帝国皇帝の憂鬱
帝国エインフィリム
首都アバランティアの王城地下深くにて。
「……王よ。
どうやら災厄が近い内にこの地に訪れるぞ」
頭から黒いローブを被った老人がそう目の前にいる存在に話かける。
「やはり、あの者達かしら?」
そう問い返したのはドレスのような服装を身に纏った女性であった。
ドレスといっても上半身はきっちりとした礼装ように装飾が施されたものだが、下の方は動きやすいようにか、
斬新なスリットが入っている。
そして、腰元には一本の刀とも呼べるものが帯びてあった。
デザインとしてはかなり破綻をしているものの、
ウェーブのかかった肩胛骨ほどに伸びた金色の髪に、アメジストを現すような深い双眸は、相手を堕とすのには十分すぎるほど気品と魅力を備えていた。
彼女の名は、
シインディーム・エル・ヴァナ・エインフィリム。
第25代帝国の王である。
「そうじゃ。
王にうらみを抱いている者達だ」
「困ったわね。
アレは先代の王達の所行。
私には関係がないというのに」
古ぼけた椅子に脚を組んでいるシインディームは、全く困った表情をせずにつぶやく。
「害を被ったものに、害を加えた者の事情など知ったことではない。
その逆もしかり。
それゆえに、闘いの輪廻は続いておる」
「そうね。
けど、私はそんな人間が大好きなの。
好きで、好きでたまらないから、殺したくなる私はどこかおかしいのかしら?」
まるで子供のように笑う彼女。
「おかしいと理解しているのであれば、王よ。
お主は、正常じゃよ。
正しく在り方を間違えておるのだから」
肯定の意を示す老人に、シインディームは近くにあるテーブルにほおづえを掻きながらからかうように。
「ディーって、結局私の味方をするのね。
あんまり同意されてばかりじゃつまらないわ」
「そういうな。
王のその在り方は、人として完成している。」
「なら、わたしはもう成長しないということかしら?
まだそんなに年齢をとった覚えはないのだけど」
おもしろそうに言う彼女。
さすがの老人もため息をつき、
「少なくとも、わしを疲れさせることができておるなら王よ。
お主はすでにわしを越えているのだろうよ」
「最後はいつも投げやりね。
ふふ、ちょっとからかいすぎたわ。ごめんなさい」
微笑むと、シインディームはすっと立ち上がる。
「行くのか?
此度の闘いに」
「ええ、準備は万全に。
用意は周到に。
これ家訓にしようと思っているの。
どうかしら?」
「家訓ではなく王訓ではないのか?」
「あら、確かにそうかもしれないわね。
ディーもだんだん私とのやり取りがわかってきたのかしら?」
楽しそうに言う彼女に、老人は無言で姿を消した。
「本当、都合が悪くなると逃げちゃうんだから困ったものね」
そういう彼女は、やっぱり笑顔のままだった――。