第12話 朝の出来事
朝の出来事
ウィナ・ルーシュの朝は早い。
太陽が顔を出し始めた1時間後、いつものようにむっくりと上半身を起こそうとする。
――が。
(動けない?)
金縛りか?とも思ったが、そもそも自分の視界にはなんだか白く柔らかいものがある。
(……女性になってから、朝の思考能力が落ちた気がする)
低血圧なのか、ぼおーとする頭をなんとか働かせてみる。
(確か、昨日は……人生最悪の日を更新したんだっけか……。それからリティが来て――来て、そうだ)
家がないとかで住まわせることになったことに思い至る。
「……そうか。じゃあこれは」
ゆっくりと手を伸ばし、目の前の物体を押しのける。
ぷにゅっとした感触が心地いいが、残念ながら反応するモノはすでにない。
束縛から逃れてみると、やっぱり目の前にいたのはリティだった。
しかもにへへとだらしなく笑っているところが、不気味である。
反対側を見ると、すーすーと寝息をたててちゃんと布団の中に入っているテリアがいた。
「寝相も悪いとは……想像どおりすぎだな」
ため息をつくと、静かにベッドから降り――
「ウィナ様」
ドアノブに手をかけようとすると、テリアがこっちを見ていた。
「ただの運動だから、まだ寝てていいぞ」
「そういうわけにはいきません。
本来であれば、主より先に起きて仕事を始めていなければいけないものですのに……」
「そこまで気負わなくても構わないんだが……、まあ軽い運動だけだから1時間もしたら戻ってくる」
その言葉に、テリアは、ベッドから降りると姿勢よく一礼した。
もっともその姿は、可愛い動物模様のパジャマだったりするが。
「かしこまりました。
ウィナ様がお戻りになられるころに、朝食の準備をしておきます」
「ありがとう。助かる」
「いえ、これはわたしの仕事ですから――それで、"彼女"はどういたしましょうか?」
「テリアの好きにしてくれ。
煮るなり焼くなりな」
にやりとウィナが笑うと、テリアもにこりと微笑み「了解しました」
といい笑顔で答えた。
一体、どういう意味で了解したのかは館の外に出た瞬間、女性の悲鳴が聞こえてきたことで理解した。
あわれリティ。
男性であった頃、朝早く起きて簡単なジョギングや、剣術の型の見直しなど簡単な訓練をしていた。
それは女性になった今日も変わらない。
いくら身体能力や特殊な力を身につけたからといって、努力しなければあっさりと殺されてしまう。
そういう意味では残酷な世界である。
「街の偵察もかねて回ってみるか」
とりあえず中心街の方へ足を進めた――。
「ほっ、ほっ、ほっ」
軽快なリズムを生みながら、街中を走る。
起きているのは自分だけではないらしく、パン屋の工房からは焼きたてのパンのにおいが風にのって鼻孔をくすぐるし、
若い男女や、老人なども自分と同じようにジョギングや散歩をしていたりする。
ということは、見た目的には美少女である自分に声をかけてくる者もいて。
「お嬢ちゃん、若いのに感心だねえ」
とご年配の方が、声を掛けてきた。
さすがに老人に、文句を言うほど落ちぶれていないのであいまいに笑顔で切り替えす。
「いえ、ご老体もまだまだ健脚は衰えていませんな」
「ほほぅ、そうかい?まあ、これでもわしも若い頃から比べて、ずいぶん体力が落ちてねぇ」
はっはっはと大きな声で笑った。
その後、しばらく一緒に走り途中で別れた。
最後別れる時に、
「お嬢ちゃんのそのポニー大変似合っているよ、ばあさんの若い頃そっくりじゃ」
なんとも答えにくいことを言ってくれたのは、ちょっと困ったが。
「賑やかな街だな。」
見知らぬ人にも挨拶を普通にかわすし、交代業務で疲れているはずの兵士も気さくに声をかけてきたりする。
誰もが自分の生活に誇りをもっていて、新参者にも懐が深い。
間違い無く、ここの王達の政治がうまくいっている証拠だった。
「日本もこういう時代があったのかね」
皮肉にも、政治不信を持ってしまったのが以前の世界というのはどうなのだろうか。
それでも故郷への郷愁の思いがふとよぎるが、
「……とりあえず、今は帰ることは後回しにしよう」
そう思いながら、家の方へと戻り始めた。
家に戻ると、玄関前の広い庭先で熱心に棒を振るう少女がいた。
「リティ?」
「ん?あ、ウィナさん。今戻って来たんですか?」
にこにこと笑顔で迎えてくれた。
「何してるんだ?」
「なにって、訓練ですけど……」
「へえ、今日、雨でも降らなきゃいいけどな」
「それってどういう意味ですかっ!?」
「いや、ほらリティって真面目に見えないだろ」
「いや、そんな本人を目の前でいいますか?そういうこと」
「陰口よりもマシだろ」
「……絶対、ウィナさんSですね」
ぶつぶつまだ何か言っているリティに、ウィナは横目に刀を具現化して素振りを始めた。
「ウィナさんも訓練ですか?」
「ああ、昨日から身体が変わっちゃったからな。
慣れないとまずいだろ」
「そうですか?その割には、あの喫茶店で大立回りをしていたじゃないですか」
「あんなのは運だぞ、大半は。俺がこんな格好しているから、油断が大きかった。だからあそこまで簡単にやれたんだ。」
「そうですか?」
「それに、最後に戦ったアイツは勝敗的には引き分けだが、勝負だったら負けていただろう」
ウィナの言葉に、リティはいまいち納得ができていないようだった。
「ウィナ様、リティ様。朝食の準備ができました」
「あ、はーい。今行きます-」
「今行く」
今日の朝食のメニューは、何故かハンバーガーとフライドポテトだった。
「はむはむ、おいしいですねー。これって今はやりのMASバーガーの味にそっくりですよ」
「以前、そちらのレシピを偶然手に入れることができまして」
(いや、盗んだろ。風の属性を持つ精霊使って)
胸中でツッコミを入れておく。
「……っていうか、この味は」
「お口に合いませんでしたか?」
「いや、合わないじゃなくて……」
(地球にいた時の、某ファーストフードのお店にそっくりなんだが……。)
「そのMASバーガーってひょっとして……?」
何が言いたいのか理解したのか、テリアは「はい」と返事をし、
「シルヴィス様の発案です」
「またか……。一体何者なんだ?」
「何者って、シルヴァニア王国の王の1人ですよ。ウィナさん」
「いや、それはわかっているけどな。
ほら、独創的な発想が多い人みたいだから、どういう人物か不思議に思ったんだ」
ウィナが言ったことに同意ができたのか、リティは「ああ、なるほどそうですねー」とうなずき、
「シルヴィス様は、王の1人と言っても政とか国の方針とかにあまり参加していないそうですよ。実質、ミーディ様や、ヘラ様が実際の政治を行っているらしいです」
「それは……珍しいな」
「まあ、珍しいと思いますね。そもそも国の最高権力者が3人もいるっていうことが異常と言えば異常だと思いますし」
「リティでもそう思うのか?」
国家公務員に当たる騎士団の副団長の言葉は、ウィナには意外だった。
「当然です。
といいますか、実際その辺についておかしいと思っているのは大半の騎士達も思っていますよ。この国の騎士は元々異民族が多くて」
「異民族が多い?
……そうか、シルヴァニアは確か、若い国だったな」
テリアに目を向けると、彼女は説明を続けた。
「はい。シルヴァニア王国が建国されたのは、今から10年前。
何もない荒れ地だったここにわずか5年で周囲の大国並みに強大な国家を作ったのが、今の3賢王です」
(10年前か……。
俺がこの世界に来たのは、確か5年前だったな)
あの当時は、まだシルヴァニアは有名な国ではなかった。
そもそも今でもそうだが、大国はシルヴァニアを入れて4ヶ国あるが、小国は無数に乱立して存在している。
シルヴァニアも最初は小国程度でしかなかった。
「じゃあ、もともとこの国の住人というのはいなかったのか」
「そうですねー。
歴史学者達の話によりますと、この国が建国される前は遺跡があったらしいですよ」
「遺跡?重要なものだったのか?」
その問いに、リティは大きく首を振る。
「いいえ、重要なものではなかったとされています」
(何か、掴んでいるな)
直感的にそう思った。
「じゃあ、重要ではないらしい遺跡を壊して、新しい国を作ったということか?」
「そういうことになりますね」
ウィナと、リティの目線が一瞬絡み合い、そして互いに笑みを浮かべる。
「面白い話だな」
「それは何よりです」
2人は、同時にコーヒーをすすった。