犯人探しにようこそ
太陽も山の向こうへと姿を消し、下弦の月が辺りを照らし始めた頃。
からんころんと誰かが屋敷の中へ入ってきたことを示す音が鳴り響く。
ウィナとテリアは広間の一角で服装や道具を調えていた頃であった。
「やっと着たか」
少し疲れたように来客者が姿を現すのを待つウィナ。
シャンデリアの照明を浴び、こっちにやってきたのは、紅い髪をポニーテールにしている騎士の格好をした少女。
言うまでもなくリティ・A・シルヴァンスタインその人だった。
「お待たせしました-」
「本当だ。
たかだか命令書1つ発行するのにここまで時間がかかるとは思わなかったな」
「違いますよー。
命令書は即発行していただいてきたんですけど」
「ですけど?」
「お腹がすいていたので、近くの食べ放題のお店によったり、新しい雑貨屋さんができたのでそっちにいったりしているうちに
こんな時間になっちゃいました。えへ」
「――殴っていいか?殴ってもいいよな?」
「暴力で全てを押し通すなんてダメですよーウィナさん」
「(後で締めるっ)……で、命令書にはなんて書いてある?」
「はい。要約しますと今回わたし達は後方支援ですね」
「――後方支援?」
思わず、声を上げてしまう。
リティは「はい」と、羊皮紙をこちらに渡してきたので目を通す。
「……なるほど、正騎士団第2位に【黒の狼】が実行部隊で、こっちが探索、情報収集専門ってところか」
片目をつぶり、リティに羊皮紙を投げ渡す。
「俺達が実行部隊でないのは、単なる経験の差か?」
「ええ、位持ちでない以上実行部隊はこっちに任せるべきじゃないって、統括騎士団長に言われちゃいました。」
「……統括騎士団長。シルヴァニア王国にいる騎士全ての長、か。
まだあったことはないな」
「一応、わたし達の団の名前が決まれば式典に参加することになりますから、その時会えますよー」
「俺は別に会いたくないから、リティが会ってこい」
「わたしも別に好きこのんで会いたくはないんですけど……」
眉をそらせて不満を言うリティ。
「そういえば、テリアさん。グロさんは?」
リティの言葉に2人は顔を合わせる。
「……まだ帰ってきていない」
「ええ。ですがエルがついていますので何かがあったわけではないです」
「あの村のことまだひきずっているんですか?」
「ああ。……だがあれは仕方がないさ。
グローリアは、まだ正式に騎士団で活動していない、準騎士団だからな。
人間の闇とか、あまり見たことなかったんだろう」
肩をすくめる。
リティも腕を組み、
「まあ、準騎士団の存在意義はできるだけ使える人間を騎士団にあげることですからねー。
いわゆる即戦力というヤツです。
そのために、その辺の心理的フォローはいまいちなんですよ。
ひどい教官になると、全く教えずただ妄信的に上司の言うことを聞けって教えている人もいますし」
「現場の闇の部分を教えずに、か」
「教えずにです」
沈黙が一瞬、辺りを支配する。
「……まあ、どっちにしても最後に判断するのはグローリアだ。
さいわいまだ俺達の騎士団は、正式に決まっていない。今なら退団するのも簡単だ」
「いえ、しないです」
「!」
否定の言葉を口にした少女は、ゆっくりとこちらにやってくる。
夜だというのに、まったく色あせることのない金色の髪を揺らし、
その黄金の双眸はまったくブレることなく、ウィナ・ルーシュの瞳を真正面に見据えていた。
「グローリア」
「大丈夫、です。
あれからずっと悩んで、悩みましたです……けど。
わたしがどうして神官を目指していたのか、その理由を思い出しましたから大丈夫です」
「――グローリア……」
微笑むテリア。
感心した表情のウィナ。
そして――笑顔のリティ。
「でも神官じゃなくて騎士になっちゃっていますよね?」
「はうっ!?」
「空気読め」
ウィナは半眼で、リティをにらみつけておいた。
「うわ、ずいぶんとひどいです……」
恐る恐る足下に注意をしながら歩くグローリア。
漆黒の帳が落ちたこの空間を照らすのは、リティの手に持つ【光球】である。
【光球】――魔法による照明の1つで、【一般魔法】に属するため騎士はもちろんのこと、街で暮らしている一般人も使える魔法だ。
ただ光を生む魔力の塊を生み、それを操作し、辺りを光に照らすだけのもの。
【持続時間】【光の強さ】【球の大きさ】などは、使用者の魔力の量や、魔力運用の巧さで変わる。
ウィナが試しにやると、「太陽!?」ぐらいの光量になってしまい世間様に迷惑がかかるとのことでやめた。
確かに加護の力で【基礎魔法(=一般魔法)習得】はした。
したが、しただけだったのだ。
魔法は使えます。でも。、制御は自分でがんばってねということだ。
世の中、なかなかうまい話はないものである。
しかし、それでもウィナは恵まれている。
【基礎魔法(一般魔法)】といえども、魔力の運用に才能がないものは使えない。
習得できただけでも大した物なのだ。
そんなわけで一番魔力の運用がうまい(何故か)リティが、照明係として器用にこなしている。
「もう少し、明かりが欲しいな。
これだと細かいものまで見つけられない」
腰に手をあて、ウィナはリティに言う。
リティは、仕方ないですねーといいながら呪を口にする。
「【床を照らす光よ】【館を照らす光よ】【外には漏れない光よ】」
ぱああっといきなりリティの手元で光っていた光球が、大きくなりそして弾けた。
そして、
弾けた光の粒子が辺りを舞い、図書館全体を光が包み込んだ。
「……っすごいですっ」
「さすがですね……。」
グローリアとテリアは、賞賛の声を漏らす。
無理もない。
今の彼女がやったことは、だだっぴろい図書館全体を光で包み込み、闇を完全に消し去ったのだ。
しかもそれだけの光量であるにも関わらず、外へその明かりが漏れている様子もない。
腕前だけでいえば、王室近衛兵団の魔法技術者以上。
騎士団員の中ではトップクラスに位置するだろう。
加えてこの魔力消費の少なさ。
はっきりいって魔力運用の技術であれば、ウィナはリティに白旗をあげざるをえなかった。
「じゃあ、辺りも明るくなったから調査を開始しよう。
俺達の前に正騎士団第2位【黒の狼】の連中が簡単に調べてくれたので、まずそれを見てくれ」
ウィナは、リティに目で合図をすると彼女は辞典(PCのようなもの)【エンサイクロペディア】を起動させ、
空間に資料を投影する。
(いつもながら、これを見るとどうもこの世界の文化レベルがわからなくなるな……というかこのシルヴァニア王国だが)
「……ほとんどわかっていないんですか?」
グローリアがちょっと驚いたようにこっちを見てくる。
彼女がそう思うのは無理もない。
このシルヴァニア王国は、平和な国だ。
おそらく他の国々と比べてもダントツ1位に輝くほどで。
市民が凶悪事件や、裏の人間の暗躍といったことを目にすることはほとんどない。
理由には、女王陛下の【結界】系の術や、情報操作がある。
結界は、相手を殺そうなどと思っている人間には抜けることができない【論理結界】や、
素人でも簡単に扱えてしまう召喚魔法を使用不可にさせるための【封鎖結界】などなど。
様々な安全結界が張られている。
そのため、まず街の人間に害を為そうとするものは侵入すらできない。
情報操作は、市民に極力平静を乱すような事件や事故といったものを報じず、全て人知れず処理される。
知る権利というものも確かにあるが、
知ってしまったがゆえに、戻れなくなるということも多々ある。
一歩間違えれば独裁だが、うまい具合にさじ加減ができれば良政となる。
この国3人の王は実に、そのあたりをうまくやっているのだ。
そういうこともあり、グローリアのように準騎士団員にとって見れば自身が想像していた以上に事件や事故があり、
しかも簡単に解決ができないということを理解できていないわけである。
「普通は、犯人の姿を見たり聞いたりっていうことくらいはあるが、今回はそれもないらしい。
派手な割には、ほとんど証拠がないから、俺達がしくじるとこのまま迷宮入りに――なんてこともあるから、
ちょっと気づいたことでも報告するようにしてくれ」
「はい」
「爆発の原因がわからないのは、不思議ですね」
「推測としては、加護の力ではないかというのが、今のところ最有力みたいだな」
「とりあえず、何でもわからないことは加護にしておけって言う感じですねー」
と、リティが見もフタもないことを言う。
「まあ、【加護】っていうのは人に過ぎた力だと思うけどな」
3時間後――
「ウィナさーん。
こっちは何も見つかりませんよー」
とリティが隣の部屋から声を上げてくる。
「こっちもダメみたいです」
グローリアも床に何か落ちていないか調べてくれているが、どうやら何も見つからないらしい。
「やっぱり【黒の狼】の連中が調査した事以外はわからないか」
後ろ手で頭を掻きながら、ウィナはため息をつく。
(禁書が盗まれた。
それはいい。本だし、盗まれやすいものだし、いくら頑丈なところにしまおうと、どんなに強力な魔法で封鎖しようとも、
人が作ったものを人が壊せない道理はない。)
それだけ作者が【盲目の巫女】ヘラ・エイムワードの本は価値があるものだ。
(けど目的は?
この図書館の結界は、全てヘラ・エイムワードが創ったものだし、禁書の封印自体も、あの保管庫の扉も全て魔法処理されている。
それをやすやす打ち砕ける人が、いまさらそんな力を欲しがるのか?)
この大陸で最強の魔導技術者をあげろと言われたら、間違い無くトップに【盲目の巫女】ヘラ・エイムワードの名前が上がってくる。
それはシルヴァニアに来る前までいろいろなところを旅していた時にも噂されていたから間違いないだろう。
曰く、全ての魔法が使える。
曰く、【神々】すらも跪かせる。
曰く、死者すらもよみがえらせることができる。
曰く、本当は、神でこの世界の創造神である。
曰く、実は冥府の王だ。
などなど。
元々本人が表に出てこないため、噂に尾びれ、背びれはおろか胸ビレまでくっついているような状態だ。
しかし、誰もが彼女を最強に関する魔法の担い手という評価を下している。
そんな彼女が作った結界や、守護魔法、魔方陣などそういうものを破砕できる人間がいるなら、
彼女に対して対抗できる存在ということだ。
噂にならないわけはないし、
それだけの魔導の腕なら彼女と対等の位置に立てるとも言える。
そんな人間が、彼女の書いた魔法大全などを欲しがるのか?
(魔法は、術式を構成し発動させるものだが、それも強大な魔力があれば無理矢理発動できる。
結局のところ、魔法は妄想を現実化する力に過ぎない。
魔力さえ豊富にあれば、術式を無視し自身の願いを現実化できる……)
「待て」
口元に手をあてて、考える。
(そうか。
魔力がないのか。実行犯は……。
いや、全くゼロということはないだろうが、それほどあるわけではない。
だから願いを叶えるための魔法は、術式で達成しないといけない。
だとすると……)
気がつけば、ウィナの周りに全員が集まっていた。
「……おそらく、実行犯が書を盗んだのは【加護】による特殊能力か、それに準じるものに違いない。
そして実行犯自体の魔力量は一般人か、以下かくらいというところだろう」
そして、その理由も説明する。
「……なるほど、それなら納得できますね」
首を何度も振って肯定するグローリア。
「でも、それだけでも犯人を捜すの大変ですよー」
「わかってる。
できれば、犯人の身柄を示すようなものが発見できればいいんだが――」
「ウィナ様」
テリアが、こちらに何かを差し出してくる。
受け取って見ると、それは金属のバッジで、双頭の蛇と盾と剣の交差しているデザインのものであった。
「……リティ、わかるか」
親指でリティへと飛ばす。
彼女は、空中でそれをキャッチすると、目を真ん丸にして凝視した。
「――これは、帝国の位の高いものに与えられるものですね」
「……帝国、ですか?」
グローリアは手で口を覆い、驚きを示す。
ウィナは半眼で、
「まためんどくさいところから……だな」
「1つ対応を間違えると戦争ですね」
人差し指の先でくるくる回しながらリティは、事もなげに言う。
「どうしますか?ウィナ様」
「――正直、これが本当に犯人が落としたものっていう証拠もない。
もしかしたら、どこかの連中がシルヴァニアと帝国の間で戦争を起こしたいと考えているのかもしれない」
「可能性はありますねー。
こんなわかりやすいものをわざわざ落としていくのは怪しいですし」
「まったくだな。
もう少し、犯人も空気の読んだ品物を落としてくれれば良かったんだが」
「それはどんなものなんですか?」
興味津々に聞くグローリアに、ウィナはにやりと。
「そりゃ仮面だろう。
やっぱり怪盗は男のロマンだし」
その言葉に、全員が何ともいえない表情を浮かべ口を閉ざしたのだった。