第13話 ある意味オーパーツ
ある意味オーパーツ
「で、俺はこれからどうしたらいいんだ?」
朝食も終えて、早速本題に取りかかろうとリティに聞いた。
「えっと、新たな騎士団の設立ですね」
ごそごそっとショルダーバッグから辞典のような本を取り出した。
「なんだ、そのでっかいの」
「これですか?ノートですよ。」
「ノートにしては大きいんだが……。それにこの国じゃあ紙の生成もやっているのか?」
地球にいた頃は、紙なんて身近なシロモノだったが、こっちの世界に来てから紙は非常に高価であった。
なぜなら原料の木そのものに、こちらでは精霊や神といった人外な生物が管理しているため、無断の伐採はできない。
無断に伐採などしようとしたならば、彼らの強力無比な攻撃がもれなくついてくるという、大変ありがたい話だ。
そういうわけでこの大陸では紙は、貴族個人もしくは研究機関でしか扱われていない。
民衆はといえば、石版に文字を彫って使っているというのが現状だ。
「やっている部署もありますけど……ちなみにこれは紙じゃないですよ」
リティは、ほいっとウィナに手渡す。
ウィナは物珍しげに視線を這わせながら、ぺたぺたと触ってみる。
見た目は確かに辞典。
だが、全く開けない。
外側から見えるページを手で触って見ると、でこぼこが全くない。
つまり、これは辞典のように見せているだけのニセモノということだ。
(はて?どうやって使うんだ、これ?)
不思議に思いながら、リティに手渡す。
彼女は、本の表紙に当たる部分をさっと手でなで、唇を動かす。
「【解錠】(アンロック)」
すると薄い青い光が、辞典の数センチ上に具現して長方形に形をとる。
よく見るとその長方形にはさまざまなサイズの四辺形が規則正しく配列されていた。
ウィナの頭に、見覚えるのあるものが思い浮かんだ。
しかし、
あまりにも突拍子もないものだったので、かぶりふって彼女の様子を眺めていると――
「【画面展開】(ウィンドウ)」
今度は自分とリティの目の前に大人が両手を広げたくらい横幅と縦幅をもつ四辺形へと光が姿を変えた。
「ええっと、確か騎士団規則のファイルは……」
「まてまてまてまてっ!!!!!」
もう理性の限界だった。
ウィナは、整った表情に大きく驚愕を浮かばせてリティの肩を掴んだ。
「な、なんですか?ウィナさん」
「これは何だ?」
言って辞典を指す。
「これですか?国のある程度要職についた人に贈られる【辞典】(エンサイクロペディア)ですよ」
「いや、さもなんともないようなことを言うなっ。おかしいから」
「おかしいって……どこがですか?」
何がおかしいのか全くわかっていないリティ。
ウィナは、もう一度彼女の手元にある長方形の光と、横に広がっている四辺形の光を見る。
今、その四辺形の光には彼女と騎士団の仲間であろう女性がピースをしている"壁紙"があり、そして様々な形をした"アイコン"が整列していた。
(気のせいでもなんでもないっ。これパソコンだろっ!?)
心の中で絶叫する。
確かにこの世界に来て、5年。
魔法があることに驚き、
神や精霊が実在していることにびっくりした。
だがそれ以外は、歴史の授業で習ったような中世ヨーロッパといった様相の生活をしていたため、もうPCやらテレビやらに触れることはないだろうと思っていた。
なのに、今目の前に広がっている状況は一体、なんだというのか。
額から汗を流し、立ち尽くしているウィナとは裏腹にリティはようやくお目当てのものが見つかったのか、「実行」と
聞き慣れた言葉を口にしていた。
「この世に神はいないのかっ!!」
「何いってるんですかー。神様は普通にいるじゃないですか、種族として」
「……気にするな。便宜上の神様だ。」
「そうですか?
とりあえず規則の方ですけど」
全くこちらの様子を気にせず、リティは話を続けた。
(この国は絶対おかしいっ)
とりあえず、今の状況が落ち着いたらこの国について調べようと、心の底で誓った。
「まずは、人数で5人必要みたいですね」
「5人か……。誰でもいいのか?貴族じゃないとダメだとか、」
「いえ、そういうのはないみたいです。
以前に重度の犯罪歴がある人じゃなければ構わないみたいですねー」
「なるほど……。それはやっぱり人間を選ばないといけないのか?この大陸は、いろいろな種族がいるだろ?」
「そうですね。
特に種族による規正はないみたいですから、問題はないと思いますよ。誰か心当たりがあるんですか?」
「いや、いっそのこと召喚とかで人数を集められないかと思ってな。捜すのもめんどくさいし」
「召喚術ですか?でも、この国じゃ、召喚術を働かせなくする【結界】が張られていますから、召喚術は使えないですよー」
「禁止だけじゃなくて、物理的に使えないのか?」
「はい。そうですよー。
そもそもこういうダメだっていう法律を破ろうとする人が必ず出てくるんですよ。
破ることに命をかけているちょっと迷惑な人とかにとっては、
いくら禁止にしたり、罰則もうけたりしても関係ないんですよー。むしろ障害がある方が燃える!みたいな。
アレですねー。遠距離恋愛は燃えるとかそういう感じですかねー
「いや、それ違うだろ」――とまあ、そういうことなので物理的に一切使えなくした方が、警備にかかるお金とかもうくんじゃないのか?っていう話が持ち上がり、
【盲目の巫女】ヘラ・エイムワード様が【結界】を張ったらしいですよ。
制御された召喚術なら問題ないんですが、素人でも道具と根性があれば簡単に使えてしまう儀式魔法――召喚術ですから、
暴走起こされてもたまったものじゃないし、おおむねほとんどの方は賛成していましたね。」
「なるほど……」
確かに召喚術の暴走は、魔法の失敗よりもタチが悪い。
国を守るという意味ではその措置はいいのだろうが――。
腕を組んで考えている間も、リティの話は続く。
「許可を取れればできるんですが、身元をきっちり示すものがないと難しいですし、許可が降りるまで一ヶ月ほどかかりますから、今回はムリですよ」
「まあ、それほど真剣な案でもなかったからいいさ。で、団員の確保だが、リティ。あてはないのか?
ほら、くさっても副団長だったんだろ、確か」
「くさってないですよっ!?
普通にちゃんと副団長していましたよっ。
――それで、団員ですか?
……うーん。知り合いはほとんど騎士団で働いているから……難しいですねー。
規則でも二つの騎士団の掛け持ちは禁止されてますし」
「俺の方も、根無し草な感じであちこち回っていたからなー。一時の知り合いならいるが連絡先はわからないし、どこにいるかもわからないしな」
二人そろって腕組みしながら、考える。
「テリアさんはどうなんですか?」
ちょうとこちらにやってきた彼女にリティは声をかけた。
「わたしですか?
わたしの方は、同じ使用人仲間しかいませんが……」
「そうだよな。――まてよ。……なあ、リティ。騎士団だからといって必ずしも荒事に向いていないとダメとかはないか?」
「【蒼の大鷹】の時は、少なくても自分の身を守れるくらいはみんなできていましたよ」
「ということは、最低限、自分の身を守れれば問題ないなら別に使用人でも構わないんじゃないか?」
「……まあ、そうといえばそうですけど……」
難しい顔で、ちらりとテリアの顔を見るリティ。
目を向けられた彼女も、ちょっと眉根を下げながら、
「それでも難しいと思います。ウィナ様。
使用人であるわたし達には、当然使用人の主が存在しています。
ですので騎士団に入団させるならその主から許可を取っていただかないと使用人の意志だけでは不可能です」
「そっか。これもダメ、か……」
椅子の背もたれに寄りかかり、両手を後頭部へもっていく。
「何かいい方法はないかね」
と3人して困っていると、
屋敷内にベル音が響いた。
「なんだ?」
「お客様のようです。エル」
魔方陣から勢いよく現れた緑色の髪と目をもつ少女が現れる。
「あいよ-。なにテリア?」
「お客様がいらっしゃったんですけど、どちらさまなのか確認をしていただけませんか?」
「それくらいなら、2秒でできるよー。ほれ」
言って、エルはまだ展開されていたリティのパソコン?の大きな画面に指を向ける。
とそこには見知った顔の男が写っていた。
「あれ、隊長ですね」
「あー、あのおっさんか」
「お二人のお知り合いですか?
こちらにお連れしても構いませんか?」
「問題ないな。もし変なことをしたら、やるだけだし」
「では、お呼びいたしますね」
テリアは、すっと流れるような動作で、ホールの方へ向かった。
「どうだ、調子の方は?」
「隊長-。人材こっちに流してくださいよ~」
「……うまくいってないみたいだな」
「ああ、思ったよりも人を集めるのが難しいな」
ふむとアルバは、腕を組み。
「準騎士団の方は当たったのか?」
「準騎士団?」
「ウィナ様。
準騎士団とは、騎士団に上がる前に自身の適正や基礎能力を向上させるために活動されている集団でございます」
「そういうものがあるのか……。
そこから引き抜いてもいいのか?」
「ああ、別に傭兵業や冒険者の仲間になれとは言ってないしな。一応同じ国の騎士団の一員だから問題ないだろ。
って、リティ。おまえさん教えていなかったのか?」
「……でも隊長。
準騎士団は、実戦経験のない人ばっかりですよー。
もともと騎士になる前に勉強するところですし。
ウィナさんみたいな実戦イコール刃物で斬り合うこととか思っているこの騎士団じゃあ、すぐやめていっちゃいますよー」
「リティ、あとで裏口な」
「おまえさんがそれをいうか。リティ……」
ウィナの殺気のこもった視線と、呆れた顔のアルバの視線を受け流し、リティは続けた。
「それに選択する権利は向こうにあります。名も知られていないこの騎士団に入ろうなんて酔狂な人がいるとは思えないですよー」
「まあ、そういうヤツもいるがな。ふむ、うまい茶だ。」
「ありがとうございます。アルバ様」
アルバは、水を飲むようにごくごくと紅茶を飲み干すと、
「まあ、このままいても手はないんだろ?なら、動いてみるのもいいんじゃないのか?」
ウィナの目をまっすぐ見つめるアルバ。
「……だな。
いってみるか。ありがと、おっさん」
「おっさん、か。可愛い子に言われるのはいいねえー」
「……おっさん。俺、元男だぞ」
「男っていうのは、見た目が女なら割とどうでもいいんだよ、そのへんはな」
「そういうものかね」
ウィナは肩をすくめてみせた。