つかのまの休息その3
現場で急行すると騎士団だろう。中央図書館の前に立っていて野次馬達の相手をしている。
外観は一切破壊の跡は見えない。
野次馬達の話を聞いて見ると、図書館を使おうとやってきたみたいで、何故中に入れないのか兵士に問いただしているところだった。
「ヘンだな。
まるで破壊の跡が見えない。本当にここがさっきの音の発生点か?」
「――どうやらそのようです。ウィナ様あちらを」
テリアが指し示す先に、なにやら魔法使いの格好をした人間が幾人も集まって何かをしているのが見える。
「……幻術か」
(なるほど。
破壊の跡なぞ見せたら、街の人間が不安がる。
そのために幻術でいつもの図書館と変わらないよう装っている――ということか。
うまいな。あとはこれで水道管やらなにやらの爆発事故ということにしてしまえば、
この騒ぎもしばらくすれば収まる……か。)
ウィナは、颯爽と指示を出している大男の方へ駆け寄っていく。
一応、こっちも新参者とはいえ騎士団である。
それなら詳細を聞けるかもしれない。
「すまないが、現在水漏れ事故のため図書館は使えない――っおまえか」
近寄ると大男は決まり切った言葉を途中まで口にし、こっちの顔を見て驚いた。
それはウィナも同じだった。
「おまえは……」
「騎士になってからは会うのは初めてだな。
私は、正騎士団第2位『黒の狼』騎士団団長のヴァン・マクドゥーガルだ。」
「……正騎士団位未定【ドキっ女だらけの花園騎士団(仮)】の騎士団団長ウィナ・ルーシュだ。」
と、名乗られたのでこちらも紹介する。
騎士団の名前を口にした時、ヴァンの顔が微妙に呆れた色が見えたのは気のせいにしておこう。
「喫茶店でのテロ活動以来だな。……ヴァンでいいか?」
「ああ。構わない。こちらもウィナと呼び捨てで構わないか?」
「ああ、ヘンにちゃんとか、さんとかつけられると背筋がぞおっとする」
両手で身体を抱きしめるウィナ。
「それで、何が起きているんだ?」
「……ふむ。おまえ達は誰かの命令を受けてここに来ているのか?」
「いや、単なる好奇心だ」
「なら、悪いが教えられん。
現状難しい問題になる可能性がある。情報の拡散は防げとの命令が出ている。」
「……そうか。それなら仕方がないな。」
はっきりと拒否が出てしまった以上、立ち去るしかない。
ウィナは背を向けその場から離れようとした時、
「――おまえ達はこの図書館に最近よったか?」
ヴァンが聞いてきた。
一瞬、テリアとウィナは視線を交わらせ、
「ああ、最近っていうか。今日の朝から3時間くらい使わせてもらっていたぞ」
「そうか。
なら重要参考人として聞き取りをしなければいけないな」
そういうヴァンはふっと笑みを浮かべる。
「っ!……そうか。
それは仕方がないな。どこに行けばいい?」
「中に会議場なら部屋がある。そこで話を聞こう。――マレインっ。後はまかせた」
「はっ。」
女性騎士の気持ちのいい返事を聞き、ウィナとテリアはヴァンに付き従い、図書館の中へと入っていった。
図書館の内部は、すさまじい惨状だった。
蔵書が収められた棚は四方八方に倒れ、中に収納されていた本もあちらこちらの床に散在し、
本当についさっきまでいた場所と同じところかと疑ってしまうほどだ。
中でもひどいのが黒い扉によってふさがれているところで、
関係者以外立ち入り禁止と書かれている付近は、溶解していた。
おそらく、火は何かの高熱にさらされたのだろう。
「ひどいな、これは……。何があったんだ?」
「詳しいことはまだわかってないが、盗難のようだ」
「盗難ということは、禁書を狙ってですか?」
テリアの視線の先には、黒い扉。
立ち入り禁止と書かれていたことから、かなり貴重な本が存在していたのだろう。
「破られたのか?」
「……いや。
今のところは破られてはいないようだ。」
ヴァンの言葉にウィナの片眉がピンと跳ね上がる。
「今のところは……?
つまりこの襲撃は予想していたのか?犯人に目星がついているのか?」
「襲撃については、上の方からあるかもしれないと話があった。犯人については現段階では情報がない」
「【上】……か。」
腕を組みながらウィナは、思考を走らせる。
(……仕組まれた事件、だな。
理由はわからないが――)
「怪我人はいなかったんですか?」
「さいわい怪我人は出なかった。
どうやら図書館内のあちこちから爆発音が響いたらしく、全員が外へ避難したらしい」
「……司書も?」
「ああ、むしろ司書にはテロなどの行為にさらされた場合、身の安全を第一に指示してある。
彼らは率先して、人々を誘導して避難した」
(複数の爆発音、か。
オープンテラスで聞いた時は、1つしか爆発音は響かなかったが……)
「……爆発音は割と大きかったのか?」
「そうだと聞いている。」
「複数回爆発した?」
「ああ」
「――なるほど。
ちなみにこの図書館には、音を外に漏らさないような処置はしていたのか?」
「静寂が好まれる建物には、ある一定以上の音を吸収する魔法が施された紋が入っている。」
「だが、実際俺達の耳には一回だけ爆音が聞こえている。
1キロ先にまで聞こえるっていうことは、かなり大きい音だったはずだ。」
「……何が言いたい?」
ヴァンの目が鋭くこちらを見据える。
「本当は何が起きたんだ?」
「…………」
2人はしばらくにらみ合い――。
最初に折れたのはヴァンの方だった。
「……ふう。
相変わらず聡いな。
ここ一ヶ月ほど活躍を聞いてはいたが、なるほど、どうやらおまえを過小評価していたようだ」
ヴァンが相好を崩して言う。
「的確な戦力分析は基本だろ?」
「その基本をいかなるときでもやることは難しい。――今、おまえの聞きたいことはそれではないだろう」
むっとウィナは唇を軽く噛む。
「……そうだな。
で、本当のところ何が起きたんだ」
「簡単なことだ。
【禁書】が盗まれた。著者が女王陛下――【盲目の巫女】ヘラ・エイムワード様のものがな」
「何だって?」
ウィナは思わず聞き返した。
【禁書】【盲目の巫女】【ヘラ・エイムワード】【盗難】
出てきたキーワードはどれも致命的に事態のマズさを表している。
「著者がヘラ・エイムワードと言うなら、単なる絵本とかそういう類のものじゃないんだろ?」
「ああ、司書の話だと魔法大全というシロモロらしい。ヘラ様が今日まで研鑽を重ねてきた魔法や、魔法と同類に属する術を体系化しまとめたものだそうだ」
その言葉にウィナは思わず頭を抱えた。
「そんな物騒なもの、なんでこんなところにあるんだよ」
「そうは言うが、この中央図書館の管理体制ははっきりいって王城よりも厳しい。
王室近衛兵団も変装し、警備しているくらいだ。こちらの不手際といちがいにいえないだろう」
「……じゃあ、俺達の方に聞こえた爆発は――」
「盗難者の魔法と【禁書】の力がうまい具合に【共鳴】し、静寂の紋を崩すものになった。それゆえの大爆発だ。
さいわいなことに避難は済んでいたため物損くらいにしか被害はなかっただな」
「物損程度というが……」
思わずため息をつくウィナ。
「ここまで破壊されて、元に戻せるのか?」
「この都市の職人達を甘く見ない方がいい。彼らなら一週間もたたないうちに全修理が可能だろう」
「……もはやどこを突っ込んでいいのかわからないな」
ぎろりと彼を一にらみ、テリアに。
「都市の中は?」
「だいぶ、騒ぎは収まったみたいです。
騎士団が出動して市民の動揺を積極的に抑えていることに効果があったみたいですね」
「【外】は?」
「……こちらは無理です。
わたしの制御能力ではシルヴァニア王国全ての情報を収集するのは……」
「そうか。
――ヴァンだったな。俺達は戻るが問題ないな」
「ああ、構わない。
こちらの調査が終わり次第、騎士団に命が下るだろう。それまで待機していればいい」
そう言うと、ヴァンはこっちから意識を外し、調査をしている部下達の元へと向かった。
「ウィナ様」
「ああ、たぶん俺達にも収集命令が下るはずだ。
戻って身支度するぞ」
スカートを翻し、ウィナとテリアは外へと出て行った。