういえば前からお聞きしようと思っていましたが、
グローリアさんはなぜあそこに?」
シルヴァニアとは口にはせず、テーブルの上ですすっと指で『シルヴァニア王国のこと』『エルフなのに』と知らせる。
グローリアは驚き、きょろきょろと辺りを見回して少し小声で答えた。
「あそこにいったのは、差別が少ないと聞いていたからです。
わたしは目的のためにどうしても治癒魔法を強力にしたいと思っていたので」
「最初の理由なら仕方ないですが、故郷ではどうにもならなかったんですか?」
『楽園バナウス』『聖都フィーリア』『どちら?』
とテーブルの上に文字を走らせる。
グローリアはすっと『聖都フィーリア』の方を指す。
そのことにテリアは若干驚きながら、
「こちらではないのですか?」
『楽園バナウス』の方を指し、そう尋ねる。
一般的に
楽園バナウスは、多種族による安定を目指す国と言われていて本当に人種差別がない国と言われている。
聖都フィーリアは、神と精霊と人の調和を目指す国と言われているため、表向きは差別のない国と言われている。
テリアの疑問に彼女は苦笑いを浮かべ、
「わたし実は出来損ないなんです」
そして、彼女は『楽園バナウス』『聖都フィーリア』『どちらも故郷』『ある意味』と指を滑らせる。
「?どういうことですか?」
『エルフ』と、グローリアは書くとそれに指をあて、
「あの2つの国も表向きはそういう差別はありません。
ただ、それ以外に相手を量るものが存在するんです。
それがどれだけのことを現在、未来において為すことができるかというもの。
【期待値】と呼ばれています」
「【期待値】ですか」
「はい。
簡単に言ってしまえば将来への掛け金みたいなもの――になると思います。
たとえば、魔力を多くもち、魔法も使いこなせて新規の魔法の開発もできる人がいたとします。
年齢は子供――という設定でお願いします。
第三者の人から見ると、「この子はきっと将来何かしらの偉業をなしとげるだろう」という評価がつきます。
その評価を数字で現したのが【期待値】です。
【期待値】が高ければ高いほど、国からの支援や位をいただけますし、みんなからも認められます。
支援は金銭であったり、生活用品や、食料、サービス――多岐にわたってありそれらが無償もしくはかなり安く提供されます。
逆に低ければ、ほとんど定額で購入したりなんだりしないといけないんです。」
「話の流れから考えますとグローリアさんは、その【期待値】とやらが低かった――そういうことですか?
しかし、貴女は『エルフ』(口には出さず文字を書く)。
様々な人種の中で比較的全てにおいて優秀な肉体や魔力、そして【加護】すらももっているのに何故【期待値】が低いのですか?」
テリアの疑問に彼女は、「そう考えるのが普通な事なんですが」と前置きし、
「実はわたし、【加護】がないんです。
そのために【加護】によって保有できる先天的な能力を一切持つことができなかった【忌み子】なんです」
グローリアの告白に、テリアは息を止めた。
「【忌み子】……貴女が?」
「はい。
……黙っていてごめんなさい。いつかは言わないといけないと思っていたんですけど……」
泣きそうな顔の彼女に、テリアは息を吐く。
「それは別に構いません。
人にはそれぞれ事情があります。貴女だけではなくわたしも。
……貴女が魔法にこだわるわけがわかりました。そしてここにいるわけも」
【忌み子】とは人以外の種族で、先天的に持っている能力を持たないもののことをそう指す言葉。
種族として最低限持っているはずの能力を持たないということは、種族の中で最弱といわれる人族と同等程度の能力しかないと評価され、
低い評価をつけられる。
ただ低い評価をつけられる程度であれば、別に問題ないが種族の間で【忌み子】に対する扱いは非常に悪い。
中には殺人まで言ってしまった事例もあるとされている。
グローリアが『楽園バナウス』『聖都フィーリア』から出てきたのも当然だろう。
同種族として認めてもらえない場所での生活は、常に死と隣合わせの可能性もあるからだ。
そんな彼女からしてみれば、人族との交流の方がまだましという話。
互いに沈黙していると料理ができたのか、エプロンを身につけたウェイトレスが料理を置いていった。
もくもくとできあがりを示す湯気を上げるグラタン。
「とりあえず、お腹がすきましたし今は食べましょう」
「……はい。」
テリアの提案に、グローリアは静かにうなずいた。
人間、ある程度お腹が落ち着くと頭の回転が早くなる。
半分くらい平らげた彼女達は、さっきまでの話はお互い整理し納得することで終わりとした。
テリアは「ウィナ様には伝えてあげてください。
あの方は貴女が【忌み子】であろうとなかろうとそんなことで線引きする人ではありません。
……リティ様はどうでもいいですが」
リティにとっては辛辣な言葉を、グローリアは「はい。そうですね。」
と肯定した。
二人の話は、さっきまで収集していた噂話の話題へと移る。
「クーデターでもあるんでしょうか?」
「その可能性はないとはいえませんね。
むしろそのために中央図書館から禁書を盗んだとも考えられます」
「もしもそうならわたし達はどうしたらいいんですか?」
「……一番いいのは、犯人から奪取しそしてすぐこの国を去るのがベストです」
「でも、それは難しいです」
「はい。おそらくぎりぎりのところを綱渡りすることになる確率が高いでしょう。」
などと物騒な会話をしているが、他の人間には聞こえないように結界術が施されているので問題ない。
果物の果汁がたっぷりつまったジュースを口にし、テリアはぽつりと。
「あともう少し精度の高い情報が欲しいところですね。」
「そうですね……」
リティやウィナがいれば危険なところも調査ができるのだが、二人だけだと戦力に不安がある。
「当初の予定はクリアできましたし、よしとしましょう」
「はい。
――あの、テリアさん。ここを出たら古文書店に行きませんか?
さっき気になるところ見つけたんです」
「そうですね。わたしも先ほど気になる食材店を見つけましたしどうですか?」
二人は一瞬顔を見合わせ、笑いあった。