第2話 それが全ての始まり
この【世界】に名前はない。
しかし、世界には幾つもの大陸が存在する。
行き来しているかは別だが、大小様々な大陸の中、一際大きな大陸――ヨーツテルン大陸。
このヨーツテルン大陸には、4つの大国と数多くの小国が存在していた。
4つの大国とは。
領土の拡大を目指す血と武器の国――――帝国エインフィリム。
神と精霊と人の調和を目指す国――――聖都フィーリア。
多種族による安定を目指す国――――楽園バナウス。
そして、その3つの国に取り囲まれるように存在している天秤の国――――新都シルヴァニア。
天秤の名の由来は、対国政策において各国の距離感を絶妙なバランスを維持している。
そうどこかの国の学者が揶揄った言葉がそのまま由来となっていた。
平和な国。
そして一番歴史の若い国であり、一番急成長をしている国――シルヴァニア王国。
その新都シルヴァニア――――中央都市ピティウム。
ある酒場に少女はいた。
「俺が一体、何をしたっ!!!」
がんとジョッキサイズのコーラをぐびぐび飲み干し、そのままテーブルに叩きつける。
あまりの音に、じろりと周囲の人間が音の主を見やる。
音の主は、少女だった。
流れるような黒髪が、今の行動で揺らぎ、湖面に石を投げたかのような綺麗な光を放っている。
腰にまで届くその髪は、シルクのように滑らかで同性から見てもため息が漏れるほど美しい。
そして今は機嫌が悪いのだろう、少々斜になっている双眸は紫というこの辺でもあまり見ない色をしていた。
だが、普通であれば怪訝な表情で見られるはずの少女の瞳も、少女の並外れた造詣にしっかりとあっているためか、あまり気にならない。
むしろ、その鮮やかな紫の瞳の奥にある意志の輝きは、相手の心臓をわしずかみにするほど強い光彩を放っていた。
結局のところ、少女は美少女。
そう評されるのが一番、少女を表しているだろう。
そんな美少女が、男が酒を飲むような動作でコーラを飲んで、大声を上げているのだ。
誰だって気にならないわけはない。
現に離れて見ていた男が、興味を持ち近寄ってきた。
「よ、よお。どうしたんだ」
「なに?」
ぎらっとした鷹の目のような双眸が、男に向けられる。
一瞬、「ひっ」と声を漏らすところをなんとか抑えたのは、男をほめるところだろう。
ごろつきや、半人前の冒険者であったなら、下手をすると腰を抜かしていたかもしれない。
「な、なに騒いでるんだ。
ここは、冒険者の憩いの場所だぜ。気に食わねえことがあっても、
ゆっくり酒や料理を楽しみながら明日への活力をつける、俺たち冒険者の楽園だ。
おまえも冒険者ならわかるだろ」
若干、声は震えているものの、それでも男は言い切った。
憮然としていた少女も、周囲の状況や、今自分の置かれている立場をようやく理解したのか、瞳の輝きも弱くなり、
「悪かった……。
別に腹の虫が悪かったわけじゃない。ちょっと納得いかないことがあって、気がたっていた。すまない」
ぺこりと頭を下げる少女。
いつのまにか酒場の客や店員達は、二人のやり取りを食い入るように見ていた。
男は頭をぽりぽりとかきながら、
「いや、わかってるんならいいんだ。
別に責めるつもりもねえ。あー、そうだ。仲直りってことでいっぱいどうだ?」
「いいのか?」
きょとんとした表情の少女。
その小動物のような仕草に、女性店員からきゃーと喝采が飛ぶ。
男もその無防備な表情を見せる少女に、年甲斐もなく顔を赤らめ、
そのテレを隠すように大きな声で言った。
「当たり前だ。
オレ達、冒険者は殴り合って分かり合えるもんだろ?」
「そうだな」
にやりと少女も笑う。
いい雰囲気だ。
このまま和やかにこの少女と酒場の客達の中で熱い結束がかわされる。
誰もがそんな未来を描いていた。
だが――――
「ほら、飲みたいものをいってくれ。嬢ちゃん」
ぴくんと少女が硬直した。
どうかしたのか?
男が訝しげに顔を近寄らせた次の瞬間!!
「誰が嬢ちゃんだっ!!!!」
「っぐはぁっっっーーーーーーーーーっ!!!」
アッパー。
そう少女の細い腕から繰り放たれた渾身の一撃は、男のあごを見事にとらえ――――
見事に天井に男の頭が突き刺さった。
「な、なにぃぃぃぃぃぃぃぃっぃぃっぃぃ!!!?」
そして、酒場に悲鳴がこだましたのだった。