第24話 エピローグ(第1部)
戦いは終わった。
結局ジルダは生きてはいる。
といってもその身体は満足のいくものではない。
両腕を無くし、至るところから血を流し、傷をついていないところを探すのが逆に難しい状態であった。
だが、彼を殺さなかったのはガイラルなりの結論だったのだろう。
村の人間は、自分たちが何をやっていたのか覚えていたらしい。
ただそれが夢を見ているような状況であり現実感がなかったようで、それが全て真実だとわかった時全員が慟哭し、中には自ら命を絶ったものもいた。
無理もない。
彼らは操られていたとはいえ、自分の妻や子供、それに友達などにした処遇は操られていなかったとしたら間違いなく鬼畜の所行であったからだ。
【生輝石】となった女性や子供は何故か自分が持っている。
というのは、正直この事件。このまま終わらせるのは後味が悪すぎる。
――ということでなんとかできないか、研究をしようと思ったのだ。
その辺りのことをアルバに言うと、意外にも「ま、おまえさんなら悪用はしないだろうし、いいんじゃないか?」
などと本当にこれでも騎士団の団長か?と思わせるほど無責任発言をした。
今、村のあちこちに騎士服に身を包んだシルヴァニアの騎士達が見聞している。
この村であったことをすでに報告していて、王国が動いたのだ。
来た人間の中には、顔見知ったメンツも紛れていたが軽く挨拶を交わす程度、すぐに現場検証や証拠品の押収といったことをアルバと一緒にやっている。
グローリアは怪我をしている人の治癒に当たっている。
テリアの方はこんな状況の中、何ももう起こらないと思うが一応警戒してもらっている。
風の人工精霊エルを使って。
リティは、いつのまにかいなくなっていた。
彼女はああ見えても、元アルバのところの副団長。
いろいろ手伝わされているのだろう。
ガイラルもまた事情聴取を受けている。
アルバの話だと逆らえる状況ではなかったとはいえ、手伝っていたのは事実だしジルダを痛めつけたことで何年か牢に入ってもらうことになるらしい。
そして自分は――
民家の一つを借り、あることをしようとしていた。
今、自分の足下には1人の女性が横たわっている。
言うまでもないと思うが、ニィナ・レディベールさんだ。
いつまでも裸では困るので布を巻き付けたまま、仰向けにしている。
彼女のまぶたは重く閉ざされていて、目を覚ますことはない。
「さて……」
ジルダがニィナの魂を結晶化させたと言っていたものをごとりと床に無造作に置く。
これは【生輝石】ではない。
ジルダの研究部屋にあった論文を見ると、【根源石】と呼称されたもので【生輝石】よりも圧縮されたエネルギー結晶体らしい。
造り方も詳細に記載されているが――まあ、あまりに非人道的な手段を用いるということで割愛させていただこう。
さて、この【根源石】だが、これ自体にニィナの意識が、オカルトチックな言い方をすると魂が封じられているらしい。
これをどうにかして肉体に戻すことができれば、彼女は復活するのだが。
「そのやり方は誰にもわからない、と」
石を安易に壊せば、魂は戻らずそのまま砕け散るだけだし、肉体に戻す――口の中へ押し込んでしまえば、ただ単に食べ物としてしか肉体の方は認識しない。
正しい方法を持ってやらないと彼女は、一生このままだということなのだ。
ちなみに彼女――ニィナのことはガイラルに完全に任されてしまった。
自分を信じると言われてしまった。
そんなに簡単に恋人の命を任せていいのか?
とも思ったが、彼も彼なりに考えた結果らしい。
ガイラルもまた、最初の頃は無気力ではなくいろいろとジルダの目を盗み、助けようと考えたり行動していたりしていたらしい。
そうして全くの素人であるにも関わらず、ジルダに引けを取らないくらい【加護】や【生輝石】などの知識を得たという。
その彼にしてみると、【生輝石】や【根源石】となってしまった存在を元に戻すことはできないと結論に至ってしまい、
全てに諦観しただジルダの命に従うようになったとか。
ジルダは【根源石】の中にあるニィナの魂を元に戻せるようなことを言っていたが、ガイラルはそれは不可能であり、ジルダ自身も無理だということが
わかっていたため、誘いには乗らなかったようである。
もっとも、一瞬でも躊躇したのはそれでも元に戻せるのかもしれない――という希望が少なからずあったというわけだが。
「人に限らず、生命を持つモノは【肉体】、【精神】、【魂】と3つの要素が深く結合して存在しているものだったか」
【扉】を開いて、得た知識の中に人の構成要素がある。
肉体はPCでは言えば、本体であり、
精神はOS。
魂は、二つを結ぶ線のようなものということらしい。電源といってもいいかもしれない。
では【生輝石】、【根源石】にはどの部分が含まれているかというと、【魂】の方らしい。
人格は精神に宿る。
魂はあくまでも、【肉体】と【精神】を結びつける核でしかない。
つまり、魂を封じられた石を肉体へと戻したところで【精神】がない状態では、以前の彼女には戻らないということなのだ。
だったら、【精神】はどこにいったのか?という話になるのだが。
【精神】は、肉体を操る制御の機能を受け持つOSのようなもの。
それ自体は、大気に満ちる魔力によく似た組成ををもった物質であるらしい。
そのため、大気の魔力の状態にひどく影響したりする、不安定なもので、【生輝石】や【根源石】を造る時にその特製ゆえ真っ先に犠牲にされる。
【生輝石】や【根源石】を造るには、【精神】か【肉体】どちらかを白紙にしなければ魂を結晶化できない。
両方ある状態だと、魂は肉体、精神に相互に引っ張られているため、無理矢理取ろうとすると魂自体が砕け散ってしまう。
ならば肉体を白紙にする――つまりは、肉体を消失させてしまうと、もともと不安定な精神はあっさり宙へと流れ消失し、魂もまた二つが突然消失することで、
そのまま四散し流れてしまう。
そんな理由があり、【精神】の方を白紙にして石を造るのがジルダの研究では一般的らしい。
「……ニィナの【精神】はすでにもう霧散しているから、肉体に戻すことは無理だ。
かといって、このまま放っておくと肉体もダメになるし、結晶化したニィナの魂も時間が経てば経つほど、自動初期化が始まって結合できなくなる――」
となると、
肉体と魂を結びつけ、精神を空のままで復活させるという方法しかない。
問題点は2つ。
1つは、精神を空にしてしまうことで亡霊やら幽霊やらといったものが入ってしまう可能性があるということ。
2つは、そもそも肉体と【根源石】(テラ)を結びつける方法がわからないということ。
「――発想を変える、か。
魂を核にするんじゃなくて、精神を核にする。
より強い精神を持つモノに【魂】と【肉体】の結合をまかせる。そうすれば細かな術式やら何やらいらなくなる――だろう」
より強い精神を持つモノ。
それは【神】や【悪魔】という上位存在そのものである。
さいわいなことに、魂の総量?の増加のためかニィナの存在は【神】の位にいる。
だから神や悪魔などの精神でも問題なく復活できるだろう。
ジルダへの加護は新たな精神が宿った時点で自動的に破棄されるから、そこら辺りは問題ない。
「とすると問題なのは、誰を入れるか……というか誰に頼めばいいのか、か」
【神】や【悪魔】といった存在が普通にいるこの世界。
それでも彼らへの接触することはなかなか難しい。
力があるためか、自尊心が強いものが多く、性格的にもマイペースであったり、唯我独尊であったり、クセのあるものが多い。
そんな彼らに人助けのためというのは、首を縦にはなかなかふってはくれないだろう。
【悪魔】は善行ポイントのためにやってくれるかもしれないが、彼らの価値観は独特なので人間関係の上で問題が起きる可能性がある。
ニィナを復活させて終わり――というわけじゃないのだ。
人間として生活をしてもらわねばやる意味がない。
「それに【精神】になってくれというのは死んでくれっていうものだからな……。無理があるか」
どこかに死にそうで、善良な【神】や【悪魔】に匹敵するような強い精神を持つ存在はいないものか。
うーんと腕を組み、悩むウィナの元に風が巻き起こる。
「ん?」
「こんなところにいたー。」
現れたのは緑色の髪の精霊エル。
「テリアからか?」
「うん。そーだよ。
あらかた終わったから帰る準備だって。じゃあ伝えたよー」
それだけ言うと、またどこかへと飛んでいった。
ウィナは大きく肩を落とし、
「タイムアウトか」
あぐらを崩し、ゆっくりと腰をあげる。
「仕方がない。
ピティウムに戻ってから考えよう」
未練を残しつつ、帰る準備を始めたのだった。