第11話 リティ・A・シルヴァンスタインの憂鬱
リティ・A・シルヴァンスタインの憂鬱
リティ・A・シルヴァンスタインがウィナ・ルーシュの家へ行く数時間前のこと。
騎士達の宿舎の一室にて、紅い髪のポニテの女性が着替えている時だった。
こんこんと自室のドアをノックする音。
確かドア(廊下側)には"着替え中につき入室時にはノックするように。じゃないと殺しちゃうぞ♪"
と張り紙を張っていたのを思い出す。
騎士の宿舎で殺しちゃうぞ♪なんてどうかと思うが、残念なことにこの宿舎は男の騎士が9割近く入っていて、
女の騎士は1割しかいない。
そのためかはわからないが、間違えたゼ(キラン)と明らかにわざと間違えたフリをし、女騎士の部屋をのぞき見ようとする輩が多数続出したため、
こういう警告文を提示し、それを破るような者は制裁を加えてもいいという規則になっている。
ちなみにこの規則を女王陛下に申し出て、
実現にしたものは一番の被害者である正騎士団第1位の騎士団長(もちろん女性である)であったりする。
彼女は同性でもうらやむを通り越してかわいい生き物であり、いじられ系という特殊な能力を持っているため、かなり尋常な被害を被っていた。
実際に、のぞきをやったものは生死の境をさまようぐらいのダメージを与えているにも関わらずそれでも押しよってくるため、統括騎士団長に泣きつき、
統括騎士団長は女王に申し出たとのことだ。
しかし、ようやくできた規則だがそれでも破る人間はいる。
そういう人間に対して、統括騎士団長と【闘神】ミーディ・エイムワード女王じきじきのOHANASHI!をすることになっている。
非常に丁寧なOHANASHIらしく、それを聞いた者達はそろいにそろって真っ白に燃え尽きたそうだ。
それからというもの破る人間は激減し、宿舎に平和が戻ったのだった。
そんな経緯からのぞきという線はないかなと思っていたリティであったが、
かといってこの時間帯にやってくる来訪者に心当たりはいなかった。
そして返事を返すのを遅れていると、あっさりとドアがあっさりと開かれ、見知った男性が入ってきた。
自然とリティの瞳が半眼になる。
「隊長。ノックしてすぐ入ってくるのやめてくださいよー」
やってきたのは正騎士団【蒼の大鷹】団長アルバ・トイック。
彼女曰く、やさぐれ中年。
一応彼女の元上司である。
アルバは、リティを下から上までさっと見ると、
「ああー着替え中だったか」
ずいぶんとすっとぼけたことを言った。
これが自分と同じくらいの年齢の男性や、下心丸出しの男性の言った言葉ならリティの槍が閃くところだが――
むすっとした顔でリティは、
「そうですよ」
返事を返した。
腹正しいことにこのアルバ・トイックという男は、こちらに全く興味を示さない。
確か元妻帯者であったか。
それゆえの余裕かは知らないが、【蒼の大鷹】でも女性騎士は数を数えるしかいないのに扱い方が雑なのだ。
年頃の女性を扱うというよりは、子供をあやしているような感じというのか。
同様に感じている女性騎士は他にもいて、セクハラされるのはムカつくが、あそこまで無視されるのも女性としての矜持を傷つけられる。
とたびたび話題になっていたりする。
ちなみに今の彼女の格好は、下着オンリーという大変すばらしい状態である。
にもかかわらず、彼はリティの姿を置物くらいしか関心がなく、見向きもせずに近くにあった椅子を引き寄せ座った。
こっちはこれから引っ越しの荷造りに、新たな副団長への引き継ぎと、イベントが盛りだくさん。
さっさと私服に着替え、準備しなければと思っているのにと。
自身を今の状況に追いやった元凶に少なからず、殺意が湧く。
当然、自身を置物のようにしか見ない余裕もムカつく。
と思っていても口に出さない子が、彼女――リティ・A・シルヴァンスタイン。
アルバが何かを話しかけてくるまで基本無視する方向で、リティはさっさとスカートを吐き、黒のニーソックスを装着する。
しゃきん。
効果音があったらこんな感じ。
「なあ、リティ。いつも思うんだが暑くないのか?」
「女の子は夏でも冷えるんですよ」
「そーゆうものかね。
…………リティ」
急に隊長の声が真剣味を帯びる。
彼女は、いつものことのようにひょうひょうと流すフリをしながら上着を着ていく。
「どうやら近々、何かが起こるかもしれん」
「……彼女のことですか?」
「ああ、やっこさん。今までもおかしかったが今回は輪にかけておかしいらしい。城の方でも警備が一段と緩くなっているとの話だ」
厳しくなったわけではなく、緩くなった。
現在、戦争はしていなくとも他国とのいざこざはある中、警備上考えられないことである。
上着に袖を通し、どこまで警備が緩くなっているのか、アルバに尋ねるリティ。
「――王室近衛兵団は?」
「今のところ通常通り王族の警備や、重要箇所の見回りをやっているみたいだが、その他の兵隊や使用人はヒマを出されたりしている」
「期日はどうなんですか?」
「だいたい、4ヶ月から5ヶ月だな。新年をはさんでの大型休日だ。みんな喜んでるようだな」
「……動くのは年の変わり目ですねー。やだなぁ、年末に女性騎士達と何人かで温泉に行く予定だったのに」
「そんな予定があったのか?諦める方がいいだろーな。
で、話は戻るがサックとルブランとも話あったが概ねそうじゃないかってところで意見がまとまっている。」
サックとルブラン。
騎士団の仲間ではなく、別組織において共に働いている者の名前である。
自分よりも長く組織にいる古株の一角であり、彼らの推察は信頼できるに足るものであることをリティは知っていた。
そういえば――。
脳裏に浮かぶ組織の古株中の古株。
№2の存在を思い起こす。
「隊長はどうしているんですか?」
隊長――もちろん目の前にいるアルバ・トイックのことではなく、リティがそう呼んでいるあだ名のようなものだ。
確か作戦名というか、二つ名はすごそうな名前だった覚えがある。
アルバもリティが誰のことを言っているか見当がついたのか頭を掻きながら、
「あいつはいつも通り、定食屋で飯作っているみたいだぞ」
平然とそんなことを言ってのけた。
ここに第三者がいたなら、これは何かの暗号なのかもしれないと疑うかもしれない。
どこの世界の組織で№2の地位にあるにも関わらず、何故定食屋でご飯を作っている輩がいるのか、と。
リティはもちろんアルバの言っていることが嘘でもなく、本当に真実であるとわかっているため、うなずきながら、
「隊長らしいですねー」
他人事のようにつぶやいた。
リティ達の所属する組織でそれは普通のことなのだ。
そもそも彼らが所属する組織の長、【盟主】のお願いによってこの組織は作られ運営されている。
ほとんどの指示は直接【盟主】から下される。
大抵、本人が直接やってくるか、また使い魔のような魔法で知らせてくるかである。
一応、序列もあるが誰も彼も自分のことを第一主義というところで、好き勝手やっているのが現状だ。
しかし、【盟主】のお願いに関しては最優先に聞き、実現に向け実行する。
これが絶対の掟である。
そんな組織の中、リティとアルバはどちらかというと働き者の方に位置している。
「あいつがもっとちゃんと動いてくれれば、俺達がこうコソドロのように動かなくてもすむのになー」
苦笑いを浮かべながら、頭をかく。
「――やっぱり、ウィナさんなんですか?あの人達が待っていたのは?」
「そうだろう。じゃないとここまで早急に動くのはおかしい。
元々、裏工作とかには向かない方々だからな。」
「――ヘラ様は?」
敬称はついているものの、そこらの人間と同等の扱いで口にする。
リティの言葉にアルバはにやりと笑い、
「全てが見える人間に、策や裏工作は不要じゃないか?」
事実を言った。
リティもわかっていたのか、肩をすくめ、
「――ですね。
わたし達も手のひらの上なのですかねー?」
「まあ、たぶんな。
だからこそ、余計なことを考えずに動ける。どうせ何をやったとしてもすべて相手にはお見通しなんだ」
「ですね。
相手のことを考えない分、楽といえば楽ですし」
「ちなみに、俺がこの境地にたどり着いたのは30過ぎだ。」
「へえ、そうだったんですか」
「そういう意味じゃあ、リティ。おまえさんも十分才能があるな」
くくくと笑うアルバ。
その姿は、どこからどう見ても悪人にしか見えない。
リティは、ようやく服を着替え終わると無造作に生み出した一本の槍をアルバの後ろへ放り投げた。
「がはっ!?」
きぃぃと立て付けの悪いドアが開かれた先には、槍によって心臓を貫かれた黒服の男が壁に張り付いていた。
「乙女の柔肌を覗くなんて不貞な輩です」
「一応、俺も見ていたんじゃんないのか?」
ぽりぽりと頬をかくアルバに彼女は半眼で、
「隊長は、わたしのことを置物としか思っていないじゃないですか?」
「ま、そうだな」
「っく、ムカつきますねー。
まあわたしのことをやましい目で見ていいのは、ウィナさんだけなので、隊長もそんなことをした日には氷結地獄に落ちてもらいますけど」
「……そうか。」
大きく息をつくと、
「じゃあ、俺は戻るな。新副団長への簡単な引き継ぎは俺の方でやっておく。本格的な引き継ぎは、おまえさんの住居が決定次第よろしくな」
「あ、はいありがとうございます。住居は――このままウィナさんのところにしようかなと考えているんですよ-……隊長が、家を用意してくれないので」
「それは悪かった。
こっちも予想外でな。まあ今度おごるから今日のところは勘弁してくれ」
「わかりました。……あ、なら今先にある程度もらっても構わないですよね?」
そう言ってリティは、すでに殺された男へと視線を向ける。
アルバは、なるほどとうなずき。
腰に差した剣を抜き、そのまま男を一刀両断した。
刹那、七色の炎が男を包み込んだ。
そして、炎が消え去ったあとには、大人の頭くらいの大きさの金の塊がごろんと床に転がっていた。
「いつ見ても、反則的ですよね」
「俺もそう思うが、な。ほれ」
投げ渡された金塊を、リティは手に持つ槍で何カ所か突く。
すると、空中で金の延べ棒くらいの大きさに分断された。
それを一つの漏れもなく収集すると、リティはにんまりと笑みを浮かべ、
「これでわたしの金庫がまた潤いますね」
「まあ、あまり使わせないでくれ。
国の経済を容易に傾けちゃうからな」
「了解ですよ、隊長」
そうして、リティとアルバの世間話は終わった。