第16話 初対面は突然に
正騎士団【蒼の大鷹】団長アルバ・トイックに会いに騎士団の詰め所によると中から談笑がこぼれていた。
「?誰か先にいるのか?」
「みたいですねー。
隊長も意外に顔が広いですから、お客さんかも知れないです」
「いかがいたしましょうか?ウィナ様」
「こういう場合は、待った方がいいだろ。リティ。休憩所とかこの辺にないのか?」
頭にゲンコツをあてながら、うーんとうなるリティ。
「ないこともないんですけど……ただこの時間帯は割とこんでいるかもしれないですよ?」
つまり、他の騎士とも顔を合わせるけどいいのか?
そう暗に言ってくる彼女。
ウィナは後ろ手で頭をかきながら、
「あー、男の時ならあまり悩まなかったんだけどなー。この姿だといろいろめんどくさいことが起きそうだし」
「ですね。
ウィナさんには前科がありますし」
「では、わたし達使用人が使っている場所がありますが、そちらはいかがですか?」
「……そっちはそっちで女性だろ?」
片眉だけを器用に寄せた表情で、テリアに聞く。
「はい。そうですけど……」
「悪いが、俺はこれでもまだ男性の心が残っているんで、あまり女性っけの多いところだとかえって緊張するんだ」
「「「……」」」
「……って、なんだ、その「嘘……!?」みたいな顔は」
リティ、テリア、そして事情を歩きがてらに話したグローリア他2人は、おのおの驚いた表情を浮かべていた。
「だって、ウィナさん。
もうすでにわたし達と一緒に寝たりしているじゃないですか?」
「ええっ!?そ、そんな関係なんですかっ!?」
と、鼻を押さえるグローリア。
一体何を考えたのだろうか。
「いや、リティにはそもそも女を感じないし」
「ぐさっ」
「テリアはどっちかというと……お姉さんっていう感じだしな」
「ぐさっ」
……何故か女性2人は、その場に崩れ落ちた。
「あれ、何かマズいこと言ったか?」
「ええ、言いましたよ……。ウィナさーん。実に致命的なことを」
ふふふふと不気味な笑い声を上げながら、幽鬼のように起き上がるリティ。
「わたしを年上だと思っていたなんて思いませんでした……まだ15なのに」
両足を抱え込んで、地面にのの字を書くテリア。
テリアが15歳なのは想定外に驚いた。
もっと上かと思っていた。
そんなやりとりをしていると、きぃっと木製のドアが開く音が。
「ん?」
詰め所から出てきたのは、女性。
長い艶のある黒髪に、意志の強さを伺える双眸。
動きやすいようにチャイナ服に似たスリットの入ったワンピースを身に纏い、
颯爽とこっちに向かって歩いてくる。
「ふぅん。貴女が……ね」
横切る一瞬、自分にだけ聞こえるようにつぶやく女性。
女性は人混みの中へと消えていった。
「――ミーディ・エイムワードか」
「ですね」
「って、様が抜けていますよっ!ウィナさんっ!?」
グローリアがあわあわ言ってくる。
「"本人"との初対面。どうでしたか?ウィナさん」
「……ありゃ、バケモノだな。
正直、勝てる気がしない」
刹那にわたる短いさなかで、交差したウィナの目には、彼女が花を摘むようにあっさりと自分の命を奪い取るイメージがした。
「さすが、人から神の位に上がれるだけの猛者だな」
「その猛者の加護を初めて受けたおまえさんも、神の位に昇格できる可能性があるんだけどなぁ」
「おっさん」
いつのまにかよっとこっちに手を振るアルバの姿があった。
「ま、そんなところに突っ立ってないで、こっちに来てくれ」
6畳くらいの広さの部屋に通され、ウィナ達は簡素な椅子に腰をかけた。
「懐かしいな、ここ」
「まあ、おまえさんが昨日連れてこられたところだからな」
「粗茶ですがどうぞ」
同じ騎士団員だろう、顔の整った女性が飲み物をテーブルの上に置き、退出していく。
「隊長-。
副団長にお茶くみさせてるんですか?」
半眼でリティが非難の色をにじませる。
「んあ?別に無理矢理じゃない。彼女がやらせてくれって言っているからやってもらっているんだ。そこんとこよろしく」
「それで毒入りだなんて話になりませんよ」
「ふえっ!?」
目を白黒させるのはグローリア。
すでに彼女はお茶を飲んでいた。半分ほど。
「え、ええっ!?ど、毒っ!?」
慌て出すグローリアに、リティはためらうことなく彼女の飲んでいたお茶に口をつけ、
「あ、グロさんのは大丈夫ですよ」
「……いろいろツッコミたいんだが、とりあえずここの騎士団、大丈夫なのか?」
「とりあえず、今のところうまく言っているぞ。
毒入りなのはリティだけだから、安心してくれ」
「そうですよ~。みなさんのは大丈夫ですよ」
リティとアルバを除く全員が沈黙したのは言うまでもない。
「……まあ、それはとりあえず置いておくとして仕事を手伝ってくれって、何の仕事だ?」
「あー、それか。
別に対した仕事じゃないんだが……なにせん人員が欲しくなぁ」
後頭部をかきながら、アルバは苦笑いを浮かべた。
「?ここにいる騎士団だけじゃあ、足りないのか?」
「いや、ここにいる騎士団なら必要十分だ」
「なら――」
ウィナの言葉をさえぎり、アルバは続けた。
「確かにここにいる騎士団を使えればいいんだが、副団長を含めたメンツは別の仕事をこなしてもらう予定だ。というか、もうやってもらっている」
「……なんだ?つまり、残っているのはおっさんだけなのか?」
腕を組み、ウィナは尋ねた。
「ああ、そういうことになるな。
急な予定が入って、バッティングしちまったんだ。読みが外れてな」
「なるほどね。
――で、仕事の内容は?」
ずずっとお茶を一口含み、アルバは、
「魔物退治だよ」
そう言った。
「魔物って、当然外の話だよな?」
「ああ、シルヴァニア王国から帝国への交易路で商隊が割と頻繁に襲われているみたいでな」
「……初耳です」
グローリアの言葉に、アルバはほぅと目を光らせる。
「いや、気づかなかったがお嬢さんはエルフか?」
「あ、はい。
申し遅れました。準騎士団員のグローリア・ハウンティーゼです。
本日づけで、ええっとこちらの騎士団にお世話になることになりました。
正騎士団【蒼の大鷹】のアルバ・トイック様のご活躍は寮や準騎士団の仲間でも評判で、お会いできて光栄ですっ」
ぴしっと敬礼するグローリア。
さすがに準騎士団員。ちゃんと様になっている。
「いやぁ、こういう可愛いお嬢ちゃんに光栄なんて言われると、この仕事やっていてよかったなーって思うな」
「こういうときは黙っていた方がいいんじゃないのか?おっさん」
呆れた口調で言うウィナに、リティは、
「隊長は正直な人ですから」
「正直か……?」
「アルバ様。
お仕事内容の方ですが――」
と脱線しそうな話を軌道修正するのは、テリア。
「そうだ、そうだ。
――魔物退治だったな。
出発は明朝。メンバーは俺と、おまえさん達。細かな書類とかはこっちの方でやっておくから、おまえさん達は戦闘準備をしてこっちに来てくれるだけでいい」
「魔物の種類や、襲われた時の細かな情報は?」
「あー悪い。
その辺の情報収集は無理」
「?――生存者がいない……そういうことか?」
自然に目が鋭くなるウィナに、アルバも真剣な面持ちで。
「いやいる。
何人か生きているのはいるが……」
そこで肩をすくめる。
「よっぽど怖い目にあったらしく、そのときのことを誰も覚えていないのさ」
「魔法……?」
「考えられないことはないですね。ウィナ様」
テリアは主の考えに同意を示す。
「けど、忘却系の魔法を使える魔物がいるなんて……」
「いや、記憶操作系だろう」
ウィナは断言する。
「ほう。どういうことだ?」
「冗談は顔だけにしてくれよ。おっさん。
わかっていただろ?これは、明らかに魔物の犯行じゃない――手持ちの情報だけでそういう推測もできる。なら、
もっと情報をもっているおっさん達は確信しているんじゃないのか?」
「やれやれ、相当頭が切れるね。おまえさん。
ミーディ女王陛下が興味を持つのもわかる」
「加護持ちだからだろ?本人の」
「いや、どうにもそれだけじゃないみたいだが……」
あごを掴みながらアルバは、首を振った。
「今はどうでもいい話だな。
そこまで予想がついているなら話は早い。
商隊には当然、護衛がついている。冒険者や、場合によっては騎士団。しかし、今まで襲われた中で護衛の人間が生き残ったことはない」
ひゅぅと口笛を吹くウィナ。
「それは、ずいぶん面白い話だな。ついでにそいつらは荷もほとんどもっていかなかったんじゃないのか?」
「まさにその通りだ」
両手を挙げるアルバ。
え?え?と不思議そうに2人のやりとりを見ているグローリア。
「つまり、襲撃者が欲しかったのは護衛とされるほど強い人間――ということですね」
「え、そんなんですか……?で、でも生き残ったことはないっていうことは、死体は」
「当然ない。もしくは何かおかしなところがある――だろ?」
「説明が楽でいいねえ。おまえさんの言う通りだ。連れ去れるものもいるが、大半は魔力が空になっている状態で発見される」
「魔力の枯渇、つまりそれは生命力の枯渇にならない」
「普通に魔法を使っていても魔力がゼロになることはないですからねー」
「やっかいな話をもってきたもんだ」
頭を掻きながらぼやくウィナ。
「ちなみに拒否権は?」
「残念だが、この国の兵士になったからには拒否権なんて存在しないんだな、これが」
「狸親父め。」
「残念だけど、俺はまだ未婚でね。
おまえさんのような美人さんとなら結婚してもいいと思っているが」
「それこそ、冗談は顔だけにしておけよ、おっさん。」
それだけ言って、ウィナは立ち上がる。
「もう行くのか?」
「ああ。だいたいのことはわかった。後は作戦でも練っておく。……それともまだ何かあるのか?」
「いや、ない。
明朝。西門で待っていてくれ」
「わかった。テリア、グローリア、……それとリティいくぞ」
「って、なんで付け足したようにいうですか?ウィナさーん」
ぶつぶつ文句を言うリティを無視して、ドアの方へ向かう。
ドアノブに手をかけ、ふと。
「――なあ、どこまでが筋書きどおりなんだ?」
「さて、俺にはさっぱりだな」
肩をすくめるアルバに、ウィナは息をはくと今度こそ部屋から出て行った。
1人部屋に残されたアルバ・トイックは、
「やれやれ……。
どうにも鋭い人間だなーあの嬢ちゃんは。女王陛下のことを何も聞いて来なかったのも想像通りだったからかね」
ため息をつくと、書類仕事に手をかけ始めた。
「しかし、まあ本当にどこまで"筋書き"どおりなんだかな」
"彼女ら"に逆らうことは、即、死を意味する。
全ては舞台が整ってから。
そうでなければ――
「……また失うことだけは避けたいねぇ……ホントに」
ぼやく後ろ姿は、年齢以上に歳をとって見えた。