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第1話 プロローグ

もう人々が寝静まる頃。

白亜の巨城の奥深く――

螺旋をえがく階段。

その壁にゆらめく黒い影。


かつん、かつん、かつん。

宵闇の訪れた城の中、規則正しく響く音が未だ目覚めているものの耳に届く。



「早いものね」

血の色に似た液体をグラスの中で揺らしながら、少女はつぶやく。

不思議なことに起きている人間はこの部屋にいる、少女と男の2人のみ。

白亜の巨城――つまりは、西洋のお城といった建造物の中、もっとも位の高いものがまだ床についていないにも関わらず、

城内は静けさのみ漂っていた。

まるで、死霊のすみかのように。

ただわずかにかすかながら響く階下への歩みの音に少女は気づいていた。

それは男もそうだろう。

だが、その男は、足を組みながら読書にいそしんでいた。

聞こえていない。

いや聞いていないといった方がいいのかもしれない。

なんにせよ、少女にとって彼の行動は、少しばかりいらっとするものであった。

半眼で男を凝視していると、ようやく彼女の言葉に気づいたのか男は反応する。

「そうでもない」

ぽつり。

そこに感情というものはなく、いやだからといって彼が感情を持っていないというわけではない。

よくよく注意してみると、まつげがぷるぷると震えているのがわかる。

少女は知っていた。

読書を邪魔されることを彼は嫌っていて、その動作は早く読書に戻りたいという意思。

だから、

「そう?」

少女もそっけなく問い返す。

その言葉のキャッチボールで、彼もこのままではいつまでたっても読書に戻れないと悟ったのか、少し思考し。

「……そうかもしれない」

意見を口にした。

しかし、その返答は少女にとっては減点対象。

いつもながら、彼の優柔不断な物言いに少女は、大きくため息をつく。

「……前から言おうと思っていたけど、人が話しているときくらい本から目を離しなさいよ」

少女の言葉に険がこもる。

その言葉に男はきょとんとし――

「何を当たり前のことを」

そうはっきりとした口調で言う。

しかし、やはり彼を注意深く見ているとわかるが、額に汗などが噴き出ている。

漫画的表現なら水滴1つといったところか。

そんな感情表現を表に出すくらいなら、ちゃんと少女の話を聞けばいいのだが。

彼にとって読書というのは、かかせず中断できないもののようだ。

少女のこめかみがぴくぴくと痙攣し、爆発寸前まであと数秒。

「言っておくけど、本から目を離して読んでいる――なんてふざけたこといったら、殴るわよ。思いっきり」

「…………」

男は、あさっての方を向く。

そこで男の命運は決まったようなものだ。


少女は、心のメモにしっかりと記述しておいた。

殴る、蹴る、killっ。




かつん、かつん、かつん……


絶え間ない歩みに伴う規則的な音。

かれこれ数分、いや10分以上立っているにも関わらずその音が止むことはない。

少女は螺旋階段の下へ、下へと降りていく。

照明は、少女の頭の横あたりに浮かぶ光の球のみ。

大きさとしてバレーボールよりは小さいが、野球ボールよりは大きい光球。

光量は、少女の足元から、階段4段先くらいの明るさは保持している。

だが、少女の向かう先は漆黒の闇がたたずむのみ。

先が見えない闇。

少女の歩みはそれでも止まることはなかった。




「ヘラは?」

さきほどの一室。

先ほどの少女に比べれば大人っぽい彼女は、そう相方に尋ねた。

「彼女は、いつもの場所だ」

そう何事もなく言うが、少しばかりその口調は重い。

執行猶予つきとはいえ、死刑判決に自身で印を押したのだ。

これから少女にどんな目にあわされるかを考えると、気が気でない。

「……そう。【神託の間】ね」

一方の少女は、彼の思いを知ってか知らずか。

装飾の少ない椅子にふんわりと腰を下ろし、手に持つワイングラスを憂鬱そうに眺める。

その気だるい感じに、少女の年齢にしては不思議なことに妖艶さが漂う。


ぱらり、ぱらりと男が本をめくる音のみが響く室内。

ワイングラスをくるくると回し、中の液体が揺れるのを見ている少女に男は問いかけた。

「――――迷っているのか?」


何をとは言わない。

ここまで来たら、もう以心伝心。

夫婦のような関係になっている自分達にそう詳細な説明事はいらない。


「なわけないでしょう?」

1秒にも満たない速さで少女は否定した。

ふん。

と鼻を鳴らし、不機嫌そうに半眼で男をにらみながら、

「あんまりふざけたことを言っていると、お仕置き増えるわよ」


やはりお仕置きされることは決定事項らしい。

男は少し肩を落とす。

そしてわずかばかりの希望をこめて少女に問いた。


「……それは量か、質か?」

「両方に決まっているでしょう」

にんまりと笑う少女。


彼女の背中で悪魔が笑っているように彼は思えた。






かつん、かつん……かつ。

永遠に続くかと錯覚をするほどの階段を降り、ついに目的の場所にたどり着く。

「部屋を照らす明かりを――【光幕レイシー】」

少女の唇から紡がれた言葉によって、漆黒の世界に光が灯される。


光が満ちた部屋にあったのは、巨大な魔方陣。

幾重にも紋章と、呪字、そして鮮やかな色彩によって彩られた軌跡によって作られた魔法陣が、主の帰還を待ちわびていた。


その主とは、まさしく今ここにいる少女のこと――――。


「さあ、始めましょう。

わたし達の復讐を――――」


まぶたを下ろしたまま少女はつぶやく。

その言葉に、魔方陣は呼応するかのように、蒼い光を生んでいた――――



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