帝国の首都アバランティアにようこそっ!!
「――ということで、帝国に潜入捜査をすることになったので各自、明日出発できるように準備をしてくれ」
城から帰ってくるなりウィナは団員にそう告げた。
その時の団員の表情は――。
テリアは相変わらず「わかりました」と涼しい顔でうなずき、
リティは相変わらず「おみやげ何を買ってくればいいかなー」とすでに帰国することを考え、
グローリアは相変わらず「ええっ!?潜入捜査ですかっ!?」と一番驚いてくれた。
ウィナ的にはグローリアの反応は非常に好ましかった。
そう言うとテリアは、「わたしもわたしなりにウィナ様を思っているのですが……」と
憂いの帯びた瞳で見られ、思わずどきっとしたのはナイショの話だ。
(……まあ嫁にするならテリアかな)
そんなことを一瞬考えてしまう。
というわけでただいま各自部屋に引きこもり準備中である。
「帝国……か」
自室の椅子に座り、机にはいくつもの資料を開いている。
(結局のところ、本当に帝国の人間が盗んだかどうかはわからない。
なにせあの図書館に落ちていたバッジも証拠としてはうさんくさい。
明らかに、わざと落としましたといわんばかりだしな)
帝国についての情報を独自の短縮言語を使って、まとめていく。
まだリティが持っている【辞典】(エンサイクロペディア)はないものの、最近隊長クラスに試供品として配られたApadが
非常に役に立っている。
B5サイズクラスの大きさで、厚さが五センチ以下。筐体に使われている金属は、軽くてさびず、外の魔法の干渉を受けない特殊な金属を使用しているため、
耐久力は信頼できるほど。
【解析】や【複写】といった特殊圧縮言語を用いることで紙の本の情報を丸々入れることができたり、物質の情報を検索できたりできる。
肝心のエネルギー源は、持ち主の魔力になるので魔力がつきなければ半永久的に稼働し続けることが可能だ。
最初これをもらったとき、○padまであるのかっ!?そうなのーっ!?と妙な電波が受信されたが、
深くは考えないことにした。
とりあえず黒幕一味かもしれないが、シルヴィスとは一度腹を割って話をしたいと思う今日この頃。
(騎士全ての頂点に立つものが、元魔物っていうのも、な。)
実力主義は大いに結構。
だが、何故わざわざ頂点に持ってくるのかがわからない。
統括騎士団長ともなれば表に出ることも非常に多い。
騎士の中でもあこがれているものもたくさんいる。
酒場などで聞いた話によると、若いがしっかりとした美青年という情報があることから普段は、変化しているのだろう。
(それに結晶化に、分離。
まさしくジルダの研究結果そのものだったしな……)
はっきりいって、統括騎士団長のことは国家機密もいいところだ。
それを何故このタイミングで手札をオープンにしたのか。
(挑発……か。
警告。
いや、それ以上の手札がまだ手元にあるのか……)
理由が読み切れない以上、取るべき手段はただ1つ。
「結局、様子見しかないんだよな」
深くため息をつき、持ち物の見直しをし始めるのだった。
翌日。
商人達の馬車に乗せてもらい、ウィナ達は帝国へ向かった。
そして、道中何事もなくあっさりと首都アバランティアについた時には、リティを除く全員が拍子抜けをした表情を見せた。
誰が禁書を盗んだかはわからないがそんなことをやってのける相手や、仮にもシルヴァニア王国の騎士数名が入国することに何かしらのアクションがあると
考えていたのだ。
今も、あっさりと門番との問答が終わり無事、首都アバランティアに入れてしまった。
「……比較的楽に入国できるものなんですね」
グローリアは感心したように通り過ぎた門の方を見る。
まだ何人かボディチェックやら、入国目的など聞かれているみたいだが、概ねスムーズに入国審査は進んでいるようだ。
「警戒が薄いのか、あえて知っていて通しているのか……どっちかね」
「?あえて知っていて……ですか?」
「グローリアは知らないか?
大抵、他国の情報を探るためにスパイとかを侵入させておき定期的に情報収集するものなんだ」
「でも、一応国の成り立ちとか、王については公に発表されていますけど……」
「されてはいるが、あういうものは半分くらい信じておくぐらいがちょうどいいんだ。
自国の事を他国に伝える時に、悪いところを言うってことはなかなかないからな。
都合の悪い事実などは隠される」
「……そういうものなんですか」
考えるところがあったのか、グローリアは目を伏せ思考にふける。
ウィナは横にいるテリアに声をかけた。
「ここで、風の人工精霊を使った情報収集はやっぱり難しいか?」
「ええ。
仮にも他国ですし、どれだけの術者がいるかわかりません。
最悪の場合、エルが捕らえられ情報を抜き出される恐れもあります。そうなったら国外に情報を漏らした罪――などといったもので
捕まる恐れがありますが」
「……仕方ない。
魔法での探索やら収集は諦めるか。」
「それがいいと思います」
テリアもこくりと首を縦に振る。
「――そういえば、リティはどうした?」
一緒に門を越えたはずのリティの姿が周囲に見当たらない。
「確か、お手洗いに行くっていっていましたよ」
とグローリアが思索をやめ、こちらの疑問に答えてくれる。
「お手洗いね。
いつもなら置いていくんだが、他国だからな。
待つか」
と決めた時、
何故か裏路地から紅いポニーテールをなびかせながらリティがやってきた。
「遅れちゃいましたー。
ごめんなさいです」
「遅れたのはいいが、何してた?」
何事もなくやってきたつもりだろうが、
彼女の身体から刺激的な物質が発散されているのに気づく。
これは、闘いの時に出る分泌物。
日常生活をしている分には多少は出たとしても、こんなに過剰に出るはずがない。
ウィナの真意に気づいたのか、リティはにこりと笑い、
「いや、なんだかからまれちゃいまして――仕方ないのでひねってあげました」
「――なんで、いきなり目立つようなことをするんだ?おまえは……」
半眼で思わず、リティをにらむ。
「大丈夫ですよー。
人気のない路地裏でヤりましたし、記憶を失うくらいガンガンやったら大丈夫です」
「それで何が大丈夫なのかわからないんだが……」
「う、ウィナさんっ!!あそこに衛兵がっ!!」
「っ!ほら、いわんこっちゃない。行くぞ」
人影に隠れるようにその場を後にした。
「ここまでくればとりあえず大丈夫か……」
人目を避けるようにやってきたのは、大通りから離れた家々が立ち並ぶ居住区。
「リティは後ですまきだな」
「そして縛ってむち打ちですね。さすがウィナさん」
「ひっ」
「……頼むから本気でおびえるな、グローリア。
それはそれで傷つく」
「グロちゃん、エロい子ですから仕方ないですよ~」
「え、エロくありませんっ!!」
「アホな会話はここまでだ。
騒ぎが沈静化するまで待つ。
調査をするにあたって拠点を作って置きたいんだが、テリア。
どこかいいところないか?」
と、メイド服をいつものように着用しているテリアにふる。
――。
「って、なんでこんなところでもメイド服なんだ、テリア……」
「メイドが着る服がメイド服ではなくてどうするのでしょうか?」
本人的には至極まっとうなことを言っているつもりなのかもしれない。
だが、自分達はできるでだけ目立たず、怪しまれず、速やかに禁書の奪還をしないといけない。
なのに何故目立つ服を着るのか?
ウィナのとげとげしい視線を感じてか、テリアは、
「認識妨害の魔法を使用していますので、許可をしていない人には普通にこの帝国ではやっている格好をしているように見えています。」
「え、この国の服装ですか?」
グローリアが目を丸くする。
この帝国はシルヴァニアからすると西側に存在している国である。
そして、大陸の西は暑い。
砂漠もあったりするため、この地の人々は肌を露出する服装をしていることが多い。
といっても本格的な露出ではなく、
たとえばスカートであったら脚の付け根くらいにスリットが入っているものとか、
脇が見えてしまう上着とか、
そういう動きやすい服をさらに動きやすくしてしまいました――的な格好がはやっている。
ということは、テリアも必然的に外から見た人にはそういう格好をしていると錯覚させているわけで――。
「……ちなみに、俺達にもその認識妨害かけてくれないか?」
「?はい。わかりました」
若干、不思議そうな表情をしていたが、すぐ呪文を紡ぎ術式を展開する。
――と。
「っ!?て、てててててテリアさんっ!?その格好っ!!?」
若干、顔を上に向け鼻を押さえているグローリア。
「いやー。似合いますね~」
リティはいつも通り朗らかに笑みを浮かべている。
ウィナはというと――。
「…………もう、少し考えた服にしてくれ。」
そういうのが精一杯だった。
今のテリアの格好は、ぱっと見はチャイナ服に似た感じの服で。
下はスカートのように足首まで長い布だが、脚の付け根の部分までスリットが入っているため、あまり動きすぎると下着が見えてしまう。
それにプラスしてガーターも着用しているので、とてもお子様にはおみせできない。
上は上で、大きく胸元を見せるようにしていて、だが刺繍が施されたおかげで上品な色気が漂っている。
同性であっても目のやり場が困る。
それが今のテリアの格好であった。
「――わかりました。その時はウィナ様に服装についてのアドバイスをいただきたいのでよろしくお願いします」
「……了解。
で、話は戻すが拠点について、どこかいい場所は?」
「そうですね。
大通りから外れた場所にある宿を貸し切るのが一番いいと思います。
さいわいお金に関しては支援していただけるようですので」
「大通りから外れた場所……ここですよね?」
「あそことかどうですか?」
リティが指さす先には、【白雲京】と書かれた看板の宿があった。
「木造か」
「燃えますね」
「だな。大事なものは各自手元から離さないようにしないとマズいな」
「ここで決めます?」
「…………グローリアはここでいいか?」
「え、は、はい。大丈夫です」
「そうか。ならここにしようか」
こうしてウィナ達は、拠点を無事作ることができたのだった。