第19話 全てを切り裂く力
「ウィナさん。これからどうするんですか?」
束縛していたモノを取り外したリティが、と声を掛けてくる。
ウィナ達は、今牢屋から出てその通路に集まっていた。
もちろん無理矢理外したわけじゃない。
男の持っていた鍵を使わせてもらい外した――のだが。
「もちろん、あの黒ローブの男に生き地獄を与えるつもりだけど」
と未だ両手両足とも束縛されているウィナは、平然とした口調で彼女に言った。
どうやら男の持っていた鍵ではリティの束縛具と、全員の牢屋の解錠しかできなかったのだ。
「こういう場合、一つの鍵で全て外せるようにするんじゃないのかねー」
「その台詞はおっさんが言ったらダメだろう。
安全管理がなっていないぞ」
呆れた顔のウィナ。
「……ジルダは神経質なほど妙なところでこだわる。束縛具の鍵も全て自作で鍵も異なるものにしている」
「偏執狂だな。
そういうやつに限って、肝心なところで抜けているものだが」
片目をつぶり、そういえばとウィナは男に。
「名前。聞いてなかったな。
おまえの名前は?」
「ガイラルだ。」
「ガイラルね。それで、あの黒ローブがジルダと」
「ああ。――それでこれからどうするつもりだ?」
男もリティと同じく聞いてくる。
復讐を果たしてやるといったからには、それ相応のことができるのだろうな――そう黒い双眸に込めて。
ウィナは、それに不敵な笑みで答える。
「大丈夫だ。少し時間をくれ。それでみんなの束縛具も外す」
「?どうやるんですか?」
「――なるほど、加護ですか」
不思議そうな顔のグローリアに、こっちが何をするつもりかわかったテリア。
「最初の扉を開いてくるさ。
たぶん、今なら開けそうな気がする――」
それだけ言って、ウィナは目をつぶる。
そして、"彼女"に呼びかけた。
次に目を開けるとそこは白い世界。
「来たわね。」
自身の能力を示す家の前に彼女は立っていた。
「ああ、来たよ。
わかっていると思うが"扉"を開けに来た」
「そう。
最初の試練を受けに来たのね。それじゃあ」
ぱちんと指を鳴らすと、玄関にあるドアが消えて、自分の前に二つのドアが現れる。
左のドアには、力の紋章を意味する古代語。
右のドアには、魔法を意味する紋章が書かれていた。
「つまり最初に選ぶのは、俺の方向性か?」
「ええ、そういうこと。
力を得るのか、魔法を得るのか。両方っていう答えはないわよ」
「なるほど」
「そして選んだら、選んだ方の扉を貴女の持つ鍵で切り裂いて。開けた道を進めば貴女は新たな力を得る」
そう言って、彼女はその場を少し離れる。
「時間のことなら気にしなくても大丈夫よ。
ここでいくら時間がたっても戻る時は一瞬だから」
「気遣いありがと。
けど、もう決めたから大丈夫だ」
「あら、早いわね」
驚いたように彼女。
「――来い」
ウィナは、ざっと前へ進み、剣を呼ぶ。
呼び声に答え鞘がついたまま刀は現れる。
目の前で右手で柄を、左手で鞘を握る。
今まで一度も抜けなかった刀。
だが――
(――力が欲しい。
理不尽なことをねじ曲げるだけの力が欲しいとずっと願っていた)
ぎゅっと強く柄と鞘に力を込める。
(今でもそれは変わらないっ!!)
一気に剣を引き抜いたっ!!
ドクンっ!!
何かが脈動する音――。
それが柄から伝わってくる刀の魂だと気づいたのは、数秒後のこと。
にぃっと彼女は唇の端をつり上げる。
ウィナは何の迷いもなく選んだドアへとその刀身を閃かせた!!
しんしんと白い世界に紅い何かが降ってくる。
切り裂いたドアの欠片かと思いきや、それはウィナの持つ刀身から生まれたものであった。
抜き放たれた刀身は深紅。
刀身に色が塗られているかと思ったが、違う。
その赤は、錆。
紅い錆が、刀身の輝きを押さえ込みなまくらの表情を示している。
「……これが第一段階か?」
「そう、それが神具【赤錆の魔刀】。世界にある全てのモノを切り裂く武器――貴女がずっと欲しがっていたものよ」
ミーディは、片手を腰にあてて答えた。
「……そうか。ちなみに銘はあるのか?」
「残念ながら銘はないわ。
本体の方も武器に愛着はないから、好きにつけていいわよ」
「やれやれ。
本人がつけなくて、偽物がつけてどうする?」
半眼でつぶやくと、ミーディは、面白そうに。
「そうね。でもいいわ。興味ないから」
「あとで著作権どうこうは聞かないからな」
「わかってるわよ。――それで、どうしてそっちの扉を選んだのか教えてくれる?」
彼女が目で指す先には、真っ二つになった左のドア――力のドアだ。
「言っただろ?
俺は力が欲しい。
魔法が欲しいとは一言も言っていない」
「ふぅん。でも魔法があった方が便利じゃない?」
「いや、魔法はこの扉でも使えるだろ?」
ウィナはにやりと笑い、
「力というのは抽象的な言葉すぎる。魔法の力、剣の力、肉体の力、頭の力……。どれに該当するのかわからない。
それに比べて魔法は抽象的なようで具体的だ。確かに全ての魔法が使えるかもしれない。
だが、どんなに力を欲しようともそれは魔法以外に派生することはない。魔法ではどうにもできない状況に陥った時、
手段を失うことに等しい。
俺が欲しいのは理不尽をねじふせる力。
それができさえすれば、どんな力でもいいんだ。だから魔法も一つの手段でしかない」
「過度な即物主義は、身を滅ぼすわよ?」
「それならそのとき反省すればいい」
あっさりと言い放つウィナに、ミーディは肩をすくめた。
「我ながら面白い娘に力を与えたものね」
「そうか?普通だろ」
「貴女が普通なら、この世界の大部分の人は常識外れになるわね」
呆れたように言うミーディ。
「後は進めばいいんだな?」
「そう。そのドアを通り抜けたら貴女の魂に新たな力が刻まれるわ」
「そうか」
ウィナはドアの方へ足を向ける。
ふと、気になったことがあり彼女は背を向けたままでミーディに問いた。
「……本体のことはわからないのか?」
「ええ、本体とわたしとの接続は完全に切れてしまっているわ。
だから今、本体が何を考え、どんな行動をするのかもうわたしにはわからない」
その言葉に嘘はないように思えた。
「そうか。
まあ、それで良かったのかもしれないな」
「そうね。
たぶんそうかもしれないわね」
彼女の同意を聞き、ウィナは今度こそドアの先へと進んだ――
「……ウィナさん?」
「ん」
ゆっくりとまぶたをあげると目の前にグローリアの表情があった。
周囲を見回すと、先ほどと全く変わらない現状なのが理解できた。
「どれくらい時間たった?」
「数分くらいですよー」
「そうか」
頭の中に、自分の知らない技術や知識があることに気づく。
これが扉を開けた際に得た力か。
「まずは――」
刀を具現化する。
ウィナはしっかりと柄と鞘を掴み、刀を一息に抜いた。
空中に紅い錆が雪のように舞う。
だが、これは正確に言えば錆ではない。
刀の本当の力を封印するために覆った素材。
誰もが突然の光景に目をやる中、ウィナは刀の先を束縛しているモノに当てるとあっさりと分断する。
大して力も入れていないにこの威力。
この切れ味なら鎧をまとった人間であろうとも唐竹割などといった芸当が可能だろう。
その切れ味に満足し、ウィナは仲間の束縛具を分断していった。
「すさまじい威力だな。それ」
「使い方を誤ると、悲劇しか生まれないが、さて」
各々身体の調子を見ながら、周囲に警戒を走らせる。
この辺りは、さすがのグローリアも実践していた。
「それでこの後、どうするんですか?一応わたし達の魔力は現在進行形で吸い取られていますよー」
「ガイラル。
この魔方陣を破壊したいんだが、力の収束点はどこらへんにある?」
「……おそらく、村の外だ。
以前、ジルダが保全のために何人かの魔法使いを連れて外へ行ったことがある」
「村の外ね……」
腕を組み、考える。
「短時間ならこの結界を無効化することはできる。
その間に結界の起点を破壊できれば、自由に力を使える」
ウィナの言葉に全員がうなずく。
「ウィナ様。おそらく外だけではないはずです」
「わかってる。
外と屋敷の多重結界だ。ここでの吸収が遅いのはより純度の高いものを吸収するためだろう」
「だろうなー。
外は対敵用の魔力強奪結界。範囲内に入った侵入者の魔力を急速に奪い取り身動きを封じる。
魔力は生命力に他ならない。急激な消費に身体がついていかず貧血、けいれん、めまいなどの症状が現れる――というところだろう」
「おっさんの言う通りだ。
そして屋敷の中は、幾つものフィルターを掛け魔力を濾していく。そのためゆっくりと魔力を吸収する魔方陣が張られているというところかな」
「……だとすると、パーティをわけることになるんですか?」
口元に軽く握った手をもってきて、上目遣いで聞いてくるグローリア。
普通に男がくらっとくるような仕草を常備しているところから彼女の潜在能力の高さが伺える。
(って、アホなことを考えている余裕はないな)
「そうだな。
分かれてそれぞれ結界の起点破壊に移るのがベストだろう」
「じゃあ、どうやって分けますかー?」
リティがいつのまにか槍を片手に言う。
「……おっさんとテリア、グローリア――あとリティは外の結界を頼む」
「ええっ!?ウィナさん1人ですか!?」
驚いた顔をしたのは、グローリアだけだった。
それに本人も気づいたのか、きょろきょろと仲間達を見て、
「み、みなさんは驚かないんですか?」
「わたしはウィナ様のご指示に従うつもりですから」
とテリア。
「うーん、わたしも現状それが一番いいと思うかなー」
とリティ。
「最悪、俺達は逃げて援軍を派遣すればいいっていうことだろう?」
「ああ、そういうことだ。
うまくいくという保証はないからな。
これだけ今まで秘密にやってきた連中だ。奥の手の一つや二つもっているだろうし」
「で、でもウィナさんだけじゃ……」
まだ心配そうな彼女に、ウィナは軽く近づき抱きしめる。
ふんわりとグローリアの髪のいいにおいが鼻孔をくすぐった。
「う、ウィナさんっ!?」
「大丈夫。
こんなところでのたれ死にするわけにはいかないんでね。
全てきっちり終わらせておみやげでももって会いに行くよ」
「じゃあ、わたしはじゃがバターで」
「北海道でも行ってこい」
最後までバカなことを言っていたリティを無視し、ウィナ達は動き始めることにした。