第23話 決着のベルは鳴り響く
叫び声を上げ続けるガイラル。
それを悦に入ったように観察しているジルダ。
全く持っていい趣味をしている。
と、そんなふうに冷静でいたからか、ジルダが少しばかり不機嫌そうにこっちを見てきた。
その視線は明らかで――
「……貴様は何も反応しないのか?」
いつのまにか男はフードを脱ぎ捨てていて、少女――ウィナに話かけた。
人の不幸は蜜の味だったか。
奪う人間がいる以上、奪われる人間もいる。
その国が表面的に平和であれば、人は財産を手にし保管する。
だが、それゆえにその恩恵をいただこうと奪う人間が必ず出てくる。
そして、奪う人間に対して奪われた人間は統治組織に頼り、対策やその奪う人間への処理をお願いする。
まあ、それは良くある話だ。
さて、
この奪う側の人間は、大抵考えていない。
いや、むしろ彼らも平和を甘受している人間だといえるだろう。
奪われる人間が必ずしも、統治組織に頼るというある意味奪う人間にとって安全な方策をとるとは限らないということを。
人は理性のみで生きているわけではない。
社会という見えない牢獄の中、獣性を抑制するため理性が生まれ、そして人という獣は人間という種族へ移行していった。
ゆえに彼らは思いつかないだろう。
肉食動物だけが獣性を持っているわけではない。
草食動物も持っているのだ。
肉食動物を一撃で死に至らしめる牙を。
「――するもなにも」
少女の紫の双眸に獰猛な獣の色が宿る。
直接的に関わり合いはない。
だが、ウィナにとってはどうでもいいことである。
相手の行為が、自身の境界線を越えるものならば、即処理する。
それが例えどんなに偉い人間であろうと変わらない。
だから、ウィナは満面に笑みをたたえる。
「どっちにしてもやることは変わらない。
なら、今ここで憤ることに身体を使うより、おまえを地獄により多く送ってやる方が建設的だろう」
ウィナの態度に、ジルダはようやく思い違いをしていることに至ったのか、
愉悦の表情を消し、能面のようにして少女を見た。
「……なるほど。
どうやら貴様には注意をしなればいけないようだ」
ここで、ようやく男は、少女の立ち位置に立った。
しかし。
「それこそ今更だな。
もう少し早く注意をしていれば――」
そう。彼は遅すぎた。
追いついたと思っていたのは男だけ。
ウィナはすでにもう遙か彼方へ歩いていたのだから――。
刹那にも満たない速度をもって、男の視界から少女は姿を消した。
「なっ――がっ!!」
ジルダがウィナの姿を捕らえるまもなく、ハンマーか何かで身体を殴られた――感覚をとらえた時にはすでに壁にとたたき付けられていた。
どぉんと大きな音をたてて振動する屋敷。
ロクに掃除がされていないこの部屋の天井から、ホコリが舞い男の髪を白く汚す。
「――こんなことにはならなかったのにな」
感情を特に込めることもなく、ウィナはそう男に言い放った。
男は信じられないような顔で少女を見る。
彼には見えなかったのだ。少女が自分に何をしたのかを。
「【加護】の力は確かに強力だが、ロクに戦闘を経験してこなかった人間がそれを手に入れたからといって超人のように
いきなり強くなれるものじゃない」
紫の双眸がすっと相手の一挙手一投足を見据える。
「【加護】だけで全てがひっくりさえせるほど簡単な世の中じゃないなんて、おまえならとっくに気づいていただろうが」
ウィナは、未だ慟哭をしている男を見る。
彼がどんな人生を送ってきたのかはわからない。
わからないが、それでも彼の悲しみ、痛みはある程度なら理解できる。
自身も底から上がってきたのだから。
「覚悟はいいか?ジルダ。おまえは楽には殺さない」
静かに言う彼女の姿は、まるで死に神のようであった――
戦いは一方的だった――。
「っく、【炎舞双手】」
手に炎をまとわりつかせ、ジルダはウィナの一撃を防ごうとする。
この炎ならいかに名剣の類でも、一瞬にして炭化させる温度を持っている。
武器さえなくせば彼女の攻撃力は激減するはず。
そう考えていた。
だが、
「――遅い」
ジルダが剣に触れようとする前よりも速く、ウィナの容赦ない一撃は彼の左腹部へと叩き込まれる。
「ぐ!!」
苦痛に表情をゆがませる彼に、ウィナはさらに追撃をかける。
「いくら痛いからといって、ガードをしていた手を下げると意味がない」
ドンっっ!!
と手加減すらしない彼女の突きは、男の鳩尾に入り、その衝撃で男は浮いた。
「かっは……っ」
スローモーションのように中空を浮き、そのまま床にと落下――
させるほどウィナは優しくない。
もうろうとする目で、男が見たのはウィナが自身と同じ目線にいるということ。
「っ!!」
その意味を気づいたのだろう、あわてて何かをしようとするが、
「残念。遅い」
両足で男のお腹に一撃入れ、そのまま一緒に落下した。
当然、男は床にたたき付けられた瞬間、くの字に身体を折り曲げた。
そうして勢いよく胃の中に入っていたのだろう、モノを床に吐く。
そんな彼の様子をまるで感情を表さない少女の姿は、不気味と言っても過言ではなかろう。
まるで人を相手にしているというよりは、モノを相手にしているような。
そんな感情を見ている人間に抱かせる。
「げほっく、げほっ、げほっ!!」
「不思議だな。
まるでおまえに対して憐憫とか、同情とか感じない」
ジルダの前まで歩いていき、襟首をぐいっとつかむ。
男の目にはあいも変わらず、何故自分がこんな目にあっているのかわかっていないような、激しい憤りがあった。
その顔を見て、ウィナは刀を消し拳を握りしめる。
手加減はやめだ。
そう決意し。
「本来ならガイラルがやることだが、
あいつの動揺が収まるまで殴られてくれ」
「なんだ――っがはっ!!」
最後まで言わせず、ウィナの右フックが男の頬に叩き込まれた。
「っくっくっくっくはははっはははっはっはっ!!!!!」
元の表情がわからないほどジルダを殴った後、彼はいきなり狂ったように笑いだした。
「気でも触れたか?」
「触れてなどいない。
ここからが始まるのだ。大逆転がな」
にたりと、凄絶な笑みをガイラルに向ける。
「ガイラル。
彼女を取り戻したくはないかね」
ぴくんと、彼の背が揺れる。
(なるほど、仲違いを誘発させてこちらの動揺をさそう――か)
少しは頭が回るようだと、感心するウィナ。
だが、こんな時にこんなことを言っているようでは、男はすでに詰んでいる。
「彼女の精神――魂は白紙にする際に、取り出していてね。」
言って、ジルダは空間から一つの輝く石を取り出した。
【生輝石】(リヴィリス)に似ているが、先ほど見たヤツよりも純度が高い。
まるで別物のように透明度が高く綺麗な宝石――まさしく、それは"彼女"の魂が気高かった証でもあるだろう。
「今の私になら君の彼女を取り戻せる。
どうだ。ガイラル、手を組まないか?」
「…………」
彼は何も答えない。
何を思っているかもわからないが――。
ウィナは肩をすくめ、ガイラルに声をかけた。
「ちなみに俺はどっちでもいい。
どっちにしてもこの男を許せるほど人間できていないんでな」
じろりとジルダに視線を鋭く向ける。
「っく、来いガイラル。
おまえの力が必要だ」
ガイラル自体は、それほど強い人間ではない。
戦闘力の面でだが。
ただ、ジルダがここまで勧誘するのは、こっちの動揺を誘う意外の理由があるのかもしれない。
甘い言葉で彼をこちらに向けさせるのは簡単だ。
しかし、それでは彼はいつになっても"前"へ進むことなんてできはしない。
だから、ウィナはあえて彼を突き放す言葉を口にした。
「敵対するなら斬るだけだ。
おまえの好きにするがいい」
「俺は――」
答えを決めたのか。
ガイラルは、顔を上げ、こっちを見る。
その目にすでに迷いはない。
「俺は、貴様を許さない」
口にした言葉は、ジルダとの決別だった。
「交渉決裂だな。さて」
愛刀を生み、その切っ先をジルダに向ける。
「――覚悟はいいか?」
「それはこっちの台詞だよ、女」
そうジルダが口にした瞬間、後ろから爆発音がした。
「っ」
2人は突然の爆発の衝撃と爆風に、地面へとたたき付けられそうになる――
が、ウィナは受け身を取って、すぐ状況を把握しようとし、
ガイラルもまたウィナほどでもないが衝撃を和らげる動作をしていた。
きぃん。
「――チェックだよ」
勝ち誇った顔でジルダは言う。
いつのまにか、床に敷き詰められていた複数の魔方陣は消え、一つの大きな魔方陣が起動していた。
「お得意の魔力強奪か」
「そうだ。
同時に拘束の印も入っている。いくら君でも動けまい」
「……確かに動けないな」
膝をついた形から身体を動かすことができない。
かなり強力な魔方陣なのだろう、刻々と奪われている魔力の量もケタ外れ。
あと10分もたたないうちに魔方陣を解かれても動けなくなるだろう。
男は本当にこっちが動けないことに自信があるのだろう、近寄ってきてなめるようにウィナを見る。
「私は運がいい。
ここで新たな実験体が手に入るのだから」
「彼女のように俺の精神も壊すのか?」
「当然だ。
君のような強力な加護を持つ人間の精神を白紙にすることで、君に加護を与えている【神】の力を支配できるやもしれん。
実に魅力的だ」
舌なめずりをする男。
そして、這いつくばっているガイラルの方へ視線を向け、
「ごくろうだった、ガイラル。
君が一瞬でも躊躇してくれたおかげで術式を起動することができた。感謝する」
「貴様っ」
「本当に役立ったよ。
君と君の恋人はね。これで私はあの方よりもさらに上へ行ける。そして私が万物全ての操手となるのだ」
ジルダの哄笑が部屋に響く。
ウィナは、今の彼の言葉に少し疑問を覚え、それを口にした。
「……さっきからあの方、あの方言っているが。
これはおまえの独断じゃないのか?」
「独断?
独断も何も。
あの方は、私に知識と金銭を与え好きに研究を続けるがいいと、後押ししてくださっただけだ。」
「スポンサーみたいなものか。で、その研究結果をそいつに報告するっていう流れか?」
「報告?
そんなことはしない。報告する必要がないからだ」
普通に考えれば、今の彼の言葉はスポンサーを無視してかってに推し進めているように思える。
――だが。
(必要がない……つまり必要とされないほどつまらない研究?
ならお金を出す必要もないし、知識なんて渡すものでもない。――実験?何のために……。
――待て。
報告が必要がない――つまり、監視をされている……?
それなら報告は必要ない。
現在も何も言われていないということは、この男の研究とやらは、スポンサーにとっては利になっている……?
けど、知識を与えたということは、スポンサーには結果がわかっているはずだし、ある程度のことは理解していたはずだ。
――じゃあ知識が本当にあっているのか、そのための実験……なのか?
待てよ。
……まさかこいつの上にいるのは――)
あまりにも場違いな黒幕の想像にウィナは、表情をゆがめる。
その彼女の変化をこれから自分に起こることへの不安と恐怖と勘違いしたジルダの口が滑る。
「これからのことが不安かね?
まあ、安心するといい。君にはまずは自身の無力さを味わってもらおうか。
そうだな……。まずは手始めに君の仲間を全員捕らえて、村のものの相手をしてもらおうか。3日3晩の宴だ。ガイラル、君もどうだ?
彼女がいなくなってからいろいろと大変だろ。
君も知っているだろうが、さいわい彼女の仲間はきれいどころがそろっている。
思う存分楽しめるぞ」
ゲスなことを言うジルダに、ガイラルの双眸が刺殺してしまいそうなほど鋭く射貫く。
「……そうやって貴様はニィナを壊したのか……」
「今更だな。
君も見ていただろう?もっともあんまりに君が騒ぐものだから興ざめしたがね。
それに、君の恋人はこの大きな意義のある研究の第一歩となったのだよ。それを誇りこそすれ、そんな目を向けられるのは理解できないな」
蔑む視線をガイラルに向け、ジルダはウィナへと視線を移す。
「――ん?なんだ」
彼女は、いたって普通の返事を男に返した。
「……これから君には、私の実験に付き合ってもらおう」
「ああ、そういう話だったな。
その前に一つ言っておくことがある」
「ほぉう。命乞いかね?
さっきの君の言葉ではないが君が何をしようとも、君の心を壊すのは決定事項だが?」
「油断大敵って言葉知っているか?」
にやりとウィナが笑う。
その言葉の意味はわからなかったが、ジルダは何かマズいと感じたのか彼女から離れようとする――が。
「――遅いっ」
その言葉とともに何かが上から降ってきて、床に突き刺さった。
それは刀。
しかもただの刀ではない。
深紅の刀身を持った、ウィナの愛刀。
ジルダの顔に驚愕の色が浮かぶ。
「っ!!まさか、その剣は!?」
すでにウィナの刀は鞘から抜けている。
それゆえに赤い雪がしんしんと部屋の中なのに降ってくる。
同時に、
赤い雪に触れた部分の魔方陣は光を失い、起動を停止した。
ジルダはその光景を見て、後ずさる。
「ば、馬鹿なっ!!魔方陣を止めただとっ!?」
ゆっくりとウィナは立ち上がる。
絹のような長い黒髪が、ふさあと揺れる。
彼女は突き刺さった刀の柄を握り、引き抜く振るう。
と深紅の雪が嵐にように部屋中に吹き荒れ全ての光(魔力)が消えていく。
「バカなバカなバカなバカなバカなバカなバカなバカなっ!!!???
それは【闘神】の刀。何故貴様が持っているっ!!」
「その答えは簡単だ。
俺に加護を与えてくれたのが彼女だったからだよ」
そう言って、ジルダへと駆け出す。
「【紅の盾】っ」
紅光が宙で軌跡を描き、六角形の姿へと転化する。
防御の魔法。
だが、
「はっ!!」
鋭い呼気とともに放たれた深紅の閃光の前に、盾はあっさり粉塵し男の右肩を切り落とした。
「っぐ!【炎掌烈……】」
無くなった身体は気にせずすぐさま、左手をこっちに向けて魔法を放とうとする。
その行動に若干、驚きつつもウィナはためらいなく切り返した刀身を左肩へと転換させ、有無も言わさず両断した。
そしてその勢いのまま蹴りを鳩尾に叩き込み、男は転倒させた。
「ぐっ、っく……っ」
信じられないかのように、自身の身体とウィナを見る彼に、
「終わりだな。ジルダ。――ガイラル」
ようやく動けるようになったのか、ガイラルがこっちにやってきていた。
「――俺の仕事はここまでだ。
ここから先は、おまえがやれ」
その言葉に一瞬、目を見開き、すぐ硬い表情で。
「ああ、すまない」
立ち位置を変わるように、ウィナとガイラルはすれ違う。
後ろを振り返ると、ガイラルの背中が見える。
(哀れな加害者を見て、一体どう思うものかな)
胸中で思ったが、すぐその思いを保留にしウィナは目の前の試験管へと目を向ける。
試験管の中の彼女はなんだか安堵しているかのようにおだやかであった――。
こうして一連の事件は終わりを迎えたのだ。