エピローグ
一連の事件は収束した。
だが、関係者以外にはまったくもって何が起きたのか知らされることはなかった。
大半の人々は日常へと戻り、少数の者は今回の出来事などを推測し掲示板などで語りあったりしていた。
おおむね、世界は平常へと移行していく。
ただ、シルヴァニア王国では少しばかり騒動が巻き起こっていた――
「まさか、俺がこんなことをするハメになるとは……」
はあ、とため息をつき等身大を映す鏡の前に立つウィナ・ルーシュの姿があった。
その姿は戦闘衣装ではなく白とピンクでデザインされたドレスを身にまとっていた。
「いい加減、覚悟なさってはいかがですか?」
と【盲目の巫女】ヘラが呆れたようにつぶやいてくる。
あの後、彼女は儀式魔法を無事停止させそのまま倒れた。
曰く、魔法は発動させるよりも停止させる方がはるかに難しいとのことだ。
そんなこんなで2、3日寝込みその間、シルヴァニア王国はどうなったかというと意外にもどうにもならなかった。
シルヴィスも、ミーディもいないにも関わらずだ。
その理由はいたって簡単で、ミーディが統括騎士団長アリステイルにもしもの事があったらと手紙で書き残していたらしい。
彼女は、自分を見ても何も言うこともなくそのまま職務へと戻っていった。
すでに覚悟をしていたのだろうか。
そして、今彼女の隣にいる【盲目の巫女】ヘラは、シア達が戦った存在とは別の存在である。
強いていえば盲目になっていない方のヘラというべきだろうか。
【盲目の巫女】ヘラは、記憶によれば自害した後にシルヴィスらによってその骸を代償に、知識の原典への道を開かされた。
それによってその知識はシルヴィスの作り上げた人形へと注ぎ込まれ、生前の記憶を複写し創造したのがヘラ・エイムワードだ。
彼女の骸は知識の原典への贄となりこことは別の次元に隔離されている。
そしてその精神、魂も完全に消失する前であったため彼女は生命として成立する3要素を持ち、別次元へと幽閉された。
そこはこの世界とは別の法則体系が支配する場所であった。
そのため、彼女はこちらの世界で死んではいたが、その世界では生きているものとして見なされ事実、彼女は復活を果たしたそうだ。
その間、別次元の世界の法則体系やら技術体系などを習得しこっちの世界へ戻る方法を会得したが、事態はすでに彼女の手に余る状態であり、
何もかもが遅かった状態だったらしい。
ミーディのことについて一度話そうと声をかけたのだが、
「何も言わないでください。
謝罪も必要ありません。
今回のことは全てわたし達の自業自得の結果です。
むしろ謝罪するのはこちらですから」
そうヘラは言った。
「それにお姉様は、貴女の中にいるのでしょう?」
「……ああ」
ミーディとの戦いの結末は、同化。
起源を同一とした同じ蒼輝石と、加護を与えるものと与えられるもの。
二つの条件が一致していたためにできた裏技である。
(――いや、あとは加護を与えるものがこちらを受け入れるか、か)
でなければあんなに短時間に同化という作業へと持っていけなかった。
シルヴィスと同様に彼女もまた終わりを求めていたのだろう。
「それで十分ですよ、ウィナ・ルーシュ――いえ」
そこで彼女は臣下の礼をとる。
「ルーシェリア・ウィスタリア・エイムワード」
「それは何のマネだ?」
ウィナの言葉ににやりとヘラは笑みを浮かべる。
「まさか、このまま一介の騎士へと戻れるなどとは思わないでしょうね?」
「……俺にこの国を統治しろというのか?
それこそバカな話だ。
一介の旅人に何を期待する?
こっちは王としての教育などしてきていないぞ」
「貴女こそ何を言っているのですか?
残念ながら貴女しかいないんですよ?」
「あんたがやればいいだろう?」
「ご冗談を」
手の甲を口元にもっていき嗤うヘラ・エイムワード。
「これでも引くべきところは理解しています。
実質、このシルヴァニアの政をおこなっていたのはお姉様。
そのお姉様の力、知、心を継承したものがここにいるのにそれ以外を選ぶ選択肢などないでしょう?」
「っく」
そこを持ってこられると非常に痛い。
実際、ミーディ・エイムワードと同化したことで彼女の技術はもちろん知識なども全て頭の中にある。
ただ記録として存在しているため、現実の照らし合わせが必要だ。
「悪いが――」
「逃がしませんよ」
その言葉が発動だったのか。
ウィナの身体を床から生まれた鎖が四肢の動きを封じた。
「無詠唱!?」
「向こうの技術の一つです。
今のわたしは魔法発動を口に出さずとも発動することができます。
厳密に言うと魔法というカテゴリーからは外れているのですけど」
いつのまにか彼女の手には扇が握られている。
それを手でばしばしと叩きながら、
「一週間後で女王としての姿勢、礼儀などを叩きこみます。
もちろん拒否権はありませんので、あしからず」
にんまりとヘラはここぞとばかりに笑顔で死刑宣告をしたのだった。
それから地獄の7日間が過ぎ――、
ウィナ――いやルーシェリアは美麗な装飾のした椅子に腰をかけながら目の前の鏡を見た。
そこに映るのは自分――ではない。
今映っているのはミーディ・エイムワード。
《力の継承》《器の継承》《記憶の継承》を終えた今、その姿は完全に生前のミーディ・エイムワードに近似していた。
完全に似ていないのは、ミーディ・エイムワード自身が自我を残すことを否定したため、ウィナの面影が少し残っている。
といってもウィナを知らない人からしてみれば、完全にミーディ・エイムワードであった。
「宣言は何か考えていますか?」
「……何も。
一応、ミーディ・エイムワードがいうようなことはわかるが」
「――貴女はお姉様ではありませんよ」
すっと目を細め、ヘラは口をはさむ。
「貴女は、ルーシェリア・ウィスタリア・エイムワード。
ミーディ・エイムワードではないんです。
貴女が言いたいことをそのまま言っていただければいいんです」
それに、お姉様のマネをされるのは不愉快です。
そうヘラは小さくつぶやいた。
「……そうだな」
肩をすくめる。
加害者が被害者に対して語る言葉など、謝罪以外ないだろう。
だが、その謝罪も結局のところそれを為したからといって本人が戻ってくるわけではない。
いや、もしかするとヘラの新たな魔法体系で死からの再起などができる可能性もあるかもしれないが――。
ルーシェリアはかぶり振る。
ミーディ・エイムワードはそれ以上の生を望んでいなかった。
そしてそのことを妹のヘラが誰よりもわかっているだろう。
と、コンコンコンと3回ドアをノックする音がした。
「失礼します。
ルーシェリア様。そろそろお時間になります。」
「――わかった」
ゆっくりと立ち上がり、ドレスをどこかにひっかけないように注意しながらメイドの待つ方へと歩く。
その後ろ姿をヘラはじっと見ていた。
廊下に出ると護衛だろう。
1人の少女がこちらを見、前へ進む。
ルーシェリアよりも深い黒髪に、深紅の双眸。
このシルヴァニア王国の騎士達の頂点に位置する元魔物の少女。
アリステイル。
彼女はある程度の引き継ぎが終わるやいなや統括騎士団長の座を第一位の騎士団団長へと明け渡した。
その時の明け渡された第一位の団長の絶望ぶりはすさまじく、最後には泣き出すという大珍事へと発展。
アリステイルの励まし等でなんとかその場は収まったのもいい思い出である。
ちなみにアリステイルは、女王の護衛を第一とした地位を希望した。
近衛ではなく、常にルーシェリアを守護する地位。
守護者の職を新設し、そこについてもらっている。
彼女と深く話す機会は未だない。
だが、いつか話さなければいけないだろう。
――アリステイルの先導でやがて広間へとつく。
そこにはシルヴァニアの騎士達が整然と並んで、こちらを凝視していた。
彼らのほとんどはこの国に起こった出来事を知らない。
何かしらの事件があり、王たるものが2名いなくなった――。
彼らの知る事実はそれが全てだ。
ゆえに、ミーディ・エイムワードと酷似した自分が現れたことに彼らは驚く。
声に出すということはないが、その挙動が感情を示していた。
ルーシェリアは何も言わず、中心へと足を進める。
そして、ゆっくりと正面を向く。
何を言うべきか。
精悍な顔つきの猛者達が居並ぶこの空間で、彼女は思考する。
ここに来る道中で考えていたことはすでに真っ白。
結局のところ、彼らは真実を知ることはできない。
だが、いきなりトップが変わったのだ。
それなりのことを口にしなければ、不協和音が響くだろう。
静かに深呼吸をし、ルーシェリアは口を開いた。
「私の名は、ルーシェリア・ウィスタリア・エイムワード。
かの【闘神】ミーディ・エイムワードの加護を受け、ついこの間までこの国の騎士の1人として従事していた」
ざわり。
明らかに、先ほどよりも大きな動揺が騎士達に生まれる。
正騎士団【蒼の大鷹】団長アルバ・トイックは面白そうに笑みを浮かべ、正騎士団第2位『黒の狼』騎士団団長ヴァン・マクドゥーガルはやれやれと頭を抑える。
元正騎士団第一位【聖剣】、現在の統括騎士団長の彼女はあわあわ目を白黒させていた。
「様々な理由があり、私はこの地位につくことになった。
そのころに貴殿等は思うところもあるだろう。
私が耳にするだけでも、自らが王となるために殺害したなどといった物騒な話もある。」
ざわり。
いっそうに緊張が走る。
「申し訳ないが、真相を貴殿等に話すことはできない。
これは機密事項だからだ。
だが、それでは貴殿等と私の間で不協和音が鳴るだろう。
これから先は、混迷の時代となる。
そんなことでは、このシルヴァニアは真っ先に生存競争から離脱することになってしまうだろう――」
そこまで言い、ルーシェリアはにやりと笑った。
「そこで、これから貴殿等と親睦を図ることにする」
「?」
騎士達は怪訝な表情を浮かべた。
ルーシェリアは自らの獲物を呼び出す。
赤錆の魔刀。
その出現に、騎士達の動揺は爆発した。
「じょ、女王陛下っ、一体何を!?」
「昔から言うだろう。
男なら黙って拳で語れと」
――いや、女王陛下は女性ですが。
全員が胸中でつぶやいた。
「難しい話はなしだ。
ちなみに私に傷をつけることができたものには、女王の権力で何か一つ願いを叶えてやろう。」
その言葉に一部の騎士達の欲望に火がつく。
「しかし、女王陛下に傷を負わせるなどと……」
「ん?
貴殿等は、こんな小娘1人に手傷を負わせることもできない実力のものしかいないのか?
それとも貴殿等ごときの力で私に傷を負うと?」
くっくっくと笑う姿は、すでに女王というよりは別の女王を思い出す。
「笑止千万。
我が国に女王の命が聞けぬものなどいらない。
――腰抜けもな」
「!!」
その言葉が合図となり、広間は戦場へとなった。
「……確かに、貴女の好きなようにやっていいといいましたが」
鏡を媒体に広間の光景を見ていたヘラはため息をつく。
自身の姉も豪快な性格をしていたが、彼女はそれ以上らしい。
自らの騎士に宣戦布告をし、殴り合う女王など歴史を紐解いても彼女ぐらいしかいないだろう。
さいわいにも広間での戦闘は、凄惨なものではなく体育会系のノリのような感じで怪我人はでるだろうが、重傷者は出ないだろうとヘラは推測する。
なら放っておきましょう。
そう彼女は判断し、椅子に深々と座り込んだ。
「お姉様とは違うのは当然……か」
ルーシェリアの動きを見ながら、つぶやく。
姉が戦いを制圧する技術と考えるなら、ルーシェリアは、戦いを舞台とし最高の演技をする場所と考えられるだろうか。
彼女の闘い方は、華がある。
動きが流れるようで、まるで舞踏をしているようにヘラには感じられた。
【闘神姫】。
まさしく彼女にふさわしい称号だろう。
「……お姉様」
うなだれる。
脳裏に思い浮かぶ姉の姿。
最後に笑ったのはいつだったのか。
それすらも思い出せないくらいの年月の果て――姉は笑顔を失った。
本当なら蘇らせたい。
それをするだけの力も魔力もある。
しかし、姉は絶対それを望まない。
それを誰よりもわかっているため、ヘラは苦悩していた。
「……ままならないものですね」
どれだけ力を得ても、万能にはほど遠い。
この世界を生み出した創造神ですらも、己の思うがままに出来ることはなく絶望してしまったのだから無理もないことだろう。
鏡を見る。
どうやらルーシェリアの戦いは順調そうだ。
このままだとあと数十分もたたずに、広間の騎士達は全滅するだろう。
「――全てが終わったら」
ぽつりとつぶやく。
「全てが終わったら、わたしもそちらに行きます。
だから、待っていてください」
ルーシェリアに姉の姿を重ねて、ヘラは自身に誓いをたてた。
新都シルヴァニアの首都から離れた場所で、彼女達は王城のある方に顔を向ける。
「何か騒がしいですね」
「たぶん、ウィナさん辺りが男なら殴り合って理解を含めるものだーとかなんとか言って騎士達とケンカしているんじゃないんですか?」
「さすがにそんなことはしないと思います……けど」
というわりには若干、顔を引きつらせているグローリア。
「グロちゃんは、このまま残るんですか?」
「わたしは、一度実家の方へ戻ろうかと思っています」
「楽園の方?」
テリアが尋ねる。
グローリアは少し首を振り、
「完全に楽園側ではなくて、少し離れたところにあって」
「実家帰りか。さて私はどうしようかしら?」
面白うそうにつぶやいたのは、シア。
アーリィは帝国領の方へ顔を向け、
「……私達がいない間、うまく帝国を治めていただいたようで、このまま姿をくらましても問題はなさそうですが」
肩をすくめるアーリィ。
「そうね。……しばらくはあちこち回っていようかしら」
「お供します、陛下。
使い魔とのリンクは正常に戻りましたので、何かあればすぐわかりますのでどこにいても問題はないでしょう」
「テリアさんはどうするんですか?」
「わたしは、リティ様とご一緒ですね」
「ですよー」
「あら、主の鞍替え?」
にやりと笑うシアに、テリアは滅相もございませんと一礼し、
「リティ様の主に少々借りがありますもので、それを返しにいかなければいけないのです」
少しめんどくさそうに彼女は言った。
「じゃあ、みんなバラバラなんですね」
「縁があればまた会えるわ」
シアはすっとグローリアを後ろから抱きしめる。
「し、シアさんっ」
「わたし達はいろいろと縁がありそうなので、半年後くらいにも会えそうですよ」
となにやら具体的なことを言うリティに、アーリィは眉を寄せ、
「……それは預言ですか?」
【預言書】のことがちらっと脳裏に浮かぶ。
「いいえ違いますよ-。
あれはもうすでに役たたずです」
そうリティの言うとおり【預言書】は各地でいきなり焔を上げて塵となったと報告が上がっている。
役目を終えたということなのだろうか。
「では何故?」
「直感です」
はっきりと言い放つ彼女に、アーリィはこみかみに指をあて、
「……用心しておくことにしましょう。
どちらにしてもこれからは戦乱の時代、何が起きてもおかしくはないでしょうから」
そして、彼女達は別れた。
それが別離になるとは、彼女以外誰も想像もしていなかった――