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第21話 逆鱗に触れたモノ

斬っ!!

紅い雪が周囲に吹き荒れる。

その先にある両手で包み込める大きさの透明な珠が真っ二つに両断される。

「これで、屋敷の結界は解けたな」

「ああ。――どうやら外の方も解けたみたいだ」

ガイラルの言葉の通り、完全に身体にかかる束縛は消えたようだ。

ウィナは、身体の調子を確かめながら実感した。

「今の俺ならこの程度の結界内でも問題ないが、保険は掛けておくことにこしたことがないしな」

ウィナは不敵に笑ってみせる。

「……自信満々だな」

「不満か?」

「――いや、そうは言っていない。

……違うな。俺はおまえがうらやましい」

ガイラルは、一度は言いよどんだ言葉を口にした。

その内容は、彼女にとって微妙なものであるためウィナはその細い肩を怒らせ、

「女の身体になるのがうらやましいなら、性別でも変えるんだな」

「そうじゃない」

大きく息を吐き、彼は。

「自信に満ちあふれるほどの力があることがうらやましいんだ」

「それは違うな」

即答。

ウィナは、間髪入れずにガイラルの言葉を否定する。

それに彼は眉を跳ね上げる。

「何が違う?力があるからこそ、自信が生まれるだろう」

力も何もない人間が、自信を持つことなど彼の価値観ではあり得ない話だった。

だが、ウィナの紫の双眸は輝きを失うことはなく彼の目を離さずに。

「違う。

力があろうがなかろうが、自信は生まれる。」

「何故だ?」

「わからないのか?

なら、おまえはいつまでも前に進めないぞ」

断言するウィナの言葉に、ガイラルは言葉を返せなかった。

ウィナは、そんな彼を見てくるりと背を向け、歩き出す。

「……後悔なんてものは、誰にだってある。

種類や大きさの程度はあれ。

――だがそれで足を止めてしまえば、同じ景色をただ見るだけだ」

その鋭い刃物のような言葉が、ガイラルは自分に向けられたものだと悟る。

一瞬、激情が――「おまえに何がわかるっ」と言いかけたが、奥歯をぎぃっと噛みしめ、両手を強く握り、耐えた。

彼女は、自分に復讐の機会を用意すると言っていた。

なら、今ここで争うべきではない。

そう、頭の中にある冷静な部分がそう判断した。

だが、それでも腹の中をぐるぐると回る毒は消えずついにはぼそりと胸中を吐くことに。

「……俺には、おまえのようにはなれない」

彼女に小さな、うめくような声となり届いた。

ウィナはゆっくりとまぶたをおろし――

「――俺もそう思っていた時期があったんだけどな」

彼女の声は、誰にも聞かれることなく宙に解け消えた。




「う、俺達は……なぜここに?」

村の男が頭を押さえながらそんなことを言ってきた。

「……もしかして操られていたのでしょうか?」

と隣にいるリティに尋ねるグローリア。


結界が解き放たれた後、

いきなり村の人間(ほとんど男しかいない)が糸を切ったマリオネットのように大地に倒れ込んだ。

そして、

頭を押さえながら、幾人の人間が立ち上がってきているのが今の状況である。

「しかし、操られていたにしては、目が正気でしたが」

テリアも眉を寄せながら、同じくリティに聞く。


2人の視線にさらされて、彼女は槍の鏃を地面に突き刺しむぅと唸ると、

「……なんで、わたしに聞くんですか?2人とも」

その言葉に、2人は顔を見合わせて。

「リティさんなら何か知っていそうな気がしたんです。

【蒼の大鷹】の副団長ですし」

「わたしもグローリア嬢と同意見です」

「買いかぶりすぎですよー。

わたしは、普通のウィンドゥショッピングが好きなOLです」

「ウィンドウショッピング?」

「OL……ですか?」

2人の頭上にはてなマークが浮かぶ。

そんな3人の元へアルバがやってきた。

「おーい。

おまえさん方。悪いけど怪我している人間もいるし、事情の簡単な説明しないといけないから手貸してくれ」

「あ、はいっ。

今行きます」

そういいグローリアはすぐに行動し始めた。

そんな彼女を見ていると、テリアが。

「こちらの状況は、ウィナ様にお伝えしておきます。――リティ様も何かお伝えすることがありますか?」

「うーん。わたしは……」

腕を組み、空とにらめっこしながら、

「とりあえずいいです。

どっちにしても屋敷に行かないといけないと思いますし」

何故――?

そうテリアが問い返そうとした時、何か大きな音が屋敷の方から聞こえた。




「っはっ!」

鋭い呼気とともに、横なぎの一撃が問答無用に衛兵の脇腹をえぐり込み、そのまま悶絶する。

「このっ!!」

後ろから面っ!!といわんばかりの大上段から剣の一撃。

(素早い敵に隙の多い技を見せてどうする)

内心あきれ、しかし顔には出さずバックステップざまにエルボーをみぞおちに叩き込み、そのまま男をのす。

それを体勢が崩れた判断したのか、前方から二人がバットのフルスイングのごとく水平の剣閃がウィナの胴体を狙って放たれるが――

「ほっ」

場にそぐわない声とともに、ウィナは跳び箱を跳ぶ要領で空中で両足を伸ばし、それがものの見事に男達の顔面をとらえ、昏倒させる。

その時、男達がやたらやりとげたような顔をしていたことに怪訝に思ったが、

ウィナは可愛く首を傾げるだけで深くは考えなかった。


ちなみに彼らが見たのは黒のレース模様の布であったらしい。


「こんなものか」

ざっと周囲を見まわすと、もう立っているのは自分たちだけ。

「……強い」

「まあ、力を手に入れるために【加護】をもらいにいったんだ。

これで弱かったら詐欺だろ」

剣の腹をたんたんと肩に当てながら、ウィナはさしたる感動もなくそう言った。


今の戦闘では刀は抜いていない。

【赤錆の魔刀】――どちらかといえば【赤雪の魔刀】の刀身は手加減することに向いていないことがここに来る途中でわかった。


切れ味が良すぎると言うべきか。

鋼鉄製のドアはもちろん一刀両断だが、魔法すらも一刀両断できるこの刀。

鞘の時と同じように、斬れないようにと念じたにも関わらず、斬る威力を低くすることができない。


つまりこの刀を普通に振るうと、相手がいくら防具で固めようが、防御魔法で固めようが豆腐を切るようにざっくり斬れてしまうらしい。

なんというチート武器。


「……魔法が斬れるんなら、結界も斬れば良かったな」

第一の扉を開けた時、【情報】や【能力】を取得できたのは良かったが、こういうかゆいところに手の届く説明がないのが、ウィナは不満だった。


あとわかったのはこの赤い錆(赤い雪)は、魔法を霧散させる働きがあるということ。

刀を振るうたびに、舞う赤雪に相手の魔法攻撃が当たると、あっさりと霧散してしまったのには驚いた。

驚いて、そのまま魔法使いの服だけ斬ってしまって裸にしたのは悪くないと思う。


ちなみにその魔法使いはたまたま女性であったが。


「――で、ここが終点か」

「ああ。ここにジルダはいるはずだ」


さっきテリアの人工精霊【風の精霊エル】が運んでくれた情報によるとやっぱり外での結界破壊は無事達成できたようだ。

怪我人もいなかった(仲間の)。


重要な情報としては、村人達が操られていたらしいということ。

ただ、テリアが見るには正気の目をしていたように思われるとのこと。

どっちにしても無力化できたことは歓迎できる。

だが、

どうもその効果はこっちの屋敷では現れなかったようだ。

現にここにいる衛兵達は結界を解いても普通に、攻撃をしてきたし。


「心の準備はいいか?」

「問題ない。おまえこそ大丈夫か?」

ガイラルが、一応空気を読んでか聞いてくる。

「問題ない。開けるぞ」

ウィナは、木製の観音扉に手をついた。




「ふむ。どうやら君の実力を甘く見ていたようだ」

開口一番、黒ローブにフードの男はさしたる感慨もなくそう言った。


部屋の中は、実験室。

そういう言葉が合っている所だった。

様々な本――おそらく魔導書のたぐいや、剣や槍などの武器、床に幾つもある大小様々な魔方陣。

魔物が入った巨大な試験管。

その中には裸の人間が入っているのも何体か確認できる。


「趣味が悪い部屋だな」

「そうかね。だが価値観は人それぞれだ。そうだろう?」

「それについては同意見だが――人様に迷惑をかけるのは、どんな価値観をもっていても許容範囲があるだろ?」

ウィナの紫の双眸が相手に向けられる。

「……ふむ。

そんなに大したことはしていないが」

ガイラルから剣呑な雰囲気が生まれる。

「それに私の実験は、この世界にとって利益となることだ」

「……利益ね。

あいにく世界にとっての利益――なんていっている連中で本当に利益になることをしていた奴等は見たことがないな」

元の世界の政治に関わる人間を思い浮かべながら、半眼でジルダを見据える。

「なら、運がいい。

ここで君は、私の世界への――新世界への扉を開く実験を見ることになる」

「そこまで言うなら、どんな実験なのか、説明してくれないか?」

「言われずとも説明しよう」


どうもこういう研究者は、自分の理論や技術を説明したがる気がする。

偏見かもしれないが。


「君は、世界が万人に優しいわけではないことはわかっているかな?

この世界には、魔物がいて、国同士の争い、人の争い――そういう生命の危機に瀕することが生きている中で多々ある。


その中で生き残れるものは生き残るが、生き残れないものはそのまま死んでいく。

それは何故か?」

「運だ」

「違う。

それは力があるかないかだ」


どうやら人の話は聞く気はないらしい。

「力がないものは、あっさりと死ぬ。

身を守るものがないものは蹂躙され、骸すら安寧の時を過ごせず、強奪される」


そのやっている本人が何を言うのか。

とウィナは胸中で思ったが、とりあえず話を最後まで聞こうかと考え、何も言わなかった。


「力を持っているものとそうでないもの、生き残るのはどちらなのか。

自然界を見れば明らかだ。

弱肉強食――強いものは生き、弱いものは死ぬ。世界の根底に流れる絶対的法則。

それを覆すにはどうしたらいいのか」

フードに覆われていない、口元が大きくつり上がる。


「より強い力を身につける他はない。

さいわいこの世界には、弱者が一気に強者へと成り代わるすばらしいシステムの存在がある」

ぴくんと片眉がつり上がる。

男の言っていることに思い当たるものがあった。

「【加護】か」

「そうだ。

私達よりも上位に位置するもの達の祝福。

それを受け入れれば、現状を変えられる力を得る」


「それがおまえの研究と何が関係あるんだ?」

「せっかちだな。君は。……まあいい。

私の研究は、加護を与える神を人工的に作りその力を自在に操ることだ」

「つまり、【加護】のデメリットである、どんな神が与えてくれるのかわからない点、その神の影響によるマイナスの変化による点。それらを克服しようということか」

ウィナの言葉に、男は口を大きく開けそうだと肯定した。


「まったくもってふざけているとは思わないか?

力を与えるなどと言いながら、身体が変化したり、プラスどころかマイナスになるような能力、おかしなことが多々ある点を」

「まー、それはわからんではないかな」

「ほぉ。

君もそう思うかね。ということは君も加護持ちか?」

「ああ、ちなみに元男だ」

その答えに、ガイラルの目が丸くなる。

「……ほう。

元男か。ならば、憤っただろう、その身に訪れた不幸を」

「まあ、怒ったのは確かだけどな。

――だが、力を得るにはそれ相応の対価が必要だ。

その対価がこの身の変化なら、納得するさ。

力を得るための覚悟ならとっくにしていた」

「なん――だと?」

ジルダの肩が震える。

「……覚悟」

ぽつりとガイラルのつぶやきが耳に入る。

「覚悟のない力なんて、ただの暴力と同じだ。

最初の尊い思いのために力を得たのに、さらに力を得るために思いを踏みにじることになる。

痛みがあったからこそ、その力を得ようとした時の思いが身体に刻まれる。

それでも、時々道を違えそうになることがある。


なら、安易に力を手に入れたものは道を違えていることすらわかっていないだろうな」

「私の研究を無駄だと言うのか」

ジルダは声を震わせた。


「さあ、それに関しては神様じゃないんでわからないが――。

ただ一つ言えるのは、おまえは越えちゃいけないラインを越えた。


それだけでどんな理想を口ずさもうが、免罪符は与えられない」





「最初の予定通り、おまえには生き地獄を見せてやる」

ウィナは唇の端をつり上げ、にやっと笑った。



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